第5話 りっちょんと共に地上を目指す
りっちょんが残った方の目を見開いた。
残った左手で手鏡を出して見る。
「目がっ! 手がっ!! ひいいいいいっ!!」
りっちょんはつんざくような悲鳴を上げ、泣いた。
「武石さんはっ?! 斉藤さんは?! 鏑木さんはっ?!」
「君以外はみんな死んでる」
「蘇らせてっ!! みんなをっ!! おねがいっ!!」
「無理だよ」
「ごめんなあ、うち蘇生はできひんのよ」
迷宮で死んだ人間は蘇る事ができる。
復活の珠とかがあればだが。
一個数億から売られている復活の珠なぞ普通の配信冒険者には縁がない話だ。
俺も見た事は無い。
僧侶系の呪文の最高位に蘇生魔法があるらしいんだけど、現在最大レベルの僧侶の人でも覚えている人間はまだ居ない。
りっちょんは子供のように号泣していた。
「とりあえず地上に行こう、送るから」
「みんなの死体を……、寺院に持って行って」
俺はスタッフの死体を見回した。
十人ほど居るな。
無理だ。
デモンズダンジョンの一階ロビーにはデモンズ寺院という施設がある。
ここに死んだ人を持ち込むと有料で悪魔の僧侶さんが蘇生してくれる。
ただ死後時間が経てば経つほど蘇生の確率は下がっていく。
「俺には無理だよ、人数が多すぎる」
「おねがいおねがいっ!! 大事な私の仲間なのっ!!」
「俺は一人なんだ、出来る事とできない事がある」
「せやで、善意の助力者に無理いうてはならんよ」
りっちょんのポシェットの中から明るい軽快なメロディが流れ出した。
彼女はいそいでポシェットを探りスマホを取り出した。
「あああ、社長、た、大変なんですぅっ、どうしましょう~~、はい、はい、はい」
ちなみにDダンジョンではスマホが使える。
といっても市販のスマホではない。
一階の売店や宝箱から出てくるDスマホだ。
デザインが厳ついのだけれど、安いし各種Dチューブアプリが走るので配信冒険者の必需品だ。
月額使用料も安いので一般にも飛ぶように売れている。
りっちょんは泣きながら社長と喋っていた。
「たかし、うち、そろそろ」
「あ、かーちゃんありがとう」
「ええんやで、でも、今日はあと一回しか来れへんからな、気をつけるんやで」
「うん、またね」
「またな」
かーちゃんはやさしく俺の頭をぽんぽんと叩いて光の粒子になって消えていった。
りっちょんが目を丸くしてそれを見ていた。
「な、なんで、あのおばさん、消えるの?」
「え、ああ、かーちゃんは俺のサーバントだから」
「サ、サーバント? え? なんで君みたいなF級配信者がそんな凄い物を呼べるの?」
うーん、どうしようかな、いや、でもDダンジョンで起こった事は全部記録されているからな、正直に話すか。
「ミノタウロスに追いかけられて、横穴に潜った奧で金の宝箱があって、そこからスキルオーブが出て来たんだよ」
りっちょんは左目を見開いた。
「ずるいっ!! どうしてあんたなんかがそんな凄い物を手に入れるのっ!! 底辺配信者の癖にっ!!」
「どうしてって……、運?」
「返してっ!! そのスキルは私の物よっ!! 泥棒っ!!」
「……」
ああ、凄い怪我を負って、仲間が全部死んでしまって、余裕が無いんだろうなあ。
普段のりっちょんはもっと良い子なんだろうなあ。
カーメンさんが大ファンになるぐらいだから。
「ごめんなさい……、私……」
「いや、良いよ、早く地上に上がろう、病院に行かないと」
「はい……」
激情の爆発があったあと、りっちょんは沈み込んだ。
たぶん、一度も危機的状況に陥った事が無いんだろうな。
スタッフの人達、すごく強そうだし、良い装備しているし。
安全にダンジョンの浅い階で、歌ったり踊ったりはしゃいだりしてリスナーを楽しませていたんだろう。
「スタッフの死体は、事務所が回収隊を出してくれるそうです……。わたしは早く地上にもどりなさい、だそうです……」
「そうか、歩ける?」
「はい……」
りっちょんはふらふらと立ち上がった。
片目がつぶれ、右腕を失っているからバランスが取りにくそうだね。
「十階のポータルで飛べますよね」
「……、僕はまだフロアボスを倒して無いから飛べない、りっちょんさんは?」
りっちょんは俺を見て舌打ちをした。
十階のフロアボスを倒すと直通ポータルが起動できるようになる。
俺はまだ倒してないのでポータルまで行っても起動することは出来ない。
地道に階段を上っていくしか無いんだ。
「私も使えないです、いつもはスタッフと一緒に跳んでいたので」
「階段で上がっていかなくてはならないね、俺は十階までの魔物はソロで倒せるから任せてくれ」
「はい、おねがいします……」
ビロリン!
ビロリン!
スマホの動画アプリを見た。
またスパチャが二本入った。
五百円ぐらいと少額だけれども嬉しい物だな。
『りっちょんがごめんタカシ』
『重傷でおかしくなってんだよ、嫌いにならないでやってよ』
『余はりっちょんとやらは嫌いだな、いま舌打ちしおったぞ』
『いやまあ、アイドルだからさ、タカシには悪いと思う、俺も今ダンジョンに向かってるから、三階ぐらいで合流できそう』
「はい、解ってますよ、大丈夫」
俺がカメラに向かって笑うと、『タカシGJ』の薄い弾幕が流れていった。
りっちょんは腕時計型のコメント確認デバイスをしていた。
彼女の残った手の上の空中ディスプレイでコメントが沢山流れている。
『りっちょん、感じ悪いよっ!!』
『なんだよ、タカシのせいじゃないだろっ、タカシ被害者じゃん』
『がんばってりっちょん!!』
『タカシにお礼言えよっ!!』
気遣うコメント、非難するコメント、沢山のコメントがデバイスの上の空間を走っていった。
「あ、あの、タカシさん……、あ、ありがとうございます、よ、よろしくおねがいします」
「う、うん、あんまりコメントを気にしない方が良いと思うよ、さあ、行こうか」
「はい……」
俺とりっちょんは地上を目指して歩き始めた。
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