第65話 Dアイドルは冒険をしない
「あのあの」
「夏へのデビューに向けて、みのりちゃんは大忙しになるよ。声楽のレッスン、ダンスのレッスン、リュートの練習もしないと。呪歌の歌詞もちゃんと大家の作詞家の先生に頼んであるから安心してね」
「一緒にがんばろうね、みのりんっ」
勇者ケイン君が白い歯を光らせて笑顔で言った。
つまりだ、リーディングプロモーションとしては、峰屋みのりが一番欲しくて、ネタスキルの俺とか、全裸狂女の鏡子ねえさんとかはオマケなんだろうな。
足軽の泥舟なんか、数にも入っていないわけだ。
「あの、迷宮攻略とかはどうなるんですか?」
「……」
「……」
「みのりさん、Dアイドルは迷宮攻略とかはしないんだ、危ないからね」
「そ、そんな」
「僕はね、昔、ゆかにゃんのマネージャーだったんだ。たまたま地上にいて事件に巻き込まれなくて済んだけどね。あのドラゴンの事件で、ゆかにゃんの遺体を確認して、僕は泣きながら心に誓ったんだ、もう絶対にDアイドルを迷宮に殺させたく無いって。だから安全には完璧ぐらいに気を配っているし、アイドルたちにも無理はさせていない」
「社長はすごいんだよ、みのりん。ゆかにゃんの所属する事務所が経営破綻したとき、アイドルたちを庇って必死に事務所を立ち上げて、業界二位の所まで持ち上げたんだ。もうすぐ一位も取れますよね」
「そうだ、ケイン君も頑張ってくれているからね」
「あざますっ」
またゆかにゃんか、三年前の事件はいろいろな所に波及しているんだな。
いつか、俺もあの真っ赤なドラゴンを倒せるようになるのだろうか。
「で、でも、タカシくんは、タカシくんの夢は」
「みのりさん、よく考えて、Dアイドルの目的は歌って踊ってリスナーを楽しませる事で、迷宮に深く潜って暴れて強くなる事じゃあ無いんだ」
「それに、僕は今レベル40だけど、スタッフのみんなと頑張ればレベルアップもできるよ、緊張感は無いけど、安全に迷宮を利用して、強くて美しくなれるんだよ。それがDアイドルなんだ」
勇者ケインはレベルが40あるのか、同じレベル帯の鏡子ねえさんに比べると圧倒的に威圧感が無いな。
天然物と養殖物の違いかな。
「楽に安全にみんなの人気者になれるんだよ、これは史上二番目の
「社長……」
勇者ケインは涙ぐんだ。
「ぐぬぬ、タカシくんどうしよう」
「うん、断る」
「「は?」」
高橋社長と勇者ケインが同時に聞き返した。
「峰屋はゆかにゃんじゃないし、
「そ、そうよねっ、タカシくん、良い事を言うわっ」
「こ、これからもう夏に向けてみのりんプロジェクトは動きだしているんだよ、億というお金が動いているんだ、そ、それをどうするつもりかね、君は」
「どうもしない、そちらが勝手に動いた事で我々『Dリンクス』には関係無い。俺たちは話を聞きに来ただけで、本契約に来たわけじゃない、貴方たちは先走りすぎだ」
高橋社長はグッと詰まった。
峰屋みのりは俺の腕をとって、そうよそうよと揺らしている。
「君はさあっ、つまんないレアスキルを取ってさあっ、レア酔いしてるよねえっ!! 君なんか、みのりんのオマケなんだよ、決定権なんか無いんだぜっ」
「だまれDアイドル、配信冒険者を舐めるな」
「なんだとっ!!」
「キャー、タカシくんっ!! かっこいいっ!!」
勇者ケインは席を立って背中の大剣を抜いた。
「社長、このチンピラを躾けていいですか」
「あ、いや」
「俺の剣は『イナズマの剣』です、殺さずに懲らしめる事が可能ですよ」
「しかし、暴力沙汰は……」
「やってみろ、戦士
「な、舐めるなよっ!! 俺は、俺は、レベル40だっ!! お前みたいな底辺配信者とは格が違うんだっ!!」
「タ、タカシくん、呪歌入れようか?」
俺は峰屋みのりを振り返った。
「必要無い、配信冒険者はDアイドルに負けない」
「きゃーっ!! タカシくん、格好いいっ!!」
とはいえ、装備が無いなあ。
鏡子ねえさんの実家に行くためのちゃんとした格好だったからな。
勇者ケインは大剣を八双に構えている。
演技指導があったのか、構えは立派だな。
『イナズマの剣』もバリバリと盛大に青白く放電している。
「この剣で一撃すれば、お前は痺れて動けなくなるっ!! 今、床に手を付いて土下座すれば許してやらんでもないぞっ!」
「なんでDアイドルなんかに赦しを乞わねばならないんだ、ふざけるな」
きええええっ! と怪鳥のような気合いを入れて勇者ケインは俺に切りつけてきた。
ああ、うん、やっぱり【剣術】スキルは生えていない。
俺は前転して剣の下をかいくぐり、会議室の壁に掛けてあった、バックラーと片手剣を取った。
男性アイドル冒険フェアのデコレーションのようだ。
あ、どっちもプラ製のダミーだな。
まあ、Dアイドルと戦うには丁度良い。
本式の装備なんか、勇者ケインにはもったい無いからな。
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