第4話 初めての戦い

「何が出てくるかわからない。慎重に行けよ!」

「ああ、わかっている。もしもの時はカバーを頼むぞ」


 大盾の重装兵を先頭に、一歩後ろに剣士が続く。さらにそこから十歩分ほど離れたところで魔法使い二人が杖を構える。


 そうやって陣形を組み、モンスターの奇襲を警戒しようが無駄だ。だってそんなもの、このダンジョンには一匹たりともいないんだから。


 存在しない敵を警戒して、精々神経をすり減らしてくれ。無駄に緊張感を高めれば高めるほど、こっちがやりやすくなる。


「────お、おい! アレを見ろ!」


 重装兵が指差したのは、ダンジョンの入り口前にポツンと置かれた宝箱だ。


「不用意に近づくなよ、ダンテ。どう見てもアレは罠だ」

「わかっている。だが……どうする? あんなところに置かれている以上、無視して先に進むこともできんぞ?」

「……メリル。弱めの魔法を撃ってみてくれ。箱を破壊しない程度に」

「りょーかい」


 黒ローブの魔法使いが杖を振りかざすと、小さな炎の球が浮き出てきた。


(アレが魔法か……初めて見るな)


 炎の弾はまっすぐ宝箱に向かって飛んでいき、ぶつかって弾けた。宝箱はその衝撃で少しだけ後ろに動いたが、それ以外には何も起きない。


「……何も……仕掛けられていないんでしょうか……?」

「いや、そんなわけない。じゃなきゃ、あんなあからさまに置かない。多分罠が仕掛けられているのは、宝箱そのものじゃなくて、その近くなんだろ」

「俺もそう思う。ひとまず、近づかない方が良さそうだ。大きく回り込む形にはなるが、迂回してダンジョンの中に入ろう」


 四人は宝箱を睨みながら、一定の距離を保ちつつダンジョンの入口へと近づいていく。


 驚くだろうなぁ……その入り口を一歩潜るだけでもう最深部だと知ったら。あんなに真剣な顔して挑んでるのが馬鹿らしくなるに違いない。


 過去にこのダンジョンを踏破した連中は、ここがたった一部屋しかないクソダンジョンであるという情報を共有してないみたいだしな。

 まあ、普通わざわざ自分たちの功績が下がるようなことを言いふらさないか。どうせ冒険者なんてどいつもこいつも自分勝手な奴ばかりだ。


 ここがクソダンジョンだと事前に知っていれば、こいつらの対応も少しは変わっただろうに。


「きゃっ⁉ あ、足が……⁉」


 突如、白いローブを着た女が身を悶えさせながら地面に倒れこむ。


「シ、シファン⁉ どうした⁉」

「あ、あぐ……あ、足が……し、痺れ……」

「気をつけろ! トラップが仕掛けられているぞ‼」


 仲間の一人が倒れたことで、パーティー全員がおたおたと慌て始める。


 あからさまに誘うように置かれた宝箱が罠だと思うのは当然のこと。そんなバレバレな位置に罠を仕掛けるわけがない。アレは囮だ。

 宝箱を警戒して道を迂回し、まだ俺が整備していない草むらの中に足を踏み込んだせいで、足元に仕掛けられた単純な罠に気づかなかった。


(敵を知能の低い雑魚モンスターだと思ってるから、この程度の子供騙しに引っかかる羽目になる。さぁ、あとはこの混乱状態を逃さずダメ押しだ!)


 俺は魔法なんて使えない。だが火を飛ばすぐらいのことなら、何の能力も持たない平民にだってできる。


「な、なんだ⁉ 炎が⁉」


 事前に可燃性の極めて高いカリューの葉を集めておき、草むらの中に混ぜておいた。あとはそこにバーンの実で起こした火を放てば、爆発的に燃え広がっていく。


 一瞬にして、炎の檻の完成だ。見た目が派手なので、俺のいた村では収穫祭の催しとして使われていた。

 だが、急激に燃える分あっという間に燃え尽きてしまうので、火攻めに使うには効果が薄い。


 ────それでも、冷静さを失った奴らには効果テキメンだ。


「ま、まずい! 囲まれてる! 敵はどこだ⁉ 姿が見えない⁉」

「俺の盾じゃ、炎は防げんぞ⁉ ジャック! どうする⁉ 指示をくれ‼」

「水だ! メリル! 水で炎を消せ!」

「無理に決まってるでしょ⁉ こんな勢いの炎を消せって、どれだけ水を出せば足りると思ってるの⁉ こっちは魔力が枯渇してんの! そもそも、私の得意属性が火なの知ってるでしょ⁉」

「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ! 早くなんとかしろ‼ 死にたいのか⁉」


 黒ローブの魔法使いは、仕方なく杖を振り、水属性の魔法を放つ。しかし出てきたのはコップ一杯程度の量の水だ。こんなものじゃ、辺りを囲む炎の檻をどうにかすることなどできっこない。


 しかし、さっきも言ったが、この炎は見た目ほど勢いが強くない。あの程度の水でも一部だけなら鎮火できる。


「け、消せた‼ 消せたわ‼」


 自分の魔法が炎の勢いを弱めたのがそんなに嬉しかったのか、黒ローブの女は半ば錯乱気味に、自分が開けた炎の穴に飛び込んで行った。


「よし、メリルに続け‼ 離脱するぞ‼」

「ま、待って……私、足が……!」


 地面に這いつくばっている白いローブの女の声は、確実に三人に聞こえていたはずだ。それどころか、きっちり目が合っていたようにも見えた。


 にも関わらず、三人は誰も立ち止まらない。躊躇う素振りすら見せず、一目散に逃げだしていく。


「────え? う、嘘……そんな……待って、置いて行かないで……! 私はまだ死にたくない‼ 待って……待って‼ 皆‼ なんで……⁉」


 炎の檻の中に取り残された女は一人、失望と絶望をその顔一杯に溢れさせながら呆然とするばかりだった。

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