第39話 狂子は覚醒する

 キュアポーションをゴクリと飲み込むと狂子の頭から煙が出て来た。

 ……。

 脳が損傷していて、治った、のか?


 狂子の目が知性を帯び、緩んでいた表情が引き締まった。


 彼女のカメラピクシーだろうか、頭をお団子にしたピクシーが喜びの表情で狂子を激写していた。


「な、治ったかな? かな?」

「……」


 狂子は不思議そうに自分の体を見下ろすと、峰屋が被せようとしたカーディガンで胸を隠した。

 頬が赤くなっている。


「なんで私、裸?」

「さあ?」

「しらないです」

「会ったばかりです」


『恥じらう狂子、レアー!!』

『これが、これが良いっ!!』

『うるせえ男子黙れ』


「あなたは、なんでこんな所に住んでいたの?」


 峰屋みのりの問いに狂子は目を閉じて考え込んだ。


「んー、解らない。私だれ?」


 記憶が無いのか。

 やっかいだな。


「俺たちは狂子さんって呼んでいたよ、五階に住む狂子さん。あなたに助けられた女性Dチューバーは沢山いるよ」

「? キョウコ ?」


 ピンときてないようだ。


「とりあえずキョウコさん、ロビーに行って服を買いましょう」

「名案」


 そういう事になった。


 しかし狂子は目立つ。

 上はカーディガン一枚で、下は腰蓑、裸足である。

 冒険配信者が狂子を見てへんな顔をした。

 狂子を知っている冒険配信者はなんでという顔をしている。

 有名人だったからなあ。


 とりあえず頑張って歩いてロビーの売店まで来た。


「いらっしゃ……、あら狂子さん」

「知っているの? 売店のお姉さん」

「ええ、迷宮に定住している人は少ないから、チーフがカメラピクシーのシフトに困ってたわ」


 カメラピクシーにシフトがあるのか。

 思わず俺はリボンちゃんを見てしまった。

 彼女は気にすんなというように笑って片手を振った。


「正気に戻ったのね」

「彼女に何があったか知ってます?」

「んー、しらないわ」


 売り子のお姉さんも駄目か。


「彼女になにか服を着せたいのですが、売ってますか?」

「ええ、一通りあるわよ、ドロップ品でも一般服はあまり売れないから。品物は良いのにね」


 一般服もドロップで出る事があるのか。

 今度男性向けの物を見てみようか。


 売り子のお姉さんは上から下まで狂子の姿を見た。


「本当は駄目なんだけど、ちょっと来なさい、スタッフエリアのシャワー室を貸してあげるわ」

「助かる」


 お姉さんは狂子の手を引いて店の奥に入っていった。


「スタッフエリアとシャワー室があるんだ」

「女悪魔さんも働いているからな、いろいろ必要なんじゃないか」


 とりあえずスタッフエリアには、シャワーと休憩室があって、チーフさんが悪魔さんのシフト管理をしているのは判明した。


 一階ロビーにはふかふかなソファーがあって、コーヒーサーバーなんかもあって只で飲める。

 俺も寒い日なんかはここでコーヒーを飲んで暖を取ったものだ。


「狂子さん、記憶無いんだね」

「二年前以上に何があったのかな」

「なんとか調べられないかしら」


 泥舟がポンと膝を叩いた。


「調べられるよ、Dチューバーなら動画のアーカイブがある」

「あ、そうか、本人IDは解っているんだし過去動画を見れば何があったのか解るね」


『泥舟さえてる』

『というか、俺は今、絶賛、狂子の過去動画引っ張り中、最古の奴見たら正体が解った、服部鏡子が本名で、最古の動画が三年前、大学生。それで……、あーあー、窓に窓に~~』

『クトルゥフネタやめろ』

『まあ、自分で確かめてくれや』

『意味深だな』

『まあ、良くも悪くも迷宮の立ち上げ時期だったという事だ』


 服部鏡子さんというのか。

 最古の動画が三年前。

 俺と同じ頃にDチューバーを始めたのか。


「ライブラリってどうやって見るの?」


 峰屋みのりがDスマホをいじりながら言った。


「パソコンの方が良いね、画面大きいし、どうするタカシ」

「鏡子さんに聞いて、過去を知りたがったら、俺んちでみんなで見ようか」

「タカシ、パソコン持ってないじゃん」

「うっ」

「僕が家からノートパソコンを持ってくるか。アーカイブソフトもインストールしてあるし」

「助かるよ」


 泥舟はやっぱり頼りになるなあ。


「タカシもそろそろパソコン買いなよ、お金はあるんだし」

「苦手でなあ」

「右に同じく」

「峰屋さんもかーっ」


 東海林はパソコン得意そうだな。


 売店の奥のドアが開いて、鏡子さんが姿を現した。

 ぴっちりした蛇皮っぽいボディスーツを着ていて格好いい。

 ゴツイブーツを履いて腰にブラスナックルを下げているな。

 髪はうっとうしいのかオールバックにしていた。

 なんだか凄く精悍な感じの美人になったな。

 原始人ぽかった先ほどまでとは大違いだ。


「ぎゃあっ、キョウコさんっ、かっこいーっ!!」


 峰屋みのりが鏡子さんにダッシュで近づき抱きついた。


「ありがとう」


 ちょっと困惑気味に鏡子さんは答えた。


「記憶の方は戻りましたか?」

「思い出せない」

「みんなで狂子さんの配信動画のアーカイブを見ますか? なにがあったか解るかもしれません」

「迷惑ではないだろうか?」

「大丈夫ですよ」


 わりとトツトツと喋る人だな。

 体の動きが滑らかで、どうも俺と同じぐらいのレベルがある感じがする。

 コモンスキルも幾つか持ってそうだな。

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