プラネット・コール

刻堂元記

第1話 プラネット・コール

 惑星は悲しんでいました。惑星で生まれ育った星の子たちが、どこか別の星に行ってしまうなんて。それは、数百年前であれば、考えられないことでした。緑豊かな大地に覆われ、青く澄んだ大海が広がる、美しい星が、そこにはあったのです。しかし、今は違いました。荒廃した陸地は生命の息吹を消し去り、汚染された海は生命の営みを忘れてしまっていたのです。


 そのため、惑星は涙を流しました。寂しさに溢れた絶望の涙でした。ですが、その涙は留まることを知りません。次から次へと流れる涙が、絶え間なく大地を濡らしていきます。一体、どれくらいの涙を流したのでしょうか。惑星には、想像することさえできませんでした。星の子たちがいれば、きっと楽しいに違いないのに。


 しかし、間もなく、惑星は元気を取り戻しました。自然が復活し、生命の循環が活発になれば、星の子たちも戻ってくるに違いないと思ったからです。そこで、惑星は、雨で湿った大地を利用して、緑を育む決心をしました。枯れ果てた植物が残した命の粒を、風に乗せて運ぶのです。


 けれども、なぜか上手くいきません。それは、命の粒が重すぎて運べなかったり、途中で海に落としてしまったりすることが多いからでした。強く息を吹きかけ、飛ばそうとしてみても、やはり結果は同じでした。惑星は落ち込みました。もう、星の子たちが帰ってくることはないのかもしれない。沈み込んだ気持ちで、大地を見つめたまま、時間だけが過ぎていくのでした。


 ですが、少し経った頃でしょうか。惑星は、濁った川のすぐそばで、小さな芽が、たくさん顔を出しているのを発見しました。まさに、希望という他ありません。惑星は、自らの努力が無駄ではなかったと知り、嬉し涙を流しました。


 やがて、川の近くで育った小さな芽は、荒廃した大地を、草木の生い茂る草原へと変えていきました。もうそこには、かつてあったような濁った川は見当たりません。代わりに、透明感あふれる綺麗な川が、緑の絨毯じゅうたんを横断するように、上から下へと流れていきます。


 そして間もなく、惑星のいたるところで、緑の絨毯が現れるようになりました。厳しい自然環境の中で、必死に顔を出した小さな芽。それが、逞しく生きようとしているからに違いないのでしょう。惑星は、小さな芽の成長を助けるため、時には涙を流し、時には別の星に向かってお願いし、微笑んでもらうこともありました。


 そうして次第に、惑星は以前の姿を、少しずつ取り戻すようになりました。砂の嵐が吹き荒れることもあった大地は肥沃に、魚の死体が浮かび上がることもあった大海は豊饒ほうじょうに。もう何も心配することはありません。あとは、どこか遠くの星で暮らす星の子たちに向かって呼びかけ、彼らが、この地に帰ってくることを待つだけです。さあ、帰っておいで。惑星は、いつまでも星の子たちの帰還を待っています。

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