第17話
絵里香がスーパーに
出勤しなくなって、3日は経った。
榊原家は一見、
平和になったかに思われたが、
半ばソワソワした様子が2人には
あった。
朝ごはんを適当に瑠美は
牛乳を飲み干して、
ランドセルを背負った。
「お母さん、今日、参観日だから、
忘れないでね。」
「え?そうだったっけ。
うん。わかった。」
ファイリングしていた学校のお便りを
見返すと今日が参観日と
記載されていた。
「3時間目だね。
見に行くから頑張ってね。
行ってらっしゃい。」
「うん。楽しみにしてるから。
行ってきます。」
瑠美はお気に入りの
キラキラ水色スニーカーを
履いて玄関を出た。
「俺もそろそろ行かないと。
参観日、よろしくな。
行ってきます。」
靴べらを使ってレザーで出来た
ビジネスシューズを履いた。
鏡でネクタイの調子を確認した。
「はいはい。行ってらっしゃい。」
「あ、忘れた。」
晃は戻ってくると手を振る
絵里香に不意打ちにキスをした。
「忘れてもいいやつ!!」
晃は何も言わずに玄関のドアを開けて
立ち去った。
恥ずかしいそうにして、
本当は嬉しそうだった。
夫婦円満の秘訣は
毎日キスすることだとか言う
ネット情報を鵜呑みにしている
晃だった。
夫婦の仲を改善する努力を
しているようだ。
絵里香はまんざらでもない様子で、
下唇を指でつまみ、鏡を見る。
あとは塁を起こして、
幼稚園に送り出さないとと
気合いを入れて、行動を起こした。
平和そのもので
過ごせることにホッとしていた。
まさかあんなことが起きるとは。
***
絵里香は瑠美が通う学校に向かった。
よそゆきの格好で、久しぶりに会う幼稚園から知り合いのママ友に声をかけた。
「久しぶり~。元気にしていた?」
「有貴ちゃんママ、元気元気。
そっちは?」
そのお母さんの名前は、
幼稚園の時はPTA役員会などで
話す機会が多かったが、
小学生になると参観日くらいしか
話すこと機会がない。
プライベートでは
電話で近況報告くらいする仲だった。
関係性はあっさりしていた。
絵里香がママ友は少ない方がいいと
思っているタイプのため、
建前上付き合っている。
本音で付き合えるママ友は
いなかった。
「元気だよ。
近況と言えば、
最近、パート辞めたのよ。」
「そうだったの?
私はずっと無職だよ。
まだまだ下の子のお世話で
時間取られるから
無理しないことにしたの。
仲間になるわね!」
「そうなんだ。
てか、3人目?
何ヶ月?
何ちゃん?」
聡美はずっと抱っこ紐をつけて
赤ちゃんを抱っこしていた。
「そう。今ようやく5ヶ月。
3人目となるといろいろ
ゆるくなるよね。
有貴が助けてくれるから
お姉ちゃんさまさまよ。
名前はね、
男の子で活発だわ。」
「それは、よかった。
晴翔くんね。
私には3人目絶対無理だわ。
体力が無理。
聡美はすごいよ。」
「そう?赤ちゃん出来ると
やらなくちゃになるからね。
可愛いよ。
大変だけど、元気はもらえるから。」
手を差し出しすと、抱っこをされた
晴翔に指をつかまれた絵里香。
塁が赤ちゃんだった頃を思い出した。
懐かしいなと思う。
確かに赤ちゃんは見ているだけで
癒される。
泣いて騒ぐのに
対応するのは大変だけど、
あれはあれでやり甲斐はあったなと
思う。
2人は駐車場からずっと話しながら
学校の昇降口に入ろうとした。
これから
娘の授業を参観しようとする時に
昇降口の足元に白い紙が落ちていた。
(なんだ、コレ。
誰がこんなところに
プリント落とすんだ。)
絵里香はその白い紙をめくろうとした。
それは、加藤龍次郎が作成したと
思われる自分が写った半分裸の写真と
赤文字で不倫してますの文字、
あと自分のフルネームが
表示されていた。
思わず息をのんだ。
鳥肌が立って、血相を変えた。
パソコンに保存されていた写真が
残っていたのだ。
まさかこんなところに。
聡美が近づいてこようとしたため、
紙をぐちゃぐちゃにして見せない
ようにした。
「何かした?何、落ちてたの?」
「ただの紙だったよ。」
「そっか。大丈夫?顔色変だよ?」
遠くの方で悲鳴が聞こえた。
「何、これ、榊原さんじゃない?」
授業参観で来ていた接点のない保護者の人が同じ紙を拾ったらしく、見てほしくない写真を見つけた。
「嘘、不倫? どういうこと?」
さらに隣の保護者の人も見ている。
写真が印刷されている紙が廊下に
バラバラとたくさん散らばっている。
拾うのも大変な何百枚もの紙。
もう、絵里香は、
拾うという行動をやめて
その場にいることが耐えきれず
学校を飛び出した。
「絵里香?!どこ行くの?」
心配した聡美は声をかけるが、
もう遅かった。
駐車場の車に戻って行った。
「うわ、何、これ。
榊原?え、瑠美の母ちゃん?
