第88話 七階で異変が起こる
七階への階段の安全地帯、下りた所の安全地帯にもアウトローはいない。
「どこかで固まってんな、これは」
「七階の縄張りはどこのチームだったかな」
宝箱の占有の取り合いで割と六階から十階の縄張りは変動する。
権田権八の縄張りは八階が中心だった。
七階は確か、川原、だったかな。
ずる賢そうな小男の半グレだ。
Waooooooooon!!
腹にどっしり来る遠吠えが七階に響いた。
結構遠い。
「これは、多人数殺しか?」
「半グレが集まり過ぎたようだ」
「現在の階層の十階下の魔物が出る、というと何だろう」
「狼系だな」
『オルトロスか、フェンリルベビーか、どっちだろう』
『うっかり十八人以上で待ち伏せしたか』
『半グレは算数できねえから』
洞窟を縫うように最短距離を行く。
鏡子ねえさんと俺の点けているヘッドライトの光がテラテラとした岩壁を照らし出す。
気配察知は意識して発動している。
コボルトが四匹こちらに向かってきた。
「『ねーむれ~~よいこよ~~♪ おかあさんのむねのなかで~~♪ ゆめをみよ~~よ~~♪』」
峰屋みのりの【お休みの歌】だ。
俺たちは最初のリュートの音でポケットからハイパーーミント飴を出して口にほうり込む。
コボルトたちがふらふらと眠そうな目になる。
俺たちにも効いているが、口の中のハイパーミントが仕事をする。
鏡子ねえさんが暴れ混んで二撃で二人のコボルトの頭を吹っ飛ばした。
泥舟が背中を丸めて槍で心臓を一突きする。
最後の一匹が頭を振って眠気を飛ばす。
俺が踏み込んで切り払う。
ほとんど手応えもなくコボルトの犬の首が飛んだ。
「『おはようおはよう~~、あかるい笑顔にさんさん太陽さんが~~♪ にっこり顔出しおはようさん~~♪』」
しゃっきりと覚醒した。
『お休みおはようコンボかあ。飴があって来ると解ると結構抵抗できるっぽいね』
『いろいろ組み合わせてんなあ』
『ザ・支援バードという感じで良いな』
「お、コボルトバーガー出た」
コボルトバーガーはコボルトから出る食品ドロップの一つだ。
コンビニで売ってるハンバーガーのような安っぽい味がする。
さっそく鏡子ねえさんが包みを開いてむしゃむしゃ食べている。
他のドロップ品は、魔石、銀塊、キュアポーションだった。
銀塊は高く売れるので嬉しい。
戦利品を手早くリュックに詰める。
なんだか、ヒリヒリした焦げたような戦闘の匂いが近づいてくる。
前方の通路から半グレ冒険配信者が血相を変えて逃げてきた。
「た、たすけてくれ~~!!」
「あ、タカシ、貴様の、貴様のせいでっ!!」
「ぎゃーっ!!」
最後尾の半グレが牛のように巨大な赤黒い双頭の犬に噛みつかれて悲鳴を上げた。
「たすけ、たすっ、ぎゃあああっ!!」
二つの巨大な口がばりばりと半グレをかみ砕いた。
「オルトロスだ!! 強いぞっ!!」
「わ、わわわっ!!」
「泥舟は峰屋みのりのカバー、正面は俺と鏡子ねえさんで止める!」
半グレは我々を残して悲鳴を上げて逃げた。
Gururururu.
オルトロスは鏡子ねえさんを見て、唸りを上げた。
『出現階層は二十五階から三十階! 火炎を吐くぞ、注意しろ』
『がんばれ、これを倒せるならワーウルフは楽勝だ!』
オルトロスは二つの口をグワっと開けた。
「わ、わわわ、『ゆっくりゆっくりゆっくりなりたまえ~~♪』」
よしっ! 【スロウバラード】が効いた。
動きがゆっくりになったぞ。
『みのりよ、ナイスじゃっ』
『効いたなあ! このままラッシュだ、狂子さん!!』
ゴワッと火炎が噴き出されたが、それも半分の速度になっている。
鏡子ねえさんが火をかいくぐり左の頭にワンツーパンチを入れた。
G a o o o o n !
俺は業火を避けて接近する。
姿勢を低くして、前足に『暁』で切りつける。
ザッシュ!!
G a o o o o n !!
前足を斬り飛ばした。
よく切れる!
左側の頭が俺を狙って噛みついてくるが、【スロウバラード】が掛かって半分の速度になっているので避けるのはたやすい。
「いひひっ」
鏡子ねえさんが右の頭に組み付いた。
そして、一瞬
バキン!!
片方の首がねじ曲がった。
左の頭がバウバウバウと吠えながら鏡子ねえさんを噛もうと首を振る。
俺は踏み込んで上から首を断ち落とす。
ゴロン。
オルトロスの首が地面に落ちて転がった。
血が噴き出す前に跳びのいた。
『オルトロス!! 撃破~~!!』
『すげえ、つええな、『Dリンクス』」
「やったあ、やったあ、凄い怪獣に勝ったーっ!」
「騒いでないで、峰屋、こっちに来い」
「あ、経験値経験値」
「僕も僕も」
四人で仲良く経験値の魔力霧を吸い込んだ。
泥舟と峰屋は一ずつレベルが上がる。
泥舟はレベル9、峰屋はレベル8だ。
ドロップ品は大きな魔石と黒いチョーカーだった。
「わわ、チョーカー、格好いい、貰って良い?」
「俺はかまわない」
「あたしも良いぜ」
「峰屋さんに似合いそう」
峰屋みのりは黒いチョーカーを首に巻いた。
「えへへ、記念になるね。効果とかあるのかな」
『オルトロスチョーカー、防御力+3、火炎耐性+2じゃな』
『結構良いな、売ると?』
『買い取り価格が五万、販売価格十万じゃ』
『火炎耐性が良いねえ』
八階への下り階段に向けて歩く。
半グレたちの死体がごろごろと転がっていた。
下り階段まで来ると、死骸が山になっていた。
半グレたちは安全地帯で待ち構えていたようだ。
十八人を越えて。
安全地帯でも多人数殺しは出る。
だからこそ、最深部アタックするパーティは人数をきっちり数える。
十階下の魔物が出たらこんな風景になるからな。
「酷い……」
峰屋みのりは青い顔をして死骸を見ていた。
初心者にはキツイ光景だな。
「阿呆だなあ」
鏡子ねえさんはマイペースに死骸のポケットを探り、金目の物とか装備を漁っていた。
「こんなにいるのにオルトロスを倒せなかったのか」
「半グレは大体『戦士』だからな。魔法使いも僧侶もほとんどいない、オルトロスの良い餌食さ」
うちも、峰屋みのりが居なかったら、もっと苦戦していたな。
オルトロスは素早い動きでこちらを翻弄するからね。
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