第5話

絵里香のスマホが鳴った。仕事の休憩中にネットニュースを見ていたら、晃からのラインメッセージが入る。



『今日、夕飯いらない。』



その一言で終わるなんて男の人はなんて楽ちんなんだろうを嫌味を言いたくなる。



『なんで?』

と絵里香はラインを送る。



『会社の親睦会で、飲み会あるから。夕飯用意しなくていいよ。』



『わかった。子どもたちはどうするの?』


その一言で終わってほしくない。



『すいません。よろしくお願いします。』



『最初から全部言えば良いでしょう。』




『次から気をつけます。』



 飲み会に行くだけでこのラインのやり取り。親睦会も仕事の一環だと思う晃はため息をこぼす。



「みんな、揃った?」



「はーい!女子チーム揃いました。」



「あれ、石山さんが来てないですよ。」



「あー、石山さん、親戚で不幸あったから早退したんだよ。言ってなかった。んじゃ、他は大丈夫だね。人数は全部で俺含めて10人ね。」



 晃は職場の飲み会に参加する人数を把握して、会社のテナントビル横の居酒屋に案内した。


 徒歩1分もかからずに行けるところだ。10名で予約済みだった。


 幹事はもちろん、課長である晃だった。


「いらっしゃいませー!ご予約の10名様いらっしゃいましたー。」



「ご来店ありがとうございます。奥の座敷の方へご移動お願いします。」


ゾロゾロと皆、靴を脱いでは靴箱に入れて奥へと進んでいく。課長の隣には小松果歩がさりげなく自然に座った。


「みんな、飲み物は好きなもの、この、飲み放題のメニューから選んで!食事はコース料理だからたっぷり食べてってね~。」



「はーい。課長は何飲みますか?」


小松はメニューを見ながらそっと聞く。


「えっと、とりあえずビールで!定番の返事だよな。」


「課長、おもろいっすね。んじゃ、俺もとりあえずビールで。」



 菊池泰則がメニューを見て笑いながら言う。



「おう。菊池もな。小松は何にすんの?」



「私はカシスオレンジで。」



「OK、他はビールのやついない?」



「はい!」



他に3人ほど、ビールを頼むことになった。また、残りの女子たちはお酒は苦手だからと黒烏龍茶とキリンレモンを頼んでいた。


親睦会と言うの名の飲み会が始まった。ジョッキを打ち鳴らし、乾杯がそれぞれで行われた。堅苦しい挨拶は省略して適当に始まった。お通しのイカの塩辛が運ばれてきた時にはみんなご機嫌になる。お酒には合うし、ここの居酒屋の塩辛は評判がいい。


「課長、いつもお疲れ様です。」


小松がそっとコップを差し出した。


「おう、お疲れさん。小松も、入社して3年だよな。セクハラって言われたらたまったもんじゃないけど、25歳になったんだっけか?」



「課長、私、30歳になったんです。間違ってます。」



「うそ、ごめん。見た目とか全然若いから、まだ20代だとばかり思ってた。てか、俺とそんな変わりないんだな。」



「お世辞言っても何も出ませんよ。そんな変わりないって、課長は何歳になったんですか?」



「俺は今年で33歳。女子で言うところの厄年だな。男は42歳だけども。嫁が厄年だからいろいろな、大変だよ。」


 ビールをグビッと飲んだ。小松は静かにカシスオレンジを飲み干してから、他のお酒を注文しようとした。


「あ、店員呼ぶ?」



 晃は、お店のボタンを、ポチッと押した。


「あ、すいません。飲み放題って聞くと元を取らなきゃって思ってしまって、ついつい飲んじゃうですよね。」



「よくあるあるな話だな。小松もだいぶ会社に慣れてきてくれて助かるよ。先輩後輩の受けもいいし、会社全体の雰囲気良くしてくれてさ。俺は、言うことなしだ。この調子で頑張ってほしいところだよ。」