ほら、瑠美、見てみろよ。
母ちゃん裸んぼだよ。
何してんのかな。」
瑠美の同級生が紙を拾って瑠美に見せた。ちょうど休み時間になっていた。
「みんな、何してるの。
ほらほら、固まらないで廊下が
狭いよ。」
担任の藤崎先生が生徒たちに
声をかけると、たくさんの用紙が落ちていることに気づく。
遠くだったが、書いてある内容を
ある程度把握して、
みんな教室に入るよう誘導した。
ただ事ではないと先生は察知した。
その用紙で黙って次々と
拾う男性がいた。
「ひどいですよね、
こんなことするなんて。」
加藤龍次郎だった。
自分が素知らぬ顔で紙を
ばら撒いたくせにまるで
助ける紳士のように拾っていく。
「おじちゃーん。来てくれたの?」
加藤龍次郎の弟の長男で
甥っ子である。
たまたま仕事で忙しいと代わりに
授業参観に参加していた。
「そう。雄助と美華ちゃんが
仕事で来られないって言うから
俺が来たんだよ。
ほら、見て、誰がこんなこと
するんだろうね。ひどいよね。
醜態さらすなんて。」
「おじちゃん、何してるの?
紙を拾っているの?」
加藤龍次郎の弟であり、
雄助の妻である。
「そうそう。
かわいそうだから拾って
あげないと。」
そう言っていると先生が声をかける。
「すいません。拾っていただいて…。」
「いいんです。大丈夫ですよ。」
そんな話をしていると他の保護者の方も協力してくれたらしく、落ちていた紙を拾いあげた。
まるで自分はやっていないと
アリバイを作るように偽善者
ぶっていた。
「ご協力感謝します。
書いてある内容につきましては
プライバシーに関わることですので
他言無用でよろしくお願いします。」
ナン百枚とばら撒かれた紙は
一瞬にして片付いた。
ソワソワする気持ちまま授業参観が
始まった。
担任の藤崎先生もなんだか気持ちが
落ち着かない。
そんな緊張の中、
授業参観は終わった。
瑠美の母の絵里香は
ずっと車から動けずにいた。
早くここから逃げ出さないと
思っても、体が動かなかった。
他言無用と言っても、女というものはアウトプットしないと生きていけない生き物で、学校中に広まった。
同級生ママはもちろん兄弟のいる家族で上級生にも伝わり、榊原瑠美の母は不倫していると噂が広がった。
真実かどうかも確かめもしないで、人はすぐに広まる。
もちろん、写真が物語っているのだから真実なのだろうとみな思ってしまう。
瑠美もその母の写真の件で同級生にいじられ、先生はそれに対してどう注意すればわからず、いじめがヒートアップしていった。
絵里香は、車の中で止まっていると、
聡美が気になって車の窓ガラスをコンコンとたたく。
「絵里香?大丈夫?」
エンジンをつけて、パワーウィンドウを開けた。
「うん。大丈夫じゃない…。」
聡美は、後ろから着いてきていた加藤龍次郎を紹介した。
「加藤智樹くんのおじさんが
絵里香のばら撒かれた紙
拾ってくれたんだよ。」
絵里香は息をのみ、顔がかたまって何も言えなくなった。
なんでここにあなたがいるのか。
子どもの父親ではないのに、わざわざ参加しなくても、どうしてここにいるのか信じられなかった。
確かに瑠美と同じクラスに
加藤という名前の子はいた。
「大丈夫でしたか?
