第3話 やっぱり離れるのは無理だ

 どこに行こうか迷ったが、リアムとアリアは結局ダーネルの工房に向かっていた。 アリアを逃がすか、自分も一緒に逃げるか、頭が混乱していまだに結論は出ていなかったが、とりあえず今はアリアと街を出ようとリアムは考えていた。


 ダーネル親方に挨拶もなしに、というわけにもいかない。


「どこへ向かうの?」アリアは緑の目を期待に輝かせながら尋ねた。


「とにかく一度ここから逃げなくては」とリアムは不安に襲われながらも声を引き締めて答えた。


 工房はまだ明かりがついていた。


 ドアのきしむ音を聴きながら開けると、濃いヒゲと力強い腕を持った堂々としたダーネルはまだそこにいた。


「おい、どうした?」と聞いては来るものの、彼はアリアの姿を見てだいたい事情を察していたようだった。


「衛兵から連絡が来たよ」とダーネルは腰かけたまま言った。


「彼女を外に逃がす必要があります」リアムはそう言って、自分の仕事場の戸棚をあわただしく漁った。とりあえず必要なものを取り出す。衛兵たちは意識を失っていたが、逃げるための時間がどのくらいあるかはわからなかった。


 ダーネルは立ち上がった。


「これも持って行ったほうがいい」


 リアムに、彼自身が鍛えた真新しい剣を手渡した。そしてアリアのほうを向くと 「気をつけるんだよ、お嬢ちゃん」と言ってニカッと笑った。


「ありがとう、ダーネルさん」アリアは微笑んだ。


 リアムは鞘をずらして刀身の輝きを確認し、剣をしっかりと握り締めながら言った。 「必ず逃がします」


 視線を合わせて三人でうなずくと、リアムとアリアはそっと立ち去り、そっと街を抜けて森のほうへと向かった。


 ***


 人里の音が背後に消え、葉の擦れる音と鳥のさえずりだけが辺りを満たし始めていた。傾いて茜色に近くなった陽光が森を艶やかに染め上げていた。


「美しいですね」 アリアは鮮やかな葉の上で踊るように歩いていた。


「うん、アリアはとても美しい」とリアムの口から止める前の言葉がこぼれた。頬が赤くなるのを感じたが、アリアは微笑むだけで、その目は温かく魅力的だった。


「教えて、リアム」朱色に体を染めながら、彼女は体を近づけ、そっと言った。 「何があなたを悩ませているのですか?ずっと迷っているように思えます」


 リアムは躊躇し、思わず脇にある剣に手を伸ばした。アリアを想って鍛えた剣だ。深呼吸をして、彼は勇気を振り絞って自分を確かめるように話した。 「俺はあなたを愛している、アリア。この世の何よりも。これはもう間違いないと思う」


 リアムは興奮を落ち着かせるように息を吸った。「しかし……人間とエルフの関係は禁じられている。俺はアリアの安全のことを心配しているんだ」


 そして工房での仕事によって街を離れることができない自分の事情をリアムはよく理解していた。


 アリアは手を伸ばし、リアムの顔にそっと触れ、指で彼の頬骨の輪郭をなぞった。「あなたの言うことはわかります、リアム」


「ここでお別れですね」


 アリアは静かに言った。


 ***


 二人の間には重い沈黙が訪れたが、それを破ったのは木々を吹き抜ける風のささやきだった。 リアムはアリアから目をそらし、その視線は頭上の木の葉の間から差し込むまだらの陽光を見つめていた。


「許してほしい、アリア」と彼は張りつめた声で言った。 「でも、この関係を続けることはできない」 リアムは強く飲み込み、言葉を押し出した。 「ここで別れないといけないと思う」額を抑え、感情を押し殺していた。


 アリアの顔にははっきりと悲しみの色が浮かんでいたが、彼女は決して涙を流すことはなく、その目は堰き止められた感情で潤んで輝いた。「リアム……」


 彼は脇腹で拳を握り、涙をこらえるのに要した努力で震えていた。彼の考えはここに来るまで定まっていたわけではなかった。アリアと一緒にこのまま街をあとにすることもできた。しかし、彼には残してきたものがあり、土壇場でそれを簡単に捨てることができなかった。街に戻れないアリアに寄り添っていくことができないのはリアム自身にとっても不本意だった。


