第6話 隠密香


 山南が、沖田を供だって屯所を出てから、半刻ほど過ぎたころ。


 二人は、人気のまばらな寺町通を歩いていた。

 既に、永倉は一隊を率いて祇園を捜索している筈である。


「ねぇ山南さん」


 てっきり自分たちもその後を追うと思っていた沖田は、山南の背に声を投げかけた。


「山南さんてば――」


 拗ねた子供のような声を上げ、足元の小石を蹴った。

 それが跳ね上がり、山南の尻に当たりそうになる。

 だが振り返りもせず、山南はそれを躱すと、困ったように苦笑して振り返った。


「永倉さんの後を追うんじゃないんですか」

「どうして」


 眼尻に柔らかな皺を深め、山南が微笑む。


「いや、だってそうでしょ。左之さんがいなくなったのは祇園なんだから、永倉さんを追わぬまでも、普通はその近辺を探すでしょ」


 成程――と、山南は腕を組むと大きく頷いた。


「ですが、永倉君たちが既に探索しているのですよ。これ以上あちらに行く必要は無いと思いますがね」


 道の端に避けた二人の横を、年老いた女が頭を下げ通り過ぎる。


「もしですよ、左之さんが斬られたのだとすれば、どこか隅にうち捨てられてるかもしれませんよ。だったら向こうに行った方が――」


 声を潜めて――と、ばかりに、山南が指を立てる。


「おや沖田君は、原田君が斬られているとでも?」


 山南が声を潜め、口の端を持ち上げた。


「だったら面白いなぁ――とは思いますけど、そんなことまず無いですよ」


 渋々と、沖田も小声になる。


「君もそう思うのでしょ。ならばいつまでもあの辺りにいるわけがない。ならば可能性としては二つ」

「なんです」

「一つは、何か不測の事態に陥り、深手を負ってしまい、相手方に連れ去られた」

「まさか」

「もう一つ。相手を尾行し、何かを掴もうとしている」

「それこそあり得ない」


 小馬鹿にしたように、沖田が首を振る。


「私もそうは思うのですがね。そもそも相手が何者であるのかも分かりませんからね。その辺りをはっきりさせたいと思うのですよ」


 そうは思いませんか――と、山南は、二人の横を通り過ぎようとしていた行李を背負った男に声を掛けた。

 足早に通り過ぎようとしていた男が、ぎょっとした様子で足を止めた。


「土方君には申し訳ないが、早い者勝ちと言うことで、先に私たちに話してくれませんか」


 ねぇ山崎君――と、山南が微笑んだ。


「どないして、わてが分かりましたんや――とは、訊くだけ野暮でっしゃろな」

「あぁ!」


 山崎さん――と、思わず沖田が声を上げる。


 かなわんなぁ――と、被っていた手拭いを外し、山崎烝が苦笑いを浮かべた。

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