第284話 怪しいジェントルマンと開場前

 みのりとマリアさんの楽屋でお茶をご馳走になる。

 ちゃんとした粉から入れたコーヒーだな。

 コクがあって美味しい。

 チアキがミルクと砂糖をいっぱい入れていた。

 豪華なトレーラーハウスでくつろいでいると、ここが湾岸の公園に居るとは思えなくなってくるね。

 ソファーも革張りだし。


『マイケルたちも来ているわよ』

『それは心強い、パティさんに挨拶しておこうかな』

『ふふ、マイケルじゃないのね』

『こういう時は、マイケルよりもパティさんの方が頼りになりそうですよ』

『そうかもしれないわね』


 マリアさんはおっとりしていて、アーチストって感じだなあ。

 本当ならば俺なんかは声も掛けられないビックネームなのに、人の縁とは不思議なものだね。


「さて、じゃあ、観客席で見てるから」

「え、いっちゃうの、ずっと居て、というか、一緒に舞台に出ようよ」

「無茶言うな、Dアイドルになるのが夢だったんだろう。夢は一人で歩いてつかむものだ」

「う、うん、そのあの、がんばれって言って」

「がんばれ、みのり、みのりならできるっ」

「うん、うん、頑張るよタカシくんっ、元気出た、ありがとうっ」


 みのりは俺の手を握って深くうなずいた。

 さすがにデビューライブのプレッシャーは凄いのだろう、手が小さく震えている。

 俺はみのりの小さな手を握り返し引き寄せ、肩を抱いた。


「みのりは最高だから大丈夫だ、自分を信じろ」

「あっ、うっ、うんうん」


 みのりは真っ赤になって震えが止まった。

 ヨシ!


「じゃあ、観客席で見ているから」

「うんっ、頑張る!!」


 声にも力が戻ったな。

 よしよし。


 俺たちはトレーラーハウスから出た。


「……、泥舟兄ちゃん、なんでタカシ兄ちゃんは普段鈍感なのに、時々死ぬほどジゴロみたいになるの?」

「うん、結構昔からだよチアキちゃん」

「え、これくらい普通だろ?」


 何を言っているんだ、チアキも泥舟も。


「なんだかスパダリみたいでした~、峰屋さん良いなあ~」

「スパダリってなに? マリちゃん」

「スーパーダーリンの事です。無自覚なんですねえ」

「肩を抱いて、甘い言葉を吐いて、チャラ男かと思ったぞ」

「鏡子ねえさんまで」


 女の子に優しくするのは普通の事だと思うんだけどなあ。

 誰も解ってくれない。


 ライブの準備がちゃくちゃくと進んでいる。

 スタッフさんたちが右往左往しているね。

 

『サザンフルーツ』のリハーサルは終わったらしく、女の子たちも、ヒデオさんも居なくなっていたが、ステージの端に見えないゴリラが立っているのは感じだ。

 時々スタッフさんがぶつかって「?」という顔をしていた。


 観客席に異様な覇気がある外人の男がいた。

 配信冒険者のランカーかな?


「あいつ、強そうだな」

「そうだね、喧嘩を売ったら駄目だよ、ねえさん」

「だめかあ」

「だめです」


 厳つい顔でサングラスを掛けていて、真っ赤なスーツをりゅうと着こなして、パイプ椅子に座ってプログラムを読んでいた。

 なんだかあそこだけ北斗の拳みたいな感じになっているな。

 ああ、ラオウに似ているんだ。

 重戦士かな。


「外国のランカーさんかな」

「うーん、大体のランカーの顔は知ってるけど見たこと無いね」


 Dチューバー博士の泥舟が知らないとなると無名の大物か。


 あんまりじろじろ見ると失礼だな、もうすぐ開場だし。

 俺たちはゆっくり会場を移動しながら観察していく。


 スタッフの中にも強そうな人、Dチューブの配信で見た人なんかがいた。

 DアイドルのスタッフにはDチューバー多いからね。


「お、『タコイチ』アタック開始だ」

「川崎きてんだから、マリエンこいよだよなあ」

「『Dリンクス』に喧嘩売ってるんだから、切符貰えなかったんじゃね?」


 スタッフが物陰でサボりながらDスマホで配信を見ているようだ。

 そうか、『たこ焼き一番』はダンジョンアタック中か。

 無事に40階のフロアボス『マンティコア師匠』を倒せるかな。


 俺たちは駐車場まで戻ってきた。

 一緒に来たみんなはどこで待ってるのかな。


「新宮~」


 東海林が駐車場に仮設されたカフェテラスから声を掛けてきた。

 『オーバーザレインボー』だけじゃなくて『ラブリーエンゼル』もいて、お茶を飲んでいたようだ。


「高橋社長から伝言だ、開場になったらスタッフが案内するから、ここでお茶でも飲んで待っていてくれ、という事だ」

「そうか」


 俺はコメントチェッカーを見た。

 もちろん配信はしていないから、デジタル時刻表示の方だが。

 開場まで三十分ぐらいあるな。


「サッチャンの配信、色々うろうろしていて面白いお」


 高田くんがDスマホを見ながらそう言った。


「待機列に直撃してるっすねえ、いやあ、沢山いるっす」


 俺は場外の方を振り返った。

 柵の向こうは人が沢山並んでいるな。

 なんだかサイリウムを持ってる人が多い。

 昼間のライブでも振るのか?


「私はBLTサンドとホットコーヒー」


 鏡子ねえさんがちゃっかりコーヒーとサンドイッチを頼んでいた。

 朝ご飯食べたろう。


「私はパインジュースとアイス~~!」


 食欲姉妹はマイペースだな。


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