第41話 鏡子さんはロビーで舞い踊る
「てんめええっ、ふざけやがってぶっころしてやるっ」
鬼の形相で霧積は立ち上がり、背中から大剣を抜いた。
【隼丸】だ。
銀を基調にした彫刻が刀身全体を飾っていて優美で美しい。
「ここは迷宮だからな、人を殺したってなんの問題もねえっ、覚悟はいいなあっ!」
「なに喋っているんだ?」
するりと鏡子さんは恐れ気もなく霧積の間合いに滑り込み、手の平で横顔を掴み、そのまま床に激突させた。
ドカーン!
うおっ、上手い!
「喋る暇があったら斬ってこい」
そのまま踊るように下がり、鏡子さんはそう言った。
『『『『『『つえーっっ!!!』』』』』』
『投げ技? いや、掴み技か? なんだあの水銀みたいな動きは?』
『俺はいつもの【鑑定眼】持ちなんだが、狂子のレベルは36、対して霧積のレベルは20。十六のレベル差はキツイがそれにしてもあまりに圧倒的ではないか』
鏡子さんは腰に手をそえて、指でくいくいと霧積を招いた。
「きええあああああっ!!」
鼻血を出した霧積が【隼丸】で斬りかかる。
ぎりぎりで一歩下がり、鏡子さんは斬撃を避ける。
バチバチッ!!
耳障りな音がして床に二筋の痕跡が走る。
鏡子さんは腰に下げていたブラスナックルを取り、両手にはめた。
両手を打ち合わせると、チーンと澄んだ金属音がした。
「よげんなっ、ごらあっ!!」
「おまえ、剣術スキル、生えてないな、適当に振り回しているだけだ」
「うるぜえっ! うるぜえっ!!」
最小限の動きで舞うように鏡子さんは霧積の斬撃を避けていく。
強い!
「いっぱつあたれば、おまえなんかーっ!!」
「ぷっ」
鏡子さんは笑うと右手のブラスナックルで【隼丸】を受け止めた。
ガチガチーーン!
「きれ、ねえ?」
呆然とする霧積の懐に潜り込み、鏡子さんは正拳突きを脇腹にぶち込んだ。
ドキュッ!
霧積は吹っ飛んでフロアを転がった。
「がはっ!!」
「雑だ、雑、魔剣に頼ってばかりだからスキルも生えない。つまんないよ、君」
倒れた霧積の右腕を鏡子さんは体重を掛けて踏み抜いた。
ボッキュ!!
「ぐぎゃあああっ!!」
霧積の右手が骨折しあり得ない方向に曲がり、【隼丸】は転がった。
鏡子さんは冷たい目をして【隼丸】を取り上げた。
「未熟者にもったい無い剣だ」
そういうと鏡子さんは床の隙間に【隼丸】を突き刺した。
「もっと修練してから魔剣をもつんだね」
そう言うと剣に足を掛けて上に引っ張る。
え?
折る気なのか?
魔剣は折れる物なのか?
折って良い物なのか?
「や、やめろおおおおおっ!!」
鏡子さんの目が赤く光り、一瞬、体が二倍に膨れたように見えた。
「
バキーーーン!!
