16.夢に見た再会


大きな犬が子供を襲ったというニュースが流れてから、丸一日経とうとしていた。


犬は未だ発見されていないとニュースが流れ、小さな子供達は保護者の迎えの元、なるべく早く家に帰るようにと連絡網で流れている。


月子は鼻歌をうたいながら、土手を散歩している。


土手に咲き乱れる星月夜が、夕焼けにとても綺麗に広がる。


もう少し日が落ちれば、一斉に花が開くだろう。


この美しい幻想的な景色を、息子と歩きながら、見て、帰ろうと、優しく笑みを浮かべた時、向こうから、息子の姿が見えた。


手を上げようとして、月子の表情は、硬直した。


息子と一緒にいる男は、よく知っている男だからだ。


今、息子と、共に歩いて来た男は、月子の前で、立ち止まり、


「月子さん、久し振りだなぁ、全然変わってない。あの頃のままだ。本当に――」


そう言って、優しい笑みを見せる。だから月子も、優しい笑みを浮かべ、


「獅子尾さん、アナタもお元気そうで、何よりです」


そう言った。


「母さん、獅子尾さんと知り合いなんだってね? 獅子尾さん、俺のクラスメイトと知り合いで、学校へ来てさぁ、そしたら母さんの話が出て、母さんを知ってるって言うから。会いたいって言うから連れて来ちゃった」


無邪気な笑顔で満月がそう言うと、月子は、満月を見て、


「そう、でも、昨日の犬がまだ捕まってないみたいだから、早く帰らないと。心配だったから、ここまで迎えに来たのよ。さぁ、早く帰りましょ」


と、笑顔で言って、満月に手を伸ばそうとしたが、


「あぁ、あの犬ね、俺の知り合いの犬で、とっくに捕獲されてるから大丈夫ですよ」


なんて、笑顔で獅子尾に言われ、月子は、笑顔をフリーズさせる。


「獅子尾さん、探偵なんだって!」


そう言った満月に、


「そう」


と、笑顔で頷く月子。


「あぁ、そうだ、犬と言えば、満月くん、キミ、尊くんと仲良しの犬が見たいって言ってたんだって? 翔くんから聞いたよ」


獅子尾がそう言うと、月子は、誰?と、満月を見る。


「ほら、昨日、夕里パンの近くで会ったでしょ? 俺と一緒にいたクラスメイトが翔。その弟が尊。獅子尾さんは翔の知り合いだったんだよ」


満月がそう説明すると、


「そう」


と、笑顔で頷く月子。


「その犬ね、俺の犬でね、今日は翔くんが、尊くんを連れて、会いに来る予定なんだ」


獅子尾がそう言うと、


「あら、なら、獅子尾さんも早く帰った方がいいわね」


と、月子が言うが、獅子尾は首を振り、


「いやいや、翔くんにね、事務所の鍵を渡してあるから、勝手に犬と遊んでる筈だよ。どうだろう? 満月くんも今から会いに行ってみたら? 事務所でね、ピザのデリバリー頼んで食べるなんて言ってたから、間に合えば、ピザにありつけるよ」


なんて言い出し、月子の笑顔がまたフリーズする。


「ホント? いいの?」


「あぁ、いいよ、楽しんでおいでよ。その代わり、俺も、キミのお母さんをちょっと借りていいかな? 懐かしい話をしたくてさ」


「うん! 母さん、行って来ていい?」


「でも、満月、他所のおうちに行くのは、ご迷惑よ……もう夕飯の時間だし……」


「だからピザでも食べてくればいい。夕飯の時間だからね。あぁ、それとも月子さん、もう夕食の用意してあるのかな? でもそれは明日にまわして、今日は、子供達だけで楽しませてあげましょうよ」


