第70話 難波の地獄の夜、継続

「サッチャンさまが増えた」

「これが迷宮の百階のフロアボスか」

「蘇生が出来て、分身できる悪魔……、た、倒せる物なの?」


 昨日、マタギナガサで襲われた時は分身していなかったな……。

 いや。

 もしかすると、一階ロビーにいる女悪魔さんは、みんなサッチャンの分身なのか?

 ま、まさか、そんな、恐ろしい事が……。


『こちらは川崎駅近くの司馬組事務所ですっ。ここは迷宮の報復宣言後、神山組と改名しましたが、効果は無かったようです。サッチャンが現れ……』

『名古屋の司馬直系の大門組事務所にもサッチャンは現れて、現在事務所内で乱闘中のようですっ』


 日本各地の司馬組の関係事務所が無数のサッチャンによって潰されていく。


「有言実行だ」

「すげえなあ、悪魔はそうじゃないと」

「あ、サッチャンさま出て来た」


『あ、カメラこっちですかっ♡ 司馬組直系の大門組は犬猫を含めて殲滅いたしました。各地の司馬組関係の施設も殲滅が大体終わりましたっ♡ 次はウイングチートプロモーションですが、魔力を使いすぎちゃいましたので明日となりますっ♡」


 サッチャンはにこやかに笑う。

 頬に一筋、返り血だろうか、血が流れている。

 カメラマンは怖いのか、画面がぶるぶる震えている。


「これで高橋社長さんも一息付けるかなあ」

「タレントの被害者は少なくなりそうだな」

「ウイングチートの社長さんと、役員、幹部は死ぬだろうな」

「それはそうだな」


 今、ウイングチートの幹部達はそれでもタレントを逃がす為にがんばっているのか、それとも自分だけでもと逃げようとするのか。


 鏡子ねえさんはふうと息を吐いて立ち上がった。


「飯を食いにいこうっ」


 そうだね。


 部屋を施錠してみんなで外に出た。

 街がなんだか騒がしい。

 近くに司馬組の関係事務所とかあったのかな。

 本官さんは大丈夫かな。


「どこに行く?」

「中華の成都でも行こうか」

「美味しい?」

「無難」

「無難かあ」


 街中華はまあ、大体が無難だよね。


 痩せた目付きの悪い中年の男が俺たちの前に立ち塞がった。


「タカシさんですよね」

「ああ、そうだけど」


 やくざだ。

 かなり貫禄があるな。


「俺は司馬組直系重藤組の代貸、越谷ってもんです」

「なんか用ですか」


 隣で鏡子ねえさんが両手にブラスナックルをはめた。


「ずうずうしいお願いとは思いますが、あなたの腰のもん、貸してくれやせんか」

「マタギナガサを?」

「へい、司馬組の竜一ぼっちゃんの持っていた、退魔刀『暁』、お貸しねがえないでしょうか」


 暁というのか、この剣は。


「帰れクソやくざ、マタギナガサを持ってどうしようってんだよ」


 鏡子ねえさんが毒づいた。


「へい、かなわぬながら、一矢報いてえと、そう思うんですよ」


 越谷さんが視線を後ろにやると、路地の暗がりからサッチャンが現れた。


「これを使ってもサッチャンには勝てないと思うけど」

「それでも、長ドスよりは目がありやす。どうか、この通りです」


 越谷さんは膝を折り、地面に頭を付けた。

 土下座まで……。


「貸しても良いかな、サッチャン」

「かまいませんよ、二本目の退魔刀、性能も見てみたいですからねっ♡」

「そうか」


 俺は越谷さんの前にマタギナガサを置いた。


「存分に戦ってください」

「恩にきやすっ、タカシさんっ」


 越谷さんはマタギナガサを胸に抱き、ポロリと一粒涙を流した。

 そしてサッチャンの方を向き、鞘をはらった。


「おや」

「おお、やくざのくせに」

「Dチューバーなのか」


 それは【剣術】スキルを持つ者の纏う雰囲気だった。

 強者の雰囲気だ。


「サッチャンさん、あんたみたいな強者が、まともに相手をするにはちと食い足りねえ相手でしょうが、一寸の虫にも五分の魂といいやす。親分の敵、手向かわせていただきやす」

「いいわね、いいわね♡ ぞくぞくしちゃう、昔のやくざ映画の強い任侠の人みたいよ、あなた」

「あっしは越谷小太郎ともうしやす」

「ではこちらも敬意を表して」


 そう言うとサッチャンは懐から優美なカーブを描く真っ赤な刀身の短剣を二本、両手に持った。


「この分体はちょうど百階のフロアボスぐらいの強さよ、タカシくんにも攻略の参考になるわね」


 サッチャンは分体ごとに力が違うのか!


 じりじりと越谷さんとサッチャンは間合いを詰める。

 二人の間の空間が殺気で歪むようだ。

 越谷さんの顔が緊張で強ばっているのに、サッチャンはニマニマ楽しそうに笑っている。

 二人の間合いが接触した。


 チャリーンカキッカキン!!


 目にもとまらぬ斬撃の応酬だ。

 とにかくサッチャンの赤い二本の短剣が閃き続ける。

 越谷さんは必死で斬撃を弾く。


 盾だ。

 俺は鞄の中からバックラーを出して越谷さんへと飛ばした。


「越谷さんっ、その剣、盾が前提の剣だ!」

「恩にきやすっ!」

「あはは、気が付いちゃったわねっ♡」


 越谷さんはバックラーを空中でキャッチして握りこみ、サッチャンの斬撃を弾いた。


 カキキンキンカカカ!


 盾を持って越谷さんはサッチャンの斬撃を弾けるようになった。


「おおっ、越谷の動きが良くなった」

「安定したね」

「すごい戦い……」


 バシュッ!!


 越谷さんの『暁』がサッチャンの頬を切り裂いた。

 ばっと、血が散る。

 だが、浅い。


「あは、あははははははっ!! 痛いわ、傷が焼けるっ!! それは、若頭が持って居た奴よりも格上の剣だわっ!! あっはははっ!!」


 サッチャンは狂ったように笑った。

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