第五章 みのりはDアイドルデビューする、か?

第64話 みのりが迷宮にやってきた

 厳岩師匠に霧積を預けて、俺は階段を上がった。

 マタギナガサの試運転もしたいが、装備は部屋の中だ。

 また明日にしようかな。


 一階ロビーまで上がると、地獄門をくぐって峰屋みのりがデデデと駆けてきた。


「あ、タカシくん、探しちゃったよう、配信見たら迷宮にいるしー」

「ああ、東海林たちがアウトローに襲われてて助けに来たんだ」

「しってる、見た見た、それよりも今から時間ある?」

「な、なんだよ」


 映画でも行こうっていうのか?

 それはデートとかいう物じゃ無いのか。

 そういうのはどちらかが告白してからの事じゃないのか。

 よく知らないけど。


「リーディングプロモーションの社長が私とタカシくんを呼んでいるんだよ」


 なんだ、芸能プロの勧誘か。


「リーディングって、チヨリ先輩の所だろ」

「そうそう、お父さんの会社の関連会社で話だけでも聞いてくれないかって、どうしよう、タカシ君」


 峰屋パパの関連会社?

 ちょっと聞くと、リーディングの方が上だからパパさんが聞いてくれと言っているように聞こえるが、まあ、逆だろうな。

 峰屋パパさんの方が立場は上だろう、ぜったい。


「今からか?」

「そうそう、五反田の会社まで来てくれって、色々資料を見せて説明もしたいからって」

「そうだな、参加するしないは別として一応話だけは聞いてもいいんじゃ無いか」

「そうだよねそうだよね、行こう行こう」

「五反田か、JRで行くか」

「車で来たからそれで行こうよ」


 あの真っ白なベンツでか。

 まあ、電車賃が掛からないのは良いけど。


 峰屋みのりに引っ張られるようにして駐車場に止まっていた白ベンツの後部座席に座った。

 何と言うゆったり空間、座席も白の革張りだな。


「では、やってください」

「かしこまりました、お嬢様」


 白い手袋をした運転手さんが車を出した。

 なんというエクセレント空間なのか。


 白ベンツは静かに道を行く。

 第二国道に出て、東京方面に上っていく。

 すごく滑らかな運転だ。


「タカシくんはリーディングプロモーションが良い条件を出して来たら入っても良いと思うかな」

「そうだな、迷宮攻略の邪魔にならなければな」

「そうだよね、私もDアイドル活動って良くわかって無くて、私なんかに務めるのかな」

「もう、峰屋はちゃんとDアイドルだと思うぞ。歌の動画とか凄く伸びてるし」

「そ、そうかな、タカシくんにそう言われると嬉しくて自信がでるよ」

「大丈夫だ、峰屋はすごい奴だし」

「うん、えへへ」


 峰屋みのりは照れくさそうに笑った。


「リュートの練習とかしてるのか」

「うん、先生について始めたよ、弦が多くて困っちゃうよ」


 彼女は背中に回したリュートを前に回して、ポロンと弾いた。

 綺麗な音が車内に響く。


 国道は順調に流れている。

 白ベンツは多摩川の長い橋を渡って東京都へ入った。


「本当は泥舟くんとか、鏡子おねえちゃんとかも一緒に来て話を聞いてほしかったんだけど、なんか急いでいるみたいで」

「なんでかな」

「わかんないね、ごめんね急がせてしまって」

「それはかまわないよ」


 峰屋みのりは大事なパーティの仲間だしな。


 最初はりっちょんの事もあったから凄く警戒していたんだけど、深く付き合ってみると意外に天然でポンコツで、それでいて心が優しい所があるのが解って、いまでは結構気に入っている。

 俺はあまり女子と交流を持った事が無いのでおっかなびっくりな所もあるけどね。


 車は、五反田駅の近くの大きなビルのエントランスで止まった。

 ドアノブを引いて下りた。

 おお、でっかいビルだなあ。

 リーディングプロモーションはここの五階と六階に入っているようだ。


「さ、行きましょう」

「あ、ああ」


 こういうビルに入った事が無いから気後れしてしまうな。

 峰屋が受付に訪問を知らせるとロビーで待つように言われた。


 広いロビーでしばらく待っていると、精力的そうな中年男性がやってきた。


「やあやあ、峰屋のお嬢様、タカシくん、よく来てくれたね。いつもうちのチヨリがいろいろ迷惑をかけているね。僕がリーディングプロモーションの社長の高橋だ、よろしくね」


 そう言うと高橋社長は俺と峰屋みのりに名刺を渡してきた。


「さあ、こっちに来ておくれ、峰屋さんのデビュープロジェクトの計画を説明しようじゃないか」


 俺と峰屋みのりは顔を見あわせた。

 もう、デビューするって決めていないか?


「さあ、こっちだよ」


 高橋社長は快活に笑ってエレベーターを呼んだ。


 高速エレベーターで六階まで上がり、案内されたのは広い会議室だった。

 大人はこういう所で商談とかするのか。


 高橋社長はインターホンでコーヒーを頼んだ。


「なんか、雰囲気が思っていたのと違うね」

「勧誘説明だと思っていたのだが」


 俺と峰屋みのりは小声で言葉を交わした。

 なんだか、峰屋のデビューの計画が勝手に決まっている感じだな。

 峰屋パパが手を回したのか?

 なんとなく、そういうことをしない感じの人だったが。


「さあ、これが峰屋さんのデビューの計画書だ。なにしろ史上二番目の『吟遊詩人』バードだ、しかもレアスキル、レア楽譜スコア、レア装備持ち、これで興奮しなかったら芸能界の人間ではないよ。峰屋さんは世界的な大スターになれる。そのために大々的なプロモーションを行おうと思っているんだ」

「あ、あの、高橋社長?」

「ああ、ごめんごめん、すっかり興奮してしまったよ、あ、来たようだね」


 ドアがノックされて、大剣装備のイケメンが入って来た。


「いま、うちで売り出し中のDアイドルの勇者ケイン君だ、知ってるよね」

「こんにちは、みのりさん」


 時々CMに出てくる売れっ子男性Dアイドルの人だ。

 うわあ、近くで見るとすごくキラキラしてるなあ。


「Dリンクスはケイン君とみのりさんをメインにして、サブにタカシ君、狂子さんのユニットとして新生して、夏の真っ盛りにデビューを予定しているよ」

「よろしく、一緒にがんばろうね、みのりん」


 あまりの事態に、俺と峰屋みのりは黙り込んだ。

 どうしてこうなった?

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