18.ハッピーハロウィン


ハロウィン当日。


夕方からシンバは尊達と待ち合わせの場所へ向かう。


ガーゴイルは既に街中をうろつき、獅子尾は完全に日が暮れてから行動すると言っていた。


獅子尾は、そのまま月子の屋敷に向かうのだろう。




『多くの感染者に出くわすかもしれないが、絶対に殺すな。止む無くの場合のみ、灰にしろ。後ろ盾もないのに多くの人間を一気に消す訳にはいかないからな。ヴァンパイアは身元不明だから、殺しても、元々この世に存在しない者だからいいんだが、殺したら、死体となってしまうから、多くの人の目に付いてしまう。なるべくなら、殺さずか、人気のない場所に誘導してから殺せ。というより、お前達は、何が何でも人間を守れ。特に子供の死体は絶対に出すな』


獅子尾の話に、それは難しい話だと、ガーゴイルは面倒そうにブツブツと口の中で文句を言う。


『まぁ、人狼と違い、ヴァンパイアの餌食に子供は基本狙わないとは思うが、多く集まると見境がなくなる。人間もそうだ、集団パニックで、理性なんてぶっ飛ぶ時がある。だから何が起きるか、わからないから、警戒はしとくべきだ』


だから警戒しても、無理あり過ぎると、ガーゴイルはブツブツと文句を言い続ける。


『そう嘆くなよ、ガーゴイルくん。少しは勝機になるかと、感染者かもしれない連中は、あらかじめ調べておいて、部屋に閉じ込めてある』


そう言った獅子尾に、シンバもガーゴイルも、うん?と、難しい顔で、獅子尾を見る。


『感染者は日中は余り外に出て来ない。出て来たとしても、帽子や日傘などで、光を避けている。そして殆どの感染者は昼間は家に引き籠り、夜に活動する。だから、そういう人間達を警察で調べてもらった』


『日本の警察って暇なの?』


そう言ったガーゴイルに、


『獅子尾さんの頼みは断れないだけ!』


と、シンバが答える。


『事実、感染者かどうかは、わからないが、この街だけで、かなりの数の人間が昼間に引き籠っている事がわかった。引き籠ってはいなくても、この季節に日傘を差している人も含めて、全員の家の前に、人狼の血を、警察にも協力してもらって、撒いて来た』


『日本の警察ってバカなの?』


そう言ったガーゴイルに、またシンバが、


『獅子尾さんの頼みは断れないから!!』


と、


『でもどうやって協力してもらったんですか? 幾ら獅子尾さんの頼みだとしても、血を撒くなんて、そんな怪しい行為、どう説明をしたんですか? ヴァンパイアだの、人狼だの、信じてない人達ですよ?』


と、獅子尾に言うが、獅子尾は、


『あぁ、なぁに、子供達のハロウィンの演出に必要だと言ったんだ。血は豚の血を大量に仕入れたと言った』


と、あっけらかんと笑いながら言うから、


『日本の警察って……』


と、ガーゴイルが、その後の言葉を言う前に、シンバが、


『獅子尾さんの頼みは強引過ぎるんです!!』


そう言った。


『でも、そうしなきゃ、こっちは数で不利すぎる。それに一気に全員が灰になるよりはマシだろう?』


獅子尾がそう言うから、そりゃそうだけどと、頷きながら、


『でも人狼の血って? 大量にどこから手に入れたんですか?』


と、問うと、獅子尾は、


『夕里さんトコの犬達の血だよ。一匹から、かなりの量を採血できた。どの子も立派で大きな犬だ。結構、血を抜いてもケロッとしてたよ』


そう言って、一応、今も持ってるんだと、懐から、血の入った瓶を取り出して見せた。


『一応、この街のあちこちに血は撒いた。人狼の血はヴァンパイアが嫌う血だからな。感染者も好まない。ニオイだけで体調不良となると聞いている。好き嫌い言ってられない場合もあるが、まぁ、これで、だいぶ減ったとは思う』


『だといいけど』


と、ガーゴイルは、そう簡単じゃないだろうと、不貞腐れた顔で言うから、獅子尾は、少しは勝機感じてよと、笑う。


『月子さんは、獅子尾さんに、全て終わらせるような事を言ったんですよね?』


シンバの問いに、獅子尾は頷き、


『あぁ、そろそろ全てを終わりにしようってな。追うのも追われるのも、解けない謎も、わかりきった答えも、疲れて来たってよ。こっちもそれは同感だな。お互い、居場所も正体もハッキリした。後はどちらかが、やるか、やられるか』


そう言って、銃を懐から出した。


『獅子尾さん、そんなの持ってましたっけ!?』


小型の銃を持つ獅子尾に驚いて、シンバが聞くと、


『あぁ、持ってたよ。只、使う機会がなかっただけだ』


そう言って、今度は、ポケットから、銀色の銃弾を出して、


『夕里さんに頼んで、例の狼の牙を溶かして、銃弾に生まれ変わらせてもらった。一発しかない。一発で仕留めなければならない。失敗は絶対にない』


と、獅子尾からは見た事もないくらいの真剣な表情。


『俺に弓は無理だ。でも銃ならなんとかなる。あぁ、それと、夕里さんにお願いした事があるんだ。やはり組織からの援護はない。その為、人狼の助っ人は来ない。だが、多くのヴァンパイアや感染者相手に、シンバくんとガーゴイルくん二人だけでは無理がある。だから、ハロウィンの夜、犬を街に放ってほしいとお願いした』


『え? 夕里さんの所の犬を? でも一度、大騒ぎになっているし、ハグレは子供を襲ったとニュースでも流れて大変だったし、もし、今度、同じような騒ぎが起きたら、致命的じゃないですか? 全員、保健所に連れて行かれる事になるんじゃないでしょうか……』


『そこは何とかする。香華ちゃんが』


『天音さんが? 弁護士を出したとしても無理があると思いますけど……』


『香華ちゃんが説得するのは組織だ』


『組織を説得?』


『組織は、こっちの報告が遅すぎると、手を貸すにも限度があると言って、俺達を切り捨てたも同然だろ。なら、俺達に手を貸してくれた夕里家の人狼の血を継ぐ犬達を守るくらい、当然、やってくれてもいい。そうだろう?』


『あぁ……そうですね……それで夕里さんはなんて?』


『考えさせてほしいとさ。まぁ、そりゃそうだ。最悪、全員、保健所に連れて行かれて殺されてしまうだけじゃ済まないだろう。夕里の名も堕ちる。その時は場所を変えて、望月でやり直す事はできないのかと話したが、そこまで俺達に手を貸す意味があるのかってのが夕里さんの考えだろうな。そうじゃなくても、もうイロイロと手を貸してもらっている。感謝しかない程だ』