「ここで別れないと、アリア。それがたぶんあなたを守る唯一の方法だと思う」


「わかっています」アリアが静かに言った。


「ここまで来れば、安全だ」ほとんど森を抜けるところまできた。いよいよその時のように思われた。


 不意にアリアがリアムの腕の中に飛び込んできた。リアムはそれをそっと抱き留め、しばらくの間アリアの芳醇な香りに包まれた。アリアが唇を寄せ、リアムはそれを受け止めた。彼女はそうして数刻もたれかかった後、諦めるように体を離した。


「さよなら……」アリアはリアムの姿を確認するように後ずさりながら数歩歩くと、そのまま振り返って背を向けて歩き出した。


 リアムもそれを少し見届けてから同じように背を向けて大股で歩き去ろうとした。一歩一歩が心の中で短剣のように感じられた。 二人の間の距離が離れるにつれて、疑惑のようなうずきが胸を突き刺し始めた。 この選択は本当に正しいのだろうか?彼女を愛しているのなら、すべて捨てて追いかけるべきではないだろうか?


 彼のペースは遅くなり、罪悪感が彼を蝕みそうになった。リアムはアリアと最後に抱き合ったときの温もり、彼女の目に宿る愛を思い出しながら――重い足を引きずるように歩いた。本当に立ち去るべきだろうか?


 しばらく歩いた後で「くそーっ!」と彼はつぶやき、相反する感情の重みで心が崩れ去ろうとしているのを感じた。時間そのものを引き戻したいという衝動と闘い、感情を噛み締めながら足を止めた。


「これが本当にアリアにとって最善だって?」 思わず口に出た声は静かな森に響き渡った。 「ただ臆病で卑怯なだけじゃないか!」


 そう言って、彼は振り返り、アリアの姿を追いかけようとした。しかし、そこにはもうアリアの姿はなかった。リアムが愛を恐れたばかりに、恐怖の影の中でアリアを失ってしまった。そして、一つだけ確かなことは、愛の代わりに残ったのは胸の痛みと丸呑みされそうな虚無感だけで、それはそう簡単に消え去るものではないということだった。


「許してほしい、アリア」と彼は自分の選択の重荷で心を暗くしながらつぶやいた。 「これが君にとって最善であることを祈る」苦しかった。


 夕闇が深まってくる。リアムは一歩ごとに暗闇の奥へと歩き出していた。


 ***


 アリアは深い森の端に立っており、彼女の心は完全に渦になっていた。 風にそよぐ木々の音でさえ、リアムの名前をささやいているように聞こえた。それが一緒に過ごしたたった数日の思い出を呼び起こした。


「私はどうしてこうしているのだろう?」彼女は自分に問いかけたが、その声は思考の不協和音の中でかろうじて聞こえるほどだった。「自分の心と大切な人の安全のどちらかを選ばなければならないのでしょう?」アリアはリアムが彼女の身の安全を考えたと言いつつ、実際には彼自身の生活を捨てられなかったことを悟っていた。それはひどく彼女を傷つけていたが、彼女は同時に愛によってリアムの決断を許すことができた。だから彼女はリアムの前で涙を我慢した。彼の決心を鈍らせないために。


 彼女の明るい緑色の目は、流されなかった涙でまだ輝いていたが、彼女は深呼吸をし、これから進むべき道に向けて決意を固めた。


「わかりました」と彼女はささやき、その声には決意がにじみ出ていた。 「リアムのために、私たちの愛のために……今は立ち去ろう」


 アリアは時が来るまでリアムの元を離れる決意を決めた。エルフは長命で待つことには慣れていた。エルフには執念深いところもある。


「神々よ、なぜ私たちの愛が許されないというの?」 もうリアムに会えないかもしれないという不安に胸が痛くなりながら、彼女は自嘲するように笑った。「残酷な運命のいたずら」


