第289話 新曲『吟遊詩人は地の果てまでも旅をする』

 軽快な前奏が流れてきた。

 スモークが焚かれ、背後の大きなディスプレイに幾何学模様が走って行く。

 

「来そうな感じだな……」


 鏡子姉さんがぽつりとつぶやいた。


「一曲目のサビ、会場が最高潮に達した時、来る」

「出たら長銃を」

「拳銃ください」

「バウバウッ」


 朱雀さんは鞄から符を出して懐に入れた。


 透明ゴリラさんたちもピリピリした気配を発し始めた。

 異様な緊張感の中、いきなり音の奔流が叩きつけて来た。


 みのりとマリアさんの声だ。


「『私たちは吟遊詩人バードとして生まれ、吟遊詩人バードとして生きてきて、地の果てまでも旅をする』♪」


 日本語と英語が被さり会い、ハーモニーを奏でる。

 一瞬、我を忘れて聞き入った。

 呪歌ではない、ただの歌だ。

 だがその厚みと透明感がもの凄い。

 仲間達もあっけにとられてステージに魅入られた。


「『あの人が英雄になるさまを近くで見て、それを歌にする♪ 私たちの歌は幾世紀も歌い継がれ、やがて伝説となるだろう♪』」


 ああ、綺麗な歌だなあ。

 凄いなあ。

 聞き惚れてしまいそうだ。


 これが世界一のシンガーと、世界一の吟遊詩人バードの実力なのか。


「遠い遠い約束の地まで、私を連れて行って♪ 見たことも無い景色を私に見せて♪」

『悲しい事も辛いことも挫けて膝をつき敗北する所を私に見せて♪ そして首を振って立ち上がり、がむしゃらに立ち向かい、勝利するところを私に見せて♪』


 曲調が変わる。

 サビに入る。


「『止まれ~、止まれ~、動きを止めろ~~♪ 世界で動けるのは私だけ~~♪ 動かない世界であなたの鼓動を感じるわ~~♪』」


 りっちょんの【お止まりなさいの歌】で、バンドの音、俺たちの動き、全てが止まった。

 舞台の後ろからりっちょんが現れた。

 どこから入り込んだ。


「『あ~~~あ~~、どこまでも遠くに、どこまでも歌い継ごう、私たちは吟遊詩人バード、歌いながら旅をする~~♪』」


 二人はアカペラでサビを歌った。

 りっちょんの顔がゆがんだ。

 そうか、吟遊詩人バードの呪歌は吟遊詩人バードには効かない。


「死ね」


 りっちょんの右腕が伸ばされた。

 レーザー砲がみのりを狙う。


「『ああ~~あ~~、あたまをすっきりおんどをさげろ~~♪ れいせいにれいせいになれ~~♪ クールになれ~~♪』」


 みのりがリュートを弾き【冷静の歌】を歌いはじめた。

 瞬間、俺たちの時間は動き出した。


 俺は泥舟とチアキに銃を収納袋から出して渡した。

 鏡子ねえさんが[縮地]でステージに飛び込んでいく。

 透明ゴリラの気配がりっちょんに向けて飛びかかった。


 ごうと爆音と共に、五人のロケットリュックを背負った外人が海の方から飛来した。


 パッシュー!


 まばゆい光と共にレーザーが走り、『浦波』の表面に当たって火花を散らした。


「汚いわっ!! タカシくんの持っていたチート盾ねっ!」

「あ、あぶないわよ、人に向けて良い武器じゃないでしょっ!」

「あんたのせいで、あんたのせいでっ!! 私はっ!!」

「てんめーっ!!」


 一番先にりっちょんの近くまで到達したのは、鏡子ねえさんだった。


 パシュ!


 レーザー砲がひらめき、鏡子ねえさんを襲ったが、彼女は[縮地]で身をかわす。


 俺は『暁』とバックラーを出して、ステージを隔てる鉄柵の上に乗りジャンプした。


 俺の頭上を。ロケット兵がステージにめがけて飛び越して行った。

 そして、マリエンのビルの方から矢が飛び、ロケット兵たちは打ち落とされて機材に突っ込んで跳ね転がった。


 さすが、鮫島さん、【必中】は頼もしい。


 泥舟が煙幕弾をりっちょんの足下に撃ち込んだ。

 くつしたに乗ったチアキがステージに乱入して、りっちょん目がけてバンバンと拳銃を乱射する。


「くっ!」


 あいにくの海風で煙幕が後ろに流れてりっちょんを包めなかった。

 再び彼女は腕を上げてみのりを狙う。


「【オカン乱入】!」


 出し惜しみは無しだ。


 光の柱から出てきた、かーちゃんは目を丸くした。


「え、ここはなんや?」

「かーちゃん、ロシア人だ、みのりをカバー」

「解ったでっ!!」

「おかあさまっ」


 かーちゃんは丸盾を構え、みのりの前に立ち塞がった。


「どけっ、おばはんっ!!」


 悪鬼の表情でりっちょんは言う。


「終わりだっ!!」


 鏡子ねえさんがりっちょんに向けて回し蹴りを放った。

 りっちょんは避けようとしてひっくり返った。

 透明ゴリラさんがりっちょんを押さえこもうと躍りかかった。

 チアキが冷たい目をして、拳銃をりっちょんの頭部に向けた。


「あかんでチアキ」


 とっさにかーちゃんがチアキの手を持って止めてくれた。

 かーちゃんナイス。


「駄目、こいつ殺しとかないと駄目なやつ」

「だめやっ」

「バウバウ」


 俺もステージに上がった。


「諦めろ、りっちょん、お前の負けだ」

「くくくくっ」


 りっちょんは暗い目をして笑った。


『タカシ、ミノリをカバー!!』


 パティさんの声がして、振り返ると、『ウラジの風』の『盗賊』シーフがみのりをごぼう抜きして、ロケットリュックで空に駆け上がる所だった。


 【気配消し】!!


 マリエンの方から矢が飛んでくるが、ロケット『盗賊』シーフには不自然に当たらない。


「きゃーーーーっ!!」


 みのりの声が空高く上がっていく。


「させるかよっ!!」


 マイケルが一声吠えて【跳躍】で跳び上がった。

 ナイフを抜いて振ると、不自然な感じで『盗賊』シーフは回避した。


『【絶対回避】だわ』


 くそっ!!

 やられたっ!!

 みるみるうちに、みのりと『盗賊』シーフは白煙を残して小さくなっていく。


 りっちょんは透明ゴリラさんに取り押さえられた。


「あははははは、あのビッチはロシア人に捕まって地獄を見るのよ、ざまぁだわっ!!」


 こいつっ。

 『暁』で刺して、その悪い心を[浄化]してやりてえっ。


「タカシ!!」


 俺の後ろに赤スーツのラオウさんが立っていた。


「ワシに乗るのだっ!! タカシィ~~!!」


 え、何?

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