『夕里さんは、人狼やヴァンパイアの存在をどう思ってるんですか?』


『半信半疑ってトコだろうな。血族者達で、そういうのを言い伝えられては来たが、実際、今の夕里さんが、ヴァンパイアを見た訳でもないし、犬達が代々伝えられて来た狼と人の血を持った人狼の血が流れているとか、本当に言い伝えでしかない。謂わば、都市伝説のようなもんだ。それを直ぐに信じろと言われても、無理があるだろ』


『そうですね……』


『兎に角、お前は、尊くんと一緒にハロウィンを楽しみながら、街を巡回して、人間を守ってくれ。恐らく、多くの感染者は月子さんが元になってる筈だ。月子さんがヴァンパイアウィルスを広めたとしか考えられない。だとしたら、月子さんを殺せたら、月子さんから感染した者達は、月子さんからの支配が切れる。そうすれば、人間の意識が強くなり、血を求める自分に恐怖し、息苦しくなって、その場に蹲るか、倒れるか……灰にはならないだろう。灰になるには、月子さんが死んで四十九日ってトコだろうな』


『そうなれば……多くの人が消えた事に対しての説明はどうするんですか?』


『スズメバチの毒として片付ける』


『スズメバチの毒? アナフィラキシーショックですか?』


『いや、違う。この街には多くの星月夜が咲き乱れていた。スズメバチが好む花として撤去されたが、まだ星月夜は至る所に咲いている。その花の香りなのか、蜜なのか、未だ解明はされてないが、スズメバチが星月夜で狂暴化するという事にしてある。狂暴化したスズメバチに刺されたら、アナフィラキシーショックどころじゃない、スズメバチの持つ毒は絶対に死に至る。一度刺されただけで致死量の毒となり、それを救う手立てはない。更に、その毒性は感染する。通常、星月夜には、人を死に追い遣る毒性はないが、星月夜に接したスズメバチの毒性は、人を死に至らせる他、その毒性は感染する。従って、死体は、安全性を考慮する為にも、家族に引き渡される事なく、国が処理する。つまり、死体はコチラで供養致しましたのでと、消えた死体の説明がつくようにする』


『組織はそれを政府に?』


『勿論、それは発表するように指示が出ている。そうする事で、星月夜は今後、世界中から、消える事になるだろうからな』


『じゃぁ……四十九日に皆が灰になったら……』


『あぁ、全員、死に至ったって事で処理されるだろう。スズメバチのせいで、多くの死者が出る事になるが、そこは俺達の考えるトコじゃない。そこまで行けたら、日本は救われたって事だからな、その時こそ日本を見捨てる理由はないだろう、組織が動いてくれるよ。俺達はまず多くの人を守り、そして、月子さんを殺す事だ』


ずっと黙って聞いていたガーゴイルが、


『ハロウィンナイトに人間達を守るなんて、やってらんないよ』


と、溜息と共に、ぼやいた。獅子尾は、


『そう言うな、ウルフマン』


と、シンバとガーゴイルに笑って言った……。




「獅子尾?」


突然、シンバの目の前に尊のドアップが来て、シンバはビックリして、後ろへ仰け反る。


「大丈夫か? ぼんやりして」


「あ……はい、スイマセン、考え事してました」


「もしかして、オレがヴァンパイアやるから、獅子尾は別の仮装しろって言ったから?」


「え? あ、別に、それは全然! 僕はヴァンパイアになるつもりは最初からありませんでしたし」


「そうなのか? 似合うと思うのに」


そう言った尊に、シンバは、似合う訳ないだろと、苦笑い。


「でもオレも似合うだろ?」


と、黒いマントを翻す尊。歯には二本の牙が付けられている。


他のみんなも、フランケンシュタイン、ガイコツ、ゾンビなど、皆、モンスターになっている。


「オレが一番似合ってるしカッコイイ!」


そう言った尊に、


「尊くんは……」


と、そう言ったシンバに、皆、シンバを見た。


「尊くんはヴァンパイアなんて似合わないと思います」


ハァ!?と、尊は、


「んだよ!!? 喧嘩売ってんのか!!?」


と、怒り出した。


「あ、いや、褒め言葉だったんですけど……」


「どこが!? 折角、俺を尊って呼んだと思ったから褒めてやろうと思ったのによ」


そう言った尊に、


「あぁ、そうですね、そうだ、朝比奈くんでしたね。スイマセン、翔さんの事を翔さんと呼んでいたので、つい……」


と、そうだったと、シンバが言うから、


「いいよ、尊で!!」


と、尊は怒ったように、でも照れたように、そう言った。


「ていうか、そういうお前はなんでいつも通りの格好なんだよ!!? ハロウィンだから仮装して来いっつったろ!!? やっぱオレがヴァンパイアはやめろって言ったから、仮装して来なかったのか!?」


「あ、いえ、僕もちゃんと仮装します」


と、シンバは、持って来た白いシーツを被り、


「ゴーストです」


なんて言うから、皆、ポカーンとした顏でシンバを見た後、大笑いし、


「なんだそれ! 簡単すぎだろー!」


「真面目にやれよ、獅子尾ー!」


「雑過ぎ!!」


「幼稚園児かよー!」


などと言い出すから、これでも真剣に考えて来たんだけどなと、シンバは苦笑い。


すると、背後から誰かが、シンバにカチューシャらしきものを付けて来て、


「貸してやるよ、これで狼男でいいんじゃねーの?」


そう言った。シンバは頭に付けられたモノを手で触りながら、耳?と、首を傾げると、


「お前……ワタルに似てるな」


尊が、そう呟いた。シンバが尊を見ると、


「そりゃそうか、だって飼い主だもんな! 飼い犬って飼い主に似るって言うもんな!」


と、尊はそう言って、笑っているから、シンバは、尊には話した方がいいかもしれないと思う。


「あの……尊くん……ワタルなんですけど……」


「うん?」


「えっと、その前に、言っておきたい事があります。僕は尊くんの事を、正直、どう接していいかわかりません」


「え?」


「尊くんが僕にして来た行為は、僕にとってツライものでした」


「……」


「例え、尊くんが、今後、僕に、どんなに沢山の優しさを与えてくれても、尊くんから受けた傷は消えないと思います」


「……」


「でも、ワタルは……尊くんが……好きだと思います」


「え?」


「尊くんに優しく撫でてもらったり、尊くんに心配してもらったり、会いたいと思ってもらえたり、そういうのは嬉しい……事だと思います」


「……」


「だから、ちゃんと言えなくなる前に言っておきます。ありがとうございました」


「は? いや、何言ってんの? よくわからないんだけど……オレがお前にして来た事を怒ってんのはしょうがないよ。それはしょうがない。俺がお前だったら、同じように思うと思う。ワタルの事も言いたい事はわかるよ。飼い主として、飼い犬を可愛がってくれてありがとうって言いたいんだろ? でも、ちゃんと言えなくなる前にって何?」