「教えてください」とアリアは虚空に問いかけた。その声には絶望が忍び寄っていた。 「どうすればリアムを守れるでしょうか?どうすれば私たちの愛を守れるでしょうか?」


 滾るような情熱は鎮めようとしても、焼き尽くすように熱く思えた。


「リアムから永遠に離れることなんてできる?」 アリアは自問した。それを想像するだけで、重みに耐えられない。


「もし私たちの愛を邪魔するものがあるというのなら、その愛を破壊しようとする人々の手の届かないところに持っていけばいい」


 彼女の心に強い炎が燃え上がった。


「待ってて、リアム」と彼女はつぶやいた。その声は決意に満ちていた。 「私たちがどこへ行っても、どんな危険に直面したとしても……私たちの愛は、最も暗い夜を通してさえ、ふたりを導くと信じます」


 ***


 アリアと別れてからというもの、仕事の行き帰りにリアムは町のはずれに立つことが日課になった。そこからアリアの気配がないか地平線を見つめていた。


「やあ、リアム!」 ふさふさした口ひげを生やした衛兵が声をかけてきた。「今日も日課かい?」


 衛兵たちを眠らせて脱獄したリアムだったが、衛兵たちに憎まれたかと思いきや、実際は前より親しくなった。アリアが姿を消して、こうして消沈していることに同情的であったこともあるが、リアムの度胸ある行動力に感心している様子もあった。


 リアムは最初、衛兵に街で合うたびにこっぴどく目をつけられて文句を言われると思ったが、実際には彼らは気さくにあいさつしてくれ、彼は前以上に衛兵たちと仲良く話すようになった。もともと鍛冶屋と衛兵は持ちつ持たれつだということも大きい。


「郊外で怪物が暴れているらしいって言うが、知ってるか?」


「え?」 リアムはそれを聴いたとたん、思考はアリアのイメージに飲み込まれた。 アリアがどこに行ったか分からないが、知らないところで危険に直面していたらと思うと、リアムの心は締め付けられた。後悔の念が湧き上がってきそうになるのを頭を振って振り切ると、リアムは意識を現在の話題に集中した。「何があったんですか?」


「昨夜キャラバンが魔獣に襲われたらしい」と衛兵は顎をかきながら説明した。「5人が死亡。重症のも多いから、もしかしたらもっと増えるかもしれない。今衛兵隊ではこの獣を追跡する部隊を編成しているところさ」


「俺も参加させてください」とリアムはためらうことなく言った。アリアがどこにいるかわからない。魔獣によってアリアが危険にさらされる可能性が少しでもあるなら、参加する必要がある。


「おいおい」衛兵は眉をひそめた。「本気か?こう言うのもなんだが、逃げ出さないよな?おまえはつい最近脱獄したばっかだろ?」衛兵は冗談を交えながらごまかそうとした。


「だからだ」とリアムは顎を突き上げて答えた。「脱獄で迷惑をかけたから、逆に衛兵隊が街を守る手伝いをしたい。武器が必要なら、俺が作るし」


「分かった、リアム」衛兵はリアムの気迫を見て、彼の肩を叩いた。 「鍛冶屋がいりゃあ、たしかに心強い。心意気も気に入った。俺から隊長に話してみる」


「ありがとう」とリアムは胸の高鳴りを感じながらうなずいた。何であれ、アリアのために何かできるのはうれしかった。


 ***


 20人規模の衛兵隊が組織され、リアムも参加した。


 リアムの心はすぐにいっぱいになりそうだった。キャラバンを襲った魔獣とは何なのか、アリアは無事だろうか。アリアは今どこにいるだろう?


「集中しろ、リアム」彼は剣の柄を握り締めながら独り言を言った。 「迷っていては、アリアを守ることはできない」


「隊長!」先行する衛兵が叫び、リアムはその声に反芻から醒めた。「足跡を発見しました!東に向かっているようです!」


「分かった」隊長の声がする。リアムはアドレナリンが血管を駆け巡り心臓が高鳴るのを感じた。ここからは一歩ごとに怪物に、そしてもしかするとアリアに近づいているかもしれなかった。


 その時だった!


 グオオオオオツ!


