月が綺麗ですね


ブワッ、バリィィン!



 ふっとばされた俺らは高い位置にある窓を突き破る。

 放り出された俺はステータス画面に乗る。

 リリベルは宙に浮かぶ。

 ちょうどよい足場があったので、二人とも着地した。

 隣りにある建物の屋上のようだ。


「いてて……大丈夫かリリベル。」


「ええ。問題ないわ。」


 俺たちが突き破った窓から、勇者がフワッとジャンプして出てくる。

 そのまま俺たちとは違う建物の屋上に着地した。

 俺はさっき気になった疑問を投げかける。


「君、さっき『俺のコレクション』って言ってたね。

もしかしてそこの博物館にある古代兵器は君が集めたのか?」


 勇者が問いに答える。

 ちょっと嬉しそう。


「そうだけど? 俺がこのスキルを駆使して世界中から集めたコレクションだ。

学者が言うには、ここまで古代の品が集まるのはありえない事なんだとよ。」


 さらに勇者は続ける。


「俺は別の世界で考古学を専攻してた学生だったんだよ。学者の卵だ。

そんでたまたま来ちまったこの世界の歴史にも興味があってね。

ウー国の国王と意気投合したんで今は世話になってるってワケ。

世話になってるからには泥棒を見過ごすわけにはいかんよな。

てめーら忍び込んだツケは払ってもらうからなぁ。」


 何だこいつ、自分で色々しゃべるぞ。

 歴史にも興味があるってことは、正しい知識を伝えれば味方になるかもしれない。

 交渉してみよう。

 ……と、思ったら。


「そういえばその女、四天王って言ってたか。レアモンスターじゃん。

俺のモンスターコレクションに加えてやるよ。

どこに飾ってやろうかな。やっぱボス系モンスターより高いところかな。」


「ちょっとまって君。コレクションって何だ。」


「ん? モンスターって集めるもんじゃねーの?

俺、子供の頃に昆虫採集とか好きでさ。標本とかたくさん持ってたんだよ。

で、古代兵器に『対象物を永遠に凍らせる』アイテムがあってね。

……もう数百体は集めたかなー。」


 あー、駄目だこいつ。早くなんとかしないと。

 考古学ってかただのコレクターじゃねぇか。

 と、ここで勇者が気づく。


「あれ? そういえばお前も魔王軍? 人間だよな。

違うのか? もしかして人間に見えてオオカミ男とかその類?

レアモンスターだったらゲットしてやるよ!」


 勇者が俺に向かい前傾姿勢になる。

 俺の横にいるリリベルが、俺の前を遮る。


「この男に手を出そうなんて……よほど死にたいらしいわね。

いいわ、本気を見せましょう。」


 リリベルの周囲に風が発生する。

 それと同時に黒いモヤのようなものも巻き起こる。

 リリベルの体が真っ黒に変色していく。


「おい、リリベル……」


「ヴヴヴ――……!」


 低い唸り声を上げるリリベル。

 もともと周囲は月明かりしかない暗闇だが、黒く染まったボディは闇夜に紛れる。

 目と唇だけが赤く光っている。


「ヴヴヴ――アアアアアア!!!」



パシュン!



 リリベルは雄叫びとともに目の前から消える。

 消える瞬間の衝撃波で俺は吹き飛ばされそうになる。

 これは前に見た、リリベルの『暴走モード』か?



キッキッキッキッキッキィン!! キュィン!!



 目で追えないほどの速さで勇者を攻撃するリリベル。

 爆風に耐えるため、低い姿勢になる俺。

 おそらく様々な方向から肉弾戦を仕掛けているんだろう。

 勇者は意外とガードの姿勢を取っている。

 しかし涼しい顔をしているので、効いてはいないようだ。


「さすが四天王。めっちゃ早いな。捕まえられないじゃん。」


 勇者が左手で空を掴むような動きを何度かする。

 まるで虫を捕まえる動きのような。

 あれで捕まるとは思えないが、何らかのアイテムを使っているんだろうか。


 リリベルがこんな無駄な攻撃を仕掛けるなんて思えない。

 いや、本当に何も考えてない時もあるけど。

 この時間を使って対策を考えろということだろうか。

 対策を考えつくか、リリベルの体力が尽きるのが先か。

 体力……

 スキル……キャパ……


「やってみよう! リリベル!!」


 俺の声に反応し、攻撃の手を止めるリリベル。

 よかった、声は届くみたい。


「ステータス・多重展開!!」


「お? 何だこれ?」


 勇者の四方周囲、足元と頭上に大きなステータス画面を展開。

 それをピタッとくっつけ、大きなキューブを形成する。

 勇者をステータス画面のキューブに閉じ込めた。


「リリベル、全力で放て!」


 俺はキューブをちょっとだけずらして穴を開ける。

 そこに向かってリリベルが。


「《カオススパーク》!!」



キィィィィィィィ!



 キューブから激しい高周波が聞こえる。

 街を壊滅に追い込むほどの、リリベルの必殺技。

 その必殺技をこの狭いキューブの中に全力で打ち込む。

 行き場を失った衝撃が勇者を襲う。

 果たして、この衝撃は勇者の『反射』スキルのキャパシティを上回るだろうか。


「やったか!?」


 ありがちなセリフを言ってみる。

 すると案の定。



パシュゥゥゥ!!