うんうん頷きながら、小松は聞いている。




「お待たせしました。ご注文でしょうか?」


「あ、はい!梅酒ロックでお願いします。」


小松は手を挙げて注文する。


「はい、かしこまりました。梅酒ロックと一つですね。お待ちくださいませ。」



居酒屋の店員は、注文を受けて厨房の方へ向かった。



「課長に安心してもらえてるのなら私も安心です。」



「悪い、みんなのところ回ってくるから。」


 晃は席を立ち、周りの社員たちがお酒を飲んで食事してるかの確認と、談笑して盛り上がってるかの様子を見て回った。


残された小松はポツンと席に座り、梅酒をちびちびと飲んでサラダの前菜が来ているにもかかわらず、お通しのイカの塩辛を食べていた。隣にあの人がいないと味気ないと感じていた。



「こーまーつさん。何、しんみりしてるっすか?」


 自分軸が強い菊池泰則が声をかけてきた。



「別にぃ。菊池くんこそ、若い人がいる方が話盛り上がるんじゃないですか?私と話しても面白くないですよー。」



 左側の奥の方で若い女性社員と男性社員含め、課長と一緒になって誰かが言ったギャグに受けて、ギャハハと笑っていた。


 小松は1人でも平気なような態度で梅酒を飲み続ける。



「俺もああいうの、好きじゃないって言うか、得意じゃねえから。場を盛り上げるとか、上司になると大変すよね。俺は昇進無理かな…。」



「何言ってるの。まだ一年も経たない社員が昇進できるわけないっしょ。まだまだ平社員よ、私だって。」



「でも、榊原課長、若くして昇進したって言ってましたよ。20代で課長になってしまったんだってタバコ吸う時話聞いて…。あ、タバコで思い出した。ちょっと行ってくるわ。」



「へえー、そうなんだ。課長、若いのに早い出世したんだね。大変だ…。」



 菊池が席を立ち、喫煙所にタバコを吸いに行った。最近のお店は禁煙にするところが多く、ここの居酒屋も同じで出入り口近くで喫煙所が設けられていた。



 お酒を飲む場で吸えないなんてと、不満は抱くが、致し方ないかとも思う。



 居酒屋と言っても、カフェに近いような外装で、メニューは海鮮や肉、和洋折衷すべて置いているところだか、店長が大のタバコ嫌いらしい。


 喘息発作になりやすいため、お客様には申し訳ないけども、喫煙所で吸ってもらうことになっていた。



「戻りましたー。小松、飲んでた?あれ、1人でいたの?」



 晃はひと通り、皆の状況を読んで空気を盛り上げていたら、



「いえ、さっき、菊池くんと話してました。課長の出世が早いって話で。」



「え、あ? 俺の話? 別に話題にあげなくても。まあ確かに若くして課長になったけど、結局、当時成り手がいなかったから俺になったわけで、別に実力とかじゃないし、言うならば運でしかないよ。」




「そう言いながら、

 資格とか取ってましたよね?」


「それは、上司に強制的に取れって言われただけであって、まあ、資格取れてよかったけどな。大きい声では言えないけど、上司にはなるべきじゃねえな。負担が多すぎる。媚び売らなきゃねえし、後輩の尻拭いは俺がしなきゃねえしで、肩の荷が重いしな。それにも増して、嫁にはいじめられるし。俺の居場所はどこって思ってしまうよ。」



「課長も大変ですね。はい、同情の意味も込めて、熱燗いかがですか?」



晃は、小松から注がられたおちょこを手に取って一気に飲んだ。


「さんきゅー。最近じゃ、嫁にもお酒、注がれないからな。ありがたいわ。」



「奥さん、お子さんのお世話で大変なんじゃないですか?私の姉も、小さい子がいて、何となくわかるんです。甥っ子のことですけど。」



「まあな。分かってはいるけど、子どもとの扱いが差があり過ぎて俺は不満だけどな。」



「課長、課長はれっきとした大人ですよ。」



「ハハハ…分かってるよ。大人でも落ち着きたいじゃない。安らぐ場所…。」



「……。」



小松は飲み過ぎたのか、テーブルの上に顔をつけてスヤスヤと眠りについた。


お酒が弱いのか。

話の途中で寝ちゃうとは

小さな子どもみたいだった。


晃はそっと、自分のジャケットを小松にかけてあげた。



 小松が用意してくれた熱燗をひたすら飲み続けた。






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