第9話 VS 次元の勇者

スキュラ娘と女神の町


パクッ、パクパクパク……



 無数の魚につつかれる俺。

 俺は今、とある屋敷のプールに入っている。


「この子達は古い角質を食べてくれるんですよ。」


「へー、いわゆるドクターフィッシュってやつか。」


 目の前にいるのは、水着を着た美女……の上半身。

 彼女の下半身は無数の魚の頭になっている。

 魚と言っても胴が長くタチウオとかウミヘビみたいだが。

 彼女はモンスター[スキュラ]の魚バージョンだそうだ。


「ドクターフィッシュにしては大きいな。肉も食われそう。」


「大丈夫です。歯は無いので角質だけを削り取ってくれます。」


「へー。あっ、ちょっと、脇腹は弱いからあんまりつつかないで……」


 俺が入ってるプールを見渡すと、TVのニュースでよく見る”サンマが水揚げされた映像”のようで不気味だ。

 しかし程よい刺激が気持ちいい。

 あと水着の美女の上半身も目の前にあるから癒される。


「わんわんお!」


「お? なんだ!?」


 水面から犬の頭が出てきた。

 毛が水に濡れてピッチリしてるので、何か物足りなさを感じる。

 こいつずっと水の中にいたのか?

 [スキュラ]が説明してくれる。


「あ、この子も私の一部です。スキュラは犬の頭部も付いてるんですよ。」

「わんわんお! わんわんお!」


 追加で二匹、水面から顔を出した。


「この子達にもマッサージさせますか?」


「え、水中なのに出来るのか。」


「はい。こんな感じで。」


 三匹の犬が水中に潜る。

 そして俺の体をペロペロ舐めだした。

 舌がこちょばし気持ちいい。

 バターイヌかよ。


「おおっ、なるほど。これは癒される。体もきれいになるし血行も良くなりそうだ。

追加サービスありがとうね。」


「いえいえ。いつも頑張ってくださる団長様のためです。」


「あ、でも……ワンちゃん、そこはあまり舐めないでほしいなぁ。」


「そこって、これですか?」


 この感触は。

 犬の舌でもない、魚の口でもない、手か?


「そうそれ。そこは……なに、手でもマッサージしてくれるの?」


「いえ。手は使いませんよ。あくまでドクターフィッシュの体験なので。

ここは私の下の口でドクターフィッシュします。溜まった古いモノを食べますね。」


 彼女が近づき、俺の胸に片手を添える。

 美しい顔が近い。


「そうか下の口でドクターフィッシュしてくれるのか。ツンツンしないで思い切りパックンしていいからね。それじゃあ――」


「ゴラァァ!! キメラ娘ぇぇ!!」



バダン!!



 リリベルがプール部屋に勢い良く入ってきた。


「あ、リリベル様。」


「あんたが好きなのは屈強な船乗りでしょ! はい終わり!」


 プールから引き上げられる俺。海パンを脱がされていたから全裸だ。

 そのまま小脇にかかえ、部屋を出るリリベル。


「何だよ、今日はどこに行くんだよ。」


「今日は……決めてない。」


「決めてないのに迎えに来たのかよ!

じゃあそうだな、俺が行きたいところについてきてくれる?」


「ええ、いいわよ。」


 屋敷を出て自分の住処に帰るリリベル。

 全裸でずぶ濡れの俺を抱えたままふよふよと空を飛ぶ。

 魔界は公然猥褻罪が無いし人間の裸に興味があるモンスターも少ない。

 だから何の問題もないはずだが、俺がこっちの道に目覚めそうなのが問題だ。



◆◆◆



 ここは地方の寂れた町、フェニブレ。

 数ヶ月前までは人も大勢住んでいたようだが、ある事件をきっかけに離れていった。


「うわ、これはひどいな。めちゃくちゃじゃん。」


 焼け落ちた廃墟を見渡す俺とリリベル。

 ここにはかなり大きな教会があった。

 俺はこの町を調べ上げ、リリベルに連れてきてもらった。


 数ヶ月前。

 この町で起こった事件。

 「奇跡の女神・アイラ教大聖堂襲撃事件」だ。


「もう残骸しか無いわね。本当にここが教会だったの?」


 リリベルはそう言いながら敷地へ入っていく。

 俺も続いて入る。


「そうだよ。けっこう立派な教会だったよ。もう跡形もないけどね。

信者がたくさん殺されたあと、教会ごと焼き討ちにされたんだ。」


 所々に信者のものであったろう遺品が残っている。

 これをやったのはモンスターではない、人間だ。

 巨大な女神像も倒れ、下半身しか残っていない。


「貴様ら!! 何者だ!!」


 お? 敷地の向こうから叫ぶおっさんが。

 手には長い棒を持ってる。

 それを構えつつ、俺達の方に向かってくる。


「まさかアイラ教の残党じゃああるめぇな!」


「違います違います! たまたま近くを通った冒険者ですが、何があったのかと。」


「ああ? 冒険者か。ここは立入禁止だ! さっさと出てけ!」


 そう言い残しておっさんは去ってった。

 リリベルは興味が無いのか、先に帰ろうとする。

 俺はなんとかなだめて、この町の酒場へ行くことを提案した。



◆◆◆



「あはは、へー、そうなのー」


「じゃからこの町から追い出してやったんじゃ!」


 わりと広めな酒場。

 俺とリリベルは人間の料理と酒を楽しんでいた。

 たまたま相席になったじいちゃん冒険者がいたので、アイラ教事件について聞いてみた。


「ちーと?だかなんだか知らんが強いのはわかった。

じゃが町の娘全員に手を出すとは何たる破廉恥漢、出てけ―とな。」


「その男ぉ、美形だったー? ひっく」


 リリベルがめちゃくちゃ酔ってる。

 そんな飲んでないのに。魔女は酒に弱いのか?


