第6話

 会社の親睦会を終えて、それぞれ社員は帰っていく。最後にお店に残ったのは、小松と晃の2人だけだった。


「すいません、そろそろ…。」


 居酒屋の店員に声を掛けられる。

 

 ずっと、寝ていた小松が目を覚ますのを待っていた。

 それまで残っていたビールや、からあげ、フライドポテトなどの摘んでいた。


「あ、そうですよね。今、出ます。」


 晃は荷物をまとめて、小松を背中に背負った。 

 会計はすでに終えていた。店員に手伝ってもらい、店の出入り口の扉を開けてもらった。


「ありがとうございました。」


 深々とお辞儀されて、店を後にする。

むにゃむにゃと言いながら、眠る小松。   


 普段は仕事に一生懸命で、こんな無防備な姿を見ることはなかった。

 世話の焼ける部下だなと思いながら、近くにあった公園のベンチまで運んだ。 


 ベンチに座らせて、自動販売機にあるミネラルウォーターのペットボトルを買った。


「あ、あれぇ?課長、何してんれすか~?」


 寝ぼけているのか、酔っ払っているのかわからなかった。


「おいおい。覚えてないのか? 今、居酒屋から出てきたところだよ。ほら、水。」


「うぅぅ・・・・。」


 小松は気持ち悪くなったのか、口をおさえたかと思うと、テレビで言う放送できないキラキラする装飾がきっと入るゲロを吐いた。


 見事に晃のワイシャツにかかってしまう。



「わぁ!!ごめんなさい。そんなつもりじゃ!?ないんですけど…。」


 と言いながら、第2波のゲロを吐いてしまう。


 すっきりしたのか、それともまだ具合悪いのか、小松はそのまままた具合悪そうに外のベンチに横になった。


 目が覚めたかと思うとまた寝てる。



「マジかよ…。てか、良い加減起きろよ。最悪だ…。厄日だな。」



 そう言いながら、バックの中にあるティッシュを取り出し、汚れを落とそうとするが、このままでは無理と判断し、とりあえず着替えて落ち着けるところを探した。

 利用目的は違うが、あそこでいい。


 ここから近いしと、晃は歩いて数分のところにあるラブホテルに小松をまた背負って中に入った。


 自動会計システムがあってよかった。カード支払いは足がつくから現金で、休憩を選ぶ。


 今すぐこの服を着替えたいし、洗いたいし、何だか自分も気持ち悪くなってくるしでどうしようもない。

 いまだに小松は寝たままだ。とりあえず、中に入り、ベッドにおろして、そのまま寝かしおいた。


 晃は慌てて、汚れたワイシャツを脱いで、すぐにシャワーをして体を洗った。


 匂いがついてたため、すぐにでも洗い流したかった。体を洗い終えて、ホッとした晃はバスローブに着替えた。


 汚れたワイシャツを洗面台でゴシゴシ洗った。


 ギリギリ下のズボンは汚れていないことが不幸中の幸いだろう。


 それにしても、小松はお酒に弱いことがわかったと冷静に分析したが、事の重態さに驚きを隠せない。


 ここはラブホテルだと言うことを忘れていた。無我夢中だった。


(ん?俺、なんでここにいるんだっけ。ワイシャツが汚れて、着替えるとシャワーをしたかったからだよな。でも、一緒に小松が入ったら絶対まずい気がする。でも、この後どうすれば?帰りたくても帰れない…俺、詰んだ。)


 床に膝をついて、顔文字と同じ人生終わったスタイルをしていると、小松は寝返りを打って、ぱちっと目を開けて、体を起こした。


「あ、あ…。ここ、どこだっけかな。頭痛い…。ん?課長、その格好、何してるんですか?!」


 酔いが覚めたのか、冷静になっているのか。バスローブでうずくまる晃に声をかける小松。


「何してるって、小松。さっき、俺にしたこと覚えてないわけ?」



「え、あ、え?何しちゃいました?」



「ゲロ吐いたんだよ。2回も、俺の体に。」



「え!??? 嘘。本当、すいません!!!私、覚えてなくて。酔っ払ってましたよね、きっと。変なこと言ってませんでした?」


「むにゃむにゃ~とか言ってたけど…。」


「はずっ!めっちゃはずっ!!忘れてください!本当、穴があったら入りたい気分です。」



 顔をものすごく真っ赤にさせて話す小松。


「ごめんな、恥ずかしがっているところ申し訳ないんだけど、俺、帰りたくても帰れないわけ。どうしたらいい?マジ泣きそう。」



 晃は洗面台に置いた汚れたワイシャツを指差した。



「私、かなり最悪ですね。上司にゲロ吐くって。本当すいません。でも、どうしたらいいですか。はぁ…。私、なんでこんなことしちゃったんだろう。なんかなぁ。ダメだなぁ。」



 髪をかきあげて、泣き始める小松。


 泣き上戸なのか。起伏が激しくなる。



「うん。そうだよな。泣きたいのこっちなんだけど、小松もショックだよな。ごめんな。自分だけじゃないよな。」


 晃はなぐさめようと小松の頭を撫でて、泣き止むのを待った。



「…課長、私もシャワー浴びてきて良いですか?自分で吐いたの気持ち悪い感じして。」



「あ、ああ。どうぞ。」



 急に小松は冷静になってゲロで少し汚れていた服を自分のも洗わないとと思い、シャワーをして、晃と同じ格好のバスローブにした。


 晃はさっきまで泣いていたのにケロッとしている様子にびっくりした。とりあえず、ベッドの淵に座ってスマホを確認する。嫁からの電話が23時3回もかかっていた。


時間はすでに午前0時。


 弁解の余地はあるのだろうかと思いながら、帰る方法を考えていた。

 