シンバは、自分がワタルである事を打ち明けようと思っていた。信じてくれなくても、ワタルを信じてくれている尊の為には言った方がいいんだと思っていた。だが、


「コラコラ、お前等、うちの生徒だな? こんなトコでウロウロしてないで、サッサと帰りなさい。ハロウィンなんて浮かれてたら食べられるよ?」


なんて言いながら、誰かが現れ、シンバは、誰?と、眉間に皺を寄せる。


「先生! 久し振りだね! どうしたの? 体調はもういいの?」


と、子供達が、皆、先生と呼び、その男性に近寄るから、シンバは、先生?と、首を傾げていると、


「オレ等の下の学年の担任やってる先生だよ。数ヶ月前から体調が悪いって言って学校休んでるらしいんだけど、元気そうじゃんなぁ?」


尊がそう言うから、シンバは、眉間に皺を寄せて、その男性を見る。


まだ時刻は夕方、夜ではない。


感染者ではない筈……だが、


「おい、お前等」


と、また別の先生がやって来た。それは、シンバ達の担任の先生だ。


「なんだその格好は? ハロウィンか? あんまり遅くならないようにしろよ」


なんて言い出し、ふと、先生同士、顔を合わせた。


「あぁ、お久しぶりです、その後、体調どうですか?」


と、シンバ達の担任がペコリと、男にお辞儀をして、そう言った時、男は、突然、口を大きく開けて牙を出した。そして、男はシンバ達の担任を抱き締め、首に噛み付いた!


皆が、え?と、思った瞬間、シンバ達の担任が、男を引き離そうとするが、だんだんチカラが入らなくなって行き、声も出なくなる。


子供達は、ハロウィンのサプライズか?と、


「先生、笑えるー!」


「ドラキュラの真似ですか?」


「男同士、いつまでも抱き合ってたらヤバイってー!」


と、笑いながら言うが、シンバは、嘘だろ?と、夕方で感染者が正体を現せるなんて!?と、驚いている。


「ちょっとー! 先生さー! オレがヴァンパイアなんですけどー!」


尊がそう言いながら、まだ首に噛み付いている男に近付くから、シンバは、物凄い勢いで、尊の腕を持ち、後ろへ引っ張る。


「なッ!? なんだよ!!? いってぇーな!!」


と、引っ張られた腕を押さえて、尊は、シンバの背に怒鳴った時、先生達の様子がおかしい事に気が付く。


担任の先生が、力なく、ストンと、膝から落ちて、ドサッと倒れた。


男は血でイッパイの口元を舌で舐めまわしながら、子供達を見ている。


「え、ちょっと、パフォーマンスのクオリティ高すぎるって……」


と、誰かが言った。


シンバは、尊の腕を掴み、尊をグイッと自分に引き寄せると、


「帰らせるんだ、いいか、全員、寄り道せずに帰るよう言え」


と、小声で囁く。ハァ?と、尊はシンバを見ると、シンバの表情が見た事もない顔をしていて、言い返す事もできず、只、シンバを見ている。


「ハロウィンは終わりだ。僕はみんなを守り切れない。自分の身は自分で守るしかない。家にいろ。それが安全だ」


「ちょっと……何が? よくわからないんだけど……」


「いいから言う事を聞け!!」


と、大声で怒鳴るシンバに、みんながビクッとして、皆、シンバを見る。シンバが尊の腕を掴んだまま、怖い顔をしているから、皆、何事だ?と、驚いている。


尊は、わかったよと、


「帰ろう、なんか先生が、必死こいて、オレ達を帰らそうと、こんなホラー演技までしてみせてるし」


そう言うと、


「え、だって来たばっかじゃん」


「折角のハロウィンなのに?」


「もう帰るって、何の為にコスプレまでしたと思ってんの?」


と、口々に文句を言い出し、一人が、倒れた先生を揺さぶって、


「ねぇ、もういいよ、そういうの。起きてよ」


そう言い出したが、先生は、力なく、コロンと転がる。首の傷口から、血がピュッと飛び跳ね、起こそうとした子の頬にかかる。


シーンと静まった後、死んでる?と、誰かが呟き、わぁぁぁぁ!!と、一斉に、皆が走り出した。


引っくり返りそうになりながら、皆が、逃げる中、尊も必死で走るが、振り向いて見ると、シンバだけが残っている。


「アイツ!!? おい!! みんな!! 待てよ!! 獅子尾が!!」


走りながら、そう叫ぶが、皆、尊の声など聞こえない。尊は、クソッと口の中で呟き、体ごと振り向いて、シンバの元へと駆け出す。


――なんでこんな明るい内から正体を現せられる?


――まだ太陽の光の温もりがあるのに。


――今日は幸いにもいい天気だった。


――地上に届いた太陽の光は、まだ消えてない。


――完全に空が暗くなる前から、感染者が血を求めるなんて!?


わからないと、シンバは、男を見ている。男もシンバを見ている。


――しかも僕のニオイに何も感じないのか!?


――どういう事なんだ!?


――人狼のニオイにヴァンパイアは人狼の縄張りを感じて近付かないか、もしくは行動に出ない。


――それは感染者も同じ。


――でも僕のニオイに何も感じないなら…


――ハロウィンにかこつけて、子供達の中に僕のニオイを付けておいても無意味って事か。


――ガーゴイルくんもニオイを付けに街中をうろついてる筈だけど……


――もしかしたらガーゴイルくんのニオイも効果ないとしたら……


――不意を突かれて襲われてるかもしれない!


人の心配をしている暇はなかった。しかも考え事をしてたせいもあるが、感染者であろう男に両手で首を掴まれて、気付けば締め上げられている。


フーフーと鼻息荒く、男は、シンバの首を絞めながら、


「お前、ニオイを付ければ、感染者が近づいて来ないと思ったか?」


そう言うから、思考まで読まれてる!?と、シンバは必死で首を絞めて来る手を放そうと、もがいている。


「わかってないのか? 自分の老いに。お前みたいな老犬、恐れる訳ないだろう」


そう言われ、そんなに老いた気はなかったが、流石に、感染者の男の手を振り解けない自分に、嘘だろ?と、驚いている。


「見た目がそれじゃぁ、わかりにくいよなぁ……」


そう言われ、見た目関係なく、自分の老いについては感じていたと、なのにここまで急激に早まるとは計算外と、悔しそうに歯を食いしばるシンバ。いや、食いしばった顔は、首を絞められて苦しいからと言うのもあるだろう。


