第19話 迷宮一階ロビーで買い物をする

 京急の駅からちょっと歩いて陸橋を渡り駅前総合商業施設へと入った。


「装備は駅ビルで買うの? それともアーケード?」

「迷宮一階の売店で買うよ」

「え、中はお高いんじゃない? 映画館でも中で買うとポップコーン高いじゃないっ」


 昔はこの商業施設にも映画館があったんだけど、撤退した。

 今では上から下まで冒険者用品のお店が建ち並ぶ場所だ。


「峰屋さん、悪魔は商売とか興味が無いんだ、だから、迷宮から出た物は売り出す価格の半額で買い上げて、売ってる。外のお店はそれを仕入れて儲けを乗せて売るから、結局、迷宮内のぼったくり商店が一番安いんだよ」

「そうなのー! 東海林君!」


 商業施設のお店たちはそれが解って無い冒険配信ニワカ層を狙った商店なんだな。

 迷宮の品物は欲しい、でも迷宮に入るのは怖いというお客さん向けだ。


 開きっぱなしの地獄門を通る。


「ねえねえ泥舟くん、私たち初ダンジョンだよ、ドキドキするね」

「僕は二階までは入った事あるよ」

「わあ、裏切り者~~!」

「いや峰屋さん、迷宮に入った事が無い君が箱入り過ぎるよ」


 川崎市内の子供はだいたい親に黙って地獄門をくぐって迷宮に入るものだ。

 一階と二階は安全ってみんな知ってるからね。

 気の利いた子供は五階までは潜る。

 わりと安全だからだが、それでも無装備の子供がゴブリンに殺されたり、スライムに食われたりはする。

 危ないんで浅階専門の冒険お爺ちゃんとかが助けて叱ってくれるな。


 一度、子供を迷宮で亡くした親が被害者団体を組んで、左翼系議員と共に迷宮へ抗議に来たことがあった。

 それに対する公報のサッチャンの答えは、


「あなたがたのお子さんはゴブリンが美味しくいただきました。あなたがたの嘆きや悲しみ苦しみの気持ちも私どもが美味しく頂いております、ごちそうさまでした」


 であった。

 国が軍隊や警察で懲らしめられない悪魔相手に法律を守らせるのは、元より無理な話という事で、決着が付いたらしい。


 ロビーに入ると少しヒンヤリして、ちょっと硫黄っぽい匂いがする。

 地獄の匂いだという噂もあるね。

 広いホールの上に大型ディスプレイが掛かっていて、画面の中では現在迷宮内で戦っている映像が映し出されている。

 左のディスプレイでは十五階あたりでのハイオークとの遭遇戦。

 右のディスプレイでは三十階超えでキメラとの遭遇戦が映し出されている。


「お、B級パーティのホワイトファングだ、やっぱり強いなあ」

「すっごい怪獣と戦っているね」

「キメラだよ峰屋さん、ライオンの頭と山羊の頭、尻尾に蛇の頭が付いた凶悪な魔獣だよ」

「ほえー、頭同士で喧嘩とかしないのかしら」


 それは無いと思うな。


「お、タカシだタカシ」

「シンデレラマザコンボーイだ」


 初心者っぽい冒険者のコンビが俺の顔を見てそんな事を言っていた。

 なんだ、そのあだ名は。

 やめろっ。


 ホールを横切って、売店の所まで移動した。

 隣は買い取りカウンターだ。

 ここでは迷宮から出て売られた武器防具薬品雑貨などが売られている。

 ちょっとしたコンビニぐらいの広さがあって、綺麗な女悪魔さんたちが店員をやっている。


「おおおおおおっ、アルテミスの弓!! 格好いい!! 四千万!!」


 峰屋みのりが目立つ所に飾られた目玉武器に食い付いた。

 金の装備箱から出て来たレアな魔法武器だな。


「ブラックカードの限度額が一億だから、うん、買える」

「買うな」

「か、買ってはいけないよ峰屋さん」

「どんだけ金持ちなの、峰屋さんは」

「えー、だって買っても良いって言われたもんっ」


 何と言う女か。

 親も親だな。

 上級国民とはこういう物なのか。


「初心者がそんな高額装備を持っていたら、殴り倒されて盗られる」

「えっ、えっ、そ、そんなの泥棒じゃないですかっ、警察は?」

「迷宮の中に法律は無いんだ。身を守れない初心者がそんな高額商品を持ってるのが悪いという事だ」

「だ、だって、そんな盗品、売りさばけないでしょ」

「あそこで買ってくれる」


 俺は買い取りカウンターでニコニコしている女悪魔さんを指さした。


「初心者を殴って分捕るだけで、二千万の儲けだ、誰でもやる」

「だいたい、高レベルの『射手』アーチャーでも無いとあんな高レベルのレア武器は使いこなせないよ」

「そっかー、残念だなあ」


 なんだか峰屋みのりは思っていたより阿呆の子成分が多いな。

 もうちょっと要領がいい奴かと思っていたがそうでもない。


「僕たちが付いて来て良かったなあ」

「峰屋さんは誰かが付いて無いといけないな」

「手が掛かるな」

「なによ、あんたたちーっ」


 女悪魔さんの店員さんがニコニコしながら寄ってきた。


「タカシさん、タカシさんですよね、いらっしゃいませっ」

「あ、どうも」

「一昨日はありがとうございました、ロビーの職員はみんなタカシさんにメロメロになりましたよ」

「確かに、カメラピクシーが暴れたらロビーは全滅していたな」

「ちがうんですよ、あんなに命がけでリボンちゃんを助けようとしている姿を見て、みんなタカシさんが大好きになったんですよ」


 さすがは女悪魔さんだ、口が上手いなあ。


「人間は人では無い存在に横柄なんですよ、ああいう感じにね」


 買い取りカウンターで冒険者のオヤジが担当の女悪魔さんを怒鳴っていた。


「もうちょっと高く買い取れやっ、おいっ!!」

「こちらは定額でしか買い取れません、ご不満でしたら外でお売りくださいませ」

「なんやと、こらーっ!!」


 あっ、担当さんをオヤジが殴りおった。

 命知らずなっ。


「お引き取りください」

「高く買いとれやーーっ……」


 担当さんがカウンターを飛び越してオヤジに飛びかかった。


「ぎゃあああああっ!!」


 オヤジは担当さんに蹴飛ばされて吹っ飛んでいった。

 担当さんはカツカツとヒールを鳴らして近づいた。


「ロビーではお静かにねがいます。次にやったら、殺すぞ……」

「は、はいっ、はいーっ!!」


 オヤジ冒険者は泣きながら逃げていった。

 ロビーにいる女悪魔さんたちは全員高レベルの魔物で、迷宮で怖い存在ランキングで第三位なんだぞ。


女悪魔サッキュバスさん、格好いい……」


 峰屋みのりもなんかずれてんな。

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