第139話 占有殺しサチオとチアキの事情

 『暁』と『浦波』を抜いて構えた俺を見て、サチオはくすりと笑った。


「怖いなあ、でも今はみのりちゃんいないから『大神降ろし』も『真神降ろし』もでき無いよねえ」


 不味いな、こいつ強いぞ。

 威圧感が半端ない。


「荒事は付き合ってあげたいんだけど、チアキが怖がるからやめてね」

「……」


 チアキと呼ばれた少女は大きい目で、こちらをじっと見ている。


『うっはー、サッチャンの弟!』

『インキュバスなのか? というかサチオって、おま、名前を付けたのは誰だ~~』

『い、いや余のせいではないぞ、サッチャンだ』

『あの人、時々雑だよな』


「タ、タカシくん……」

「この人は?」

「敵、かな、タカシ君」

「多分運営の悪魔です」

「サッチャンの弟、サチオです。よろしく、先生方」


 しかし、何をしに来たのかが解らない。


「まあまあ、剣を降ろしてよ、戦う気は無いからさ」


 俺は迷ったが、ふうと息を吐いて『暁』を木鞘に戻した。


「話を聞きましょう、サチオさん」

「ありがとう、だからタカシくんは好きさ」


 ウインクすんなよ。


『やば、妄想が捗るっ! タカシ総受け本が厚くなるぜっ』

『貴腐人隊は出て行け』

『やや、身バレした』

『本物かーっ』


 サチオはよっこいしょと言って岩に座った。

 こちらも適当な岩に腰をかける。

 収納袋からみのりが入れたレジャーシートを出して、先生方を座らせる。


「先生達もちょっと休憩で」

「そうね」

「お茶でも飲みますか、麦茶を入れて来たんですよ」

「僕は紅茶です、冷たいの」

「私は緑茶のペットボトルですよう」


 わりと先生方も暢気だな。

 泥舟と東海林も座って行動食をポリポリと囓り始めた。


 なんかチアキちゃんが物欲しそうにしていたので、チョコバーを渡してみた。


「くれるの……」

「食べて良いよ」

「あり、がと……」


 なんか元気が無い子だな。

 六歳ぐらいかな。

 体も細くて、あまり食事をしてない感じがする。


「僕にもくださいよう」

「しょうがないな、はい」


 サチオにもチョコバーを渡した。

 俺も自分のを出して囓る。


「お、これ美味しいですね、外に出たら買おうっと」

「おいしい……」


 チアキちゃんはカリカリとリスのようにチョコバーを囓った。


『チアキちゃん、可愛いが、痩せすぎだな、欠食児童だな』

『手足細い、うわー、ご飯食べさせて~~』

『迷宮棄児かのう』


「僕は昨日から上に頼まれて『占有殺し』をやってるんですが」

「え? 占有してる半グレとかを殺すのか」

「そうなんです、一時間とか制限時間だと、宝箱に苦戦しているのか、占有なのか解らないじゃ無いですか、なので、僕が直接行って聞いて、殺します」


 ああ、迷宮運営が占有している半グレたちを追い出す事にしたのか。


「それでですね、七階の占有者に聞いて、占有してると言ったので殺したんですよ」


 後ろで聞いていた竹宮先生がひっと声を上げた。


『おお、占有の半グレ追い出す事にしたのか』

『あいつらウザイからなあ、これで少しは六階から十階が空くな』

『汗をかかないで儲ける配信冒険者は殺すという事だね』

『おおむねそうじゃな』


「占有してないと言ったら?」

「一時間後にまた来ますと言って、まだいたら殺します。わりと面倒くさいんですよね」


 俺はチアキちゃんを見た。


「チアキちゃんも占有を?」

「してた……」


 サチオは肩をすくめた。


「占有を確認したので、殺しちゃっても良いかなって思ったんですが、テレビドラマとか映画とかだと、こういう可哀想な感じの小さい子は殺さないじゃないですか、だから迷ってたら、懐かれてしまって、ははっ」


 チアキはチョコバーを食べおわると、サチオの足に抱きついた。

 それは悪魔で、君を殺す存在だよと言ってやりたかった。

 だけど、チアキにとっては半グレのおじさんどももサチオも変わり無いのだろうなあ。

 迷宮棄児だな。


「ですので、誰かに託すか、地上に出すかして警察に頼もうかと思ったんですよ。どうですか、タカシさん、チアキを養ってくれませんか」

「うーん、そう言われてもなあ」

「駄目ですか、だったら外に出て警察に渡しますかね」

「警察いやっ」


 チアキはサチオに抱きついた。

 後ろを見た。

 先生方も下を向いて目線を合わせないようにしてるな。

 うーん、役に立たない。


「泥舟はどう思う?」

「タカシはまだ高校生だから、子供は育てられないと思うよ」

「僕もそう思う、施設に預ければ良いのでは無いかな」


『余もそう思うな、子供のタカシに押しつけるな、サチオよ』

『子供が子供を育てる感じになるしな』

『金の方は全然問題無いけどなあ、難しいなあ』


 しょうがない、かーちゃんの意見を聞こう。


「【オカン乱入】」


 光の柱が現れ、かーちゃんが現れた。


「お、どうしたん、タカシ」

「あ、ちょっと問題があって」

「あ、タカシ君のお母さんですか、お噂はかねがね、タカシ君の担任の宮川ともうします」

「あら、これはこれは、いつもタカシがお世話になってますわ」


 いや、先生、かーちゃん、挨拶は良いから。


 挨拶の長い、かーちゃんをなだめて、サチオとチアキの事を相談した。


「そうかー、チアキちゃん、あんた何かできるんか?」

「『盗賊シーフ』……」

「こんなに小さいのに?」

「十歳ぐらいらしいですよ、なんだか凄腕の泥棒の師匠に仕込まれたらしいですよ」


 半グレども、何してるんだよ。

 というか、十歳の体の大きさじゃないだろう。


「ああ、そうか、じゃあ、タカシのパーティに入り」

「かーちゃん……」

「鏡子が一人暮らしするやら言うとったやろ、あの子も幼児みたいなもんや、一緒に育っていけばええ」


 ああ、そうか、鏡子ねえさんがいたな。

 彼女も言ってみれば体がデカイ幼女みたいなもんだから一緒か。


「タカシはチアキを救いとうないんか」

「……救いたいよ」

「じゃあ、迷う事無いわ」

「で、ですが、お母さん、本当の親御さんが出て来たりしたら」


 宮川先生が膝行してきた。


「サチオみたいな悪魔と出会った時点で死んだようなもんや、文句は言わさんよ」

「法律的にはですね、やはり親権は強いですし」

「先生」


 かーちゃんは宮川先生ににっこり笑った。


「これも何かの縁ですわ、法律とかあんじょうたのんますわ」

「そ、そんな」

「宮川先生、われわれも知恵を出しましょう」

「迷宮棄民は問題になってますし、われわれ教師も何かすべきですよ」

「そう言われると弱いなあ」


 宮川先生は良い人だからなあ。


「人間はいろいろ面倒くさいね」


 サチオはぽつりとつぶやいた。


 かーちゃんはチアキの側に行き、ひざまずいて目線を合わせた。


「チアキ、これからな、タカシお兄ちゃんが家族になってくれるそうやで、うちはおかあちゃんや」

「……う、うん」

「これからよろしくな」


 そう言って、かーちゃんはチアキをやさしく抱きしめた。


『『『かーちゃん』』』

『これを何かの足しにしてくれーっ』

『チアキちゃんに良い物喰わせてくれーっ』


 ビロビロビロリンとスパチャが滝のように流れ落ちていった。

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