もう駄目かと、思った瞬間、男が横に吹っ飛ぶ。咳き込みながら、シンバは膝を付いて、見ると、


「いってぇー!!」


と、自分の頭を押さえて、涙目の尊の姿。


「クッソ!! 頭割れてねぇだろうな!? おい!! 獅子尾!! 逃げるぞ!! お前捕まってんじゃねぇよ!! このノロマ!!」


と、手を差し伸べているから、シンバは、倒れた男を見る。どうやら、尊は、全身体当たりの頭突きで、男に突っ込んだようだ。


でも男は、よろけて倒れただけであって、殆どダメージはなさそう。今にも直ぐに起き上がるだろう。


ここは逃げた方がいいかと、シンバは、尊の手を握り、立ち上がると、一緒に走り出した。


「すいません、僕が助けなきゃいけないのに」


「ハァ!? 別にお前に助けてもらおうなんて思ってねーよ!! てか、逃げようと思っちゃってたし!!」


「え?」


「振り向いたら、お前、捕まってんしさ! 直ぐに戻って助けようと走ったけど、お前、首絞められるし、怖くて、一瞬、走ってた足が止まったの!!」


「あぁ……」


「でもここでお前を助けなきゃ、一生、お前に嫌われたままだなって!! その方がツライかもなって!!」


「あ……あの……すいません、僕が、尊さんを許せないなんて言ったから……」


「そうじゃねーよ!! 許されないのはわかってるけど、それでもオレはお前に許してもらいたいから……そんだけ!! でもお前に許されなくても別にいいよ!! わかってるから!! オレはそれだけの事やったし!! 簡単に許すって言われても逆に嘘だろって思うし!! てか、追って来てなくね? もう大丈夫だろ?」


と、振り向いて、尊が言うから、シンバも振り向いて、頷く。


「てか、なんだったの? あの先生、体調悪くて学校休んでるって言ってたけど、精神的なもんだったのかな? オレ達の担任って本当に死んだの? それとも演技?」


「あの……他のみんなは帰りましたか?」


「帰ったんじゃねーの?」


「そうですか。なら尊さんも帰らないと」


「お前を家まで送ってくよ」


「え!? あ、いや、それは大丈夫です、寧ろ僕が送らないと!」


「だからおかしくない!? お前、弱い癖になんなの!?」


弱いかと、シンバは苦笑い。そして、シンバは、空を見上げ、クンッと、鼻を動かし、ニオイを嗅ぐ。


「どうした?」


「翔さんがあっちの方向にいます。多分、首吊りの木の幽霊屋敷にいるんじゃないかと思うんですけど」


「翔ニィチャンが? なんで?」


「実は、首吊りの木の幽霊屋敷に、ハロウィンの日に、尊くんが行くって、翔さんが心配してたんです」


と、話しながら、歩き出すシンバに、尊は付いて行く。


「夜に弟が心配だからって、守るよう、うちの探偵事務所に来たのがキッカケで、翔さんとは知り合いました」


「え!? そうだったの!?」


「はい。だから、僕が尊さんを守らなければいけないんです、仕事ですから」


「仕事……」


「獅子尾さんは探偵です、その息子である僕は獅子尾さんの手伝いをしています」


「なんで父親の事、苗字で呼ぶの?」


「それは……それは本当の父親じゃないからです」


そう言ったシンバに、尊は少しの間、沈黙だったが、


「なんとなく、そうかなって思ってた。お前、外人だろ? あの探偵、日本人だもんな」


そう言った。


なんとなく話の内容が気まずいのか、尊は俯いて歩く。


シンバは、振り向いて、付いて来る尊を見ると、


「翔さんは、とてもイイ人です」


そう言った。尊は、顔を上げて、シンバを見る。


「あんな優しいお兄さんは、なかなかいませんよ。羨ましいです」


と、微笑むシンバに、尊は、また俯く。


「翔さんは、尊さんに嫌われないようにと、一生懸命です。尊さんが応えてあげたら、きっと、翔さんは大喜びすると思いますよ」


「わかってるよ……」


小さい声で、ポツリとそう言った尊に、シンバは、頷いて、


「翔さんの所へ急ぎましょう」


と、走り出すから、ちょっと待てよと、尊も走り出す。


首吊りの木の幽霊屋敷近くで、シンバの足が止まる。尊が、どうした?と、シンバを見ると、シンバが遠くをジッと見ているので、その視線を辿り見ると、レイヴンがコチラへ向かって歩いて来る。


尊は首を絞められた事を思い出し、少し後退して、レイヴンが来るのを見ていると、


「この辺は感染者がいないでしょ? 私のニオイを付けておいてあげたわ」


と、言いながら、どんどん近付いて来て、シンバの目の前で、レイヴンは立ち止まり、


「私の仲間も、街中でウロウロしながら、感染者を倒してる筈」


そう言った。


「倒してる? あんまり倒されても困るんですけど。多くの人がいなくなれば、後始末に困る。レイヴンさんも正体がバレて魔女狩り制度みたいになるのは困るって言ってたじゃないですか」


