第42話 鏡子さんを連れて街を行く

 鏡子さんを連れてJR川崎駅から京急川崎駅まで歩く。

 物珍しいのか彼女はきょろきょろしているな。


「何か思い出しましたか?」

「何であるかは記憶があるけど、初めて見る街みたいで新鮮だ」


 知識や人格は戻ったけど、記憶は欠落したままか。


 女子高生が、峰屋みのりを見つけたり、泥舟を見つけたり、俺を見つけたりで歓声を上げた。

 なんだか、ここ三日ばかりで超有名人になった感じだな。

 芸能人はこんな感じなんだろうか。


「ふふふふ」


 ふいに鏡子さんが目を細めて笑った。


「なに?」

「いや、人と一緒だと、なんだかぽかぽかと幸せだなって」


 ああ、うん、それは俺もそうだから良くわかる。

 なんとなく鏡子さんに抱く俺の親近感は似たような境遇だからかもしれない。


 迷宮にいろいろと奪われて、いろいろな物を与えられて。

 鏡子さんは俺の姉みたいなものなんだな。


 みんなで大師線に乗り込み、俺たちの街をめざす。


「鏡子さんは行く宛ては?」

「無い、迷宮の住処にいろいろ貯めてあるからそれを換金してどこかに住むつもりだ。あと、服代もそれで返す」

「そんなの良いのに、お友達でしょ」

「友達、ふふふふふ」


 峰屋みのりにお友達と言われて鏡子さんは目を細め、ネコのような顔になって幸せそうに笑った。

 ちなみに狂子さんの服は峰屋みのりのブラックカードで支払った。

 俺が出しても良かったのだが、先にカードを出されてしまった。


「鏡子さんは強いから、迷宮ですぐ稼げるね」


 泥舟が笑って言った。


「口座を作るのが困る」

「Dカードを作ると良いわよ、振り込み口座と連動してるからキャッシュカードみたいにも使えるって」

「なんにでも手を出しているな、迷宮運営」


 俺も作ろうかな、いちいち通帳でお金を下ろすのは面倒臭い。

 売店の女悪魔さんに聞けば解るかな。


 駅についた、鏡子さんは長身で美人だから目立つな。

 挑発的なヘビ柄ボディスーツだし。


 改札をぬけると、狂子さんはきょろきょろとあたりを見回した。


「ここがタカシの街か」

「そうだね」

「なんか好きな雰囲気だ」


 泥舟が手を上げた。


「じゃあ、僕は家からパソコンを持ってくるから、後でね」

「わかった、悪いな」

「気にしない、鏡子さん後でね」

「ああ」


 泥舟は小走りで家の方角へ去って行く。


「じゃ、行きましょう。タカシくん、なにか家具増えた?」

「いや、この前のまま」

「ソファーとか買おうよう」


 うん、良いかもな、友達が泊まりに来たときに寝れるし。


 コンビニでポテトチップとかジュースを買ったあと、マンションに向かった。


「そう言えばキュアポーションを掛ける前の事は記憶にあるの?」

「ぼんやりしているな。時々見るタカシが好きだと思っていた事とかぐらいだ」

「そ、そうか、ありがとう」

「やっぱりタカシ君はモテるわね」


 峰屋みのりが満足げに言うのですこし恥ずかしくなった。

 ときどき遠くから挨拶を交わすぐらいの仲だったのに、そうか、好いてくれていたのか。


「下に行きたがったのはどうして?」

「うーん、死に場所が欲しかった、かな?」


 なるほどなあ、解らなくもない。

 峰屋みのりはその言葉を聞くと鏡子さんの腕をとってひしと抱きしめた。


「死んじゃ駄目よ、鏡子さんが死んだら私、悲しいよ」

「うん、みのりのために死ねなくなった」

「わ、ありがとうっ!」


 峰屋みのりはひまわりみたいに笑った。

 鏡子さんも満足そうに大きなネコみたいにふんわりと笑う。


「一緒に十階のフロアボスを倒しますか?」

「うん、一緒に下に降りて行こう、私はなんだか魔王を一発殴りたい」


 奇遇だな。

 俺もだ。


 マンションに着いた、一緒にエレベーターにのって俺の部屋へと行く。


「なかなか良い部屋」

「そうよねえ、ちょっと狭いけど」


 ほっといてくれ。


 みなフローリングに直に座る。

 狂子さんは畳んだ俺の布団を背もたれにしてくつろいでいる。


「鏡子さんの親御さんとかはご存命なのかしら」

「……たぶん存命。樹の上の私に、泣きながら呼びかけていた男女が居た。あの頃は解らなかったが、多分父母」

「それは……、探しましょうっ!!」

「大丈夫、私は探す方法が無いが、向こうは時々来ていた、きっと見つけてくれる」


 鏡子さんの親御さんは配信を時々チェックしていたんだろうな。

 今日のアーカイブを見れば何かしらの動きを見せるか。


 ポテトチップをつまみながらたわいもない話をしていると、泥舟がやってきた。


「あ、泥舟くん、お疲れさまっ」

「ありがとう泥舟」

「どうって事無いよ、所でタカシ、ここ、Wi-Fi入ってる?」

「……さあ?」


 わいふぁいって何だ?

 泥舟は渋い顔をしてキッチンに置きっぱなしのマンションの書類をあさりだした。


「あ、あったあった、やっぱりね、ええと、ゲストで入れるかな、よし、入れた」

「泥舟くんパソコン詳しいのね」

「凄いな、泥舟」

「すごくない、タカシと峰屋さんがアレなだけ」

「ここは無料Wi-Fi入っているのか、いいな」

「鏡子さんは解るの」

「知識はある。パソコンも使えそうだ」

「すごいやっ」

「ふふふふ」


 な、なんだか悔しい。

 俺は峰屋みのりと顔を見あわせてしまった。

 ちょっとパソコンを勉強しなければなるまい。



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