第16話
ゆっくり朝寝を堪能した日曜日。
絵里香は前もって休みを取っていた。
ずっと日曜日はパート勤務することが
多い。
絵里香の働くパートさんは日曜日を休みにすることが多い。1番稼ぎ時なのに、学校の行事や習い事、ただ単に休みたい。
いろんな理由でいつも絵里香が尻拭いするように勤務していた。
店長の加藤に相談して、
先月、たまには日曜日休ませろと
希望休を取っていた。
無理やりでも取ってやると
決めていた。
学校も幼稚園もない。
晃ももちろん、仕事が休み。
こんなにまったりのんびりした日が
何年振りだろう。
子どもたちはいつの間にか、日曜日にも関わらず、早く起きて、好きなアニメを鑑賞していた。
両親は、ベッドの中でまだ夢を
見ていた。
時刻は午前8時。
仕事がある日は午前6時に起きて、
掃除、洗濯、ご飯作りを済ませてから
出勤していた。
何年もしたことない腕枕で寝て、
気づいたときにはかなりの痺れで
動かせなくなる晃。
絵里香は腕をさすって治そうとするが 余計痛くなる。
別部屋に子どもたちがテレビ見てるのを気づいていた晃はベタベタくっついてくる。
「いや、もう、朝だし。
子どもたち起きてるから!」
「いいじゃん。わからないから。
バレないバレない。」
「やめれ~~~。」
足で晃の腹を蹴飛ばす。
朝からのんびりした時間が台無しだ。
もう少し寝ていたかったのに。
せっかくの雰囲気が台無しに
なった。
晃はシクシク泣きながら、
電子タバコを吸いにベランダに出た。
朝に夫婦が仲良しするとメリットが
たくさんあるとか言う。
ネットニュースでたまに見る。
朝立ちするから楽ちんだとか
短時間で済ませられるとか。
感じ方が夜より断然違うとか。
1日をハッピーに過ごせるとか。
疲れも取れるっって言う。
セックスレスの解消は朝に…と
書いてあるのを見てしまう。
分かっちゃいるけど、
踏ん切りがつかない。
子どもたちが起きてると思うと
ヒヤヒヤして、
気持ちが落ち着かない。
絵里香はそういうところは神経質
だった。
(私には無理だ。
朝は…。夜でも疲れてて
時間を取るのも億劫。
歳なのかな…。
いや、でも
龍の時はいつでも良かったけど。
あいつは若いから平気なんだ。
夫って分かってるからか。
いかんせん、生活態度を見て
毎日、ときめかない。
この考えが間違っているのか。)
絵里香はため息をつく。
ベッドの脇にある付き合いたてに
昔撮った写真やプリクラを眺めると
本当にラブラブで幸せそうな
顔をしている。
あの頃の自分に戻りたい。
恋愛と結婚って違う。
生活が見えないから
何をしても
好きになれる。
それこそ、顔やスタイルが良いだけで
ずっと好きになれたりする。
晃は世間一般に見たら、
確かに美男と言っても
おかしくないし、
学生時代はモテていた。
本人は気づいていない。
そんな人と付き合えるなんてって
思って最初は嬉しかったけど、
長く付き合いすぎて
良いところよりダメなところばかり
目につく。
どうして、
臭い靴下とか
臭いシャツとか
おならとか
お箸の使い方が、食べ方、
喋り方、考え方、金銭感覚とか。
交際してる時より目について
あれ、この人で合ってたかなって
疑問を感じる。
外面が良くなりすぎて、
家庭をおなざりにしてきたのは
ここ最近。
課長の肩書きを持ち始めてから。
確かに上司は部下を
しっかり見ないと
いけないのはわかるけど、
