17.不利な戦いになっても
獅子尾が事務所に戻ると、狼の姿のシンバが、尊に抱き付かれていて、酷く仏頂面をしているから、獅子尾は苦笑いで、
「ただいま。みんな、もう夕飯は食べたのかな? ピザの残りある?」
と、聞いてみる。今、トイレから出て来た輝夜 満月。
「あぁ、満月くん。そろそろ帰らないとね? 送ろうか?」
獅子尾がそう言うと、輝夜は、首を振り、
「いえ、大丈夫です、一人で帰れます。それにしても本当に大きな犬でビックリした。それに凄く賢い! これはなんと言う犬種ですか?」
と、聞いてきて、言葉を詰まらせる獅子尾。ガーゴイルが笑いながら、
「雑種だろ」
そう言うから、シンバが不機嫌に睨み付ける。
「そういえば、シンバくんは?」
輝夜がそう言うと、尊も、翔も、ガーゴイルも、そして獅子尾も、輝夜を見た。
「獅子尾さんの息子なんだよね? どうしてここにいないのかなって思って」
獅子尾は、
「うちの息子、見た目が異質だからね、気になるのかな?」
そう尋ねると、とんでもないと輝夜は、
「確かに見た目にインパクトのある子だったけど、異質とか言うんじゃなくて、只、母さんが、シンバくんの事を聞いて来たから」
と、苦笑いで言う。
「月子さん、シンバをなんて?」
獅子尾がそう尋ねると、
「とっても綺麗な子ねって。ふわふわの白い髪の毛が可愛くて、頭を撫でたくなるわって。だからそんな事やめてよって言っといた。うちの母さん、見境ないとこあるから、突然、シンバくんに撫でに行っちゃいそうで。シンバくんが嫌がるよね」
輝夜がそう言って、アハハと、笑うが、尊以外、笑えなくて、当の本人のシンバは、胸の辺りが苦しくなるのを感じていた。
「でも、母さん、相当、シンバくんの事、気に入っちゃったみたいだったから、今度、会ったら、うちに連れて来るよって言ったんだ。そしたら、母さん、その時は、夕飯を張り切って作るわって」
そう言った輝夜に、獅子尾は、
「そうか、そりゃいいな。その時は俺も一緒に行こうかな」
そう言い出し、輝夜は、
「是非!」
と、笑顔で答えた。
「オジサン」
突然、尊が、そう呼ぶが、獅子尾は周りを見回す。翔が、
「あ、コイツ、おれの弟で尊です。シンバくんとは同級生で……その……スイマセン、オジサンって言うのは獅子尾さんの事です」
と、すまなそうな顔で言うから、獅子尾は、いやいやいやと、俺の事じゃないよと、尊を見るが、尊は獅子尾を見てるから、俺の事なの!?と、驚愕。
「オジサン。それで獅子尾は……シンバくんはどこにいるの? オレもさ、シンバくんに話があるんだよね」
シンバの背中に乗るように、ガッシリとシンバを抱き締めながら言う尊に、獅子尾は、シンバを見るが、シンバはムッとした顏で獅子尾を見てるだけ。
「えぇっと、シンバくんはね、今、家にいると思うよ。ここはオジサンの仕事場なんだ、そしてできれば、自分でオジサンと自分を呼びたくないので、オニィサンと敬意を込めて呼んでくれると、オニィサンは心から喜びます」
獅子尾の、その台詞に、翔も輝夜もガーゴイルも、苦笑い。だが、尊はフーンと頷いて、
「じゃぁ、オジサンに伝言していい?」
と、オニィサンと呼んでと言う話は全く聞いてなかったようだ。
「うん、オニィサンに伝言してくれていいよ? 何かな?」
「ハロウィンに、一緒に首吊りの木の幽霊屋敷に行くんだけど、シンバくんが何の仮装するか知ってますか?」
「いや?」
と、チラッとシンバを見て、獅子尾は首を振り、
「オニィサンは何も聞いてないなぁ」
と、尊を見る。
「オレ、ヴァンパイアの格好しようと思ってて、シンバくんもヴァンパイアなのかなぁって。クラスの女子からヴァンパイアの格好似合うって言われてたし」
尊がそう言うと、そうなの?と、獅子尾はシンバを見るが、シンバは不貞腐れた表情のまま。
