第5話 置き去りの魔法使い

 炎の檻は、ほんの数分で消えた。しかしその頃には、あの三人の姿は影も形も残っておらず、遠くまで逃げ去った後だった。


「仲間が一人残ってるのにあの逃げ足とは……ま、あれぐらい薄情じゃなきゃ冒険者として生き残れないだろうけどな」


 四人全員を仕留められたら理想的だったが、普通に考えて仲間の一人が罠にかかった後に、残りの三人も同じ手にかかるとは思えないからな。今の時点ではこれがベストだ。


「さて、じゃ、戦利品の確認といこうじゃねぇか」


 俺は物陰から出て、痺れた体を地面に投げ出す女魔法使いのもとへと向かう。


「おい、そこの魔法使い」


 体は痺れているはずだが、魔法を行使される可能性は否めない。まずはそこら辺に転がっていた杖を回収し、腰にささった予備の杖も取り上げる。


「う、嘘……人間⁉ わ、私……い、嫌だ……死にたくない……!」

「殺しはしない。人間を殺すと、ダンジョンの脅威度が上がって、次からはより厄介な冒険者が来やすくなるからな。だが持ち物は全て置いて行ってもらう。金目の物だろうと、そうでなかろうと、とにかく持っている全てだ。命以外は全部置いていけ」


 そう言っても、彼女はガタガタ震えたまま動こうとしない。


 おいおい、いくら危機的状況だからってビビりすぎだろ。何の力もない村娘ならともかく、これでも一応プロの冒険者なんだよな?


 それに、姿を晒した敵は凶悪なモンスターじゃなく、たった一人の人間だ。


 中肉中背、長年の畑仕事のせいかやや筋肉質、けどこいつの仲間の剣士と比べれば全然大したことのない貧相な肉体。

 着ている服は、布切れを適当に繋ぎ合わせただけのボロいものだし、髪はボサボサで、無精ひげだって生えてる。


 つまり、何の威厳も威圧感もない男だということだ。そんな俺を見て、ここまで怯えるなんてどうかしている。


 ……いや、違うな。これは怯えているわけじゃない。


「許せない……許せない許せない許せない許せない許せない‼ あいつら……私を置いて逃げた……‼ 助けてくれなかった……‼」


 少なからず恐怖はあるだろうが、どうやら仲間への怒りの方が強いらしい。


 命を取られる心配はないと知って安心し、冷静になると、自分を見捨てた仲間たちの顔が脳裏に浮かんできたのだろう。

 敵ながら滑稽だった。ついさっきまで仲良しこよししていたパーティーが、一瞬にして仲間を切り捨てたのだから。


 戦友といえど所詮はその程度。誰だって自分の命が一番大切に決まっている。死にそうになった時、都合よく誰かが助けてくれるなんて、そんな甘ったれたことを考えていてはいけない。


「お前の仲間は随分と頼りない連中だったな。あの程度の炎にビビって、仲間すら見捨てて退散するとは」

「わ……私は……皆を信じてたのに……」

「そうだよなぁ? 見たところ、お前ヒーラーだろ? 基本的には回復魔法しか使えない役職だよなぁ? 戦いは仲間に任せるしかない。敵と対峙しても、自分一人じゃ何もできない。お前は仲間を完全に信頼してその役職を選んだわけだ。それがこの結果じゃ報われない」

「どうして……私、皆のために頑張って回復魔法も覚えたのに……‼ 皆のこと信じてたのに……絶対許せない……なんでなんでなんで……‼」


 装備を剥いで放り出そうと思っていたが……こいつはひょっとしたら使えるかもしれん。


「お前、名前はなんていうんだ?」

「……えっ?」

「名前だ。教えてくれ」

「え、えと……シファン……です」

「俺はクロンだ。シファン、お前には二つの選択肢がある」


 俺は彼女の顔の前に、二本の指を突き出す。


「ひとつは、ここで持ち物を全て置いて逃げること。モンスターに遭遇しなければ街まで辿り着けるだろうし、あの仲間たちと合流してまた楽しく冒険者活動できる」

「………………」

「そしてもうひとつは、俺と一緒に魔王を目指すことだ」

「魔王を……?」

「ああ、絶対的な力を手に入れ、俺たちを不幸にした連中に痛い目を見せる。そのために俺はこのダンジョンを強化して、いずれは魔王軍にも匹敵する大軍勢を作り上げるつもりだ。そうすれば、もう俺たちを苦しめるものは何もない。全てが自由だ」

「全てが……自由……」

「お前を見捨てた連中は、この後、街の酒場で楽しくやるだろう。無事に生きて帰れた記念に高いワインでも開けてるかもな。置き去りにしたお前のことなんてこれっぽっちも考えちゃいない。そうだろ?」


 完全な妄想。デタラメだ。いくら奴らが薄情といっても、そこまで冷酷になれるわけではなかろう。

 だが、見捨てられた側からすれば関係ない。奴らは助かった。自分を見捨てたから助かった。信頼を利用して、使い捨てにしたからこそ助かった。


 その事実だけで、充分に怒りは許容値を超える。どんな聖人であろうと、信頼を踏みにじられた瞬間は悪意が芽生えるものだ。


「シファン、俺の仲間になれば、奴らに復讐できるぞ。思い知らせてやろう。お前がどれだけ大事な存在なのか。それを見捨てた奴らがどれだけ愚かだったのかを」


 俺はシファンの前に手を差し出す。魔王軍への勧誘──悪魔の囁きだと揶揄されても反論できない。

 しかし、嘘は吐いていない。俺は魔王を目指すし、彼女の復讐も遂げさせる。それに選択権はシファンにある。この手を取るかどうかは彼女次第だ。


「私は……わ、私は……」


 彼女は痺れる手を懸命に伸ばし、俺の手を強く握った。


「私を見捨てたあいつらに……思い知らせたい! 私を……仲間にしてください!」


 ────魔王クロンに、初めての配下ができた瞬間であった。

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