そう言ったシンバに、


「そうね、でも仕方ないじゃない? 他にどうすればいいわけ?」


と、レイヴンは、開き直った態度で、チラッと尊を見た。尊はビクッとして、シンバの後ろに隠れるようにして、ゆっくり後退する。


「それより、アナタはここで何してるの? 私のニオイを追って来たの?」


「そうじゃありません、翔さんのニオイを探して来ました」


「カケル? 誰それ? まぁ、いいわ。というか、どうして急にそんなチカラがなくなってるの?」


キッと睨みつけて、そう言ったレイヴンに、シンバは、


「こんなに老いが急速に来ると思わなくて。ハロウィンくらいまでは、まだ大丈夫と思ってたんですけど……」


そう言った時、尊が、


「さっきから何の話!!? ていうか、獅子尾、この女と仲イイの!!?」


と、シンバの少し後ろで声を上げた。


「うるさいわね、人間のガキが足突っ込んで来るんじゃないわよ、食べられたいの!?」


レイヴンがそう言って、尊を睨むから、


「そんな言い方やめて下さい、尊くんは、クラスメイトです。レイヴンさんも言ってたじゃないですか、クラスメイトの事を群れだと。だとしたら、僕が守るべき人ですから」


と、シンバが庇うように言ってくれるのはいいが、尊にしたら、何を言っているのか、ちんぷんかんぷんだ。


「レイヴンさん、ヴァンパイアを探してるんですか?」


そう言ったシンバに、ヴァンパイア?と、眉間に皺を寄せ、ヴァンパイアのコスプレしている自分の姿を見直し、オレの事じゃん!と、尊は青冷める。


「やめたわ」


「やめた?」


「だって、完全に人狼vsヴァンパイアの時に、ヴァンパイアが勝利したら、人狼としてのプライドが許さないから」


ツンッとソッポを向いて、そう言ったレイヴンに、シンバは、思った通りだなと、ハハハッと、笑いながら、


「そう言うと思ってました、だから何の心配もしてませんでした」


なんて言うから、レイヴンは怒って、


「その全て見抜いてるって感じヤメテ!!」


と、怒鳴り、そんなつもりは……と、シンバは苦笑い。


「レイヴンさんが味方ならば、コチラに勝機があります」


「そりゃそうよ、私を誰だと思ってんのよ。でもね、アンタに味方しただけで、スノウの事は許してないから!!」


そう言われて、シンバは、あ……と、尊を見る。


尊は、なんなんだよ!?と、話がわかんねーよ!と、シンバを見ている。


――僕は許せないけど、ワタルとしては尊くんが好きだって言うのは、言われた側は、こういう気持ちか。


「どうするの? そろそろ完全に空が暗くなるわ、そのガキは帰した方が身の為じゃない?」


「はい、僕はこれから、尊くんのお兄さんに会って、尊くんを渡して来ます。その後、僕は月子さんの家に行きます。レイヴンさんは、ガーゴイルくんが街中にいると思うので、ガーゴイルくんを探して、街中のヴァンパイア、感染者を何とかして下さい、ハロウィンで仮装してる子供達が大勢いるかもしれませんから、守ってあげて下さい」


「ハァ!? 人間のガキを守るの!?」


「その為の戦いです」


「バッカみたい」


「お願いしますね」


そう言うと、シンバは走り出し、尊もシンバに付いて走り出す。尊は、シンバの背に、


「なぁ? なんかあんの? お前等」


そう言ったが、シンバは聞こえないふりで、振り向かない。


「なぁ!! なぁって!! なんか企んでるのか!!? ハロウィンのイタズラか!!? オレにもちゃんとわかるように教えろよ!!」


首吊りの木の幽霊屋敷の角の所で、翔が輝夜と話しながら立っている。


「あれ!? 輝夜くんも一緒だ!」


と、尊が言うから、丁度いいと、


「こんばんわ! 翔さん! 輝夜さん!」


と、シンバは2人に駆け寄った。


「あ、あれ? 二人だけ? 他にも友達がいるんじゃないの?」


と、翔は、隠れて見守るつもりが、目の前に尊が現れた事で慌てながらも、そう聞いた。


「ちょっと担任の先生に見つかってしまって、直ぐにみんな帰ったんです。だから、輝夜さん、翔さんと尊くんを送ってあげてくれませんか?」


シンバは、輝夜が一緒ならば、翔の事も尊の事もヴァンパイアも感染者も手は出せないだろうと言う考えだ。


「別に輝夜くんに送ってもらわなくても、おれが……」


と、翔が、おれがいるからって言おうとしたが、シンバが怖い顔で見て来るので、言葉を呑み込み、


「そうだ、輝夜くん、うちに遊びに来ない?」


と、察して、そう言った。


「え? あぁ……いや、お前が、弟がハロウィンやるって言うから来てみたけど、ハロウィンやらないなら、俺はもう帰るよ」


輝夜はそう言って、尊に、


「ヴァンパイア似合ってるね」


と、笑いかけ、尊も、そうだろ?と、笑顔になる。


翔は、だってさと、シンバを見るが、シンバが怖い顔のままなので、


「そう言わないで!! うちに遊びに来て!! うちで夕飯食べてって!! お願いだから!! ハロウィンナイトだよ!? ホラー映画一緒に観ようよ!! 輝夜くんと観たいんだよ!!」


と、輝夜に、そう叫んだ。余りに必死にそう言うので、輝夜が、


「わかった、わかったよ、遊びに行くよ」


と、なんとか頷く。


シンバはホッとして、これで輝夜くんを誘き出さなくて済んだと、


「じゃぁ、僕はこれで」


そう言った。なのに、尊が、


「獅子尾も一緒に来いよ、そうだ、ワタルも呼んで、みんなでオレんちで映画観ようぜ!!」


なんて言い出し、またしても、シンバは怖い顔で翔を見る。翔は勘弁してよと、


「い、いや、シンバくんはさ、ほら、親の許可が必要だよ、まだ小学生な訳だし…」


と、尊に言い聞かせるが、


「大丈夫だよ、今日はハロウィンだもん」


と、理由になってない理由を言い出す。


「いや、ハロウィンだろうが、クリスマスだろうが、正月だろうが、親の許可が必要なの!」


と、翔が説得するが、尊は言う事をなかなか聞き入れない。


もう空は暗い。時間がないと、焦るシンバの横を通った男性が、尊をヒョイッと抱き上げて走り出すから、翔と輝夜も、何が起きたのか、わからず、キョトンとしている中、シンバが走り出す。