「でね、オレもシンバくんの方が似合うと思うから、オレと一緒にヴァンパイアやっちゃうと、オレが……なんていうか……その……あんまり似合ってなくてカッコ悪くなっちゃうから……シンバくんは違う仮装してくれるといいなぁって思って。だから、もし、まだシンバくんが何の仮装するのか決めてないなら、ヴァンパイア以外のでお願いって言っといてくれませんか?」
成る程と、獅子尾は、
「わかった、オニィサン、ちゃんと伝えとくね」
と、ニッコリ笑いながら言うと、尊も笑顔で、
「ありがとう、オジサン!」
そう言うから、獅子尾は、怖い笑顔で、
「頑固なの?」
と、尊を指差しながら、翔を見る。翔は、
「スイマセン」
と、苦笑い。
「日本もハロウィンとかするんだな」
ガーゴイルがそう言うと、
「ガーちゃんも一緒にやる?」
と、尊が言うから、
「その呼び方は本当にやめてくれ」
と、ガーゴイルは尊を睨みながら言う。
「あ、獅子尾さん、ピザはみんなで食べちゃいました。ワタル……にもあげちゃいましたけど」
翔がそう言うと、獅子尾は頷いて、皆を見ると、
「じゃぁ、そろそろみんな帰った方がいいな。ガーゴイルくん、悪いけど、俺の夕飯をコンビニで買って来て。ガッツリ系の肉の弁当がいいな。オニィサン、若いから」
そう言って、笑いながら、ガーゴイルに、1000円札を渡す。
「オジサン」
「何かな、尊くん」
「シンバくんの夕飯は?」
「え?」
「オジサンの分しか買わないの?」
「あぁ、そうか、いや、シンバくんは家で食べてるから。オニィサンはまだ仕事があるから、家に帰れないからね、ここで食べるんだよ」
そう言った獅子尾にフーンと頷き、シンバの背から降りると、今度は真横からシンバを抱き締めて、
「獅子尾はいいなぁ……ワタルと一緒にいられるんだもんな……でもビックリしたよ。まさかワタルが獅子尾の犬だったなんて」
と、尊は、いい子いい子と、シンバを撫でる。
「もしかして、お前、オレを助けに学校に来たのって、オレじゃなく、獅子尾を助けに来たのか?」
そんな事を言う尊に、シンバは、チラッと見て、少し首を傾げる。尊は、
「ま、いっか」
と、シンバの頭を撫でて、
「また来るな、ワタル! オレ、シンバと仲良くするから、そしたら、お前もオレともっと仲良くなれるよな?」
なんて笑顔で言われ、シンバは複雑な表情で、部屋を出て行く皆を見送る。バイバイと何度も振り向いて、部屋を出て行くのを惜しむ尊に、翔が、引っ張って連れて行く。
獅子尾と二人きりになると、シンバは、人の姿になり、服を着ながら、
「なんで僕がこんな事しなきゃならないんですか」
と、ぼやく。
「だって翔くんからのお願いだよ? 尊くんがシンバくんをワタルと呼んで、可愛がっていて、とても会いたがっているなんて言うんだよ? 叶えてあげたくなるでしょ?」
「だからって、どうして輝夜くんまで来たんですか?」
ジロリと、獅子尾を睨みながら言うシンバに、獅子尾は苦笑いしながら、
「月子さんに会って来た」
なんて言うから、ハァ!?と、シンバは、獅子尾を怖い顔で見る。
「いやぁ、なんていうか、宣戦布告するつもりが、されちゃったよ」
と、笑っている獅子尾に、シンバは真顔になって、少し悲しそうな顔になる。
「いやいや、久し振りに会った月子さんは変わらないね。確かにカラーは違うけど、あの頃のままで、俺がオッサンになってんのがツライなぁ。だって、満月くんと一緒にいるトコなんか、親子じゃないよ、アレ。カップル? 恋人同士みたいな? あぁ、でも今、そういう親子多いよね? いやぁ、俺なんかオジサンって言われちゃう訳だ。だって、あれから何年経ってんだよってね」
「獅子尾さん……無理に笑わなくてもいいんですよ……」
「え? 何が? 無理に笑ってないよ、自分が本当におかしくてさ」
と、笑う獅子尾。更に、
「しかも俺は月子さんにとって、利用されただけでさ、月子さんには別に本当に好きな奴がいたんだとさ」
と、衝撃発言。それにはシンバも驚いて、少し目を見開いた。
「月子さんがヴァンパイアだと、証明されただけでも、ダメージ大なのになぁ、再起不能にしてくるから、マジで。更に殺すと宣戦布告されちゃって、俺、どうしたらいいかなぁ?」
