第60話 鏡子姐さんを実家につれて行く

「実家とか行きたくねえっ、迷宮行こうよタカシ」

「駄目だよ、ほら、バス代は?」

「ちょっとまて」


 鏡子ねえさんはツナギのポケットを探った。

 千円札とか百円玉が出て来て、彼女は料金箱に適当に放り込んだ。

 ねえさんこそ、財布を買いなさいよ。


 鹿島田の服部家に行くには、東口のバスターミナルからバスに乗る。

 バスは割と空いていたので、後ろの方の二人掛けに並んで座った。


「バスは良いな」

「何持って来たの? お土産?」


 鏡子ねえさんはちょっと小洒落た木箱を持っていた。

 なんだろう、お菓子を買ってくる知恵があったのか。


「ポーションとキュアポーションの詰め合わせ。みのりが箱をくれた」

「ああ、それは喜ばれるね」


 家庭にあると嬉しい魔導薬品のセットだ。

 街で買うと一本一万円とかするからね。


 しばらく乗って、お屋敷街で下りた。

 近くに重電工場があるので、その関係かな。


 スマホのDマップに住所を打ち込んでナビをしてもらう。

 おお、わりと大きい邸宅だなあ。

 峰屋の家ほどじゃないけど。

 彼女の家は城だ。


 ドアホーンを鳴らすと、おばさんがすごい勢いで出て来た。

 おじさんも出て来た。


「鏡子、来てくれたのね」

「きたよ、これ、お土産」

「あら、良いのに、ここはあなたの家なんだからっ」

「迷宮で拾ったポーションとキュアポーション、あると安心」

「やあ、それは良い物をありがとう、やっぱり鏡子は優しい子だね」

「本当に変わらないわ」


 俺たちはリビングに通された。

 おばさんが鏡子さんのアルバムを出してきて、色々説明してくれる。


 七五三の可愛い着物を着た鏡子さん。

 遊具で遊ぶ鏡子さん。

 中学生になっておしゃまな感じの鏡子さん。

 そこには沢山の愛に包まれた鏡子さんが居た。


「まだ、記憶は戻らないの、鏡子」

「まだだな、母よ」

「のんびり思いだして行けばいいさ」


 ご両親は一生懸命に写真を見せながら説明してくれる。

 ハワイに行った写真。

 ピアノコンクールで一位を取った時の写真。

 どれも鏡子ねえさんにはピンと来ていないようだ。


「ああ、ごめんなさいね、お茶も出さないで夢中になってしまって」

「お茶くれ」

「なんだなあ、鏡子が幼児になったようだ、子供の頃はこうだったね、母さん」

「そうよそうよ、変わらないわ」


 おばさんはキッチンに引っ込んで、お茶とずんだのおはぎを持ってきた。


「おお、これこれ」

「たんと食べなさい」

「いただく」

「頂きます」


 鏡子ねえさんはずんだのおはぎをわしわしと食べた。

 俺も頂いた。

 うん、甘さが控えめで美味しいな。


「まあ、よく食べるのね」

「なんだか大食いになったらしい」

「【拳闘士グラップラー】になったからかもしれないな。昨日配信で見たよ。軍神さまが凄かったなあ」

「本当に、凄いDチューバーになったのね」

「世界で二人目らしい」

「それは凄いな」


 おじさんは感心したように言った。

 うん、本気では言ってないな。

 鏡子ねえさんに合わせている感じだ。

 やっぱり本当は家に帰ってきて欲しいんだろうなあ。


 二階の鏡子さんの部屋に案内された。

 女の子らしい部屋で大学の教科書とか、文芸小説とかが並んでいた。


「どう、鏡子、何か思いだした?」

「なんも」


 おばさんはあからさまにがっかりした顔をした。

 鏡子ねえさんは鏡子ねえさんで、あからさまにつまんなそうに本をパラパラとめくってみたりした。

 写真立てにイケメンの写真があった。


「お、雄一だ」

「思いだしたのっ!」

「いや、配信で見たから知ってる」

「そう……」


 再びリビングに下りた。

 鏡子ねえさんが目で早く帰ろうと訴えかけているが、それは駄目だな。

 ちゃんと許可を貰わないと。

 でもどうしたもんかな。


「おねがいです、タカシさん、鏡子を、私の娘を家に帰してください」


 おばさんは泣き崩れた。

 うーん。


「もう私たちは鏡子を失いたくないんだ、親のわがままだとは思うが、これからは静かで幸せな暮らしをして欲しいんだ」

「鏡子ねえさんはどうしたいの」

「迷宮に潜る。悪者を殺す。魔王を倒す」


 呆れるほどシンプルだな、鏡子ねえさんの目的は。


「お金が欲しいなら父母に渡す、迷宮に潜らせてくれ」

「お金じゃ無いのよ、鏡子、もうあなたが怪我したり死んだりするのを見たくないのよ」

「困った」

「わがままとは解っているんだ、だけどね、タカシくん、それでも、せっかく鏡子が帰って来たんだ、このまま一緒に暮らしたい、やさしい旦那さんを貰って子供を産んで幸せに過ごして欲しい、それだけが、私たちの願いなんだ」


 おばさんは鏡子~鏡子~と名前を呼んで泣いた。

 どう説得したものかな。


「タカシさんのお母様はどうお考えなのかしら、我が子が死ぬかもしれないダンジョンに潜って平気なのかしら」

「聞いてみますか?」

「え、よろしいの? 一日三回しか使えないんでしょう?」

「俺は鏡子ねえさんを本当の姉と思っているんですよ。俺もねえさんも迷宮に色々な物を奪われて、色んな物を貰いました。本当の姉のためならかーちゃんを呼ぶぐらいはなんでもありませんよ」

「君はそこまで、鏡子の事を」

「ああ、タカシさん、鏡子をそんなに思ってくださるなんて」

「私の自慢の弟なんだ、タカシは」


 なんだかとても鏡子ねえさんが嬉しそうだな。

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