奈落禍楽徘徊記

加賀 安芸 

プロローグ:灰色の少年

 鈍色の曇天に、赤黒い吐瀉物が撒き散らかされたかの様な、歪な暗い空。

 その下には、蜘蛛の巣を滅茶苦茶に織り交ぜた様な、雑な通りと低い建物で構築された街が広がっていた。

 閑静な大通りに、賑やかな裏通り。景観の材料であるこの街の住民達は、其々が其々の言語を介して、通りを賑やかせていた。この街に、灯という灯は用意されていないが、勝手に通りに浮かび上がる色とりどりの火の玉と、建物の少し上を飛ぶ鮮やかな花火の鳥、そして曇天を貫く赤黒い吐瀉物の様な空が、充分以上にこの街を照らしていた。

 張り巡らされた大中小様々な通りの根っこの中心には、『有象塔』、或いは『髑髏内裏』と呼ばれる、雲を貫く巨大な摩天楼が聳え立っていた。あちこちに大きな骨が飛び出しており、摩天楼の背面には仰々しい背骨が露出している。雲の上の塔の天辺には、仰々しい巨大な髑髏が君臨しているらしいが、誰も見た事はない。

 

 襤褸雑巾の様な黒い外套を纏った少年が、通りを歩いていた。

 がやがやと、奇妙で出鱈目な言語が飛び交う通りの中で、少年の様にまともな手足、顔を持つ者はまずいない。

 猛禽類の顔を持った四足獣と何か会話をしている、蜘蛛の手足を背越しにくっつけた蛙の大男。

 或いは、翼を生やした魚人の後ろに浮遊している、斑模様のアメーバ擬き。

 異形どもが、一丁前に、互いに遣り取りをしているが、理性的な商業活動にまで昇華できているものは非常に少ない。少し目を離した隙に、勢いよく蜘蛛蛙の大男が、その背中の、細長い蜘蛛の足を鋭く伸ばして、猛禽類の四足獣を捉えて、感情の無い顔つきで平然と喰らっていた。

 畢竟、秩序と理性など、この世界にはあってないようなものであった。

その中で、それでも少年は、立派な手足と顔を持って、通りを歩いていた。

 灰色の髪に、人間離れした美しい大きな双眸。その表情は一切の変化を見せず、まるで上から精巧なガラスでも塗り付けたかの様である。しかしそれは、琺瑯に塗られた釉薬の様に、確かな美を内包していた。


 土石をおにぎりにした様な小さなものが、少年の後ろを歩いていた。

 からからと、乾いた音を立てながら、その角張った体を転がせて歩いている。

 すると、少年の着ていた襤褸雑巾の様な外套から大きな口が、にゅうっ!と、不気味に現れて、その大きな口から、ぬるりと出てきた大きな舌を滑らせて、土石おにぎりをあっという間に舌で巻き付けると、そのまま口の中に放り投げて。


 ぎしゃっ。


 と、鈍い咀嚼音と共に、呆気なく喰ってしまった。


 「ウム、奇天烈に不味い」

 喉が潰れたかの様なガラガラの声で、襤褸雑巾の外套が喋った。

 「何を喰った?」

 少年が、高い様で低い様な、滑らかな様でざらつく様な声で、自身が羽織る外套に話しかける。

 「ヴァルナ・ジャーティの低いドーブツだ。土石おにぎり。べらぼうに不味い」

 一文一文がそれで完結しているかの様な、一拍おいた話し方をする外套。

 この世界では、外套に口など、あってもなくてもどうでもよい。だからある。同様に、土石のおにぎりのドーブツがいようがいまいが、どうでもよい。だから、さっきまでいて、今いなくなった。

 全ての事象は、起きた時点で道理である。

 灰色の少年、マガガは、世界とはそういうものであると思っていた。

 右肩からずれた襤褸雑巾の外套のドーブツ、フクチを雑に着直して、マガガは曇天が液化して塗りたくられたかの様な、暗く、賑やかな歪の通りを再び歩いていった。

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