と、笑い続ける獅子尾。
「どうするも、何も……そのまま受け止めたらいいんじゃないでしょうか……」
シンバはそう言うと、獅子尾の笑い声は消え、獅子尾はシンバを見た。シンバも獅子尾を見て、
「受けて立ちましょうよ……言ってやればいい。あれから何年経っても忘れた事がないって。利用されたとわかっても、他に目もくれず、月子さんが好きだって。愛した女に殺すと言われたら、自分に笑えるくらい、殺したいと思ったって」
そう言った。
参ったなと、獅子尾は頭を掻く。
「僕は知ってますから。月子さんがいなくなってからの獅子尾さんの事。そして、僕が知ってる月子さんは、今の月子さんじゃない。綺麗で、優しくて、獅子尾さんの事が大好きな月子さんです。獅子尾さんを利用してたなんて、他に好きな人がいたなんて、そんなの月子さんじゃない。僕の知らない人だ。これで心置きなく、月子さんを……輝夜 月子を倒せそうです」
シンバが、そんな事を言うから、獅子尾は、余計悲しくなってしまう。シンバが月子を倒すなど、獅子尾は想像もしたくない。だから、自分がなんとかしなければと、月子を倒すのは自分しかいないんだと思う。
そして、それを月子も望んでいるだろうと獅子尾は思う。
とりあえず、今は、笑っておこう。
「あ、そうだ、尊くんがね、ハロウィンの仮装、ヴァンパイアの格好はやめてくれってさ」
「聞いてましたよ」
「それでシンバくんは何の仮装するの?」
「知りませんよ」
「そのままって訳にいかないでしょ」
「このままでいいですよ」
「でもシンバくんのヴァンパイア、見てみたいなぁ」
「やめて下さいよ」
「似合うと思うけどなぁ」
似合ってたまるかと、シンバが獅子尾を睨んだ時、
「なぁ、レイが来てるけど」
と、ガーゴイルが戻って来て、コンビニの袋を獅子尾に渡しながら、そう言った。
獅子尾は袋を受け取り、中から弁当を取り出して、ロースかつ重……と、口の中で呟いた。
「レイって……レイヴンさんですか? 来てるって?」
シンバが問うと、
「下に来てて、あがって来いよって言ったんだけど、シンバ呼んで来てって言われてさぁ」
そうなんだと、シンバは、一人、事務所の部屋を出た。
下に降りると、レイヴンが立っていて、駆け寄ると、
「ちょっと調べたんだけど、この街から隣町まで、感染者の数が異常に多い。態と感染者を増やしてるとしか思えない」
と、突然、普通に本題を話し出すレイヴン。
「それも若い男女ね。十代後半から二十代前半の」
「……そうですか」
「一気に全員を倒すのは無理よね、アンタ達の組織のチカラでも揉み消す事は不可能でしょ。一気に人がいなくなったら、大事件になるんじゃない? 警察でも介入しきれない事をやるのに、公に事件にはできないし。流石に、人間共の事なんて知った事じゃないって言う私も、人間達に正体を公にして、魔女狩りみたいな制度に、世がなられるのも厄介だから手出しできないわ」
「……」
「なぁに?」
「なんでかなって。僕達に協力してくれるんですか? 子供を襲ったと言う大きな犬はレイヴンさんじゃないと証明されましたよね。もう僕達に付き合う必要はない。なのにどうして?」
「仲間から抜けるには、大事な情報を渡さなければならない。ルールよ」
「そうなんですか。でも僕達は仲間じゃない。寧ろ……」
「敵? そうね、私はスノウに復讐したい。でもシンバとスノウは同じでも違うでしょ。だから、シンバには、まぁ、悪い事したとも思ってるから……怪我させちゃったしね」
「それはお互い様です」
「そうね。でも、教えておいてあげようと思ったのは、次に会う時、私はあなた達の敵になると思うから」
「……」
「ヴァンパイアが見つかったなら、私はヴァンパイアに血を吸ってもらって、ヴァンパイアウィルスをもらうわ」
「自ら感染者になるんですか?」
