第18話
塁を迎えに行って、家に着いた。
「ただいまー。瑠美、ごめんね。
宿題終わった?」
絵里香は幼稚園の荷物を
まとめて洗濯機の上に置いた。
週末はスモックと帽子、上靴を
洗わないといけない。
塁はお昼寝もするため、
お昼寝布団も持ち帰りだった。
毎回洗うのが大変だったため、
絵里香は洗濯ではなく、
消臭と除菌ができるスプレーを
まんべんなくかけて、
洗った気でいた。
1ヶ月に1回は洗濯にかけるように
していた。
他のママ友に聞くと、
うちでは洗ったことないよという
強者がいた。
幼稚園の先生には、
お布団は
毎週持ち帰ったら洗ってください
のお便りが配られていたが、
真面目に言うことを聞く保護者が
何人いるのか。
一生懸命にやっても
もちろん構わないが、
毎日を生きるだけで
母は手一杯と感じたら、
多少、汚れてなければ
そのままでもいいだろと
感じてしまう。
世の中のお母さんは
たくさん頑張ってるなっと
布団一つで思ってしまう。
絵里香は片付け終わると、
リビングに行く。
宿題を広げては消しゴムに穴を開けて遊んでいる瑠美。
数々の小さなおもちゃを広げて、
戦いごっこを楽しむ塁。
テレビをつけて、塁のためにとパンの戦う戦士とバイキンモンスターとの戦うアニメを流したが、もう、5歳になった塁は全然興味を示さない。
絵里香は逆にマジマジと見てしまった。
大人の世界にはない
決まり切った流れとオチ。
筋書き通りに進むアニメ。
そんなストーリーにどっぷり浸かり、安心しているのかもしれない。
子供向けのアニメなのに、
なぜかホッとする。
なぜだろう。
普段はドロドロの韓国の恋愛映画や
アクションが多いヤンキー映画を
見たりするのに、
シンプルすぎるアニメに安心してる。
こんな自分、今までなかった。
あまりにも病んでいるのかもしれない。
現実であり得ないことが起きたから
逃げ出したい。
決まり切った安心する世界に行きたいのかもしれない。
ここではない、どこかへ行きたい。
気持ちがふわふわして、ソファの上に座り、クッションを抱っこして、見てるか見てないかのような目つきでぼんやりしていた。
時刻は午後6時。
夕飯を食べ始める時間なのに
台所に立つ気にもなれない。
現実逃避だ。
状況を察してか
お腹空いたと叫ぶ訳でもなく、
瑠美と塁はそれぞれ自分の時間を
過ごしている。
何もできない自分に情けなくなる。
髪をかきあげると涙がこぼれる。
どうしちゃったんだろう。
「お母さん、どうしたの?」
瑠美が話しかけた。
「お母さん、目が濡れているよ。」
塁も言う。
「わかった。
それは、目を洗っているんだよね。
車だってぐわんぐわんって
洗車するでしょう。
あの機械入って洗うやつ。
目も時々洗わないとね。
汚れを落とさないと!!」
「そう…だね。ありがとう。瑠美。」
「違うよ。それは、おしっこだよ。」
「え!?塁、汚いよ、それ。」
「目のおしっこ。プププ…。」
「んなわけあるかー。」
瑠美は塁を軽くパンチする。
「下ネタ大好きな5歳児だからな。」
子どもはどんなことがあろうと
母の味方をしてくれるのだろうか。
申し訳ない気持ちがあったが、
心が少し穏やかになった。
生まれてから費やしてきた
時間と濃さが子どもから
溢れ出てくるのかもしれない。
玄関が開く音がした。
「ただいまー。」
晃が帰ってきた。
「おかえり。いつもより早いね。」
「あぁ、残業しないで切り上げてきた。
んで、絵里香は?