「なんだよ!!? オッサン誰だよ!!?」


男性の腕の中で暴れる尊。そんな尊の口を大きな手で塞いで、


「静かにしないとオジサン怒っちゃうよ?」


と、笑顔で言った後、走っている足は止まった。目の前にシンバがいるからだ。


「ほぅ……ニオイからして全く強さのない老犬だと思ったが、結構スピードはあるようだ」


「その子を離して下さい」


「いいや、離さない」


「離してくれれば、見逃します」


「見逃す? 逆の台詞だな、黙って回れ右して失せろ、そしたら見逃してやる、老犬」


シンバはクンッと空気のニオイを嗅いで、近くにレイヴンも、レイヴンの群れの誰もいないなと、勿論、ガーゴイルもいないなと確認した後、一人でなんとかするしかないかと、


「感染者じゃないですよね……ヴァンパイアっぽいな。なら殺してもいいかな……」


そう言って、短剣を取り出した。その十字架の短剣に、男は一瞬、怯んだ。


「殺す? 殺せるのか? 死体はどうする気だ? 今日はハロウィンだ、人が多い。人の目に付く事はできない筈だ」


男がそう言い終わるか、終わらないか、シンバは、その一瞬で、男の背後に回り込み、背中から心臓に向けて、一気に短剣を突き付けた。


周囲に人の気配がない事を確認してからだが、もう少ししたら、翔も輝夜も来るだろう、だからこれ以上、ゴチャゴチャしてる暇はなかったので一気に片付ける。


死体は、首吊りの木の幽霊屋敷に隠せばいい。


尊は、突然、後ろから倒れる男の腕の中からドサッと、落ちると、慌てて、その男から離れる。


「な、なんだ!? その人、どうしたの!?」


そう言った尊に、シンバは短剣を、持っていたシーツの中に隠しながら、


「さぁ?」


と、首を傾げ、向こうから走って来る翔と輝夜に、手を振って、


「急に倒れたんです、僕が救急車を呼んで来ますので、二人は尊くんと一緒に帰って下さい」


そう言った。輝夜は、なんで?と、


「いや、救急車が来るまで俺達も一緒にいるよ、な?」


と、翔を見て、翔はシンバを見ると、シンバが怖い顔をしているので、マジで!?と、頭を抱えそうになる。


「シンバくんに任せよう、ほら、お父さんが探偵やってるし、こういうのはシンバくんに任せた方が良さそう。シンバくんが帰れって言うなら帰ろう」


翔が、そう言って、輝夜と尊を見て、


「ほらほら、早く! なんかハロウィンのせいか、変な人多そうだし! また尊を抱えて逃げられても困るからさ」


と、尊の腕を引っ張り、輝夜の背を押し、シンバを見る。シンバは頷き、


「そうですね、僕も救急車を呼んだ後、早く帰ります、変な人が多そうだから」


そう言った。


輝夜は、任せていいのかなぁ?と、何度も言いながら、翔に背を押されて行く。


シンバは、ヴァンパイアの死体を見下ろし、シーツの中の短剣に付いた血を、シーツで拭いながら、腕に装着してある鞘へ入れる。


――そうか、人混みはレイヴンさんの群れやガーゴイルくんのニオイがある。


――だから人混みから離れた場所へ移動してるのかも。


――人狼のニオイから逃げながら、血を求めて、老犬の僕相手なら、なんとかなると思ったか。


――本来、子供は狙わないのだろうけど、子供なら持ち運びしやすい。


――安全な場所へ移動してからゆっくり味わうつもりだったか?


特に尊は小さいからなと、そう思いながら、男を引き摺って、幽霊屋敷に運び込む。


幽霊屋敷の庭に、男を転がして、シンバが、ふぅっと息を吐いた時、背後で、


「ハッピーハロウィン」


と、声がして、振り向くと、ピエロの仮面をした……男か、女か、わからないが、人が立っている。


ピエロはスッと手を上げて、二階を指差した。


見ると、尊が、二階の窓から首を絞めるように持たれて、落ちそうになっている。


その絞められている手のおかげで、落ちないのだろうが、尊は苦しそうにもがいている。


いつの間に!?なんでそうなった!?と、シンバは思いながら、急いで家の中に飛び込んだ。


幽霊屋敷は暗く、黴臭い。


シンバの目が闇でも見えるように、金色に光る。


黴臭いのはいいが、あちこちから星月夜のニオイがする。


この家の庭にはなかったが、家の下に生えているのかもしれない、それが家の中にニオイが入り込んで、漂っている。


裏口が開いているから、そこから尊を連れて、中に入ったのだろう、だとしたら翔や輝夜はどうしたのだろうか。


シンバが二階への階段を見つけ、駆け上がると、女が今にも尊の首に噛み付こうとしているから、間に合わないと、シンバは自分の意思関係なく、狼の姿になり、一瞬にして女に飛び掛かっていた。


女は窓から、シンバに突き落とされるようにして落ちるが、尊は、女の手から落ちる前に、シンバが、ヴァンパイアの衣装のマントを咥えて、上へ引き摺り上げた。


「……ワタル?」


尊が、そう言って、喉を押さえながら、苦しそうにしている。シンバは、そんな尊を見ながら、何回首を絞められるんだと思う。


外で、翔の声が聴こえる。


「尊ー? 尊ー!? どこ行ったー!?」


輝夜の声も聴こえる。


「尊くーん? どこ行ったのー?」


どうやら、尊はシンバを心配して、一人戻って来た所をヴァンパイアに狙われたかと、シンバは窓の外を見るが、突き落とした女もピエロの姿もない。


このままでは、埒が明かないなと、尊の呼吸が通常に戻ったのを確認すると、シンバは、白い大きな狼の姿から、人の姿に戻った。


今、目の前で起きた出来事に、尊は、理解できないのか、無表情になる。


「良かった、うまく脱げたから服は破れてない」


と、シンバは、脱げた服を着ながら、下着は破れちゃったなと、ビリビリになったトランクスに苦笑いしながら、ズボンを履く。


腕に付けられた短剣の鞘も外れてしまっていて、短剣も飛び出たのだろう、畳の上に突き刺さっている。


それをシンバは拾い、ズボンの後ろの腰部分に仕舞うようにして差し込みながら、尊を見て、


「翔さんと帰って下さい。アナタがウロウロされるのは邪魔でしかない」


冷めた目でそう言った。黙り込んでいる尊は、きっと、頭の中で、いろんな言葉が浮かんでいるのだろうが、それを声に出せないのだろう。


優しくしても、また尊は戻ってくる、真実を見せた所で、尊が大人しくしてるとは思えない、ここは完全に突き放さなければと、


「今日はハロウィンです。本物のヴァンパイアがうろついている。僕がこうしてうろついているように」


と、


「あ、でも、僕はヴァンパイアじゃありませんよ、僕は人狼、ウルフマンです」


と、


「アナタが見たまま、そしてアナタがワタルと呼んでいた犬は、狼で、正体は僕です」


と、


「もう一つ、ウルフマンの餌は子供です。アナタを食べる事もできる」


と、


「わかったら、僕の前でウロウロしないで下さい。そして僕に拘わらないで下さい」


と、


「助けた訳じゃないって事くらいわかるでしょう?」


と、


「人として紛れる為に大人しくしてただけ。いつだってアナタを殺す事はできた」


と、


「でも僕は、この街にいなきゃいけない任務があるから、目立つ行動をしなかった」


と、


「あ、それから僕がウルフマンだと言いふらしてもいいですけど、頭がおかしくなったと思われますから、やめた方がいいですよ」


と、ずっと黙り込んだままの尊に、そう話した後、シンバは、背を向けて、その部屋を出て、階段を下りる。


少しビビらせ過ぎたかなと、カタカタと小さく震えていた尊を思い出し、悪い事したなと思いながら、外に出ると、翔が、


「あ! シンバくん! 尊がいなくて!」


と、かなり焦った顔で言うから、


「二階にいます」


と、家の二階を見上げて言う。


「翔さん、輝夜さんと一緒にいれば、多分、誰にも襲われない」


「え? ていうか、なんでこんなに襲われそうになるの!? さっきもおれに向かって来た人がいて。振り解いて逃げたけど! おかしくない!? 幾らハロウィンだからって!」


「今、この街に多くの感染者がいて、近くにいただろうヴァンパイアも集まって来てるんです、その原因となるヴァンパイアを、獅子尾さんが倒そうとしています。倒せば、そのヴァンパイアから感染させられた者は、ヴァンパイアとの繋がりが切れて、我に返り、人だった頃の記憶が鮮明に思い出される筈。今は殆どの記憶がない状態で、我を失ってる感じなんです。だから血を吸いたいという欲のまま向かって来る。本来、子供より大人が狙われやすいんですけど、ヴァンパイアも感染者も、縄張りから外れ、狂った精神状態で、暴れようとしているから、子供も狙われる」