「えぇ。感染者がヴァンパイアと違うのは、感染させたヴァンパイアに支配されていると言う事と、死んだら灰になるって事。それ以外は、ヴァンパイアとそう変わらない。人狼のチカラはそのままで、強く、ヴァンパイアのように不老不死で、生き続ける、最強の生き物となる。そうなれば、私は私のチカラを誰にも渡さずに済むわ。そもそもチカラを継がせるなんて、勿体ないって思わない?」
「でも、それでヴァンパイアに支配されたら意味はないですよね? 感染者は感染させられたヴァンパイアに支配されるんでしょう?」
「支配……されないわ。だって、私は人間じゃない。支配されるのは人間だけよ」
「事例はあるんですか?」
「事例なんてないわ。あったとしても知らない。でも私は支配なんてされない」
「そうですか……」
「だから教えてあげる。次に会った時、私達は敵同士、そして、あなた達の敵となるヴァンパイアは感染者を無理に増やしている。きっと戦いになれば多くの感染者が、あなた達に襲い掛かるわ。それだけじゃない……」
「他に何が?」
「多くの感染者がいる事で、ヴァンパイアも集まって来ているみたい」
「……」
「こうなったら、全く死人が出ないようになんて考えは捨てる事ね」
「輝夜 月子は何がしたいんだろう……目的がなんなのかサッパリわからない。昔は月子さんの気持ちは手に取るようにわかってたつもりだったのにな……」
そう言ったシンバに、レイヴンは、
「女の気持ちなんて、そう簡単にわかってたまるもんですか」
そう言うと、背を向けて行ってしまう。その背に、呼び止める事もできず、シンバは、只々、その場に立ち尽くして、見送った。
そして、やらなきゃいけない事があると、シンバは事務所には戻らなかった。
戻ったのは、明け方で、ソファーで、獅子尾もガーゴイルもグッスリ眠っていた。
シンバは、お腹を出しているガーゴイルに膝掛けをソッと掛け、獅子尾にも何か掛けようとした時、獅子尾の手に持たれている本が目に入る。
獅子尾の手をソッとどかして、その本を見る。
古い冊子のようだ。
中を開いて見たが、ミミズのような文字がイッパイで、サッパリわからない。
「うん? あぁ、シンバくん、どこ行ってたの?」
と、獅子尾は寝ぼけた声で、そう言うと、起き上がり、目を擦る。
「まだ早いですから、もう少し寝ててもいいですよ」
そう言ったシンバに、獅子尾は少し笑って、
「キミこそ寝てないでしょ」
と、
「どこ行ってたの?」
そう聞いた。獅子尾とシンバの話声で、ガーゴイルも起き上がり、手を上にあげて伸びをして、クワッと大きな口を開いて、あくびしながら、
「レイは?」
そう聞いた。
「レイヴンさんは、僕に情報をくれた後、どこかへ行ってしまいました」
「情報?」
二人揃って、そう言って、シンバを見る。
「レイヴンさんは、僕達より鼻が利くようですね。僕は感染者と人を見分けられないし、感染者と見破るには、その人の行動を数日に渡って監視しなければならない。獅子尾さんと組んで、獅子尾さんが感染者だと確信してからも、本当に感染者かどうか、僕も、ちゃんと確信持ってから、接触する。でもレイヴンさんは、そうじゃないみたいです。この街に多くの感染者がいると言ってましたから」
「レイは群れのリーダーだからな。俺達、人間と契約している人狼より、野生化してるよ。つまり俺達より五感は優れている」
だとしたら、あの白い少年もそうなんだろうなと、シンバは思う。
「それより、多くの感染者がいるって? そう言ったのか?」
獅子尾がそう聞き返すので、シンバは頷いて、
「ヴァンパイアも、感染者が多くいるせいか、引き寄せられるように集まってきているようです」
と、レイヴンが言っていた事を伝える。獅子尾は、
「そうか、感染者が多いとヴァンパイアは集まってくる……隠れてたヴァンパイアも出てくるんだ……」
と、考えながら、そう言った。
「隠れてたヴァンパイアってなんですか?」
シンバが問う。
「月子さんが言ってたんだ、ヴァンパイアの繁殖期は血を吸えなくなる、その時は隠れて、繁殖期が過ぎるのを待つって。だが、髪の白いヴァンパイアの死体が多く出て、連続殺人と言われてるだろ? あんな白いヴァンパイア見た事ないと、白い人狼の少年が言ってたじゃないか。日本でしか見た事ないって!」
