第12話 山南泥舟という男

 昼休み、峰屋みのりに捕まる前に俺は教室をダッシュで逃げ出した。

 騒がれるのは正直悪くは無いんだが、ちょっとうるさい。


 こっそりと調理実習室に忍び込むと、山南泥舟やまなみでいしゅうが居た。


「やあ、タカシ、騒がれたかい?」

「なんだか凄い事になったよ。泥舟も知ってるのか?」

「昨日見た、私設のまとめがすごい伸びていたよ。あと朝のワイドショーでもやってた」


 げえ、テレビのニュースになってたのか、そりゃみんないきり立つ訳だな。


「タカシのかーちゃんも久しぶりに見た、なんだか懐かしかった」

「俺もかーちゃんに会えて嬉しかった」


 泥舟とは家が近所の幼なじみで、よくつるんで川岸とかでよく遊んでいた。

 二人で泥だらけになって、よくかーちゃんに怒られたものだった。


 俺は鞄からミノタウロスの肉を出した。

 肉を包んでいる竹の皮は外すと消えちゃうのだが、外さない限り中の肉が腐る事が無い魔法の竹の皮らしい。


「お、牛肉、凄い霜降りだね」

「焼いて食おうぜ」

「たしか、焼肉のタレが……」


 泥舟が冷蔵庫を探すと、使いかけのエバラ焼肉のタレの瓶が出て来た。

 黒いので辛口の奴だな。


「それじゃ、僕はおにぎりをあげよう」

「ありがたい、泥舟の家のおにぎりは美味いからな」


 泥舟は銀紙に包まれたおにぎりを出して来た。

 こいつはいつも俺の為に多めにおにぎりを持って来てくれる。

 俺は迷宮の狩りで手に入れた食材を提供している。


「迷宮で食材が手に入るのはおかしいけど、ありがたいね」

「そうだな、オークハムが無かったら俺は詰む」

「タカシの大好物だしね」


 ホットプレートでミノタウロスの肉を焼く。

 結構量があるな。

 ジュウジュウ焼ける音と良い匂いがする。


 焼けた肉をタレに漬けて食べる。

 おおおおおっ、口の中でほどけて美味いっ!!


「うわ、これ凄いな、美味い」

「さすが三十階フロアボスの味だ、凄いなあ」


 遠慮無く泥舟の家のおにぎりを貰う。

 銀紙を剥がすと海苔の匂い。

 うん、焼肉に合うね。


「そうだ、かーちゃんも呼ぼうか」

「いいのかい、一日三回なんだろ」

「二十四時間制だと、まだ呼べないな、零時復活だと呼べるはず」

「実験か、良いね、僕もおばさんに会いたい」

「よし、【オカン乱入】」


 調理実習室に光の柱が下りてきて、中からかーちゃんが現れた。


「おっ? なんやここ、あ、タカシ」

「かーちゃん、ミノタウロスの肉焼いた、かーちゃんが倒した奴だから食べる権利があると思って呼んだよ」

「あらやだ、阿呆な事で呼んではあかんで、でも嬉しいわ」

「おばさん、お久しぶりです」


 かーちゃんは泥舟に気が付き笑顔になった。


「まー、泥舟ちゃんやないかあ、大きくなったなあ、まだタカシと仲良くしてくれてん?」

「泥舟とはずっと一緒だよ」

「親友なので」

「ありがとうねえ、うちなんだか涙出て来たわ。あ、お肉いただくわ」


 かーちゃんが椅子に座って俺が出した割り箸を割った。


「これ、凄いええ肉やね、うわ、なんやこれっ」


 かーちゃんはミノ肉をかみしめてうっとりした。


「美味しいなあっ、こんなん初めてや、それで懐かしいエバラさんちのタレの味、ああ、幸せやなあ」


 かーちゃんが喜んでくれて良かった。

 泥舟もニコニコしている。

 ああ、みんなで食事すると楽しいな。


「ここがタカシの通っとる学校かあ、時間があったら見学したいんやけど、三分しかおられへんからなあ。難儀なスキルやで」

「俺もかーちゃんともっと一緒に居たいけどなあ」


 でもまあ、一回三分でも会えないよりは、ずっと良い。

 本当に俺にとっては神スキルだ。


「それじゃ、おかあちゃん、もう行くで。あんまりスキル無駄遣いしちゃあかんで、タカシ」

「ああ、またね、かーちゃん」


 かーちゃんは光の粒子になって消えていった。

 消えて行く時は、なんだかとても切なくて悲しいな。


「良いスキルを当てたね」

「本当に神スキルだよ」


 牛肉は食い尽くされ、おにぎりも俺たちの腹に消えた。

 食後のまったりとした空気が漂う。


「親がタカシのニュースを見て喜んでたよ」

「そうか、喜んでくれたら嬉しいな」

「で、僕の迷宮入りも許可してくれた」

「ほんとかっ!! あんなに渋ってたのに、なんでまた」

「そろそろ、みんな迷宮に入らないとヤバイって気が付き始めたんだよ」

「あ、レベルアップか」

「そう、一般生徒とDチューバーで格差が広がり始めているんだ。レベルアップで身体能力だけじゃなくて、知能も、容姿も向上するからね」

「容姿もかあ」

「タカシも中学生の頃から比べると、ずいぶんイケメンになったよ」

「そうかあ?」

「そうだよ、この前卒業文集を見なおしたら、タカシがあんまり芋っぽくて笑ってしまった」

「そ、それは見返すなよ」

「そういう事なんだよ。迷宮に潜ってレベルアップすると、常人の数倍の体力、知力、魅力、器用度、信仰心になれるんだ。そろそろ、みんな自分の子供が乗り遅れないように迷宮に行くようにするはずだよ」


 そうか、このままナチュラルに育てると将来Dチューバーあがりの人間に顎でこき使われる人間になってしまうと思うのだろうな。


「だけど、迷宮は危険があぶないぜ」

「ああ、だから、なんだか世間は結婚ブームになってる。出生率が上がってるそうだよ」


 泥舟はインテリでいいよなあ。

 迷宮が出来て五年、世界は変わった。

 これから十年二十年したら世界はどんな形になっていくんだろう。

 想像もつかないな。

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