第61話 オカンは服部夫婦を説得する
「【オカン乱入】」
さすがに室内にかーちゃんを呼ぶと土足なので、お庭に来て貰った。
光の柱からかーちゃんが出て来た。
「こ、ここはどこや」
「あ、ごめん、鏡子ねえさんの実家。服部のおかあさんがかーちゃんの意見を聞きたいって」
「そうかー、こんな所から失礼しますよ」
かーちゃんはブーツを脱いで窓から入って来た。
「あらまあ、これはこれはタカシさんのお母様、私、鏡子の母でございます。タカシさんには大変なお世話になってしまって」
「これはこれはご丁寧に、会えて嬉しゅう思いますわ。今後ともタカシをよろしくお願いしますわ」
「何をおっしゃられるやら、とてもしっかりしたお子さんで、お母様の教育が行き届いていらっしゃる証拠です」
服部のおばさんとおじさんとかーちゃんの挨拶合戦が始まってしまった。
これは三分ぐらいすぐ経ってしまうぞ。
「服部のおばさん、聞きたい事を聞かないとすぐ居なくなってしまいますよ」
「ああ、そうだったわ」
「なんですのん?」
「私どもは、せっかく帰った鏡子にDチューバーから足を洗って、この家に帰って来て欲しいのですが、本人はタカシさんと一緒に迷宮に潜ると言って聞きませんの、タカシさんのお母様はタカシさんが危険な場所に行くことには抵抗はございませんの?」
「せやねえ、鏡子のお母さん、解るで、その気持ち。子供が死にそうになって、生きてると解ったら獣みたいな生活をして、で、正気に戻ったら、また迷宮にもぐりたいって言ってる、それは本当に辛いなあ」
「は、はい、私はどうしても、もう鏡子を手放したくないのです」
ああ、そうか、迷宮に行くなじゃないんだ、せっかく帰って来た鏡子ねえさんを手放したく無いのか。
鏡子ねえさんはそれを聞いて渋い顔になった。
かーちゃんは服部のおばさんを優しく抱きしめた。
「辛かったなあ、悲しい事に長い間よう耐えた、がんばったなあ」
「はい、はい……」
「わかるで、本当になあ、親はいつだって子供が心配でならんのや、悲しい事があったら胸がつぶれそうになってなあ。解る、解るで」
服部のおばさんはかーちゃんの胸のなかで嗚咽を漏らした。
おじさんももらい泣きをしている。
「そうか、父も母も辛かったのか……」
鏡子ねえさんがぽつりとつぶやいた。
「でもなあ、子供は大きくなるんや、今日の子と明日の子は違う存在になってしまうもんやで、縛り付けたらお互いが不幸になってしまう。怖くても悲しくても、子供を信じて、やりたい事をやらせるのが親の勇気だとうちは思うんよ」
「ああ、でも、でも怖いんです」
「怖いなあ、体がバラバラになるような不安やな。怖くて怖くて眠れへんようになるな、わかるで、わかる、でもなそれが親という物なんや」
かーちゃんは凄いな。
あんなに小柄なのに、あんなに背中が大きい。
そうか、まずは思いを共感してあげるべきだったんだ、理屈じゃないんだ、感情の問題だったんだね。
よりそって、共感してあげて、そして簡単であたりまえの事を伝えれば良いんだ。
「そのうちうちら親も居なくなってしまう、残されるのは子供の時が多いんや、今、悔いの無いよう、愛しておあげ、楽しい思い出を、ずっと愛してくれた存在が居たって子供の心に柱を残しておあげな、それが親の務めだと思うで」
「はい、はい」
服部のおばさんはかーちゃんの胸の中で泣いた。
鏡子ねえさんがうなずいた。
「母よ、父よ、私はタカシと一緒に迷宮に入る。私には鏡子だった記憶が無い、これからも蘇るか解らない、でも、母と父が私を愛してくれている事は解った。ありがとう、すごく嬉しい」
「鏡子……」
「ああ、鏡子……」
「ときどき遊びに来る、だから、どうか、私が冒険に出るのをゆるしてほしい、このとおりだ」
鏡子ねえさんが頭を下げた。
まず、おじさんが、そしておばさんも鏡子ねえさんを優しく抱きしめた。
「わかった、私も勇気を出す、迷宮に行って魔王を殴ってきなさい」
「ああ、でも気を付けてね、いつでもここに帰ってらっしゃい、ここは鏡子の家なんだから、どんなに変わってしまっても、あなたは私と清さんの娘なんですからね」
服部さん夫婦は鏡子ねえさんを抱きしめて泣いた。
鏡子ねえさんもなんだか優しい表情で微笑んでいた。
家族、なんだなあ。
鏡子ねえさんはやっと家に帰ってこれたんだな。
「かーちゃん、ありがとう、助かったよ」
「何を言ってんの、うちは何もしとらんで、偉いのは服部さんのご夫婦や。おっと、そろそろ時間や、みなさん、失礼するで」
「タカシさんのおかあさん、ありがとうございました」
「ほんとうになんてお礼を言っていいか」
「気にせんでください、お幸せになあ」
そう言ってかーちゃんは粒子になって消えていった。
鏡子ねえさんの冒険は認められた。
うん、すっきりと収まったね。
「鏡子、今、あなたはどこに住んでいるの?」
「みのりんちだよ」
「ああ、あの可愛い
「まあ、今日から家に帰ってきなさいよ、冒険はもう止めませんから、ね」
「そうしても良いけど、みのりの家のボディガードをやる約束をしているんだ」
「まあ、護衛のお仕事をしているのね」
「それは良い、今度みのりさんのお家にもご挨拶に行かないと、なんというお家かね?」
「なんだっけ、みのりみのり……」
「峰屋ですよ、おじさん」
「「……」」
おじさんとおばさんが黙り込んだ。
「鴻池財閥の峰屋浩三さんのお家かね?」
「まああ、急いでご挨拶に行かないと、峰屋さまとお近づきになれるなんて」
え、峰屋みのりって財閥のお姫さまなのか?
「鴻池財閥の分家筋だが、それはもう大きいお家なんだよ」
「知りませんでした」
「みのりはみのりだぞ」
服部さんのご夫婦は大きく息を吐いた。
「峰屋さまのお嬢さんも迷宮に行くのねえ」
「そういう時代なのかもしれないな」
なんで財閥の娘が公立高校に通ってんだよ、
山手のミッション系の学校に行けよ、もう。
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