幕間:心霊系Dチューバー石川淳二の告白

 ええ、そうなんですよ、ほらここの所サッチャンがヤクザ事務所を襲撃したり、川崎で二番目の『吟遊詩人』バードが生まれたりとDチューバー界隈も騒然としているのでねえ、私なんか木っ端な心霊系Dチューバーなんか同接数がどんどん落ちていくわけなんですよ。


 それでまあ、こういう時はしょうが無いな、バカンスとか行って命の洗濯でもしようかなって、かみさんと一緒に、グアム行きの切符を買って、成田から飛行機に乗り込んだってわけなんですよ。


 夕方のフライトでしてね、八分入りぐらいの混み方でしょうかね、まあ時季外れにしては混んでいる方でしたね。

 私の席は飛行機の真ん中ぐらいで、窓際の席をかみさんが取ってしまったので通路側の席でじっと座っていたんですよ。

 成田グアム間でまあだいたい三時間半ですよ、夕方の便だからグアム空港には夜着でしてね、まあ着いたら軽食を食べて、ホテルに入って寝ようって、そんな感じのスケジュールでしたね。


 それでね、三つ前の座席の男性が、こっちをちらちら振り返ってくるんですよ。

 太った男性でね、どこかで見た事があるなあ、だれだったかなあと思っていたら、思いだしたんですよ。

 ウイングチートプロダクションの亀田専務ですよ。

 この人はやり手でね、私もアイドルとアンデット階を行くって企画でいろいろお世話になった人でして、ああ、こっちを見つけたのかな、と思ったんですが、なんだか様子がおかしい。


 元々太った方だったんですが、それにしてももの凄い汗をかいてるんですよ。

 そして何度も何度も振り返って見る。

 どうやらこっちを見ているんじゃないぞ、私の後ろを見て居るぞ、ってね、気が付いて、私も振り返ってみたんですよ。


 その瞬間、私はぞおっとしてしまってね、「ひゃっ」と声をあげちゃったんですよ。

 居たんですよ、ちょうど三つ後ろの通路側の席にサッチャンがね。

 もう、どんどんどんどん怖くなって、ああ、飛行機の中で暴れるのはやめて下さい、というか、亀田専務は禍中のプロダクションの重役だった事も思いだしてね、絶望の中に叩き込まれて、私もだらだらと汗をかいたんです。


 サッチャンはそれを知ってか知らずか、ニマニマ笑っているだけなんですよ。

 いや、本当に悪魔ってコワイもんだと初めて実感して、こう、尾てい骨の下のあたりからどんどんどんどん怖さが上がってきて、でも声も上げられず、何も出来ないんですよ。

 なにしろ、変な動きをして目を付けられると困る、亀田専務を庇ったとか思われたら巻き添えを食っちゃうぞ、とか、そんな事を思って汗だけをだらだら流していたんですよ。


 まー、うちのかみさんは脳天気に外を眺めたりうたた寝をしたりしていて、おまえ亭主が地獄の底にいるような恐怖に震えている時になんだと、言いたいんだけど、言えない、地獄の苦しみとはこういう物なんだな、って思いましたね。


 そのうち、亀田専務が客室乗務員に何か言ってるのが聞こえてきましてね、なんで乗ってるんだとか、なぜ乗せたんだとか、文句を言っているんですよ。

 なんだか、正規の料金を払っていたので断るわけにもいかなかったと外人のスチュワーデスは答えているんですよ。

 パスポートはどうしたんだ、とか亀田専務は聞くんですが、スチュワーデスは、そんな事は日本国の事で航空機会社の知ることではありませんと突っぱねてたんですね。


 その間、私は、やめろー、やめろー、サッチャンを刺激するなー、飛行機内の人間を全滅させる事だってたやすい存在なんだぞ、やめろー、と心の中でつぶやいてたんですよ。


 まわりを見てみると、乗客の何人かは気が付いて震えながら脂汗を流しているんですよ。

 そうすると、もう、なんというか運命共同体な感じになりましてね、アイコンタクトで会釈を外人のおばさんと交わしてみたりするんですよ。

 オーマイガ! てな感じでしてね。


 そんなこんなで三時間半の恐怖のフライトが終わりましてね、グアム空港へ着陸とあいなった訳です。

 いやあ、あんな長い三時間は私の人生でも無かったですねえ。

 なんだか、ほっとした訳です。

 ああ、サッチャンは飛行機を落とす気は無いんだな、乗っているDチューバーで無茶をする奴も居なかったんだな、ああ、なんとか助かるかもしれないって思って安堵のため息を吐いた、その瞬間ですよ!


 安全ベルトのライトが出て、着陸態勢に入った所で、亀田専務が席を立って前に駆けだして行くんですよ。

 スチュワーデスが制止してもあらあらしく突き飛ばしてですね、出入り口まで出てドアのレバーをガチャガチャし始めるんですよ。

 ええ、飛行機のドアってのは着陸態勢に入ったらそう簡単に開くもんじゃあないんです、やってもやっても開かない、亀田専務は真っ青になって必死にガチャガチャやっている。

 振り返るとですよ、サッチャンはのんびりコーヒーを飲みながらそれをじいっとみているんですよ。

 目がね、笑って無いんですよ、虫を見るような目で亀田専務を見ているんですよ。

 ああ、ああ、亀田専務死んだな、と、そう思いましたねえ。


 飛行機のタイヤが滑走路に接地するキュキュっという音がして、だんだんと速度が落ちていくんです。

 亀田専務はもう恐怖の色を隠さないで泣きながらドンドンドンドンドアを叩くんですが、まだ開かない、まだ開かない。

 外ではボーディングブリッジが飛行機に向かって伸び始めても、狂ったように開けろ開けろと叫びながら扉を叩くんですよ。

 さすがにその頃には勘の鈍いうちのかみさんも気が付いて、なによあの人とか言っているんだけど、おそいよ、おまえ、私が何時間恐怖に震えていたと思ってんだ、と言いたかったですね。


 サッチャンが立ち上がります、それはゆっくりと歩き亀田専務に近づいていきますよ。

 その時、やっとドアが開いて、空港の係員ですか、警官業務もやってるんでしょうかね、が入ってきて、入れ違いに亀田専務は全速力で逃げだすんですよ。

 みんなあっけにとられていて、席を立って出ようという人がなかなか出ないんです。


「グ、グアムにようこそ、サッチャン」

「どかないと殺しちゃうぞっ♡」


 一言でしたね、一言で三人の屈強な係員がさっと退いてサッチャンが通る道を空けましたよ。

 サッチャンは悠然とボーディングブリッジの中に消えて行きました。


 その後、ホテルでニュースを見たんですが、どうやら空港内で亀田専務はサッチャンに追いつかれて八つ裂きにされたようです。


 とりあえず、私は命拾いをして、ほっとしまして、しばらく座席でぐったりしてましたよ。

 そして、誰からともなく拍手をし始めて、全員が拍手をしましたね。

 ええ。


 そのあと、グアムで観光していたら、海で水着で遊んでいるサッチャンを二回見ました。

 帰りも普通に飛行機で帰ったみたいですね。


 なんとも血の凍るような恐怖体験でしたよ。

 本当に。

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