【隼丸】は二つに折れて破片が飛び、俺の足下に突き刺さった。
ロビーは沈黙に包まれた。
「おれの、おれの剣が~~~!! おれの剣が~~~!!」
霧積は号泣していた、子供のように号泣していた。
『お、折った~~!!!』
『『『『『折った~~!!』』』』
『外界価格二億三千万の魔剣を折りやがったーーーっ!!』
『まさに狂子!!』
『外道! わろとるでっ!! だが、そこが良い!!』
コメント欄は怒濤のように流れていたが、ロビーでは。みな、呆然と鏡子さんを遠巻きに見ていた。
「あ、いかん、時間やわ。タカシ、あの子新しい友達か?」
「そ、そうだけど」
「そうか、なかなか面白い子やで、あとでまた呼んでな」
かーちゃんはそう言い残すと光の粒子になって消えていった。
鏡子さんはニマニマしながらこちらに歩いて来た。
なんと声をかけたらいいのやら。
「殺さなかったよ」
「あ、ああ、うん、おつかれさま」
「あ、あそこまでしなくても」
「抜いた奴が悪い。もうちょっと強かったら殺さなきゃならなかった所だった、あぶないあぶない」
霧積が生きていたのは腕が立たなかったからか。
どれだけ強いんだ、この人は。
『オーバーザレインボー』の人達もなんだか呆然と号泣する霧積を見ていた。
売店のお姉さんがやってきて、【隼丸】の残骸をつまみ上げた。
「あらあら、折れちゃいましたねー、もったいない」
「修理とか、その、できませんよね」
俺がダメ元で聞いたら、お姉さんはきょとんとした表情を浮かべた。
「三百万円かかりますよ」
「「「「「修理できるのーっ!!」」」」」
『『『『『修理できるのーっ!!』』』』』
現実世界とコメントウインドウでセリフがハモりまくった。
「わりと汎用武器ですからね、向こうの世界のドワーフに修理を依頼して、まあ、三ヶ月という感じですか」
「は、汎用武器なの?」
「え? 十階の金の装備箱産ですよ、伝説級の武器の訳無いじゃ無いですかっ」
そ、そう言われてみればそうだけど。
汎用武器を貰って、レア酔いして、イキってたんだ、霧積……。
それは恥ずかしい。
良かった鏡子さんが伝説の武器を折らなくて。
まあ、同じ事が伝説級で起こっても折りそうだけどね。
「では、修理に出してくれますか?」
東海林が前に出て、売店のお姉さんに声をかけた。
「はい、料金は前金になりますが」
「東海林君、僕らは三百万円とか、無いよ」
「俺が出すよ、タカシの所の配信料がそれくらい入ったから」
「おお~~、ふとっぱらだよ」
なんか太った斧の戦士くんが喜んでいる。
彼がサブ戦士くんかな。
「東海林~~」
霧積が情けない泣き声で東海林を呼んだ。
「藍田さん、おねがいできるかな」
「はい」
藍田さんは霧積の前に出て手をかざした。
「『神に乞う、その光で、わが友の傷を癒やしたまえ』」
霧積の骨折が治っていく。
「東海林、おまえ、やっぱり、俺の力が必要……」
「そうじゃない、悪いが修理から戻って来たら【隼丸】はパーティで管理する。高田と交代で使ってくれ」
「な、なんだとっ!!」
「東海林君~~、僕は斧が好きなんだよお、スキルもあるし」
「霧積もスキル無しで戦っていたから、高田にもできるって」
「何勝手に決めてんだよっ!! リーダーは俺っ!!」
「霧積、お前がリーダーをどうしてもやりたいと言うから、これまでそうしてたが、お前はリーダーに向いていない」
僧侶の藍田さんと、シーフの子が激しくうなずいた。
「あーしも、東海林が良いと思ってたのよ、霧積はワガママだし」
「霧積くんがリーダーならこのパーティをやめようと思ってましたけど、東海林君なら……」
「僕も賛成だよ、元々指揮してたのは東海林君だったし、十階のフロアボスを倒すのに作戦を立ててくれたのも東海林君だし」
「わかったよ……、わかった。東海林、お前がリーダーだ……」
霧積はがっくりと肩を落として東海林がリーダーになるのを認めた。
うん、そうだな、東海林がリーダーなら『オーバーザレインボー』は良いパーティになるだろう。
「そういう訳だ、ごめんな新宮」
「東海林がうちに来てくれたら嬉しかったんだけどな」
「僕もそうしたいけどさ、うん、あいつらは仲間だしな」
「うん、うんっ、なんか東海林君らしいっ! 律儀でえらいよっ!!」
「そうだね、でも、東海林君、パーティは違うけど、僕らは友達だから」
「ああ、もちろんだよ、泥舟くん」
ああ、そうだな、東海林とは学校で会えるし。
同じクラスだしな。
『えらいぞー東海林~~』
『いやあ、良い物見た、高校生Dチューバーらしいねえ』
『俺は『オーバーザレインボー』のブックマーク付けたからさ、時々見るぜ』
『がんばれー東海林~』
『しかし、レア魔剣、修理できるのか、そして汎用品だったのか』
これから『オーバーザレインボー』の今後を考えるための会議をすると言って東海林たちはロビーを去っていった。
はあ、俺はロビーでトラブルを起こす才能とかがあるのかもな。
そう思って元凶の鏡子さんを見ると、ソファーに沈み込んですやすや寝ていた。
まったく、困ったお姉ちゃんだ。
「さ、鏡子さんの過去探しにタカシの部屋に行こう」
「行こう行こう、鏡子さん、ほらおきて」
「んにゅ~?」
「行きますよ」
俺たちもロビーを横切り、地獄門から外界に出た。
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