第7話 野蛮な襲撃者

「はぁ……ここでの生活もだいぶマシになってきたな……」


 俺は自分の部屋でゴロリと寝転がり、ダンジョン生活をしみじみと振り返る。


 通気性が悪く、クソほど暑苦しい寝室。不味い上にレパートリーの無い食事。冒険者がいつ来るかわからない恐怖。そして、魔王を目指すという途方もない目標。


 ────つまり、なかなか悪くない生活だ。食べる物と寝る場所があって、人生の壮大な目標まであるのだから、死んだように同じことを繰り返していた村での生活よりいくらかマシだと言えなくもない。


 だが、もちろん、こんなところで満足するつもりはない。俺が欲しいのは、寝ているだけで全てが手に入る絶対的な力だ。こんなクソダンジョンで生涯を終えるつもりは毛頭ない。


「クロン様! 食料調達とトラップの点検、終わりました!」


 部屋に飛び込んで来たシファンが元気よくそう報告してくる。


 この部屋に扉なんて小洒落たものはついていないので、ノックも無しだ。


 構造的には一応ここがダンジョン最深部ということになるわけだが、そんな風格は微塵もないな。


「次は何をすればいいですか? クロン様!」


 唯一ダンジョンらしい要素があるとすれば、俺を様付けで呼ぶ配下がいることぐらいか。しかしそれもたった一人。うちの村の村長の方がまだ権威があった。


「よし、一旦座れシファン。作戦会議をするぞ」

「作戦会議……ですか?」

「ああ、いつまでもお前と二人というわけにもいかないからな。そろそろ戦力を増強したいと考えている。ダンジョンを守るためにも、お前の復讐を果たすためにも、戦える駒が必要不可欠だ」

「私の復讐……ついに、私を見捨てたあいつらを後悔させられるんですね!」


 シファンは目をキラキラと輝かせながら、石の床にちょこんと正座した。


「さて、戦力増強について、何か案はあるか?」

「はい! 傭兵を雇うのはどうでしょう? 資金にはまだ少し余裕がありますので」

「傭兵か……しかし、ダンジョンの防衛なんだから、相手は基本冒険者だぞ? 冒険者と戦ってくれる傭兵なんているのか?」

「そうですね……汚れ仕事も請け負う傭兵は沢山いますが、少々値が張りますね」

「安く雇えるなら、戦力を整えるまでの間傭兵でしのぐって手もあるが……犯罪者崩れ共は信用できんな。こっちに抵抗手段がないんだから、守るどころか略奪される可能性だってある」


 やはり、その場しのぎでは意味がない。ダンジョンに常駐し、俺の指示には忠実に従う兵隊が欲しい。


「モンスターを召喚したり、テイムしたりする魔法ってあるだろ? お前はそういうのは使えないのか?」

「私の得意属性は光なので、むしろ真逆ですね……召喚魔法や隷属魔法は闇属性に分類される魔法ですから」

「アイテムを買うのは? 魔法が使えなくても、魔法と同じ効果を持つアイテムを買えば、モンスターを仲間にすることができるんじゃないのか?」

「それは可能ですが、傭兵を雇う以上に費用がかかりますよ? それに、継続的にアイテムを使用しないと支配から外れてしまうので、維持費も相当な額になるかと」

「うぐぐ……やっぱ、兵隊って金がかかるんだなぁ。そう思うと、十人も二十人も騎士を雇って家の周りをウロチョロさせてる金持ちってヤバいな」


 兵隊に払ってる一日分の給料だけで、こっちは何十年も暮らせそうだ。安全というのは、金で買おうと思うと馬鹿にならないほど高いらしい。


「まあ、人間を雇うよりはモンスターを召喚した方が安上がりかな。どうにかして方法を見つけたいが……」

「他のダンジョンを探索して、アイテム収集するのはどうですか? モンスターを召喚できるアイテムが手に入るダンジョンに心当たりがありますよ! 戦利品はお金に換えれば、資金集めもできて一石二鳥です!」

「ダンジョンに潜れるような戦力がそもそもないだろ」

「そうでした……ごめんなさい。何も良いアイデアが出せなくて……」

「構わないよ。俺だって何も思いつかないんだ。いつまでも罠だけで防衛できるわけじゃないし、早いところ何とかしたいけど────」


 その時、俺の言葉を遮るようにして爆発音が鳴り響いた。俺とシファンの間に痺れるような緊張が走る。


「……外の罠が起動したな」

「ま、まさか、冒険者でしょうか⁉」

「いいや、冒険者にしては迂闊過ぎる。だから多分……」


 壁に開けておいた覗き穴から外を伺う。すると、ダンジョンをぐるりと囲むようにモンスターが並んでいるのが見えた。


「アレは……ゴブウッドですね。ゴブリンの一種です。一匹一匹は大した強さではありませんが、群れを成しているので包囲されると厄介な相手です」

「罠を踏んだってことは大した知能はないってことでいいのか?」

「リーダー次第ですね。学習能力は高いのでリーダーが優秀なら、下手な冒険者パーティーよりも賢く立ち回ってきます。ほら、一度罠を踏んだ後は、ちゃんと回避してますよね?」


 確かに、二度目三度目の爆発音は聞こえてこない。あれだけ大量に配置しておいた罠にもう対応し始めているようだ。


「このままだと、すぐにここまで到達されると思います」

「ああ、だろうな。ザッと見た感じ数は二十くらいか。俺たち二人で全員殴り殺すのは現実的じゃないよな」

「一匹ずつならともかく……まとめて相手するのは厳しいと思います」

「だったら、リーダーを先にやるぞ。指揮官さえどうにかすれば、あんな短足チビ共くらい大したことはねぇ」


 ここからじゃよくわからないが、この部隊をまとめている頭が近くにいるはず。そいつを潰せば残りは雑魚同然だ。


「シファン、お前の初陣だ。たっぷり働いてもらうぞ? 期待してるからな」

「は、はい! お任せください‼」


 シファンは杖を強く握りしめ、鼻息を荒げながら大きく頷いた。

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