第3話 甘堕香

 呆――として過ごす時間は、甘美であるが怠惰であった。


 朝起きて、女の用意した飯を食う。

 女が用意した酒を呑み、そして寝る。

 それの他といえば、ごろりと横たわり、雨に濡れる坪庭を眺めて過ごす。

 すると、気が付けばいつの間にか女が傍らに座り、茶をすすめる。

 良き香気の立ち昇った、旨い茶であった。


 女の名は「よみ」といった。

 濡れ髪のような艶やかな女だった。

 しっとりと、触れれば吸い付くように馴染む肌は、降ったばかりの雪のように白い。

 紅い彼岸花をあしらった、黒い留袖を常に身に付けている。

 それが紅をひいた唇と相まって、なんとも妖艶な色気を醸し出す。


 よみは美しい女だった。

 甘い花の香りに包まれながら、よみを見ていると、ついになる。

 抱き寄せると、鼻の奥を蕩けさせるような甘い匂いが一層強くなる。

 どうやらその香りは、よみが懐に忍ばせた匂い袋から発せられているようだ。

 だが香りは、匂い袋だけではないようだった。

 よみの肉体そのものの放つ香りと相まって、なんとも甘美な芳香を醸し出しているのだ。

 その熟れた桃のような香りに包まれながら貪るように、よみを抱いた。


 よみは抵抗などしない。

 それどころか、注がれた器で水が形を変えるように、よみの身体は掌によく馴染んだ。

 そうして、日がな一日過ごし――気が付くと、己が何者であるのか思い出すことを忘れていた。

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