親切すぎるし、お人好しすぎる。
ダメだ、良い方向に考えないと。
絵里香は気持ちを切り替えて、
プロポーズされた時の気持ちを
思い出した。
確かにあの時は幸せの絶頂だった。
結婚したいと同じ時期に思っていた。
色々、あるけども、
初心は忘れないで
あの時の気持ちずっと
持っておいたら
きっと大丈夫。
心にそう決めて。
「うん。ねぇ、晃!!」
ベランダの窓を開けて、
落ち込みながら電子タバコを吸う晃を
後ろからプロレスをするように
首を腕でがっつりつかんだ。
「いや、ギブギブ!苦しい。」
手で何回も絵里香の腕をたたく。
バックハグしたつもりだった。
「あ、ごめん。
力入りすぎた。」
加減がわからなくなっている。
苦しくなって、
おえーとかがむ晃。
横に同じように座った。
左肩に人差し指をつきさすように置いておくとまんまと頬がぶすっとささる晃。
「なに? 小学生?」
不意打ちに絵里香はキスをした。
電子タバコのフレーバーの匂いが
漂った。
「子どもたちいるから
嫌なんじゃないの?」
不機嫌そうに言う。
「おとぎ話でも
シンデレラや美女と野獣も
キスするでしょう。
それくらいならいいじゃない。
見られても仲良しなのって言える
でしょう。」
晃は頬を膨らませた。
「んじゃ、もう1回していい?」
「うん。」
ベランダに隣同士に座って、
晃は後ろに両手をついて、
絵里香は両膝を抱えて座って
もう1回、キスをした。
何回も絡めて
あたたかくて
ほっとした。
高校生の頃を思い出して
過去の自分を憑依させた。
あの頃は純粋で何かもが
新鮮だった。
当時を思い返したら、ほんの少し
晃へのドキドキが
戻ってきた気がした。
この気持ちは
忘れないようにしようと思った。
****
「今月いっぱいで
退職させてください。」
絵里香はパート勤務の月曜日、出勤してすぐ店長の加藤のデスクに退職届とともに言った。
「え、いや、本当、急なんだけど。」
「急で申し訳ありませんが、
そういうことですので、
よろしくお願いします。」
他人行儀のように絵里香は、バックヤードから出ようとした。
走って着いてきた加藤は、絵里香の腕をがっちり掴んだ。
「ちょ、待てよ!!」
「はい。店長、
どうかなさいましたか?」
「いや、その言葉、やめて。
まるで他人みたい。
他のスタッフいないじゃん。」
「いつ、どんな時に誰かに
見られているか
わかりませんから。
仕事がありますので。」
まるで、スマホに搭載されている
AIロボットのように話す絵里香。
「ねぇ、ちょっと、やめろって
言ってるじゃん。それ。」
ため息をついて、元に戻す。
「だから、何?」
「いや、こっちのセリフだし。
急に辞めるとか
マジで辞めてくれない?」
「なんで、
今月末までって言ってるでしょう。」
「それでも……あのさ!!!
俺、あんたにどれだけ
お金と時間費やしたと思ってるの?」
「は?」
「返せよ、時間とお金。」
「どうやって?」
「無理だろ?そんなの。」
加藤は絵里香を壁に追い詰めた。
壁に手をついて顔を近づける。
加藤の企みはベテランである絵里香を
辞めさせないという目標があった。
「絶対辞めさせない。
あんたの人生、めちゃくちゃに
なってでも働いてもらう。」
「どうするっていうのよ!?」
加藤はスマホから
ある写真を見せつけた。
絵里香が寝ていた時に
隠し撮りしたであろう
半分裸の写真だった。
「これをばら撒かれてもいいんだな?