と、笑顔で言う獅子尾に、月子の笑顔はスッと消えた。だが、獅子尾は、


「男の子はね、親から離れたい時ってのがあるんですよ」


と、更に月子の笑顔が消える発言をする。


「母さん、そんな遅くならないようにするから行って来ていいよね?」


と、満月はもう行く気満々で、月子に学校のカバンを渡そうと差し出している。それはカバンを持って帰ってくれと言う事だろう。


月子は小さな溜息を吐いて、


「本当に、遅くならないようにね」


と、カバンを受け取り、満月がヤッタァと声を上げるのと同時に、月子も、しょうがない子ねと、笑顔が戻る。だが、


「シンバだ」


獅子尾が、月子を見ながら、そう言うので、月子の笑顔は再びフリーズする。


「シンバって言うんだ、俺の犬。真っ白の大きな狼みたいな子だ。とても頭のいい子だから、直ぐに満月くんとも友達になれるよ」


と、獅子尾は、懐から名刺を差し出して、満月に渡した。


名刺には事務所の住所が書かれている。


「ビルの2階だ、俺の事務所は。ノックすれば、翔くんが出て来ると思うよ。もしくはガーゴイルくんかな」


「あの……でも尊くんからは、犬の名前、ワタルだって聞いてたんですけど……」


名刺を見て、満月は、獅子尾を見て、また名刺を見て、そう言うから、獅子尾は、態とらしく、頭を掻いて笑って、


「あぁ、そうそう、ごめんごめん、シンバじゃなく、ワタルだったな。シンバは俺の息子だ」


そう言うから、またも満月は、あれ?と、


「息子さん、シンバって名前なんですか? もしかして髪の色が白い?」


と、聞くから、獅子尾はそうだよと頷く。


「そうなんだ、野球した時にシンバくんもいたんだ、そっかぁ、あのシンバくんって獅子尾さんの息子さんなんだぁ、彼ってハーフなんですか?」


と、


「母さんも覚えてるでしょ、ほら、白い髪の少年で、母さんが――」


と、何か言おうとしたが、月子が、


「行くなら、早く行った方がいいんじゃない? ピザなくなっちゃうわよ。後からお腹空いたって帰って来ても何も用意しないんだから」


と、笑いながら言うから、満月は、獅子尾にペコリと頭を下げて、月子に手を振って、急いで事務所へ向けて走り出した。


月子は満月の駆けて行く背を、いつまでも見送る。


「いい子だね」


と、獅子尾も満月の駆けて行く後姿を見ながら囁く。そして、


「彼、イロイロとアクセサリー付けてるけど、あれはお守りなんだってね。月子さんが、お守りとして付けておいて欲しいと、お願いしたんだって? 規則の緩い学校で助かってるなんて言ってた。あのアクセサリー、ヴァンパイア除けのチカラが働いてるモノだよね。1つじゃ強いヴァンパイアには効き目も薄いから、ピアスだの、ネックレスだの、指輪だのしてるのかな? つまり、満月くんを傍に置いておいて、自分がヴァンパイアとして、彼を襲わないように? 美味しいモノを目の前に、自分の理性を保っておけるように、アクセサリーを付けさせたのかな?」


と、満月のアクセサリーについて、問いながらも、その答えはどうでもいいのか、


「それにしても絶景だな。月子さんと、こんな綺麗な景色を見れるなんて嬉しいよ」


と、獅子尾は土手に広がり咲き乱れる星月夜を眺めながら、そう言った。


月子は獅子尾を見る。すると、獅子尾も月子を見て、


「知らなかったよ、俺が住んでる反対側で、こんなに、この花があちこちで咲き乱れてるなんて。大変だったでしょう? これだけの花を植えるのは」


と、笑顔で言う。


「フフフ……バカね、獅子尾さん。植える訳ないでしょう? 種を撒いただけ……いいえ、投げ捨てたと言う方が正解かしら? それでもこの花は強いから、あっという間に成長して、増えて、広がるのよ」


