第6話 腹黒乙女

「────よくお似合いです! クロン様!」


 赤を基調とした装飾が施された黒のコートに袖を通した俺を、シファンが手を叩いて称賛する。


「なんか落ち着かないんだが……動き辛いし、暑いし」

「そうですか? 魔王を目指すと仰るなら、それくらいのお召し物は持っておくべきだと思うのですが……」 

「まあ、それはそうかもしれないが、物事には優先順位というものがあるんだ。街へ買い物に行くことを指示したが、服を買って来いとは言ってないぞ」


 あれからしばらく経ち、シファンと二人体制でのダンジョン開発計画も緩やかではあるが着実に進行している。


 とりあえずそれぞれの寝室ぐらいは欲しいだろうということで、散らばっていた遺跡の破片をかき集め、部屋を増築。

 家を建てた経験はあるが、石造りは初めてなので、かなり不格好な形にはなってしまった。まあ、後々なんとかするとして、今は雨風がしのげれば良しとしよう。


 ダンジョン周囲には罠を増設しておいた。毒針だけでなく、バーンの実を使った爆弾罠なんかも用意してある。


 前回のように小細工を使って敵を貶めてもいいが、あんな手が通じるのは経験が浅く、対応力の低いパーティーのみ。

 かといって、ただの平民である俺とヒーラーのシファンの二人体制では普通に戦っても勝ち目がない。


 なので、とにかく大量の罠でなんとかしようというわけだ。あまりスマートではないというか、効率的なやり方でないことは間違いないのだが、手持ちの駒がない以上こうする他にない。


 そう、とにかく手札がないんだ。激狭クソダンジョンと戦えない二人では、到底冒険者に対応できない。


 そこで、何か使えるものはないかと、シファンを街に行かせたわけだ。しばらく一緒に生活して、裏切る心配はなさそうだと判断できたし、今後は単独での仕事も増やしていこう……と思っていたのだが。


「資金を提供してくれたことはありがたいが、お前の貯金だってそう大した額じゃないだろ? もっと節約していかないと。このコート、安くないだろ?」

「3000ラピスです!」

「高ェよ‼ 一ヶ月ぐらい暮らせるだろそれ……!」

「ですが、クロン様には必要かと!」


 裏切る心配はない……どころか、ちょっと忠誠心が高すぎる気もする。


 パーティーメンバーへの復讐心を煽って、仲間に引き込んだのは俺だが、この変貌ぶりを見る限り、どうやら元々パーティーへの不満が溜まっていたようだ。


 ヒーラーらしく、神聖さを意味する白いローブを着て、女神のように煌びやかな金髪をなびかせ、慈愛に満ちた優し気な顔つきをしているにも関わらず、内心はあまり穏やかではなかったのかもしれない。


「……わかった。もういい。確かに、いずれ衣装が必要な場面も来るだろ。それで例の件はどうだった?」

「はい、クロン様の予想通り、私は死んだことになっていません。ジャックのパーティーメンバーとして、登録されたままでしたし、その後も普通に仕事をしていることになっていました」

「やはりそうか。はっ、冒険者ってのはつくづく身勝手な奴らだよなぁ」


 四人のパーティーでダンジョンに向かい、一人欠けた状態で帰ってくる。しかも三人には目立った外傷もなく、欠けた一人の遺品すら持ち帰っていない。

 これが何を意味するかといえば、三人が一人を見殺しにして、逃げ帰って来たということだ。


「恥をかくだけならまだマシだろうが、仲間を置き去りにしたとあっちゃ、今後他の連中と仕事し辛くなるだろうしな。黙っといて、しばらく経ってから脱退したことにでもするのが一番丸く収まるってわけだ」

「冒険者をやっている以上、仲間が死ぬのはよくあることです。だからこそ、仕事中に死んだ仲間の遺品や遺体は必ず持ち帰ります。それが、仲間と共に最後まで戦ったという証だからです。それなのに……あいつら……ッ」

「だが、こっちとしちゃ好都合だ。勝手に死んだことにされちゃ、シファンが今後街に入り辛くなるし、ダンジョンの脅威度も上がる。ただ、元パーティーメンバーにだけ遭遇しないように気をつけないといけないがな」

「それは問題ありません! あいつらの行動パターン、よく使う店、起床時刻や就寝時刻に至るまで、全部把握してますから!」


 うーん、やっぱりこいつ、天性の邪悪さがあるよなぁ。シファンを引き込んだ俺の目に狂いはなかった……ということにしておくか。

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