参観日どうだったの?」
バタバタと手洗いや靴下を脱いで、
服に着替えたりと移動していたが、
晃はいつも聞かない質問をしてきた。
気にかけてくれてるようだ。
「見れなかったかな。ちょっと内容的に子どもたちには言えない話だからあとで言うから。」
小声で話す絵里香。
「えー、何、何。2人ともイチャイチャしてるの?」
瑠美は茶化す。
絵里香と晃は、
コソコソ話していただけで
イチャイチャしてると
思われたらしい。
「そうだねぇ。ラブラブですー。」
絵里香はごまかすように言う。
「おいおい。」
恥ずかしいそうに晃は避ける。
「ごめん、ご飯、作ってない。今から作るから。」
「なら、手伝うよ。」
晃は疲れてる体を元気良さそうに振る舞った。いつもなら絵里香はブツブツ文句を言いながらご飯を作る。
手伝うと言われて嬉しかったが、
相手の状況も読んだ。
「疲れてるんでしょう。
いいよ、コーヒーでも飲んで
座ってて。
出来上がった時に
食器運んだりして。」
晃の背中をトントンと押して、
食卓に座らせた。
ささっとインスタントコーヒーを
準備してあげた。
せっかく腕まくりをして、
やる気を出した晃は
しゅんとなったが、
コーヒーを飲めて嬉しかったようだ。
絵里香は残っていたご飯を
フライパンで炒めて、
インスタントだったが、
チャーハンの素を加えた。
たまごも必要だったことも
思い出した。
さらっとわかめの中華スープも
加えた。
こんなもんでいいかなと晃を呼んで
皿やスプーンや箸を運んでもらった。
全部やろうとするから疲れてしまう。
少しだけでも手伝ってもらえれば、
力を分散できる。
今まで自分で考えて家事の回し方を
やっていて、苦しかった。
相手ができることをお願いすれば
幾分楽になるんだと気づいた。
「ほら、食べるよー。」
「お腹空いてた。」
「みんなでいただきます!」
やっと落ち着いてご飯を食べられた。
いつも残す子どもたちは今日は変に全部完食しようと頑張っている。
自分の精神状態をわかって
気を使っているのか。
怒られたくないのかわからない。
頑張って作ったものほど残される。
今日は
インスタントを入れてるから
絵里香は
頑張って作ったつもりはない。
こういうものは
きちんと食べてくれる。
子どもたちは
頑張らなくてもいいんだよと
言ってくれてるのかもしれない。
でも、母親として
健康的に過ごしてほしいという
思いから野菜を多くしたり、
白いご飯と、お味噌汁と
いつも考えて出している。
気持ちが
イライラしていると
気がこもるのか美味しくない時も
ある。
でも、食べなきゃいけない。
インスタントという
最強の武器を使って
食材を美味しくさせる。
インスタントは悪じゃない。
心が弱っている時の補助食品。
イライラな気持ちが入った食事は
直接食べている人にいくはずだ。
心が弱りすぎてるときに作る。
そんな時にインスタントの力を借りて
を食べると元気が出る。力になる。
気持ちが分散された
食べ物になってくれるのだ。
毎日じゃなければたまには
そういう日でもいいのだと
絵里香は言い聞かせた。
それでも、
晃は冷凍ぎょうざを好んで
食べてくれない。
美味しいと思ったことがないとか
言って、文句を言いながら口にする。
何を言いたいんだ。
疲れているときくらい
冷凍でも良いだろうと言いたくなる。
それはなんでかは
理由を教えてくれない。
でも、すこぶる元気が良い時、
晃は何も言わずにニコニコしながら
白ご飯をおかわりしていた。
それは、手作りのトンカツを
作ったときだった。
その時の絵里香は調子が良くて、
スーパーで買った
ヒレ肉をスライスして、
小麦粉、たまご、パン粉の順に
つけてサラダ油で揚げたもの。
素直に美味しいからまた作ってとか
手作りが美味しいとか
言えばいいものを口にするのが
恥ずかしいようだ。
言葉を求めるから喧嘩になる。
今、している行動を見ると
見えてくる何かがある。
絵里香は夫婦は長く付き合いすぎると