「じゃぁ、どうしたら?」


「だから輝夜さんの傍にいて下さい。彼と共にいれば絶対に狙われない」


「なんで?」


「彼はヴァンパイアに、息子として育てられた特別な人間だから。彼には特別なニオイが付けられている。例えば、毎日の食事や、風呂の水にも、ヴァンパイア除けのモノが入っているだろうし、彼の付けているアクセサリーはヴァンパイア除けでもある。何より、彼に付いているヴァンパイアは強い……」


そう言うから、翔は、それは誰の事を言っているの?と、眉間に皺を寄せる。


今、家の中から、尊が出て来て、シンバに、ビクッとする。それと同時に、向こうから走って来る輝夜。


「こっちにはいないみたいだけど」


そう言いながら、尊を見て、


「あぁ、いたんだ、良かった」


と、輝夜はニッコリ微笑む。


「輝夜さん、スイマセン、翔さんの具合が良くないみたいで」


シンバがそう言うと、尊は驚いて、


「翔ニィチャンに何かしたのか!!?」


と、シンバに叫んだ。シンバも翔も、尊を見る。シンバは、そんな尊に、


「いえ、何もしてませんよ。でも僕は急ぎの用があって行かなければならないから、輝夜さん、翔さんと尊くんを家まで送ってあげて下さい」


そう言って、シンバは優しく微笑むが、尊は、その笑顔が、恐怖でしかない。


「あぁ、うん、わかった」


輝夜が頷き、


「あ、でも、体調悪いって言っても、平気だから、映画とか一緒に観ようよ、輝夜くん泊まって行ってよ」


と、翔は笑顔で言いながら、今度こそ尊を逃がさないようにと、尊の腕をガシッと強く掴んだ。


「じゃぁ、僕はこれで」


シンバがそう言うと、輝夜は、


「ハッピーハロウィン! 楽しい夜を!」


と、笑顔で、シンバに言うから、シンバも笑顔で、


「ハッピーハロウィン!」


と、笑顔で手を振って、直ぐに走り出す。


かなり寄り道になり、遠回りにもなったが、月子がいる屋敷まで走り抜ける。


既に獅子尾は向かっているのだろうかと、シンバは焦る。


あちこちからヴァンパイアらしき者達が行く手を邪魔するように立つが、それ等を避けながら、物凄いスピードで走る。


月子への最期は獅子尾の手でやるべきだとシンバは思っている。


それがどんな悲しい事で、苦しい闇だったとしても、僅かな光だと思っている。


だから、獅子尾の為に、援護したい。


それが、二人への恩でもあると、シンバは思っている。


大きな屋敷前、シンバは息を切らし、胸を押さえる。


ちょっと全力で走っただけで、この息の上がりよう。


「やっぱ……狼になれても……人狼としてのチカラはないから……」


そう言いながら、後ろから来る足音に、


「年寄りにはキツイ……」


と、振り向いて、笑いながらガーゴイルを見る。


「人狼としてのチカラを出したいなら、人間の干し肉食えよ。レイヴンから貰っただろ」


ガーゴイルも走って来たのだろうが、息切れもなく、そう言って、シンバを睨む。そして、


「レイヴンが来てさ。だから人が多いトコはレイヴン達に任せた」


そう言うから、シンバが頷くと、


「オレはお前のサポートかな」


と、やれやれと言う感じで、溜息交じりに言われ、シンバは、ごめんと呟く。


「ガーゴイルくん、お願いがあるんだ」


「お願い?」


「月子さんはヴァンパイアとして、多くの人の血を吸っている。感染者の数も尋常じゃない。だから月子さんのチカラは大きい。僕は月子さんを取り押さえる為に、いざとなったら狼の姿になる。月子さんの心臓を貫く、銀の弾は、獅子尾さんが一発で決めなければならない。だから、もし、目の前で、そういう事になったとしても、とどめは絶対に獅子尾さんに譲ってあげてほしい。もどかしくなっても、そこだけは絶対に手を貸さないでほしい。例え、僕が死にそうになってもだ」


「死にそうって……」


「死ぬ気はない。でも月子さんと共に銀の弾でやられるなら、それが獅子尾さんの手で弾かれた弾丸なら、僕は本望だ」


そう言ったシンバの顔が、とてもよく知っているスノウの表情に似ているから、ガーゴイルは、


「そんな怖い顔しなくても、わかってるよ。お前にとっても、獅子尾にとっても、大事な人なんだろう? 決意が固いのは知ってる。だから結果どうなろうとも、決着はお前等でつけたらいい。但し、お前も獅子尾も死んだら、その時は、俺が手を下すけどな」


と、


「3人まとめて死んだら、あの世で、一緒になれんじゃねぇの?」


と、


「お前等全員地獄行きだろうけどな」


と、笑った後、


「ま、楽しもうぜ」


そう言って、シンバにグーを出したから、シンバは、その拳に、自分の拳をコツンと当てて、


「久し振りだね」


なんて笑うから、コイツ、スノウの頃の記憶が戻ってるのか?と、ガーゴイルは思う。


よく拳を二人で当てていた。それは挨拶だったり、喜びの合図だったり、分かれのサインだったりだが、今、同じように拳と拳が重なって、ガーゴイルは、昔に戻った気になるが、それでも、スノウとしてのチカラを出せないシンバに、もうスノウではないんだと思う。