 地鳴りのような唸りが聞こえた。


 リアムは剣を引き抜き、短く息を呑んだ。周囲に唸り声が響き、動き回る気配があった。不意に真横の茂みから牛のように巨大な獣が現れ、リアムに食らいつこうとした。リアムは剣を振るったが、魔獣は太い前足で剣をはじいて受け流した。


「気をつけろ!」すぐ横にいた衛兵が叫びながら獣の脇腹に槍を突き立てた。リアムは感謝の気持ちでうなずいてから、自分に向かって突進してくる別の魔獣に注意を向けた。


「畜生!」 今度は魔獣の喉元付近めがけてリアムが刃を突き立てると、それがうまく切り込み、魔獣の首筋から黒い血しぶきが噴き出した。魔獣は地面に倒れこみながら、痛みで吠え、激しく暴れたが、すぐに硬直して動かなくなった。


「よくやった、リアム!」 横にいた衛兵が感嘆の声を上げた。


「ありがとうございます!」彼は息を整えながら答えた。


「だが、油断するなよ」と衛兵はくぎを刺し、すぐに「後ろだ!」と叫んだ。新手の魔獣が斜め後方から飛び込んでくる。リアムも衛兵もそれをうまくやりすごす。魔獣たちは徐々に劣勢になったのを悟ったのか、踵を返して茂みの奥へと逃げ出し始めた。


「追え!」

 その号令とともにリアムたちは森へと分け入った。


 ***


 一行が先へ進むにつれ、この任務は想像していたよりも困難であることが明らかになり始めていた。


「ああ!」 リアムのすぐ真横にいた衛兵が叫び、次の瞬間、魔獣に引き裂かれ、膝をついた。リアムは、男の生気のない体が地面に崩れ落ちるのを恐怖の表情で見ていた。


「くそっ!」リアムは怒りが沸き起こるまま、叫んだ。無我夢中でその獣に突進し、心臓を突き刺した。そうして魔獣が動かなくなるのを確認して周りを見回してみると、ますます多くの衛兵がやられているのに気づいた。衛兵隊は不利な状況にあるようだった。


「それでも!」リアムは必死に剣を振るった。


「多すぎる!」 その横で衛兵が恐怖に顔を歪めながら叫んだ。 「こんなのきりがない!」


「集中しろ!」とリアムは自分を奮い立たせようとしたが、心に不安が忍び込み始めた。諦めるつもりはなかったが、不意にアリアが側にいないことについて激しい孤独を感じ始めた。


(こんなことになるなら、アリアと一緒にいればよかった)


「前にいる奴らに集中しろ! 再集結して押し返すんだ!」隊長の必死の号令が響き渡った。


「了解!」衛兵たちは勇気を奮い起こすように呼応した。彼らは怒号を上げ、力を振り絞って魔獣に対抗していたが、1匹殺すごとに、2匹出てくるような消耗戦に持ち込まれていた。


「くそっ、どれだけいるんだ!?」 リアムは疲労といら立ちに支配されつつあった。剣を激しく振り、魔獣の容赦ない猛攻撃を必死で防ごうとしていたが、リアムの呼吸は荒くなり、手足は重くなっていった。剣の切れ味もだいぶ鈍くなっている。


「こんなところで? 死ぬのか? こんなところで?」 返り血と疲労で視界が定まらない。彼一人になってしまってはこの戦いに勝つことができないことは明らかだった。


 ***


 リアムの力が衰え始めたとき、彼は意識の片隅に見覚えのある人影を見つけた。 アリアは赤褐色の髪を燃える旗のようになびかせ、その美しい顔に決意を刻み込みながら戦場に向かって突進してきた。


「下がってください!」 彼女は叫び、輝く緑の瞳がほんの一瞬リアムを見つめた後、今まさにリアムを狙わんとして突進を開始している魔獣に体を向けた。アリアは走りながら手を振り、呪文を詠唱すると、彼女の前方に鮮やかな光を呼び起こし、それが強力な突風となって魔獣に向かって炸裂した。


「アリア?」 リアムは胸が高鳴りながら愛しい人の名を呼んだ。アリアの姿を見たとたん、彼の中に再び火が灯り、力が湧き上がってきたのを感じた。


「集中して、リアム!一緒に戦いましょう!」 アリアは叫びながら別の呪文を唱え、今まさに衛兵隊にとびかかろうとしていた魔獣の大群を薙ぎ払い、ひるませた。

「おお!」と衛兵隊の間から歓声が上がる。


「わかっている!」リアムは残った力を振り絞って走り出した。横にはいつしかぴったりとアリアが寄り添い、襲い掛かる魔獣を魔法ではじき返していた。アリアが魔法で魔獣をのけぞらせると、無防備になったその胴体にリアムは容赦なく斬りつけ、徐々に魔獣の波を打ち砕き始めた。


