第83話 呪文巻物と聖典と楽譜を売りに行く

「どうだ、『戦士』ウォーリアになった感じは」

「ああ、大分違うね。力が流れやすくなったというか、不思議な感じ」

「力の流れが解るようになるんだよな」


 『戦士』ウォーリアというのは物理で戦う人間の基本クラスだから、わりと万能な所がある。

 その特長の一つが、運動力の感知だ。

 体に流れる重力や筋力の動きが直感的にイメージ出来る。

 これがあるから、跳んだりはねたりが上手くできるし、吹き飛ばされた時の受け身とか、盾で攻撃を受け流したりが上手く出来るようになるんだ。


 スキルでは無い基礎能力なんだけど、どんなコモンスキルもかなわない長所だと思う。


「おお、こんなに違うのか、泥舟ちょっと歩いてみろ」

「こうかい、お爺ちゃん」

「「お~~」」


 年寄り師匠たちが感嘆の声を上げた。


「練れたのう」

「ベテランの足運びじゃわいな、軸がまったくぶれておらんわ」

「そうかな」


 泥舟は照れて笑った。

 というか雲舟先生はDチューバー化してないのに、動きが見えてそうだな。

 それはそれで凄い鍛錬だな。


「槍の大会で年若いのに妙に老成された動きの選手を見るが、あれもDチューバーかのう」

「そうじゃろう、剣道の方でもDチューバーと一般の差が広がって困っておるよ」

「同じ条件で試合させるといかんなあ」

「サッカーなんぞはDリーグを作って隔離したつもりが、Dリーグばかり人気になったらしいわい」

「そりゃ超人的なプレイの方が見たいわなあ」


 サッカーと野球は、Dチューバーと一般選手を分けてリーグを作っている。

 だが、人気が出るのはDリーグばかりというのが現実らしい。


「やれやれとんでもない変革期じゃな」

「あと十年ぐらいは落ち着かんじゃろうて」


「ワシらはちょっと飲んで帰るが、タカシたちもどうだ?」

「いやあ、飲み屋はちょっと」

「そうか、まだ早いか、惜しいのう」

「では、またな、タカシくん、今日は楽しかったぞ」

「はい、また、雲舟師匠、厳岩師匠」

「またなあ」


 爺さん師匠ズは飲み屋街の方へ歩いていった。


「私たちはファミレスで打ち上げをしよーっ」

「え、やだ」

「えー、なんでなんで、タカシくんなんでー」

「毎日外食ばっかりだとな」

「ぶーぶー」

「ああ、じゃあ、タカシの家でオークハムサンドパーティをしよう」


 うわ、また迷惑な企画を考えるな鏡子ねえさんは。


「良いね、サンドイッチパーティだ」

「やるやるー、からあげも買おうよ」


 お惣菜を挟むとなんだか、俺の思う粗食ではないのだが。

 まあ、楽しそうだから良いか。

 外食よりは安いだろうし。


「その前に、楽譜スコアとか売ってしまおうよ」

「そうだな泥舟」


 俺たちは地獄門に隣接する複合商業施設に入った。


 三階にあるしょぼくれた『三間堂』は俺の行きつけの買い取り屋だ。

 専門は呪文巻物とか聖典だな。


 ドアベルを鳴らして中に入る。

 店は一面のガラスケースの中に呪文巻物や聖典が並んでいる。

 一角が改造されて『楽譜スコアコーナー新設』と掛札が掛けてあるが品物は無いな。


「やあやあ、タカシ少年! ひさしぶりだね。ややっ!! みのりんに狂子さんに泥舟くんっ!! 『Dリンクス』で来てくれたのか、ようこそようこそ」

「売りに来ましたよ清美さん」


 俺を出迎えてくれたのは、店主の清美さんだった。

 メガネの元気なお姉さんだ。


「さて、何を売ってくれるのかな」

「【元気の歌】と【火球ファイヤーボール】、あと【解毒アンチポイズン】です」

「【微電撃エレクトロ】も出てなかったかね?」

「見てたんですか、東海林にやってしまいました」

「ああ、なんとも惜しい。でも、楽譜スコアは嬉しいね、今、飛ぶように売れているよ」


 三点で十万になった。

 【元気の歌】が六万、他の物が二万ずつだ。

 楽譜スコア高いな。


「今度は【威力増幅の歌】を出しておくれ、高く買い取るよ」

「そうそう出る物じゃないですよ」

「何を言っているのだ、きっと出るよ、そう『Dリンクス』なら、ね」


 まったく、調子が良いんだから。


「ここはレア楽譜スコアは売って無いんですか?」

「今は無いねえ、レア楽譜スコアはなかなか出ないからね」


 市場にレア楽譜スコアが出ても、S級パーティが買ってしまうからな。


「それではまた来ます」

「ありがとう、また来てくれたまえ」


 俺たちは『三間堂』を後にした。


「元気なお姉さんね」

「アウトローが店を襲ったらあの店主はどうするんだ?」

「魔法で戦うよ」

「Dチューバーなのか!」

「レア呪文スペルを出して、深層で荒稼ぎしたから半分引退してるね」

「良いなあ」


 彼女が居た『ダークライジング』はS級配信パーティだったけど、六十七階で強悪な魔物の群れとぶつかり相打ちになった。

 生き残ったのは彼女ともう一人だけだったという。

 それ以来、彼女は買い取り屋をやって生活をしているらしい。


「配信冒険者もいろいろあるんだな」

「S級なのにもったい無いわね」

「まあ、人の人生だから、何とも言えないよ」

「そうだな」


 泥舟がスマホでの計算を終えたようだ。


「それじゃ、二万通しで」


 売り上げを分配してくれた。

 余りは自分の財布とは別の財布に入れて、『Dリンクス』のお金として管理してくれているようだ。


 五階の狩りだというのにもの凄く儲かるな。


「よし、これで美味しいパンを買ってタカシくんの部屋にいこーっ!」

「沢山食えるぜっ」


 俺は、粗食が食べたかっただけなのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る