「よし行くか!」


ウダウダ考えても、スノウは戻って来ない、今いるシンバとやるしかないと、ガーゴイルがそう言って、シンバと見合い、


「獅子尾はもう来てるのか?」


そう聞いた。


「多分ね……」


「そうか、んじゃ、オレ等も行こう!」


ガーゴイルがそう言うと、2人同時に、


「ハッピーハロウィン!」


そう言って、同時に屋敷に向かって走り出した。


外のアーチとなる門を潜ると、まるで異世界のハロウィンパーティー。


仮装した連中がアルコール片手に大はしゃぎ。


勿論、全員がヴァンパイアか、感染者か。


シンバとガーゴイルを待っていたとばかりに牙と爪を出す。


「トリックオアトリート!!」


そう叫びながら、目の前の連中を殴り、蹴飛ばし、奥へと走るガーゴイル。右回りで庭の方へと走り出す。


シンバは行く手を阻む連中を蹴散らしながら、真っ直ぐに玄関へと向かう。


行かせるかと、シンバの服を掴むから、そのまま狼へと変身して走る。だが体当たりされて、思いっきり吹っ飛び、玄関のドアをぶち破る勢いで転がった。


ダメージを食らったが、屋敷の中に入れたと獅子尾の姿を探し回る。


目の前を大きな男が仁王立ち。シンバの足も止まる。


よくテレビで観た事のある顔だと、思った瞬間、シンバは軽く抱えあげられて、そのまま床に叩きつけられる。


あぁ、そうだ、プロレスラーだと気付いた時には、また抱きかかえられて、頭上高く持ち上げられていた。


何度も同じ手は食わないと、叩きつけられる瞬間に身を翻し、スタッと四本の足で床に着く。


こんな人まで感染させた理由は、やっぱり戦う為?と、月子に聞きたくなる。


幸い、狼の姿だったので、プロレスの技は通用しない。


だが縦にも横にも大きな体の男に、シンバ自身も大きな狼だと言っても、蹴散らすのは無理がある。


スピードなら負けないとは思うが、ローカは男の体で塞がれているのも同然。すり抜けるのは難しいだろう。


簡単にここを突破できそうにない。だが、ここで長くバトルはできない。


蹴散らしたヴァンパイアや感染者も集まって来た。


きっと獅子尾は、とっくに月子のいる部屋にいるだろう、あの人の事だ、うまく中へ入り込み、余裕綽々とばかりに、なんだかんだ辿り着いている。


だが、問題はそこからなんだ。


弾丸は一発しかない。


月子を仕留めるには、月子の動きを完全に封じなければならない。


ヴァンパイアの動きを封じ込めるのができるのは、人狼しかいない。


早過ぎるかと思いながらも、シンバは助っ人を呼ぶ事にした。


ヴァンパイアに囲まれながら、野次を飛ばされながら、威嚇されながら、今にも攻撃されそうな中で、シンバは遠吠えをする。


その遠吠えは庭で戦っているガーゴイルにも聴こえ、思わず、戦っている手を止めてしまう。


既に人狼としての体になっているガーゴイル。


筋肉で大きくなった腕と大きな手で、ヴァンパイアの頭を持ち上げて、狼の顔の大きな口で、嚙み切ったヴァンパイアの腕を咥え、爛々と光る瞳で、ガーゴイルは、今、光を見た。


誰かがシンバの遠吠えに応え、シンバの所へ向かった一筋の光。


速過ぎて姿形は見えなかったが、光は通った瞬間に、ガーゴイルの周囲にいた連中をも攻撃して行った。


一瞬にして、ガーゴイルの周りの連中が倒れる。


まるでスノウだと、ガーゴイルは思うが、その通りだ、シンバが呼んだのは、あの白い少年、スノウ。


今、スノウは、シンバの前に立った。瞬間、周囲にいる全員が倒れた。


目にも見えない攻撃だったのだろう、ヴァンパイアも感染者も体中、狼の爪や牙で裂かれた傷から血が吹き出す。


「いつ呼んでくれるのかと、待ち草臥れてた」


と、スノウはいい笑顔でシンバを見る。プロレスラー目の前に、その表情。逆にプロレスラーの男が焦る表情になる。


狼のシンバは、言葉が喋れないものの、人狼同士のテレパシーのようなもので言葉が感じれる筈だと、


『僕は獅子尾さんを探す。スノウ、キミはコイツを倒して。殺さずで、叩き潰すだけ。できる? 多分この人は有名人だから殺したら後始末が面倒になるから』


心の中で、そう話しみる。


「オッケー。任せて。数分もかからない」


と、笑顔で答えるスノウ。


今、シンバがプロレスラーの男の真横を通り抜けようとして、男は行かせるかと、手を伸ばすが、その手をスノウが掴んだ。


「オジサンの相手はぼく」


掴まれた手を振り解こうとしても、振り解けない。感染者ならば、人よりも強い力が出せる筈。


元々プロレスラーとして強いのだから、更に強くなれる筈。


鍛えられた肉体は、本家本元のヴァンパイアよりも強い力かもしれない。


本気を出す時かと、男は捕まれた腕に力を入れ、その腕に、筋肉がメキメキメキっと盛り上がって行く。


「ぼくも本気出そうかな、受け継いだチカラ使ってみたかったんだよね」


と、スノウは、弾んだ声でそう言って、楽しそう。


ここは任せて大丈夫だと確信したシンバは、男の横を通り抜けて、屋敷の中、走り回り、獅子尾を探す。


――獅子尾さん!!


――獅子尾さん!!


――獅子尾さん!!


――どこだ!? どこにいるんだ!? 獅子尾さん!!


パーティーはこれからだとばかりにリビングルームではしゃぐ連中も、シンバを目にすると、豹変して、牙や爪を出して襲って来る。


それを避けながら、シンバは部屋中走り抜け、二階へと駆け上り、そして、階段横の部屋へ入り、そこが輝夜 満月の部屋だと確信する。


ブルーを基調にした部屋。


洋画のポスター。


ズラッと本棚に並ぶ少年漫画。


机の上のノートパソコン。


ベッドの上に脱ぎ捨てられているパジャマ。


壁に立て掛けられているギター。


フルムーンを模られたスタンド。


ふと、満月の顔が浮かび、彼から母親を奪っていいのかという気持ちになってしまう。


その気持ちで気付く、もう月子は自分の家族ではないんだと言う事を――。


所詮は、飼い主と飼い犬かとさえ、思ってしまう。


シンバは、その部屋を出て、別の部屋へと、また別の部屋へと、バルコニーにも出て、獅子尾を探す。


――月子さんを探す旅は長かった。


――長すぎて、獅子尾さんの気持ちばかり寄り添って、月子さんの事を考えてはいなかった。


――自分の、獅子尾さんの気持ちばかり優先してた。


――きっと月子さんが戻れば、獅子尾さんは喜ぶと思った。


――それを月子さんも望んでると思った。


――違うかもしれないのにね。


――でも、今も、そう望んでいる。


――月子さんは、獅子尾さんだけを愛していると。


――それは獅子尾さんの望みだから。


――月子さん、アナタは、どうなんでしょうか?


――何故、こうまでして、感染者を増やし、この街に拘ってるんでしょうか?


――ヴァンパイアなのに、どうして?


――それは獅子尾さんと過ごした時間が、この街にあるからじゃないんでしょうか?


――やっぱりそう思うのは、僕がそうであってほしいと望んでいるからでしょうか?


「獅子尾さん!!」


目の前の獅子尾に、そう叫んだが、シンバの声は、狼の声。バウッと、犬のように吠えた声にしかならない。


だが、銃を構えた獅子尾は振り向いて、


「シンバ……」


そう言った。


獅子尾の服は、あちこちが破れていて、片目は額から流れる血で閉じていて、バトルしていました感が凄いにも関わらず、少し離れた場所にいる月子は美しいままだ。


シンバは、そんな月子に目を丸くする。


真っ白な美しい髪をサラリと下に落とし、無地の白いワンピース、そして優しく微笑む月子は、まるで、あの頃のままの月子だからだ。


真っ黒だった髪を白く染めたのだろう、月子は、


「ハッピーハロウィン」


と、この仮装とても似合うでしょ?と、ばかりに、スカートを翻した。


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