 それからしばらくの間激闘が続いたが、持ち直した衛兵隊も勢いを取り戻し、押し返し始めた。


「やっと終わった?」 リアムは最後の魔獣が倒れたことを確認するように、大きく息を切らしながら尋ねた。


「そのようですね」アリアも息が上がっていたが、目は勝利に輝いて答えた。


 ***


 かがり火のちらつきが衛兵たちの顔を照らし、節くれだった樹皮に影を落として踊っていた。


 夜が訪れると、衛兵隊は巨大な樫の木の天蓋の下に避難所の設営を開始した。衛兵隊には深く傷ついている者もおり、今日中に街に戻るのは困難だった。


「助かった……アリア」 リアムは、その青い瞳を言葉にできない感情で輝かせながらささやいた。 「アリアがいなかったら今頃どうなっていたか」


「リアム、私だってあなたなしでは」とアリアは緑の瞳で見つめ返してきた。その声はパチパチとはじける炎の上でかろうじて聞こえるほどだった。 「あなたの気配を感じた時、耐えられませんでした……もう離れ離れになるのはいや。刻一刻と心が痛みました」


「俺もだ」とリアムは涙をこらえながら声を張り上げながら告白した。 「アリアがいない毎日は繰り返す地獄のようだった。振り切ろうと一生懸命努力したけど、君の存在がいかに大きいかを思い知らされただけだった……」


 アリアは手を伸ばし、彼女の細い指がリアムの硬くなった手に絡みついた。 「あなたの痛みを感じました、リアム。それが私をあなたのところに引き寄せた力です。あなたの心が私に呼びかけているのを感じました」


「だったらもう二度と離れないようにしよう」とリアムは微笑んだ。 「力を合わせれば、どんなことにも立ち向かうことができる。魔獣のような存在でさえ」


「同意します」アリアは愛と決意で目を輝かせながらささやいた。 「どんな危険があっても、どんなに不利な状況であっても……私たちは一つになって立ち向かえば何も心配はありません」


 ***


 リアムとアリアが絡み合って横たわっている上に太陽が忍び寄ってきた。木々の間から暖かい金色の光を放たれ、頭上では鳥がさえずり、そのメロディーは澄みきっていて甘美でした。新しい日が始まっていた。


「約束してほしい、アリア」目を覚ますとリアムはアリアを見つめて言った。 「どんな困難にも二人で立ち向かうと約束して」


「もちろん」と彼女は答え、彼女の緑の瞳で彼の青い瞳を見つめた。 「もう二度とあなたの側を離れません」


「いいよ」と彼は言い、彼女を近づけた。 「これからはいつまでも一緒にお互いを守り、そして愛を守ることを誓う」


 アリアはうなずき、赤褐色の髪が絹のような滝のようにリアムの肩に流れ落ちた。 「永遠に、リアム」そして二人は優しく唇を重ねた。


 その様子を衛兵たちは見ていたが、2人のあまりののろけぶりに、呆れるやら羨ましいやら恥ずかしいやらであった。


 街へ戻る間、リアムとアリアはずっと手を握り締めたままだった。


 淡い色彩の早朝の街には露に濡れた草の香りが空気に満ち、その日の準備をする賑やかな町の人たちの音と混ざり合った。


「見て!」衛兵隊が近づいてくるのを指差して、子供が叫んだ。「衛兵が戻ってきたよ!」街の人々も様子を見に次々やってきた。


 衛兵たちは鬨の声を上げていた。リアムも空いている手を上げた。


 群衆が駆け寄ってきた。「やったのか?」男が希望に目を丸くして尋ねた。


「本当です」とアリアは力強く誇らしげな声で確認した。「私たちは力を合わせて、魔獣を打ち負かしました」


「そうだ、やったぞ!」衛兵たちは街の人々の安堵の表情を見回しながら報告した。 そして、リアムとアリアの助けなしではそれを成し遂げることができなかったことも付け加えた。