見えていたものが見えなくなることが
あると気づいた。
当たり前を当たり前と思っていては
いけない。
いつもしてくれるじゃない。
やってくれていることに
ひとつひとつを見ていないだけ。
アレ取ってと言って、
言わなくても
取ってくれること。
夢中になって見ている
YouTubeやゲームの途中でも
話を聞いてくれること。
うるさいなと言いつつも、
聞いている。
買い物だって
自然に車の運転をしている。
どうして、
些細なことに
感謝できなくなっているだろう。
自分ばかり
ありがとうを求めて
本当に言わなくちゃいけないのは
自分なのに
黙って許してくれる。
言われた言葉、
行動してくれたことに
ひとつひとつ見れば、
良い夫、良いお父さん、
してるのに
気づいていない。
何もしない人なんていない。
仕事をすることも立派な行動。
無職でずっと
ゲームやテレビを見てる訳じゃない。
朝起きて、自分で服着替えて
ご飯を自分で食べられて
自分でトイレ行ってくれる。
これがうまれたばかりの子は
できない。
当たり前のことかもしれないが
人生いつどんな時介護が必要か
わからない
交通事故に遭ったらすべて
妻として
助けてあげないといけないかも
しれない。
自分は忙しさにかまけて何をして、
何を見ていたんだろう。
「なぁ、絵里香?」
「ん?」
「ずっとぼーっとしてるぞ。」
「あぁ、ごめんごめん。
浸ってた。自分に。」
「あ、そう。
てか、授業参観はどうだったの?」
子どもたちを寝かしつけを終えて、
リビングでまったり過ごしていた。
「うん。学校の授業、
見られなかったよ。」
「なんで?」
「学校に
私のあの写真ばら撒かれてたの。
加藤の撮った写真。」
「マジで?! 最悪だな。
んで、そのばら撒かれた写真って
どうなったの?」
「何百枚もあったんだけど、
廊下とか昇降口とか落ちてたのを、
拾ったみたいで、たくさんの保護者の
人に見られたよわ。先生にも。
瑠美のクラスの友達にも言われて
今日、いじめられて帰ってきたって
言うのよ。」
「そうなんだ。
それ、どうする? 被害届出すの?」
「警察に届けるの?恥ずかしいよ。
なんか。
私の不利な部分もある訳だし。
学校にも顔向けできないし、
何か何もかも嫌だな。」
「だよな…。
俺はそうなるだろうなと
予測はある程度してたよ。」
「予測?」
「俺、来月から異動になるから。」
「え?なに、どういうこと?」
「福島支所に異動が決定しました。」
「は?」
「みんなでお引越ししましょう。」
「うそ、実家の近くじゃん。」
「そう。絵里香の実家に近いよ。」
「どこに引っ越すの?」
「これから決めるとこ。一緒に見に行こう。不動産。家族旅行ね。」
「え、塁は?瑠美は?」
「そういうことになってるんだもん。
瑠美も行きたくないっしょ。
いいよ、行かなくて。
みんなで福島観光しよう。
不動産も探しながらね。」
「え、いつ行くの?」
「明日。」
「は?急すぎる。」
「急じゃないよ。仕事ついでだから。
ごめん。異動するってことで
少しだけ会社の支所に挨拶に
福島行かないといけないから
一緒に行ってそのまま不動産見て、
観光~。いいでしょう?」
「うそうそ。
何か、楽しくなってきた。
お昼は喜多方ラーメンだよね。
あと、
瑠美の好きなキャッスルに
行かないと、あと、遊園地とか。
牧場もあったよね。
準備してくる~。」
晃はため息をついて、
コーヒーを飲んだ。
会社では無理を行ってすぐに
異動をお願いしたいと頼んだ。
実家の母が入院することになった
などと、こじつけた。
絵里香の母はピンピンしてて
元気がいい。
明日は有給休暇として取っている。
もちろん挨拶には行くが、
まともな仕事はできないだろうと
思っていた。
どん底に落ちているときこそ
楽しいことを考えさせないと
いう晃の考えであった。
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