第2話 怒鳴香


 なにやってやがんだ――と、斬りつけるような怒声が板間を震わせる。


 びくり――と、まるで本当に斬りつけられたかのように、隊士たちが身を竦ませた。

 まるでノミで切り出したかのような鋭利な目鼻立ち。このままどこの舞台に上がっても、誰の文句なく二枚目を背負えるだろう。


 均整のとれた色気のある面だが、線の細いところなど無い。それどころか、皮膚のすぐ下に研ぎ澄ました刃のような怖さが滲んでいる。


 その男が上座に立ち、板間に座る二〇人ほどの男らの前で、睨みを効かせている。まるで本当の舞台の上に立っているかのように、なんとも絵になる光景だった。


「逃げられましたで済むぐらいなら、俺たちなんざいらねぇんだ。餓鬼の使いじゃねぇんだぞ――」

 理解しわかってんのか――と、男が壁を叩くと、その場に座している全員の背筋が、ぴっ――と、伸びた。

 その光景に、道場の後ろに立つ沖田総司は、思わず笑わずにはいられなかった。


 流石に声を洩らすことは無かったが、口元に手をあて息を洩らすと、それを見咎めるように、男の射るような視線が沖田を刺す。

 こんな風に睨まれたら、こいつらなら本当に死んでしまうな――と、思いながら、沖田は笑顔で応えた。

 だが、坐した隊士らに向けられた視線とは違い、自分に向けられたそれには、どこか柔らかいものが含まれていることに沖田は気が付かない。

 ちっ――と、舌を鳴らし、男が視線を戻す。


「理解ったら直ぐに行け!」


 男が再び壁を叩くと、坐していた男たちは蜘蛛の子を散らすように道場を後にした。

 自分の前を足早に駆けていく男たちの姿を、沖田は子供のような眼で見送った。


「――で、手前はこんなところで何してやがんだ」


 そのすぐ横に、眉間に皺を刻んだ男が、先程と同じ視線で沖田を睨んでいた。


「やだな土方さん。ってやつですよ」


 そう言って、沖田は無邪気に微笑んだ。


「早く行けよ」


 そんな沖田を相手にせず、土方歳三は突き放すように言い放つ。


「へっ? 行けって――どこへ? 」


「オツムの回転まわりの悪ぃ奴だな。あいつら連れて、手前が行くんだよ」


 土方が舌を鳴らす。


「なぜです? 私は非番ですよ。それに、あいつらは左之さんの隊の連中じゃないですか」

「その原田の野郎が居ねぇんだ。誰かが代わりに頭張るしかねえだろう」

「それは分かりますけど、なんで私が――」


 口を尖らせ肩を竦める。


「アホ顔下げて、暇を売りまくってんのは手前だけだろ」


 険のある言葉に見回せば、道場には土方と沖田以外誰も残っていない。


「それともなにか、の件に回してやろうか」

「いやぁ、それは遠慮しときますよ」


 沖田が苦笑する。


「判ったらとっとと行きゃがれ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ――」


 沖田の声を背で跳ね返し、土方はその場を後にした。


「これじゃ藪蛇だ」


 溜息を吐き、沖田は項垂れた。


「どうかしましたか」


 その時だった。温かな春風のような気配がした。

 振り返るとそこに、眼尻に皺を湛えた男が立っていた。


「山南さん! 」

「困りましたね」


 そう言って、山南敬助は柔らかな笑みを浮かべた。

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