第28話 ファミリーレストラン『メメント』に行く

 俺たちが門をくぐると、カメラピクシーたちは手を振って送りだしてくれた。

 またな、リボンちゃん。

 そういえばサッチャン以外、迷宮の外に出た悪魔はいないな。

 出られないのか?


 もう夕方なのに、沢山の冒険者が続々と門に向かって歩いていた。


「青羽、買い取り価格が上がってるな」

「大福屋で一枚一万円突破だ」

「これって自分で獲らないと駄目なんかな」

「わからん」


 みんな耳が早いな。


 川崎駅東口はデパートや雑居ビルが建ち並んでいる。

 駅ビルも結構でかい。


 仕掛け時計のある階段を降りると地下街だ。

 峰屋みのりは俺の手を引いて有隣堂の向かいのファミリーレストラン『メメント』につれていった。


 ファミリーレストランなんて五年ぶりだな。

 かーちゃんに連れて行って貰った時以来だ。

 なんだか緊張する。


「メメントか、結構おいしいよね」

「私、メメントハンバーグが好きなのよ」

「迷宮食材フェアだって、本物かな?」

「迷宮食材は結構安いから本物ではないかな」


 店の前に『迷宮フェア開催』と書かれたタペストリーが吊してあった。

 オークハムステーキセットが千五百円か……、高いなあ。


「さ、タカシくん入ろう入ろう」

「あ、うん」


 友達とファミリーレストランに入るのも初めてだな。

 泥舟はなんだかニコニコしている。


「いらっしゃいませーっ! メメントにようこそっ!!」


 元気のいいウエイトレスさんが歓迎してくれた。


「わ、冒険者の方ですねっ、どうぞどうぞ冒険者割引もございますご注文の際に係の者にお伝え……、え、タ、タカシ、さん?」

「え、あ、はい」

「えええええっ!! シンデレラマザコンボーイのタカシさんっ!! メメントにようこそっ!!」


 うわ入り口で大声で名前を呼ばないでよ。

 店中の人間がこっちを見ている。


「うお、タカシだタカシ、こんな場末のファミレスにくるんだ」

「横の子、彼女かな、すんげえ可愛いっ」

「わ、足軽もいる」


 フロアマネージャーとおぼしきおじさんが出て来て、ウエイトレスさんの首筋をひっつかんで頭を下げさせ、自分も頭を下げた。


「し、失礼いたしました。お席にご案内します」

「ご、ごめんなさい、私、タカシさんの大ファンなんです」

「いえ、気にしてませんよ」


 ウエイトレスさんは顔をあげると、ぱあっと笑顔になった。

 なんだか、嬉しいけど、怖い感じもあるな。

 一夜あけると超バズり者だ。

 心の置き所がふわふわする感じだ。


 ウエイトレスさんが窓際の六人掛けの席に案内してくれた。

 ゆったりしてるな。


 メニューを見る。

 なんか色々ケバケバしいぞ。

 それで結構高い、うむむ、ハンバーグセットを頼むと、フランスパンが十本買えるな。

 二十日分の食費が一食でふっとぶのか。


「タカシ、そういう時はお財布に万札が入ってる事を思い出すんだ」

「お、おお、泥舟、そうなのか」

「そうだよ、それが金持ちの思想なんだ」


 万札万札。

 おお、ちょっと心のつっかえが軽くなった。


『きょうはいいてんき~~♪ おひさまわらってぴっかりこ~~♪』


 峰屋みのりが【元気の歌】を口ずさむとなんだか活力がみるみる湧いてくる。

 よし、やるぞっ!


「チーズハンバーグセットをくださいっ」

「はい、かしこまりました」


 みんな口々に慣れた感じで注文をしていた。

 ふう、緊張した。

 おれはお冷やを口に含んだ。


「新宮は注文するのにバフを掛けてもらわねばならんのか」

「タカシは慣れてないからしょうがないよ、東海林君」

「意地悪な事を言っちゃだめだぞっ」

「す、すまん」

「いや、良いんだ」


「なんか凄い綺麗な歌が聞こえたけど」

「元気出たなあ」

「もっと聞きたいわ、耳に残るね」


 周りの客がこちらをちらちら見ながら語っていた。

 というか峰屋みのりが目立ちすぎる。

 あと、泥舟もなんだか足軽すぎる。

 槍は袋に包まれて棒みたいになっているが結構目立つな。

 まあ、俺も片手剣とバックラーを下げて冒険者スタイルだけど。


「やっぱり、次は下に和服を着てこよう」

「さらに足軽っぽくなるよう」

「それが狙いだよ。タカシもみのりさんも目立つからね」

「わあ、考えてるねえ」


 俺は注文だけで一日の仕事を終えたような充実感を味わっていた。

 ふう、やりきったぜ。


「今日は楽しかったよ、明日もまたいいかな」

「ああ、しばらくは浅い階でレベル上げをしよう」

「わーい、やったあっ!」

「だが、明日は四階と五階は混むだろうな」

「青い羽根の買い取り相場が上がっているそうだ」

「うわ、本当だ、一枚一万五千円だって」


 泥舟がスマホで検索して声をあげた。


「これはアイドルだけじゃなくて、稼ぎ勢も来るな」

「六階に入っちゃ駄目なの?」

「駄目だ」

「駄目です」


 俺と東海林が声を揃えた。


「そ、そんなに怖いの?」

「五階から十階はやばいんだ、地力を付けて駆け抜けないとやばい」

「み、みんなでやっつけちゃえば……」

「敵は毒配信者だよ、倒しても死骸が残る」

「げっ」


 峰屋みのりは青くなった。


「迷宮の魔物はある程度数が決まっている、十階までは、複数魔物のチームでもオークで三体、ゴブリンで五体なんだ。毒配信者にその制限はない、最大で二十人のクランを見た事があるよ」

「あ、人数が」

「五階のアイドル達は大丈夫なのか?」

「アイドルには護衛の配信冒険者が付くからな、たぶん大丈夫だろう」


 峰屋みのりがお冷やをカプリと飲んだ。


「そんなにアイドルさんたちが固まったらアイドル殺しとか出ないのかな?」

「でない」

「アイドル殺しは、アイドルが含まれる六人を越えるパーティが存在すると発生するらしいんだよ、だから四人ぐらいの小規模パーティなら、別にライブをやってもアイドル殺しは出てこないよ。二十人規模のライブをやる場合は迷宮側に許可を取らないといけないらしい」

「じゃあさじゃあさ、このタカシ君パーティで、みんなで楽器を持って、ドンチャカやってもアイドル殺しは出ないの?」

「六人までなら問題無い、そういう個人Dアイドルもいるよ」

「俺は楽器とかできないが」

「えー覚えようようタカシ君~~、ギターとか」


 正直そういうアイドルバンドみたいなパーティに興味は無いな。


「泥舟くんは何か楽器出来る?」

「うん、尺八なら」

「しぶいぞ、泥舟君……」

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