「言ってましたね」
「感染者が多くうろつくから、ヴァンパイアは縄張り争いに集まってくる。そうなると、隠れてたヴァンパイアも出てきてしまって、白い人狼の少年にやられて死体となってるんだよ。ヴァンパイアは感染者と違って灰にならないからなぁ」
「なんで感染者は灰になるんでしょう?」
今更の疑問だろうか、そのシンバの質問には、ガーゴイルが答えた。
「人間だからだろ。ヴァンパイアは見た目は人間に見えるが、人間じゃない。そのヴァンパイアのチカラをウィルスとして受け取っても、人間の体には負担が大きすぎる。だから、そのチカラを解き放ったら、それこそ体は解放されて灰になるんだよ。説としては、もう1つある。感染させられたヴァンパイアと見えない繋がりがあり、ヴァンパイアの支配下となっているから、感染者がやられた時には、繋がりを断ち切るよう、完全に痕跡を消えるようにする為に灰になる……とかな」
ガーゴイルの、その話に、シンバは成る程と頷くと、
「それにしても厄介だな」
と、獅子尾が、囁くから、
「レイヴンさんは、全く死人が出ないようになんて考えは捨てる事だと言っていました」
と、シンバが言うと、そうだろうなと、獅子尾は頷く。
「だが、いつ仕掛けて来る気だろう? ヴァンパイアの方も、人間達に存在をバラされたくはない筈だ。多くの感染者やヴァンパイアが、この街だけに集まれば、普通の人間達の目に付くだろう。そもそも人間を襲うヴァンパイアなんて存在が公に知れたら、普通に人も戦いに参加して来る。国々は軍を出して来るだろう。ヴァンパイア達は、今ある秘密組織にさえ、手を出して来ないくらいだ、ヴァンパイアが目立つ行動をとるとは思えないんだがな……化け物と言われる輩が一番恐れる相手が人間だからな……」
と、考えながら、そう言った後、
「人間が一番怖いからねぇ……人狼に呪いをかけたり、ヴァンパイアを生け捕ったり……人間こそが本当の化け物だよ……」
と、獅子尾は、苦笑いしながら、頭をボリボリ掻いて立ち上がり、洗面所へ行く。
「それで、お前はレイとずっと一緒にいたのか? レイはなんで俺達にそんな事をいちいち言いに来たんだ? 俺達と一緒に戦ってくれるのか?」
と、ガーゴイルがシンバを見る。シンバは、獅子尾が寝ていたソファーに座り、
「レイヴンさんは僕達の敵になるかもしれないから、律儀に最後の恩を返すが如く、情報をくれたんです。恩も何もないんですけどね、少しでも共に行動をとったら、レイヴンさんにとって仲間と言う事だったのでしょう」
そう言った。
「あー……あれか、ヴァンパイアウィルスに感染する気か?」
ガーゴイルがそう言って、そりゃヤベーなって、口の中で言う。
「大丈夫だと思います」
「え?」
「レイヴンさん、そう言ってましたけど、きっと感染しないと思います。思い直すんじゃないでしょうか」
「なんでそう思うの?」
「レイヴンさんは、プライドが高いですし、人狼としての生き様も男前ですから」
「あぁ、まぁ、リーダーやるくらいだしね」
「はい。だから、仲間を大事にする人です。僕達に復讐心があるとしても、人狼が負けるなんて、そんな事は望んでないと思います。僕達と1対1でやり合うなら、喜んでやるでしょうが、今、ヴァンパイアとの戦いに負けそうな人狼を放っておいて、ヴァンパイアと手を組んで、僕達を潰しには来ない筈です」
「じゃぁ、なんで、いちいちお前にそんな事を言いに来たんだよ」
「言い訳ですよ。情報を教える為の。つまり僕達に味方してくれてるんです。でもそうは言えないんです、彼女の性格上――」
「メンドクサッ!! 面倒な性格してんなー! ホントに」
そう言ったガーゴイルに、笑いながら、そうですねと、シンバは頷く。
「それで、お前はレイと会った後、直ぐに戻って来ず、今迄、どこへ行ってた訳?」
「スノウに会って来てました」