「そうなんだ、でも折角こんなに綺麗に咲いているのに残念だなぁ……」


「何が?」


「この花、近々、全部、撤去されるんだよ。なんでもスズメバチが異様に好む花らしくてね。危ないから、取り除かれるみたいだ」


「あら、スズメバチなんて見た事ないわ」


「そう? 牙が出てて、人間を襲う奴だよ」


「あぁ……そのスズメバチ……」


どのスズメバチなのか、月子は、フフフと、笑って、頷いた。そして、


「昨日の今日で驚いたわ、近々、獅子尾さんが来るとは思っていたけど、まさか、今日とはね……シンバはなんて?」


と、自らが獅子尾とシンバの知っている月子であると隠す訳でもなく、そう聞いた。獅子尾は、月子を見ながら、相変わらず綺麗だなぁと思い、


「何も」


そう答えた。


「何も? そう。そうね、昨日の様子だと、特に何も感じてないようだったわ」


「そうかな? シンバくん、月子さんを見て、驚いたでしょう?」


「そうね、そうかもしれないわ、でも、あの頃の私とは違うでしょう……髪の色も違うから……」


「あぁ、そうだね」


「獅子尾さん、私に何か聞きたい事があって来たんでしょう? それとも宣戦布告に来たのかしら?」


「月子さん、アナタに会えたら、話したい事は沢山あったし、聞きたい事は山程あった。でもね、今、俺が聞きたい事はたった一つなんだ」


「あら……そうなの……? 何かしら……?」


「月子さん、どうして、俺と一緒にいた時、血を飲まなかったの?」


「え?」


「月子さん、真っ白だったよね? それはヴァンパイアが人の血を飲まずに過ごした姿らしいね? 最近ね、そのヴァンパイアが増えている。日本だけにみられる事みたいだけど、血を飲まずに真っ白になったヴァンパイアの死体が出て来てるんだ。あぁ、殺したのは勿論、人狼だ。それはわかっているんだが、血を飲まずに過ごすヴァンパイアが、こう何体も死体であがって来ると、なんで血を飲まないんだろうと疑問に思ってね。一体や二体なら兎も角、何体もだ。月子さんは、今、血を飲んでるみたいだね?」


そう言って、綺麗な黒髪だと、獅子尾は微笑んで、月子を見つめる。


「聞きたい事はそれなの?」


「あぁ」


頷く獅子尾に、月子は、唖然とした表情から、フフフフフと、笑い出し、アハハハハと、声を出して笑い出した。


「そんなにおかしい?」


「おかしいわ、だって、もっと私の事を深く追求して来るかと思ったら、ヴァンパイアの事を聞いて来るんですもの」


「月子さんの事は、もうわかったから」


「あら、そうなの? 何がわかったのかしら?」


「輝夜 満月。キミの息子さん。彼の本名は、鷹幕 充輝。名前、読みは同じ『みつき』だけど、漢字が違う。満月と書いてみつきと読ませるのが今の呼び方だ。そして苗字の方は、輝夜、月子さんの苗字に変わった。今、月子さんと満月くんが住んでる屋敷は、元々、鷹幕家のモノだった。鷹幕家は、充輝くんと言う男の子と、父の隆司さん、母の響子さんと、数名の使用人がいたが、響子さんは、充輝くんが小さい頃、事故で亡くなっている。だが、充輝くんに、亡くなった事を告げず、響子さんは仕事で海外に行かれていると言う風になっていた。小さな充輝くんに、母の死を理解させようとは思わなかったんだろうね。まぁ、それぞれの親の考えがあるから、そこは、深く調べてない。なので響子さんの死についても深く掘り下げる気はないよ」


と、まるで、事故ではなく、事件だったと言いた気な物言いの獅子尾。そして、話は更に続く。


「隆司さんは、充輝くんが中学生の頃に事故死。そんな時、母の響子が海外から帰って来た。響子さんは隆司さんの死を甚く悲しんだそうだよ。そして、私達一族は呪われているんだと言って、名前を変えた方がいいと――」


