第71話 越谷小太郎の生き方
越谷さんはサッチャンに互角に対抗している。
ように見える。
だが、サッチャンは手を抜いているな。
明るい表情でサッチャンは舞うように無数の斬撃を繰り出す。
越谷さんは必死でそれを捌き、一撃を繰り出す。
徐々に越谷さんが後退しているのが解る。
押されている。
いかに強力な退魔刀といえど、当たらなければどうという事は無い。
足、肩、腰、どこかに動きを鈍らせる為の一撃を入れたい。
だが、サッチャンはもちろんそれを許さない。
風に舞う羽根のようにふわりふわりと攻撃をかわし、真っ赤な短剣の斬撃を繰り出し続ける。
汗が、越谷さんの額に汗が湧き、顔が赤くなりはじめ、息が荒くなる。
ザック。
サッチャンの赤い短刀がバックラーを越えて越谷さんの二の腕に刺さった。
越谷さんはそのまま腕を引き体を前に出し、サッチャンの太ももを差した。
「へえ♡」
笑うサッチャン、だが越谷さんはさらに踏み込んでサッチャンの顔面に頭突きを食らわせた。
「くはっ♡」
正規の剣術には無い動きだ。
「明日とか考えていない、やくざ剣術ねっ♡」
「あんた相手に明日なんざいらねえっ、一撃だけが欲しいっ!」
キャラキャラ笑いながらサッチャンは蹴りを放ち、間合いを広げる。
「ああ、いいわ、いいわよ、あなた素敵だわ小太郎さんっ♡」
越谷さんは更に踏み込み、間合い外しをゆるさない。
バックラー持つ傷ついた左手で打撃を加える。
サッチャンの両の短剣が赤く光った。
「ああ、素敵、素敵だわ」
「おいっ、やくざっ!! 戦技スキルが来るっ!!」
「なっ!」
「おそーい。『
サッチャンを中心に八本の赤い斬撃が同時に発生し、越谷さんの体を襲った。
ザシャシュシュシャ!!
「!!」
手首が、足の指が、腕が肩が太ももが切り裂かれ吹き飛び血が舞い上がる。
どすん。
胴体だけになった越谷さんが地面に落下した。
「私に戦技を使わせるなんて、本当にイカシてるわ、大好きよ♡」
サッチャンは芋虫のようになった越谷さんの顎を指でやさしく持ち上げ、頬にキスをした。
「殺しなせい……」
サッチャンは笑ってこたえない。
彼女は懐から黒い柄のマタギナガサを取り出して越谷さんの前に置いた。
「『宵闇』……」
「気に入ったわ、下りてきて、百階に。もっともっと強くなって、もっと強い仲間を集めて、越谷小太郎さん、待っているわよ♡」
そう言うと中空から硝子の瓶を出して、越谷さんの胴体にぶつけた。
ガチャン!
「ぐあああっ!!」
越谷さんが悲鳴を上げると、傷口から新しい手足が生えてきた。
切り裂かれた手足は煙となって消えて行く。
「じゃあねん♡」
サッチャンは暗がりに入り姿を消した。
「あの、クソアマっ!!」
怒った越谷さんが地面を叩いた。
「ひょえーひょえー」
ああ、いかん峰屋みのりがオーバーヒートしてるぞ。
「サッチャンさまがかっこ良かった……」
あ、駄目かもしれない。
鏡子ねえさんは泣いている越谷さんの近くでひざまづき目線を合わせた。
「おいヤクザ、お前、気に入った、『Dリンクス』に入れ」
「いえ、そいつは出来ねえ相談です」
越谷さんは退魔刀『暁』を拾い、バックラーを拾って俺に差し出した。
「お貸し頂き感謝の念に堪えません、こんな見ず知らずのヤクザに過分なお心使い、恐れ入りやす」
俺は『暁』とバックラーを受け取った。
「思い切り戦えましたか」
「へい、足下にも及んでやせんでしたが、全力は出せやした」
「それは良かったですね」
「タカシも勧誘しろよっ、つええぞこのヤクザ」
「鏡子さん、お気持ちは嬉しいんでやすが、俺なんぞは結局裏街道の人間、表をまっすぐ歩くタカシさんの邪魔になりやす。それはしちゃあならねえ事です」
「これからどうするんですか」
「あの女に貰った『宵闇』を使って、裏街道の半端モンを集めて、百階をめざしやす。本当にお世話になりやした、タカシさん」
「たいした事はしていませんよ。それよりその刀、『宵闇』というんですか」
「へえ、半端モンが陰陽鍛冶の家から盗んできた二張りでさあ、魔物が祓えるってえ触れ込みだったので、司馬のボンが持って迷宮に入りやしてね、なんの事はねえ、半グレ相手じゃこの剣も真価を発揮できなかったって訳でさあ」
なるほどね。
盗まれた物だとしたら、陰陽鍛冶さんに返した方が良いのだろうか。
難しい所だね。
越谷さんはサッチャンに託された『宵闇』を腰に手挟んで立ち上がった。
「名残惜しいのでやすが、これで失礼させてもらいます。タカシさん、ご恩は一生掛かってでもお返ししやすから」
「そんなの良いよ、越谷さんとサッチャンの戦いを見て、凄く勉強になったし」
「それではあっしの気がすみやせん、いずれ、また」
そう言って、昔気質の律儀なヤクザは去って行った。
背中にたまらない孤独が張り付いていた。
「くそうくそう、強かったのに」
「わがまま言っちゃだめだよ、鏡子ねえさん」
「サッチャンさますごかった……」
峰屋みのりは早く帰ってこい。
「退魔刀かあ、退魔槍は無いのかな」
「退魔護拳が欲しい」
「退魔リュート……、琵琶かもしれないから要らないわ」
俺たちは口々に勝手な事を良いながら中華料理成都に向かった。
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