「スノウ?」
「あ、そう名付けたんです、白い人狼の少年の事を!」
「ややこしいだろ! 違う名前にしろよ!」
「でもスノウと言う名前が欲しいと言われたので」
「で? あの少年、どこにいるの? 居場所知ってるのか?」
「いえ、僕を常に監視してるみたいでしたから、人気のない場所で、ずっと立ち尽くして、向こうから来てくれるのを待ってました」
「気が長いね、シンバくんは。スノウだったら有り得ない」
そう言ったガーゴイルに、記憶って、性格も作るもんなのかなぁと、シンバは思う。
「で? アイツになんで会った訳?」
能力を全て渡して来たと言おうとしたが、心配させてしまうかと、無言になる。
「どうした?」
ガーゴイルがなんで黙ってるんだと不思議そうに、シンバを見る。
そこへ、タオルで顔を拭きながら、獅子尾が出て来た。髭を剃ったのだろう、唇の上がカミソリで少し切れたのか、血が出ている。
「あ、獅子尾さん、昨日は、月子さんと会っただけじゃなく、夕里さんの所にも行ったんですか?」
シンバが、話を逸らすいいキッカケだと、獅子尾に、そう尋ね、獅子尾は、なんで?と、シンバを見る。
「夕里さんの家って、大きなお屋敷で、いつもなら、お屋敷をグルッと回る、あの道はゴミ1つなく、綺麗に掃除されてるんですよ。弓道のお弟子さんが掃いてるのを何度か見かけた事があります。でも、今は、落ち葉やらゴミやらが落ちてて、犬の騒動で大変なのかなぁって……」
そこまで話すと、
「様子を見に行ったのか?」
獅子尾がそう聞くから、シンバは、いえと首を振り、
「通っただけです。花のニオイもありませんでした。直ぐに片付けたんでしょうね、通っただけなので、わかりませんが、犬達も大人しくなったと思います。只、僕が気になったのは、獅子尾さんのニオイがしたんです。ふわっと香っただけなんですけど、あの道を通ったんじゃないですか? 多分、犬の事で、皆、あの道を通らず、遠回りしてるんだと思います、だから獅子尾さんだけのニオイが残ってた……」
そう言って、違いますか?と、獅子尾を見るから、獅子尾は、
「行ったのは午前中なんだが、そんなにニオうか? 月子さんに会う前にシャワーは浴びたんだけど、そろそろちゃんと風呂に入った方がいいかなぁ?」
と、獅子尾は自分の体のニオイを知る為、腕を鼻に近付けてクンクン嗅ぐ。
「獅子尾さんは様子を見に行ったんですか?」
「いや、違う。俺は夕里さんに会いに行った。シンバくんが持っている、その冊子を借りにね」
獅子尾はそう言って、シンバの手に持たれた冊子を指差すと、シンバは冊子を見る。
「ほら、覚えてる? シンバくんの同級生の女の子、つむぎちゃんが言ってたろ? 『満月に弓を引く人、祈る夜に紡ぐ』って、名前の由来。夕里さんちにある伝書からとったって話だった」
「覚えてます」
「つむぎちゃんのお父さんから、伝書というか、この冊子の事だろうって、貸してもらってね。でも達筆過ぎて読めやしない。その冊子は返して来るつもりだ」
「そうだったんですか」
と、シンバが頷くと、獅子尾は、ズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出した。それは狼の牙のネックレスだ。
「どうしたんですか、それ?」
「つむぎちゃんのお守りだそうだ。祖父から譲り受けたとか言ってたかな」
「狼にしては凄い大きな牙ですね、人狼の牙だとしても、大きすぎませんか?」
「あぁ、これは、狼の牙を溶かし、更に大きな牙の型に作り上げたモノらしい」
「そうなんですか?」
「つむぎちゃんのお父さんが言っていたんだが、その冊子に、狼の牙を、ある特殊な方法で溶かし、魔の者を倒す薬を混ぜ込み、大きな牙の型をした武器を作ったと言う記録があるらしいんだ。多分、それは、このペンダントの事だろうと、俺に託してくれた」
「……」
「託してくれたのは、つむぎちゃんだ」
「え?」
「大事なお爺ちゃんからもらったペンダントだから、大事な友達を救う為に使いたいってよ」
