第8話 襲撃者の将

 ゴブウッドの体格は、十歳くらいの子どもみたいなものだ。背は低いし、腕は細くて、体重が重いわけでもない。

 手には太い木の棒を持っているが、ただ闇雲に振り回すだけ。単体なら、そこらの猪の方がよほど脅威である。


 だが群れ単位で見れば話が別。子どもでも勝てる雑魚モンスターから一転して、狡猾で残忍な強敵へと変貌する。ゴブリンという種族は大体がそうだ。

 自分たちが弱いということを理解して群れを作り、相手の力量を見定めて不意打ちを仕掛ける。


 そう、まさしく、俺と似ているんだ。俺も奴らも同じく弱者。だから仲間の力を頼るし、卑怯な手だって使う。

 そんな姿を見ていると、無性に腹が立つ。自分の醜さ、意地汚さ、愚かさを見せつけられているみたいで我慢ならない。


「俺は昔からゴブリンが嫌いだったんだよ。弱者を体現したような生態と……何よりブサイクなところがな」


 いっそ手が届かないほど強ければいい。圧倒的な力で蹂躙するならそれでいい。弱者である俺は、それを遠くから眺めて恨み節を吐いてればいいんだから。

 だが、奴らは弱者だ。俺と同じ舞台にいる。それでいて多くの冒険者を狩り、村を滅ぼし、人間を殺している。それがとにかく気に食わなかった。


 しかし、それはただの村人だった頃の理屈。今の俺は、最強の魔王を目指す、ダンジョンの主だ。

 全てを支配するなら、強者はもちろん弱者だって虐げる。同じ弱者であるゴブウッドにコンプレックスを抱いている場合じゃないんだ。


「シファン、外に出てゴブウッドどもの注意を引き付けろ。リーダーは俺がやる」

「かしこまりました!」


 シファンは杖を片手に、勢いよく外へと飛び出して行った。


 本当ならもっと防御が固くて、攻撃を受けられる役職の兵を使いたいところなんだが、ヒーラーにこういう役回りをさせなければならないところが、今のうちの戦力の薄さだな。


「────さぁこっちです! 私! 私がここにいますよ‼」


 シファンは両手を大きく振りながら、ゴブウッドたちの前を横切っていく。


 アレじゃ自分が囮だと自白しているようなものだろ……ま、ゴブウッド相手ならあれぐらいわかりやすい方がいいか。


 実際、馬鹿みたいに目立つ行動をするシファンに、馬鹿みたいに正直に敵が釣られていく。

 ゴブウッドは賢いが、敵の考えの裏をかけるほどじゃない。中途半端に賢いからこそ陽動には釣られやすい。


 ただ、奴らはなかなかにすばしっこい。シファンの足では、奴らを引き付けて逃げ回ることは不可能だ。すぐに追いつかれ、囲まれる。


「うぅぅぅりゃっ‼」


 跳びかかってきたゴブウッドの脳天を杖で叩く。その一撃は見事に直撃したが、振り抜いた直後の隙を突いて二匹目が襲い掛かる。


 あれこそがゴブウッドの恐ろしさ。死角からの攻撃、不意打ち、怪我人を優先して狙うなど、とにかくどんな隙だろうと見逃さず狡猾に利用してくる。

 実力的には勝っていても、あの貪欲さのせいでやられる事例は多い。弱者にのみ許された特権を最大限活用していると言ってもいい。


 ────だが、狡猾さにおいて俺たちが後れを取るはずもない。


「ギエッ⁉」


 シファンを殴りつけようとしていたゴブウッドが表情を歪め、もがき苦しみながら地面をのたうち回った。


「よし、完璧! 気を付けた方がいいですよ! この辺、罠だらけなので!」


 シファンが立っているのは、これでもかというほど罠を埋めまくった場所だ。一歩でも間違った場所を踏むと即座に罠が発動して、爆発したり、毒針が出たりする。


 あそこを自由に動けるのは、罠の位置を一つ残らず熟知しているシファンのみ。もちろん、乱雑に設置された罠など目を凝らせばゴブウッドでも回避可能だろうが、シファンは立ち止まっているわけではないのだ。


「よいしょ!」


 罠の存在に気付き、迂闊に動けなくなったゴブウッドたち。シファンはその隙を逃すことなく片っ端から叩いていく。


「はぁ……はぁ……次は誰ですか!」


 シファンに誘き出されて罠だらけの場所に飛び込んだ時点で、ゴブウッドたちは不利な戦いを強いられることになる。

 だがそれは、数の優位をひっくり返すほどのものじゃない。そもそもシファンはプロの冒険者といえど、回復専門の役職なのだ。杖での打撃は素人である俺以下の威力しかなく、ゴブウッド相手でも致命打にはなり得ない。


「ギエェェェェェェッ!」

「……っ⁉」


 奇声をあげるゴブウッドに、シファンの顔が引きつる。


 例えば、彼女が踏んだ場所だけを踏んで近づく。足元の石か何かを拾って投げつける。地面に足を着けることなく跳躍して襲い掛かる。

 無数の罠に対して、パッと思いつくだけでもこれだけの対応策がある。馬鹿なモンスターならともかく、ゴブウッドならこの程度の作戦ぐらい実行する知能はあってもおかしくない。


「痛ッ……⁉」


 ゴブウッドたちは足元の罠に慣れ始め、徐々にシファンが攻撃を受け始める。このままではそう長くもちそうにない。


 ────そのために、俺はこの安全な場所からジッと観察していたんだ。


 設置された大量の罠を前にして、どうすればいいか困った時、奴らは必ずリーダーの方を見る。そして指示を受けるはずだ。

 そしてリーダーは音か、あるいは光か、何かしらの形で仲間に信号を送る。作戦を変更し、この状況に合わせた新たな攻め方を伝達する。ゴブウッドたちの攻撃がシファンに届き始めているのがその証拠。


 つまり、その伝達の瞬間を見ていれば、どいつがリーダーなのかは一目瞭然。


「一瞬、あいつらの視線が後方に向けられていた。どうやらリーダーはあの中にはいないらしい。後ろの方でジックリ観察とは良い御身分だ。つくづく俺と似たような奴だな」


 充分にゴブウッドどもが離れたことを確認し、俺も遺跡の外へと飛び出す。手に持ったのは草刈り用に作った鎌。これで喉をかき切れば、多少強い個体のゴブウッドでも仕留められる。


「おら、コソコソしてねぇで出て来いよ‼ こっちは大将戦といこうぜ‼」


 ゴブウッドの視線が集まっていた草むらに飛び込み、かき分けるようにして踏み込んでいく。すると、奴らのリーダーはすぐに見つかった。


「ひ、ひょぇぇぇぇぇぇぇぇっ⁉」


 は俺を見るなり、真っ青な顔で絶叫する。


「人間の…………こ、子ども……?」


 ブサイクな指揮官とご対面かと思いきや、姿を見せたのはちんちくりんな少女だった。

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