第29話 |『吟遊詩人』《バード》というお仕事

「あ、すいません、ドリンクバー追加で」

「あ、僕もお願いします」

「僕も」


 なに! ドリンクバーだと!!

 二百円でジュース飲み放題……。

 フランスパン一個が買える、だがジュースは飲み放題なのか。

 沢山飲めば元が取れる?


「あと、ドリンクバーもう一つ、取るよねタカシ」

「あ、え、ああ、そうだな」

「かしこまりました、ドリンクバー四つですね」


 お姉さんが端末に注文を打ち込んだ。

 俺は水でも良かったんだがなあ。

 うーん、二百円。

 万札万札。


「諦めて飲もう、タカシ」

「新宮は初ドリンクバーか」

「タカシ君かわいいっ」

「めんぼくない……」


 みんなでドリンクバーに並んだ。

 ええと、カップを取ってジュースを入れるのか。

 おっと、温かい物もある、コーヒーか、何年も飲んでないな。

 缶コーヒーは高いからな。


 東海林はジンジャーエール、泥舟はコーラ、峰屋みのりはカルピスを注いでいた。

 俺は……。


『食事の前に甘いもの飲んじゃだめやで、ご飯がまずうなるし』


 かーちゃんの言葉が頭に蘇った。

 そうだな。


 俺はウーロン茶をカップに注いだ。


 みんなで席に戻る。


「タカシ君渋いね」

「あ、まあ、食事前に甘いもの飲むなって言われてたから」

「あー、私も言われた事ある」

「親世代はみんなそう言うね」

「タカシはお母さん子だから」


 ほっといてくれ。

 ウーロン茶を一口飲む。

 苦いけど美味しいな。


「おまたせしました~」


 ウエイトレスさんが料理を運んできてくれた。

 泥舟はミックスグリルセット。

 東海林はボロネーゼスパゲッティ。

 峰屋みのりはメメントハンバーグセット


 そして、俺の目の前にパチパチ音を立てるメメントチーズハンバーグセットが。

 ああ、なんだか子供の頃のワクワク感が戻って来たようだ。

 チーズとハンバーグの良い匂いがする。


「いただきます」

「いっただきまーす」

「うん、いただく」

「い、いただきます」


 泥舟にシルバー入れから、ナイフとフォークを取ってもらって、俺は熱々のチーズハンバーグを切り取って口に入れた。


 美味い。

 ああ、なんだか泣きそうなぐらい美味い。

 チーズの風味とナツメグが効いたハンバーグの味わいが絡み合って天上のご馳走のようだ。


「おいしいね、タカシ君」

「あ、ああ」

「これからはさ、新宮、ちゃんと自分でお金を使える高校生らしい生活を楽しもうぜ」

「タカシは我慢しすぎてたからね」

「毎日狩りして毎日打ち上げをしよーっ!」

「いやそれはさすがに」

「毎日狩りしないの?」

「わりと疲れるから、うちは土日ぐらいだな」

「結構疲労しそうな感じだね、タカシが毎日潜っていたのがおかしいよ」

「そうなの?」

「鉄人の域だよ」


 そうなのか?

 俺は慣れたから気にしなかったが。

 あーー、コーンスープが甘くて美味しい。


「とりあえず、一日おきぐらいでやろうか」

「そうだね、明日は行こうか」

「今日は本当にちょっとだったしね」

「ああ、いいよ」

「やったあ、タカシくんありがとうっ」


 峰屋みのりの『吟遊詩人』バードの運用も考えなくてはいけないしな。


「所で、『吟遊詩人』バードって何をすればいいの?」

「なんでも出来る」

「全部」

「オールマイティ職だよ、峰屋さん」

「え、ええ?」

「回復の歌でHPを回復できる。解毒の歌で毒の効果を下げる事ができる。弓や剣も使える。初歩魔法も覚えられる。歌や踊りで味方を支援したり、敵の攻撃を妨害する事もできる」

「すす、すごいっ、『吟遊詩人』バードすごいっ!!」


 うん、こう聞くと『吟遊詩人』バードは凄いんだけど、欠点もある。


「欠点としては、専門職よりは何割か弱い。僧侶の回復にはかなわないし、弓も射手よりは落ちる、魔法も中級魔法は覚えられない、だが支援系は専門だ」

「ほえーほえー」

「峰屋はレアスキルとレア楽譜スコア持ちの『吟遊詩人』バードだ、コモンの全楽譜スコアも持っている、現時点で世界一の『吟遊詩人』バードだ」

「すっごいっ!」

「僕もまだコモン魔法を全部は覚えてませんからね、他のDアイドルに比べて圧倒的に有利ですよ」


 東海林がしみじみと言った。

 『魔術師』ウィザードという職業ジョブもコモン魔法は魔物からドロップする呪文スクロールで覚えないといけない。

 コモン呪文スクロールはそれほど高くないのだけど、初歩魔法の【火球】ファイヤーボールでも五万ぐらいはする。

  『魔術師』ウィザードは装備に金が掛からないが、呪文スクロール代に結構掛かるのだ。


「そうかー、私が今、世界一かーっ」

「まあ、今晩にもDアイドルの誰かが『吟遊詩人』バードに転職して優位は消えるけどな」

「でもまあ、私は凄い有利だねっ。楽譜スコアに気が付いてくれたタカシくんのおかげだよっ」


 まあ、金を払ったのは峰屋みのりの親なんだが。

 俺はちょっと気が付いただけだ。


『吟遊詩人』バードというのは、平たく言うと、みんなを応援してがんばる職業だ」

「うん」


 峰屋みのりは華のように笑った。


「うん、私は、タカシくんを、泥舟くんを、東海林くんを、応援するよっ! みんなで150階を目指そうっ!! 私の天職だよっ!!」

「僕は別パー……、ま、いいか」

「野暮はいいっこ無しだよ、東海林君」


 泥舟が東海林を見てにっこり笑った。

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