「……」
「お前の助けになるなら、使ってくれって」
「……」
「いい友達だな、シンバ」
「でも、つむぎさんとは、世間話をする程度なんですけど……それなのにそんな大事なモノを僕の為に使っていいんでしょうか……」
「ありがとうって伝えなきゃだな。世間話をする程度の人が、お前を想って、お前の為に大事なモン手放すんだ。せめて礼くらい、ちゃんと言わなきゃな」
「はい……」
「人間も悪くねぇだろ?」
そう言った獅子尾に、ガーゴイルは、少し呆れた笑いをして、
「人間の組織と手を組んでる人狼に言っても意味ない台詞だろ」
そう言った。そうだなと、獅子尾も少し笑い、
「よし、じゃぁ、後で一緒に行くか」
と、シンバを見る。
「夕里さんの所にですか?」
「あぁ、礼を言いに行こう。つむぎちゃんは、月子さんと知り合いだ、そして月子さんを好きだと言っていた。優しい人だと。それでも、シンバの為に、大事なお守りを譲ってくれたんだからな。お前が人狼だと知っても、変わらず接してくれている。それどころか、知り合いがヴァンパイアだと知ってショックも大きい筈なのに、どっちにも手を貸せないとは言わず、お前のチカラになってくれている。学校へ行って良かっただろ、少なくとも、お前の味方でいてくれる子がいたんだ」
「はい……」
「その冊子も返さねぇといけねぇしな。後、このペンダントの牙を、特殊な方法で溶かせるのなら、溶かしてもらって、別のカタチにしてもらおうと思ってな」
「別の?」
「髭剃りながら、思ったんだが、決戦は近いだろ」
「え?」
獅子尾は血が止まったかなと、タオルで、口元を拭いて見る。そして、
「多くのヴァンパイアや感染者がいて、血を流すシーンを見たとしても、然程、おかしな事はなく、悲鳴をあげる人がいたとしても、見てる側は、そんなものかと、通り過ぎて行くとしたら、それはハロウィンだ」
と――。
シンバもガーゴイルも、一瞬、フリーズする。
「仕掛けて来るとしたら、ハロウィンだよ。こっちから先に仕掛ける事はできない。多くの感染者がいるなら、多くの人間が人質にとられてるようなもんだ。更にこっちから動けば、他のヴァンパイアに刺激を与える事になる。それこそ組織の存在も危うくなるだろう。人々に勘付かれず、勘付かれたとしても少数で済む程度の、被害が小規模で済むように戦うなら、相手のテリトリーに入るしかない」
それは、勝ち目は薄いと言う事。
「俺は月子さんだけを狙う」
つまり、月子さえ倒せれば、それでいいと言う事。
「お前達は組織の為に戦って勝ってくれ」
だから、生き残れと言う事。
今から、組織に報告をした所で、他の人狼を集め、日本へ送ってもらえる事は難しい。
寧ろ、今の段階だと、時間もなさ過ぎて、日本という国を見捨てる方向へ動きそうだ。
この街に広がり過ぎた星月夜が、ハロウィンまでに、全部、焼かれて消える事はないだろう。
でも、逃げる選択はない。
「俺は月子さんを倒せれば、それで勝ちだから」
そう言った獅子尾に、シンバもガーゴイルも何も言葉が出て来ない。
それが勝ちとしても、獅子尾は人狼ではなく人間であり、ヴァンパイアの月子に勝てるとは思えない。
どの道、負ける勝負かと、ガーゴイルは思う。
シンバは、無表情で、何を考えているのか、わからないが、只、獅子尾を見つめている。
それでも戦うしか道はない。不利な戦いになっても!
獅子尾の中で、月子が微笑む。
『殺すか、殺されるか、そうなるでしょうね……』
そう言った月子が、何度も何度も繰り返し再生される。
『ならば、私は殺します。そろそろ全てを終わりにしましょう、追うのも追われるのも、解けない謎も、わかりきった答えも、報われない事に疲れて来たでしょう?』
あれ?と、獅子尾は、自分の中で繰り返し再生される月子に、ふと気付く。
報われない事ってなんだ?と――……。
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