「ぜんぜんじゃ!

それなのにあるものは怯えながら、あるものはコネ作りのため相手をしていたらしいのう。」


「だからってこの町の目玉である教会を潰すもんかねぇ。」


「アイラ教はこの町が起源だそうじゃ。

それを聞きつけた反異世界勇者団体が押し寄せて、あの教会を潰したんじゃ。

町にいた連中も今話した勇者の件で懲りてるから、手が出せなかったようじゃのう。」


 なるほどね。

 この町が総本山で、ここが潰されたからアイラが消えてしまった訳か。

 何も俺が転生してくるタイミングで潰さなくてもいいのに。


「そもそも! アイラ教はこの世界を魔王から救うべく……」


「まーた始まった。爺さんの昔話。」

「俺初めてだ。聞いてこようかな。」

「やめとけ。長くなるぞ。」


 カウンターにいた男性が話している声が聞こえた。

 なんだよ、このおじいちゃん有名人だったのか。

 おじいちゃんは聞いてもいないのにアイラ教とこの世界の歴史を語り始める。


「僕も聞いていいかな。」


「ああ、どうぞ。」


 二~三人の若い男性が集まってくる。

 おじいちゃんの話が人気なのか、リリベル目当てなのか。

 男臭い酒場に合わない黒いドレスで、さっきから男性の視線が刺さっていた。

 ちなみに本人は片肘ついてウトウトしてる。


 おじいちゃんの話はだいぶ長く、終わった頃には夜も更けていた。

 俺はリリベルに肩を貸し、酒場を後にする。


「あのジジイ、話違うわよー。

最初に手を出してきたのは人間側、魔族は人間の住む大陸を攻めたりしてないのにー」


 リリベルがヨロヨロ歩きながら文句を垂れる。

 一応聞いてたのか。


「流石だな。あの爺さんより長生きしてるだけあるわ。」


「それをいうなー」


 リリベルにヘッドロックされる。

 顔面に乳が押し当たり苦しい。


「君たち、これから魔界に帰るのかい?」


 !?


 背後から核心を突く言葉を言われ、慌てて振り向く俺ら。

 そこには先程おじいちゃんの話を一緒に聞いていた男性が立っていた。


「ま、魔界って何を言って……」


 知らないふりしてみたが、男性は何も言わず不敵に笑う。

 これは駄目なやつだ。ごまかしきれない。

 まさか。


「ステータスオープン!」


【[次元の勇者 ケンジ]】

 レベル:36

 スキル:次元魔法ディメンションマジック

 詳細:一つ上の次元を認識できる。


 やはり異世界勇者か。

 でも次元って何だ? 聞いたこと無いチートだな。


「《ふぁいあ・あろー》!」


 リリベルがまだ酔ってる。

 勇者に向かっていきなり炎の矢を発射した。



ヒュッ……パシッ!



 パシッと掴んだ。

 掴んだ!?


「えぇ、私の魔法の矢が……」


 リリベルもちょっと酔いが覚めたみたいだ。

 男性は炎の矢を自分の目の前で掴み、それをそこらへんに捨てる。

 矢の速さに反応するのも凄いが、そもそも魔法で出来た矢を掴めるのがおかしい。


「まあまあ、今日は宣戦布告に呼び止めただけだよ。

ここで戦ったら、またこの町の人が異世界勇者を嫌いになってしまう。」


 男性が余裕そうな表情で告げてくる。

 何だ宣戦布告って。


「《プラント・ロック》!」

「待てリリベル!」


 まず相手の正体を探るのが先だ。

 攻撃しては話も出来ない。

 と思ったが。


「だから戦う気は無いって言ってるだろ?」


 植物のツルで相手を拘束した――はずだ。

 そのはずなのにツルからスルッと抜けて前に出てくる。

 俺らは少し後ろに下がる。


「宣戦布告ってことは魔王軍に喧嘩売るってことだよな。

わざわざ律儀にありがとうよ。」


「ううん、この世界があまりにもつまらなくて。

宣戦布告したら少しは楽しくなるかなと思ってね。

まさかこんなところで魔王軍に出会うとは思わなかったよ。」


「よく私達の正体に気がついたな。」


「それは……僕は"視え"ちゃうんでね」


 見える?

 だめだ、このタイプはわからない。

 どんな能力なんだ。


「それじゃあまずは南方拠点から潰させてもらうよ。また後日。」


 男性はそう言うと目の前から消えてしまった。

 消える……くそ、せっかく情報はあるのに理解が追い付かないとは。

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