第38話 狂子が来た

「ぎょわああああっ、ムカデムカデ、でででで、でっかいいいいっ」


 峰屋みのりが現れたセンチネルセンチピードから逃げ回った。


「うわ、確かにでっかくて気持ち悪いな」


 泥舟はセンチネルに突きを入れた。

 だが巨大なセンチネルはぐねぐねして死なない。


「急所はどこかな」

「虫系は頭だ。体を切ってもなかなか死なない」

「うげあごうひひやうわ」


 峰屋みのりが意味不明の発語をして逃げ回っている。

 泥舟がセンチネルの頭部を潰して戦闘は終わった。


「峰屋さん、こっち来て、経験値を吸い込まないと」

「ム、ムカデの経験値とかノーサンキュー!」

「贅沢な奴め、霧になったらみんな一緒だ」

「気分の問題ですっ」


 結局紫色の魔力の霧はだいたい泥舟が吸って終わった。


「はあはあはあ、五階怖い、センチネル怖いっ」

「滅多に出ないし、経験値が良いんだぞ」

「でも嫌」


 女の子は我が儘だなあ。


 センチネルは粒子に変わり、大きめの魔石とビニール袋に包まれたムカデ飴がドロップした。


「お、ムカデ飴出た」

「ムカデの飴~~!! 捨てて捨ててっ~~!!」

「何を言っている、結構美味いし、日本製だ。あと、毒消しの効果がある」

「毒消しの薬を飲みたいです……」

「毒消し薬は高く売れる、だから通は毒をムカデ飴で散らしながら頑張るんだ」

「そんな通になりたくありません~」


 峰屋みのりは半泣きだ。


『ムカデ飴、ちょっとピリッとして結構美味い、ちゃんと甘いし』

『毒消し効果も、二十階までの毒なら問題無い、良いドロップなのに』

『ちょっと男子~~、女子の気持ちを考えなさいよ~~』

『うわ、小うるさい迷宮女子きたこれっ』

『女子と潜ると色々うるせえんだ、あとトイレが困る』

『浅い階ならロビーまで戻るわね』

『男子は草原でも立ちションよっ』

『男子は野蛮~~~』


 やっぱりDチューバーでも男女で感覚の差はでるんだな。

 初めて実感した。


 五階にも鳥乱獲アイドルがいたらしく、あちこちに痕跡があるな。

 ゴミが捨ててあったり、焚き火の後とかがある。


「もう、ゴミとか捨てて行って、マナー悪いわね」

「ほっといたら消えるよ、迷宮が食べるらしい」

「ふえっ!?」

「ゴミとか死体とか汚物とかはほっとくと迷宮が吸収して無くなるんだ。だからわりと綺麗な風景を保っている」

「そうなんだ、不思議ねえ~~」

「不思議だね」

「迷宮だからな」


 五階の森は小道を使った迷宮になっている。

 所々行き止まりになったり、小川があったり池があったりする。

 鳥類は再ポップしてないようで、一匹も見かけない。


 遠く、大きな猿のような物が木々を跳んでいた。


「あ、狂子さんだ」

「だれ?」

「あそこ」


 狂子さんは枝をびょんびょんと跳んでこちらに来た。


「猿の魔物……、じゃない、人間? 女性……」

「おーおーおーおー」

「どうした峰屋」

「おっぱい丸出しじゃないですかーっ!!」

「狂子さんだから」

「だ、誰だよ、タカシ」


 狂子さんの全身が見えるぐらいに近づいてきた。

 服はほとんど着てない。

 木の葉で出来た腰蓑を着けているのでゴブリンぽく見えるが、体つきは若い女性で、色白だ。


『狂子キターッ!!』

『五階のガーディアン!!』

『配信を見ておっぱいを見てハアハアするんだけど、狂子さんだから、そのうち飽きる』

『男子って最低っ』

『迷宮女子まだいる、どっかいけ』

『いやよ、泥舟くん好きだし、オカン見たい』


 俺が手を振ると、狂子さんは地面に跳び降りてきた。

 ぼさぼさにした髪で目が隠れているけど、意外に整ってる感じはする。


「お、あう、あっ」

「どうしたの、狂子さん」

「下、あっ、いく?」

「今日はいかないよ」

「下……、あー、うー、十。ワーウフル」


 フロアボスのワーウルフかな。


「十階突破したいの?」

「うっ、うっ」


 狂子さんは激しくうなずいた。

 フロアを移りたいのかな。


「下いく、あー、つ、つおいの、たーす」

「俺たちが挑む時に一緒に来たいの?」

「うっ、うっ、うっ」


 狂子さんは激しくうなずいた。


「ああ、良いよ、狂子さんが居れば心強い」

「あっははは、タカシ、タカシ」


 狂子さんは喜んで踊り出した。


「タ、タカシくん……」

「原始人?」


 気が付くと、峰屋みのりと泥舟が狂子さんにドン引きしていた。

 まあ、慣れて無いと怖いよな。


「この人は狂子さん、五階に住んでる主みたいな人、職業ジョブはたぶん戦士」

「は、はあ」

「そ、そう」

「狂子さんが居るから、六階のアウトローが五階に出てこないんだよ」

「え、治安を守ってくれているの?」

「いや、女性に不埒な事をするDチューバーが嫌いらしくてぶっ殺すんだ」

「ころすころす」


 狂子さんはえしゃえしゃと笑った。

 彼女と知り合ったのは二年前ぐらいだけど、ずっとこんな調子だ。


「ころすんだ」

「タカシはいろんな知り合いがいるなあ」

「ととと、とりあえず、その、ふ、服を着ましょう、ねっ、ねっ」


『せっかくの全裸女子に何をするっ』

『みのりん、青少年の希望の星を隠すな~~』

『ああ、そうね、うん、服を着せて文明化させましょう』

『裸はいけませんわっ』


 コメント欄が男女で真っ二つに分かれた。


 峰屋がカーディガンを脱いで狂子さんに着せようとしたが、彼女は嫌がった。


「おかしくなってる人なの?」

「たぶんな」


 泥舟が小声で聞いて来た。


「タカシくんっ! 狂子さんにキュアポーションとか効くかなっ」

「……どうかな、認知症の爺さんがレベルアップで正気に戻った事はあるけど」


 キュアポーションは試した事が無いな。

 高く売れるし。


「『さあ目を開けて傷を癒やそうよ~~♪ 頑張った君の勇気を力に変える~~♪ 治れ治れ治るんだ~~♪』」


 峰屋みのりは【回復の歌】を歌い始めた。

 お?

 おおっ?


 狂子さんの目に意思が戻った、ような気がする。


「うた、きれー」

「きれいでしょ、狂子さん、じゃあ、これを飲んで」


 峰屋みのりは一角兎から出たキュアポーションの蓋を開けて狂子さんの口に近づけた。

 狂子さんは素直に薬液を飲み込んだ。


「やったか」


『おい泥舟、フラグやめろ』

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