 お酒が入ってるせいか、頭が回らない。


 既読スルー着信スルーで貫き通してしまおうと心に決めた。何を言ってもきっと信じてくれないだろうと予測する。


 ガタンガコンと言う音が聞こえる。


「きゃー!」


 お風呂場で音が聞こえて、何があったんだろうと晃は声をかけた。


「大丈夫か?」


「いたたた…。」


 まだ酔いが覚めていないらしく、フラフラしていたようだ。


 小松は裸のまま、転んでしまったらしく頭をおさえて、起きあがろうとした。


 扉によりかかったら、晃が戸を開けて、さらに仰向けに転んでしまった。



 倒れてきた小松に足をつまずいて、晃は小松の上に乗っかる形になり、顔をむき合わせた。



「………。」


 しばらく、沈黙が続く。

 恥ずかしくなって真っ赤にさせる小松。その姿に愛しくなって、耳のふちをふとなめた。


「あ。」


 小松もまんざらでもない様子。


 あてがわれた食事は最後まで堪能したい晃は、本能のままに行動した。


 首筋の愛撫から、だんだんに下の方へ移動させるともう身を委ねるかのように晃の首筋へ手を回す。


 来ていたバズローブを脱ぎ捨て、起き上がり溜めておいた湯船の中に小松を抱き上げて連れて行く。


 唇と唇を重ね合わせて、夢中になる2人。


 もう世界はそこしか見えない。


 お風呂の中では呼吸がさらに荒くなる。汗にまみれていく。


 快楽に溺れている。


 妻との営みは何ヶ月もしてないのに、どうして、ここではできるのだろう。


 最中にも関わらず、妻のことを頭の中では考えている。良心ってあったのか。

 

 もう歯止めが効かない。


 

 日常的に忙しく過ごしているとやらなくてもいい環境に慣れてしまう。


 増してや、育児に夢中になると夫のことは置き去りにされて、部屋の隅にやられて会話一つ夫婦でしたことない。


 ラインや電話も用事があるときだけで既読スルーや着信スルーで常日頃成り立っている。


 もっと、存在に気づいてほしいはずだった。


 子どもと同じくらい夫のことも見てほしい。そう思う瞬間は何度もあった。


 多少、悪いことすれば振り向いてくれるのか。大事にしてくれるのか。結局求めているのは妻だったりするかと、最後までやり終えてから、ため息をつく。




 シャワーで体を流してから、のぼせそうな体をバスタオルで拭いた。


 恥ずかしくなった小松は湯船の中にぶくぶくと潜った。



「いつまでも入ってると、ぶっ倒れるぞ。」


 

 冷静になって声をかける晃。



「は、恥ずかしいので、あっちに先に行っててもらえますか?!」



「い、今更だけどな。」


そう言いつつもバスローブを着てベットの方に行き、またスマホをチェックする。もう寝てしまったのか、妻からのラインも着歴もない。


 

 時間はすでに午前1時。



 こんなに時間になっても心配されていないことに少しがっかりする晃。


バスローブに着替えた小松は喉が渇いて自販機からミネラルウォーターを購入した。



「あ。さっき課長からもらった水あったの忘れてました。ごめんなさい。また買っちゃった。」



「良いよ。口つけてないからさっきの俺飲むから。」




「どうかしたんですか?何か落ち込んでます?」



「小松にこんなこと言っても解決にはならないんだけど、俺。今、妻とずっと、その…こう言う関係が出来てなくて、さっき久しぶりだったんだけど、出来たんだ。それじゃ、ダメだなって思ってて…。絵里香に悪いなって…。」


 ペットボトルの水を一口飲んで蓋をする。



「奥さん、絵里香さんって言うですか?」



「ああ、そう。榊原絵里香。俺と同い年で33歳なんだけどさ、最近風当たり強くて喧嘩ばかりしてるからあまり帰りたくないんだわ。今日もきっと言われるんだろうな。でも、まあ、朝方に帰れれば良いかな…あれ、でも子どもたちのことあるから、もっと早く帰らないといけないか…はあ。嫌になるわ、父親としても自信無くす。」



「課長、がんばってますよ、仕事だって。家の事だって、ほら今考えてるし。大丈夫です。自信持ってください!」


「お前に応援されてもなあ…。でも、まあ、元気出たわ。」


小松は元気付けようと晃を励ますが、自分は今何をやっているんだろうと、分厚い仮面が顔の前にある感覚だった。



 晃と一緒にいることで安らぐが、家族のことを話されてるとまるで自分がそこにいない存在になってる気がして、落ち込んだ。


 目の前に存在してるはずなのに。



 いつの間にか、ベッドの上で眠りについた晃をよそに、自分をアピールしたくて、耳からピアスを一つ外して、晃のバックの中に忍ばせた。


 悪いことをしてるってわかってる。



 小松は晃に自分の存在を知って欲しかった。



 小松は、熟睡できない夜を過ごした。






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