すべて回収して拾っておきましたので
ご心配なさらずに。」
加藤は知らない顔して、
絵里香を心配そうな顔をしていた。
裏の顔はニヤニヤと苦しむ顔を
見て喜んでいた。
「誰がやったかわからないけど、
大丈夫。
先生たちも他言無用って
言ってくれたから、きっと。」
聡美はかばうようにフォローするが、絵里香のそばに寄って小声で確かめる。
「あの写真の内容は事実なの?」
今聞かれたくないことを
ずいずい聞いてくる。
絵里香は何も言わずにやり過ごした。
その場に居合わすことが気まずくなった聡美はさらっと自分の車に行ってしまった。
加藤は、
絵里香の近くまで心配するように
「これでもう、終わりだね。」
そう小声で言うと自分の車の方へ戻って行った。
もうの場から逃げたくなって、
急いで車を走らせた。
聞きたい音楽も今は嫌な曲で、
無音のまま、自宅に急いだ。
家に着いて、外に干した洗濯物を
取り込むことや
残っていた洗い物などの家事に
手をつけることができなくなって、
寝室に1人こもって、
ふとんの中にずっと入って
外との関わりをシャットダウンした。
スマホもリビングに置いたまま
放置した。
今では、ストレス発散になっていた
電子書籍の漫画を読むことや
音楽を聴くことも受け付けない。
ただただ、
ふとんの中に入ることしか
できなかった。
ふとんの中で
ぼーと過ごしていたら、
いつの間にか眠ってしまっていて
外は真っ暗になっていた。
うっかり、塁を幼稚園に
迎えに行くことを
忘れてしまっていた。
寝室からリビングに降りると
瑠美が1人で宿題を黙々としていた。
いつもだとお母さんと呼んで
文句を言いながらしている
はずなのに、
何も言わない。
冷蔵庫から出したジュースや
おやつを
1人でコップに注いで飲んでいた。
「あれ、瑠美、帰っていたんだね。
声、かけてくれればいいのに…。」
「……お母さん、あの写真、
どういうことなの?」
「今日、お母さん、
授業参観来てくれなかったよね?!
しかも学校で変な写真廊下に
たくさん落ちていたし、
どういうことなの??
あれ、お母さんが
半分裸になって写っていたよ!!
それでみんなに気持ち悪いとか
何とか色々言われて私、
いじめられたんだから。」
もう、宿題に手をつけられなくなった。
「もう、学校、行きたくない!!!!」
そう言って、瑠美は自分の部屋に駆け上がって行った。
リビングのテーブルには
やりかけの宿題プリントと
漢字ノートが広げられていた。
絵里香は、後悔した。
夫との関係は良くなっても
今度は子供との親子関係にヒビが
入り始めている。
「あ…塁を忘れてた。
電話しなくちゃ。」
絵里香は、スマホを確認すると幼稚園から何回か着信履歴が入っていた。
まだ幼稚園側には働いているということになったままだったため、ギリギリ預ける時間は19時まで出来たが、今日は姉の参観日で休みだと言っていたため、心配して担任の先生は声をかけていた。
瑠美を家で留守番をさせて、幼稚園に塁を迎えに行った。
「大変、申し訳ありません!!
遅くなりました。
榊原 塁はいますか?」
幼稚園について玄関先で慌てた
絵里香。
今までなかったミスだった。
「塁くんのお母さん!!
お待ちしてましたよ。
大丈夫です。
ギリギリセーフです。
まだ18時半なので。」
「ありがとうございます。
そう言ってもらえると助かります。」
「うちは19時までのお預かりなので、
それまでに間に合うのであれば
ギリギリ大丈夫なんですよ。
でも、お電話さしあげたんですが、
つながりませんでした。
お仕事だったんですか?」
「あー、そうですね。
急遽、娘の参観日の後、
職場に呼ばれてしまいまして、
電話に出られませんでした。
すいません。」
絵里香は嘘も方便を言った。
仕事なんて嘘だ。
ずっと自宅でふとんにこもって
休んでたなんて言えない。
「そうだったんですね。
お仕事でしたら、連絡いただけると
よかったんですが、
忙しかったんですものね。
仕方ないですね。
次からよろしくお願いしますね。」
「塁くーん、お母さん来たよ。」
担任ではないもう1人の先生が塁を呼んでくれた。
「お母さん!!!!遅いよ!!!」
「塁、ごめんね。」
「罰として、おんぶね!!!」
リュックを背負ったまま、いきなり体に乗っかってきた。
かなり重い。
「すいませんでした。
ほら、先生たちに
さようならして。」
「先生、
今度、あっちむいてホイしようね。
バイバイ。」
塁はおんぶのまま、
先生たちに手を振った。
「失礼します。」
絵里香は塁をおんぶして、
車に乗り込み、幼稚園を後にした。
遠くの方でひぐらしが
鳴き続けていた。
夕日がゆっくり沈みかけている。
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