「やあ、リアム」いつの間にかダーネルがリアムの横に立っていた 「おまえさん、これで許されたってことかな?」


「確かにそうだ」と衛兵隊長が出てきて宣言した。「今回の件はリアムとアリアの勇気と犠牲のおかげだ。過去の罪はすべて赦されるだろう」


「ありがとう」とリアムとアリアは声をそろえた。感謝と誇らしい気持ちで胸が膨らんだ。


「今日は勝利を祝おう!」 誰かが声を上げると、町民は一斉に歓声を上げた。「英雄たちをねぎらう祝宴です!」


「待って」アリアは突然そう言って、リアムの手を強く握りしめた。 「もう一つ言っておきたいことがあります」


「遠慮せずに言ってやれ」ダーネルが促した。ダーネルについてきたトーマスもにやにやしている。


「今日から」と彼女は語り始め、その声は確信に満ちていた。「リアムと私は、どんな困難にも並んで立ち向かっていきます。私たちは一緒にずっと」


「いいね!めでたい!リアムとアリア万歳!」トーマスが愉快そうに声を上げると、 町の人々も歓声を上げた。「ふたりの愛がすべてを征服するまで続きますように!」


 かつて自分を決して受け入れてくれないだろうと恐れていた人々の笑顔を眺めながら、アリアの心は誇りと喜びで膨らんだ。そして彼の隣には、彼の恋人でありパートナーであり、あらゆる意味で同等のリアムがいた。


「ずっと永遠に、アリア」リアムはお祝いの大合唱の中で声をかき消されながらささやいた。


「私も永遠に、リアム」と彼女は愛で目を輝かせて答え、ふたりは唇を重ねた。


 ***


 町の人々が祝い続ける中、リアムは突然背筋に悪寒が走るのを感じずにはいられなかった。 彼の目は群衆を観察し、危険の兆候がないかを探した。アリアも彼の不安を察したのか、彼の手を強く握りしめた。


「何か変よ」彼女は尋ねた、その美しい顔に不安が刻まれていた。


「何もないさ」と彼は無理に笑みを浮かべながら答えた。 「ただ奇妙な感じがする」


「ちょっと疲れすぎたのかも」と彼女は言いましたが、どこからか見られている感覚を拭い去ることができない。


「そうかもしれない」とリアムは認め、今も濃霧のようにまとわりつく気配を振り払おうとした。


「怖がらなくていい!」ふたりの魂の中に声が響いた。リアムとアリアは思わず周囲を見回したが、町の人々は大騒ぎを続け、この声に気づいていないようだった。


「誰?」 リアムは胸の高鳴りを感じながら叫んだ。


「若者たちよ、落ち着きたまえ」その声は穏やかだった。 「我はマーリン。人は賢者などと呼ぶだろうが。ともかく、今回は重大なメッセージを伝えるために心に直接話しかけておる。驚いたかな?」


「マーリン?」 アリアは息を呑み、驚きに満ちた目を見開いてリアムを見つめた。


「単刀直入に言うが、世界の危機が迫っている。マラカーの野望を打ち破ることができるのは、リアム、おまえさんだけじゃ」マーリンの声が彼らの中に響き渡った。 「すぐに来てほしい。時間の勝負じゃ。」


「どこに?」リアムは頭の中が疑問でいっぱいになりながら尋ねた。


「この術は長く続けることはできないから、一度しか言わない。聞き逃すなよ」マーリンは咳払いした。


「囁きの森の中に隠された道がある。それを探しなさい。エルフの嬢ちゃんなら隠れた道がすぐわかるはずじゃ」とマーリンは指示した。「いいか。ささやきの森の隠された道じゃ。その先に、わしの隠れ家がある。急げ、世界の運命はおぬしらにかかっておる……」


「とにかく急げ、若者たちよ、待っておるからな」


 マーリンの気配は静かに消えると、リアムとアリアは決意を込めた視線を交わした。 ふたりはどんな困難にも一緒に立ち向かうことをたった今宣言したばかりだった。


「行きましょう」リアムはアリアの手を握りながらささやいた。


「永遠に、リアム」と彼女は毅然と答え、彼の視線に自らの揺るぎない決意で返した。


 そして、リアムとアリアは、勇気と献身を胸に秘めて歓声の渦から抜け出し、伝説の賢者マーリンを探し出し、アルダキアをマラカーの暗い野望から救うという危険な冒険に出発することとなった。

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