「キャァッ!」


「リリベル!!」


 ビームを撃った後に密閉したキューブだが、勝手に開く。

 その隙間から細いビームが溢れ、リリベルの腹部を貫いた。

 宙に浮いてたリリベルが地面に落ちる。


「俺の能力をナメんじゃねーよ。」


 ズズズっと俺のステータス画面がずれる。

 俺は画面を動かしていない。彼が無理やり動かしているんだろう。

 キューブから勇者が出てくる。

 俺はリリベルのもとに向かい、抱きかかえる。


「リリベル! リリベル! しっかりしてくれ!!」


 勇者が俺のステータス画面をコンコンとノックする。


「へー、面白いなこれ。どうなってるんだ? なんかの兵器か?」


 俺は暴走状態が解除されていくリリベルを抱きながら、勇者に聞いてみる。


「君、今の状況をどうやって回避したんだ?

反射しても衝撃の逃げ場がないから、自分に返ってくるじゃないか。」


「俺、説明したよね。俺のスキルは『ルーター』だって。」


 やっぱり。

 この勇者は隠さず答えれくれた。


「ルーターっていうのは"ルートを設定する者"って意味だ。

熱・魔力・運動エネルギー・分子の運動……

あらゆるものの動きの"向き先ルート"を変えることが出来る。

もちろん"動かずにとどまる"って設定も可能だってーこと。」


「そうか、だからビームもその場に固定して自分にダメージが来ないように。」


「そゆこと。密閉して空気を断つのはいい案だったけどね。

ただ仮に周囲の空気を無くしても、俺の能力で空気を持ってくればいいだけの話。

ちなみに毒や高熱、放射能も全部効かないから。

今は俺に害のあるものはすべて遮断か反射するように自動設定してるんで。」


 よく喋るなぁこいつ。

 いや自分が手に入れたスキルを説明するのは漫画にありがちだけど。

 説明することが制約と誓約だったりするのか?

 よし、とことん乗ってやろう。


「まさか……それじゃあ最強の能力じゃないか!

俺が女神からもらったスキルじゃ勝てるわけない!」


「お兄さんやっと気がついたの? ……え、女神!?

もしかしてお兄さんって異世界から来た人間か!?」


 勇者がポケットに入れていた手を出す。

 驚いたようだ。

 俺は嘘を交えながら説明する。


「そうなんだ。俺も異世界転移能力者だよ。

俺の場合は女神から、超硬いシールドを出す能力をもらっただけだけどね。」


 ステータス画面を一枚展開する。

 画面には大きく「壁」なんて文字を表示してみた。

 さらに勇者へ質問する。


「君は考古学を専攻してるって言ってたから……大学生かい?」


「ああ、一応関東大学の一年生だよ。」


「か、関東大学? 聞いたこと無いな。」


 関東、ってのは地域の名前だからわかる。

 でも関東大学なんて存在するのか?

 地域密着の小さい大学なのか、俺の世界線とは違う世界なのか。


「え、聞いたことないとか嘘だろ? 偏差値70くらいの有名大学だけど。」


「な、70!? めっちゃ頭いいじゃん!」


「そうか? 普通じゃん。」


 やっぱり違う世界線だろう。

 そうか、異世界からの転移とは言っても微妙にパラレル混じってるのな。

 考察の参考になる。


「あー、久々にリアル世界の話した気がする。

俺以外にも異世界転移者はいるって聞いてたけど初めて会えたわ。

敵じゃなかったら飲みでもしたいとこだね。何でそっちサイドにいるわけ?」


「いろいろあってね。君にも聞いてほしい話ではあるんだ。」


「ふーん……あれ、もしかしてそこの四天王のおねーさんが目当てだったりする?

その人とはどういう関係?」


 勇者の言葉にリリベルがビクっと反応する。

 いいからお前は黙って死んでおけ。


「ど! どういう関係ってそんな! 大切なパートナーだよ!

うん、仕事の大切なパートナーだ!」


 出来る限り焦った演技をしてみる。


「へー、そー、ふーん……つまりラヴなわけね。」


 勇者がニヤついた顔で言ってくる。

 リリベルがビクっと反応する。だからやめろって。


「そ!そん――まああれだ。この世界に来て、いろんなことがあった。

辛いことも苦しいことも。でも出会いっていうのはどの世界でも大切な事なんだ。

この日のために俺は、辛い境遇に遭ってきたのかなって思えるくらい。」


「ふーん。」


 自分で聞いといて興味なさそうにする勇者。


「……わかったよ。この人を捕獲するっていうなら俺もしてくれ。

俺だけ見逃すとしたら、たぶん君を地獄の果てまで殺しに行くだろう。

……せめて飾るなら隣に置いて欲しい。」


「そっか。……そこまで言うならしょうがねーな。」


 俺は空を見上げ、月を見る。


「ああ……この世界の月は綺麗だな。あんなに大きくて輝いている。」


「ああはいはい、"月が綺麗"ね。確かにリアル世界よりデカイよね。

満月のときは夜なのにめっちゃ明るいし……」


 勇者もつられて空を見上げる。


 ――計画通り!

 こんな無駄な話は時間稼ぎ以外何物でもない。

 俺は異世界勇者対策にいくつもの策を日々考案&試行している。

 今回の策は……これだ!!

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