第62話 とりあえず鏡子ねえさんと迷宮に行くか

 美味しいお昼を出して貰って食べてから服部さんのお家を二人で出た。


「やあ、すっきりした、ありがとうなタカシ」

「礼はかーちゃんに言ってくれ」

「かーちゃんはやっぱ凄いな、私の憧れだ」


 鏡子ねえさんがしみじみと言った。

 静かなお屋敷街を歩く。


「午後は迷宮に行こう」

「そうだねえ」


 鏡子ねえさんは【拳闘士グラップラー】の感じを試したいらしい。

 俺もマタギナガサの試運転はしたいが。


「一度戻って装備を調えないとなあ」

「もう、面倒だな戦士は」


 いや、なんの準備も無く迷宮に潜れる【拳闘士グラップラー】の方が少数派だろう。


 ビロビロピロリン。


 おお? 電話だ。

 誰からだろう?

 名前が出てないが。


「もしもし」

『あっ、タカシさんですか、あーしです樹里っす』


 『オーバーザレインボー』の【盗賊シーフ】の樹里さんだった。


「あ、どうし……」

『大変なんすっ、本隊が五階でアウトローに襲われてるっすっ!』

「なんだって?!」

『あーし、助けを呼べる伝手がタカシさんしかいなくて、助けてく……』

「解った、今行く!」

『おねがいします、おねがいしますっ』


 樹里さんは泣き声だ。

 五階で『オーバーザレインボー』がアウトローに襲われている?

 なんで……。


「私が外に出たからだ」

「そうか、急ごうっ、タクシーを」

「走るぞ、タカシ」


 え? と思ったら、鏡子ねえさんは全速力で駆け出す所だった。

 そうか、ここからなら車よりも走った方が早いか。

 Dチューバーのステータスなら可能だ。


 慌ててスマホをポケットにしまって鏡子ねえさんを追う。

 うわ、もの凄い速度だな。

 フィジカルが違いすぎる。


 南部線道路に出て、川崎方面へ走っていく。

 鏡子ねえさんはもう遠く小さくなった。

 うわ、歩道橋に取り付いて二回ジャンプで天辺に登った。


 俺は走る速度を上げる。

 外で全力で走った事なんか無かったけど、生身でバイクぐらいの速度が出せるな。

 歩行者が何事かと俺を見ている。


 歩道橋を駆け上がって天辺に着くと鏡子ねえさんはもうどこにも見えない。

 なんという速度だよ。

 そりゃタクシーよりもずっと早いよ。


 俺も歩道橋から下りる時に天辺から下へジャンプした。

 膝のクッションで衝撃を吸収する。

 ヨシ!


 そのまま駆け出す。

 自殺者が多数出た呪われた団地の前の道路を疾走する。

 歩道は狭くて危ないので、車道を走る。


 十字路を曲がってしばらく行けば複合商業施設だ。

 ハアハア。

 若干息が切れて暑い。

 でも大丈夫。

 恐ろしく心肺能力が強化されているな。


 そのまま複合商業施設内に入り、階段を駆け上がり、地獄門に飛びこんだ。


 ロビーに居た配信冒険者たちが俺を見て目を丸くしている。

 鏡子ねえさんは影も見えない。


 階段を駆け下る。

 二階、三階平原。


 リボンちゃんが慌てて俺に付いてくる。


 四階、下り階段までの最短距離を駆ける。

 あ、くそ、武装が無いぞ。


「タカシさんっ!!」


 樹里さんが居た。


「今、鏡子さんが駆け抜けて行ったっす。タカシさんに剣と盾を渡せって言われてまってたっす」

「助かるっ!」


 樹里さんから片手剣と盾を受け取った。


「君も来いっ」

「はいっす!!」


 五階に下りる。


 アウトローはこの階に鏡子ねえさんが居なくなったのを知って縄張りを広げるために来たんだろう。

 それで、『オーバーザレインボー』と行き会って……。

 そうか、高田君の手斧を狙ったのか。


「場所はどこだ」

「案内するっすっ」


 樹里さんが俺を先導して走る。

 この子も、助けを呼んで、俺たちが来るまで我慢して四階にいたんだな。

 良い状況判断だ。


 現場に着いた。

 鏡子ねえさんはもう到着していて、アウトローをぼこぼこにしている最中だった。


 東海林も、高田君も、藍田さんも傷ついてるが無事だ。

 霧積が地面に倒れている。


「タカシ、助かった、アウトローが続々とやってきて」

「【オカン乱入】」


 光の柱が下りてきて、かーちゃんが森に降臨した。


「タカシ、どうし……、あらまあっ」


 かーちゃんは倒れた霧積に駈け寄った。


「しっかりしいっ、『我が女神に願いて、ここに請願せいがんす、わが友の傷を癒やしたまえ』」

「う、ううっ、新宮のかーちゃん……」


 良かった、怪我を負って気を失っていただけか。


「狂子、今更戻ってくんじゃあねえよっ、この五階は権田チームのもんだ、死ねえっ!!」

「うるせえ」


 十人ものアウトローに鏡子ねえさんは一歩も引かない。

 攻撃をぬるぬる避けて、ぬるぬるした動きで的確に攻撃していく。


「ほんま、鏡子はごっついなあ」


 鏡子ねえさんはアウトローに遠慮をしない。

 的確に地面に倒して、平然と首を折る。

 瞬く間に地面に五体の死体が転がった。


「ち、ちくしょうっ!! 引くぞっ!!」


 十五人ぐらいのアウトローは逃げて行った。


「ふう、歯ごたえが無い」


 かーちゃんと藍田さんが手分けをして治療をしている。


「タカシくん、たすかったよう」

「高田くんの斧が狙われたの?」

「いや、アウトローがいて、霧積が喧嘩を売った。そしたらぞろぞろぞろぞろ出て来てな」


 霧積~~。


「しょ、しょうがねえだろ、アウトローなんだし」


『霧積はしょうがねえなあ』

『鏡子さんが神の助けにみえたぞ、騎兵隊だ』

『やっぱ格段につええよ、【拳闘士グラップラー】」

『権田チームか、八階の半グレ軍団だな』

『五階は狩り場として結構美味いからなあ』


 手首の上のウインドウにコメントが飛んでいく。


「くそう、なんで二十人ぐらいで集まって多人数殺しがでねえんだよっ」

「あれは五人から六人のパーティが集まったものだよ、多人数殺しは来ない」


 多人数殺しとは、一つの集団が七人以上居たときに現れる強敵だ。

 アイドル殺しほどではないが、かなりの強敵がくるので、パーティの人数制限はきっちり守られている。


「よし、悪者を殲滅にいくぞ、タカシ」

「よしなさい、ねえさん」

「え~~~」


 本当にアウトロースレイヤーなんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る