第89話 八階はもぬけの空

 階段を降りて八階の安全地帯へと降りる。


「大分深く降りてきたねっ」

「ここは権田権八の縄張りだから、あまりアウトローは残って無いだろう。注意するのは魔物だな」

「らじゃっ! 虫は出ますかっ」

「虫は居ないな、バブリースライムに注意だ」

「わっかりましたーっ!」


『みのりんは意外にドジっ子だから心配』

『しかし『吟遊詩人』バードは戦略が広がって面白いな』

『純支援『吟遊詩人』バードコースに行くのかな』


 今、峰屋みのりが支援中心でやってるのは、初心者だから行動オプションを少なくするためだ。

 『吟遊詩人』バードは魔法も覚えられるし、弓も使えるのだが、戦闘の動きが解らないと次の一手で何していいのかと思考が止まるからだな。

 支援の動きをしっかり解ってから、魔法なり弓なりのサブオプションを教えるつもりだ。

 なんでも出来る分、どれもあんまり使えない存在になりやすいとも言えるだろう。


 ジャイアントバットが五匹現れた。

 鏡子ねえさんがパンチとキック、あとネリチャギで三匹落とす。


「『コウモリは陰キャ!』」

「キキイイッ」


 峰屋みのりの【罵声】でコウモリが一匹精神ショックを受けてよろめいた。

 そこへ泥舟の槍が貫く。


 俺が『暁』を抜くと、その前に鏡子ねえさんが後ろ回し蹴りで最後のジャイアントバットを落とした。

 鏡子ねえさんの安定感は凄いな。


「でっかいコウモリさんだなあ、陰キャとか言ってごめんね」

「キキイ」


 悲しそうな声を出してジャイアントバットは粒子になって消えて経験値の霧が発生した。

 ドロップ品は、魔石、ゴールデンバット(煙草)、こうもり傘であった。


「傘とか出るんだ」

「めったに出ないが、なんか魔法が掛かっていて雨を弾くし頑丈だという評判だな」


 鏡子ねえさんが戦利品をリュックに入れた。

 こうもり傘もリュックの横のバンドに付けた。


「十階に行くまでにリュックがパンパンになりそうだなあ」

「後で整理しよう」


『みのりんの豪運効果すげえねえ』

『こうもり傘出る所初めて見た。わりとレアだろ』

『たばこも250円で買い取ってくれるが、生産中止品をどこから調達しているやら』

『悪魔のやることだから』


 そのあと、ジャイアントトードが四匹出たが蹴散らした。

 魔石、ガマの軟膏、ブラスナックル、カエル饅頭が出た。

 さっそく鏡子ねえさんが饅頭の箱を開けてむしゃむしゃ食べ始める。

 ひよこ饅頭みたいなやつのカエル版だ。

 俺たちも一個ずつ貰って歩きながら食べる。


 ブラスナックルは鏡子ねえさんが今使っている物と同形の物だった。

 やっぱりパーティの主力なんだから、鏡子ねえさんには良い武器が出て欲しいなあ。

 とはいえ、剣に比べると護拳はほとんど出ない。

 マイナー武器だからなあ。


 武器といえば、レア装備箱から出た物の、何に使うかちっとも解らない武器とかもたまにある。

 異世界の武道の武器ではないのかと言われている。

 一応値段が付くので買い取りカウンターに売る人が多いな。

 レア装備箱が出ても油断は禁物なんだ。


 八階ではアウトローの姿が無い。

 まだ縄張りが確定してないのかな。

 七階も壊滅した感じだから、わりと空白地帯が出来たな。

 司馬組が壊滅したのもあるのだろう。

 半グレの親玉はヤクザだったりするし。


 バブリースライムが二匹出て来た。


『気を付けろ、みのりんっ』

『毒を吐いてくるぞ、難敵だ』


 動きが遅いけど、近づくと毒液を吐いてくる難敵だ。

 鏡子ねえさんと相性がわる……。


 鏡子ねえさんが恐れ気もなくバブリースライムに近づいてパンチをぶちかました。

 一匹が破裂したようになって消滅した。

 もう一匹が毒液を吐いた。

 鏡子ねえさんの腕にかかりジュッという音と共に焼けただれる。

 が、意に介さず、さらに中腰でパンチをくれた。

 バブリースライムは死んだ。


「ムカデ飴があるから安心」


 そう言って鏡子ねえさんはポケットからムカデ飴を出して口に含んだ。


「『さあ目を開けて傷を癒やそうよ~~♪ 頑張った君の勇気を力に変える~~♪ 治れ治れ治るんだ~~♪』」

「お、みのり、サンキュー」


 鏡子ねえさんの腕の傷が煙を出して治っていく。

 乱暴な対処だが、まあ良いか。

 泥舟に核突きを頼もうと思っていたのだが。


 ドロップ品は魔石と安っぽい指輪だった。


『バブリーリングでたー』

『みのりんつけろつけろ』

「え、効果は?」

『幸運+1じゃ。買い取り価格は五千円』

「おお、貰って良い、タカシくん」

「ああ、峰屋の運の良さには助かっているからな」

「わわーい」


 峰屋みのりは嬉しそうに左手の薬指にバブリーリングをはめた。

 そこに指輪はまずいんじゃなかったか?

 どうだったか。


 結局アウトローの姿を一人もみないで、九階への階段に到達した。

 階段を降りて安全地帯に入る。

 水場で水筒に水を汲む。


 そういえば、りっちょんとここで休憩したな。

 あの子は退院しただろうか。

 事務所がつぶれかけで、『吟遊詩人』バードの転職レースにも乗り遅れているだろう。

 どうなるのかな。


 十日ぐらい前なのに、もう何年も前のような気がする。

 【オカン乱入】を手に入れて、俺の世界は変わったなあ。

 友達と一緒にフロアボスアタックだなんて、あの頃は思いもしなかった。


「タカシ~、行くぞ~」

「おう、ねえさん」


 隊列を組んで、俺たちは九階走破に乗り出した。

 目標の十階まではもう少しだ。

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