不倫中ですって文字も書いて
あげようか。
学校や幼稚園の先生や保護者の人が
知ったらどうするかな。」
最後の切り札のようにずっと保管して
とっておいたようだ。
「やめて!!絶対いやだ。
いますぐ消して。
その写真。」
スマホを取り返そうとしたが、
背が高くて届かなかった。
バックヤードから外に続く扉を開けて、逃げた加藤。絵里香は追いかける。
「絶対やめてよ。お願いだから
消して!!」
手でスマホを高く上げた。
「ここで消しても
パソコンにも保存しているから
意味ないぞ。」
駐車場近くにあった外扉で絵里香は必死で加藤のスマホをとろうとした。
晃は退職届をあの店長は
きっと拒むだろうともくろんで、
仕事に行くと嘘をついて
絵里香の職場に様子を見に来ていた。
ちょうど、駐車場に停めていた車から2人が揉めているのが見えて、バタンと車のドアを閉めて、スーツのまま、加藤のそばまで駆け寄った。
「往生際が悪いんだよ!!!」
その言葉を発しながら、
加藤の左頬を右拳で
思いっきり殴った。
勢い余って体が数メートル
飛んでいった。
加藤が持っていたスマホも
飛んでいった。
「ん?え? なんで、ここに。」
ネクタイが振り切って肩に上がったのを元に戻した。
着ていたワイシャツとジャケットを
整えた。
「あ、晃、仕事は?」
晃は
足元に落ちた加藤のスマホを拾った。
加藤に絵里香がスマホを見せろというような動きを見せていたのを車から見えていた。
「俺のことはいいんだよ。
ほら、何か撮られたのか?」
「何か、私の写真撮ったらしくて、
学校や幼稚園にばら撒くとか
脅された。
退職届も受理してくれないのよ。」
絵里香は適当に加藤のスマホのパスコードを入力したら、3回目になる前に解くことができた。
「なんで、
龍も簡単なパスコードなわけ?
あんたらバカなのか。」
絵里香はスワイプして、
写真の確認したら、
3枚ほど見られてはいけない写真が
あった。
「うわ、随分と生々しいな。
知ってはいたけど
俺、超ショックなんですけど…。」
「ごめんごめん。
見なかったことにして。」
「いや、
そんなあっさり流せないつぅの。」
「大丈夫、大丈夫。
晃の事後であろう写真も見てるから
お互い様だから。」
「は?」
(どこまで見てるの?
小松との写真なんてあったかな。)
晃は改めて、
自分のスマホの写真を確認した。
「これとこれを消して…。
あ、でもだめだ、
あいつパソコンにもあるって
言ってた。
無理かも…。」
「恐喝だな。訴えてもいいんだぞ。」
殴られた頬をおさえて、
加藤は起き上がった。
「威勢がいい旦那様ですね。
恐喝?人聞きの悪いこと
言わないでくださいよ。
僕はただ、
このスーパーを支えているのは
絵里香さんですから、
今、辞められた困るってお話で。
たまたまこの写真があったって
だけの話ですし、
別にこの写真を
どうこうするつもりは
ありませんよ。」
「絵里香、もう、良いから。
こんなところ辞めよう。いますぐ。」
晃は絵里香の肩をおさえる。
「今、辞めても
退職金なんて出さないからな!!」
そういうことを言えば、
やっぱやめるとでも思っているのか。
「金なんていらないわ!!
あんたにくれてやるわよ。」
そう吐き捨てて、
絵里香は晃の車に乗り込んで、
走り去っていった。
無意識に晃の車の助手席に
乗って進めたが、自分の車が
職場の駐車場にあることを思い出し、
方向転換して、
自分の車の場所まで移動して
もらった。
「晃、このまま職場行くよね。」
「あ、ああ。
今日は少し遅れて
出勤するって会社には
言ってたから。」
「私のこと気になってたの?」
「うん。
辞めるって言ってもあいつは
簡単には辞めさせないだろうなとは
思ってたから…。
俺、来てよかったな。」
「ありがとう。
でも、あの写真、
ばら撒かれたら…。
まだパソコンにデータが残っている
かも、どうしよう。」
「そしたら、その時に
考えよう。
俺に良い考えがあるから。」
鼻のしたをこする仕草をして、
晃は職場へ向かう。
とりあえず、
絵里香は家に帰ることにした。
平日の日中に
ゆっくり過ごせるなんて
幸せだと感じていた。
店長の加藤は左頬の切れた口から出る血をティッシュでおさえた。
「ちくしょう。パソコンにデータを残しておいてよかった。俺を困らせた代償は大きいぞ。」
パソコンの写真を文書にあてはめて
『ただいま不倫をしています』の文字を写真の中央に貼り付けた。
「これでよし。
データを学校や幼稚園に送れば、
噂が広がるだろう。
俺に恥をかかせた罰だ。」
加藤は嘲笑った。
A4用紙によくない写真と
不倫中の文字が浮き出てくる。
まさかその文書を広めるとは
思っていなかった。
榊原家にとって
史上最悪の出来事になるとは
夢にも思わなかった。
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