獅子尾は話しながら、月子の風で流れる黒い長い髪に見惚れている。本当に美しいと思いながら……。


でも話を止める事はない。


「充輝くんは、名前を鷹幕から、母の旧姓だと言う輝夜になる事に、特に反対はなかったようだね。父が亡くなったのなら、シングルマザーとなる母の戸籍に入っても、おかしくはない。だが、下の名前を変更するのは抵抗があった。だから、アナタにこう言ったんだってね、『呼び名はこのままがいい』と――」


「フフフ……それは満月がアナタにそう話したのかしら?」


「そうだね、満月くんから聞いたのもあるし、昔からの警察仲間に鷹幕家について調べてもらったのもあるし、当時の使用人からの話でもある」


「あら、昨日の今日で、使用人達にまで話を聞けたの?」


「あぁ、話を聞こうと、早朝に家に押しかけたら、嫌な顔されたよ。でも刑事の頃から慣れてるからね、人から嫌な顔されるのは。話を聞くまでは帰らない俺に、面倒そうに話してくれたよ」


「相変わらず……徹夜明けで仕事してるのね……」


「刑事の頃よりはラクさせてもらってるよ。なんせ、シンバくんは優秀な探偵助手だから」


そう言った獅子尾に、月子は、そうと、頷いた。そして、獅子尾はまた話出す。


「アナタは、響子から月子と名前を変えたと言って、充輝くんは充輝から満月という漢字に変えたと言い、鷹幕家に入り込んで、使用人達を全員解雇にした。勿論、旦那を失った為に、給料を出せないと言われれば、解雇も納得するしかない。皆、大人しく、あの屋敷から出て行ったそうだね」


そうねと、頷く月子。


「そこで、疑問に思ったのは、何故、充輝くんは死んでないのかと言う事。名前を満月に変え、月子さんの息子として、態々ヴァンパイア除けのアクセサリーまでさせて、共に生活している。彼に直接会ってみたら、とてもいい子で、普通の人間の子だったよ。どういう事だろう?って思ったんだけど……血を吸わないヴァンパイアと何か関係があるのかなって思った。だから、月子さんには、一つだけ答えてもらいたいんだよ、どうして血を飲まないでいたのかって事をね――」


獅子尾がそう言って、月子を見るが、月子は、フフフ……と、笑うだけ。


「血を吸わないヴァンパイアの死体でね、身元がハッキリわかったのが一体だけあったんだ。殆どのヴァンパイアの身元はわからない。ヴァンパイアは死人だ、この世に存在しない者だしね。だから身元がわかったヴァンパイアなんて不思議だよね?」


「そうね。というか、本当の身元じゃないんじゃないかしら?」


「そうだね、きっと、そうだ。月子さんのように、満月くんのような存在がいれば、家族が帰って来ない、家族がいなくなったと警察に届けを出して、見た目の特徴から、死体も調べられ、そして身元がハッキリするんだろうな」


「と言う事は、その死体は、家族がいたのね」


「そういう事になる。不思議だよね、月子さん。何故ヴァンパイアが家族をつくったんだろう?」


「フフフ……」


「笑ってないで、教えてくれないかな、月子さん」


「世界規模の組織に属していながら、ヴァンパイアの事、何も知らないのね」


「そりゃそうだよ、ヴァンパイアは死人だ。今現在の全てのテクノロジーを使っても謎なんだよ。何故心音がないのか、何故血液の流れない体で動けるのか、何故死んでいるのに生きているのか、何故動かない心臓を特殊なナイフで刺すと殺せるのか。生きたままのヴァンパイアを捉え、人体実験も行われている。でも何年も、何十年も、もしかしたら何千年もかな、どんなにヴァンパイアを知ろうとしても、何もわからない。理解できない。人間からしたら、本当に化け物としか思えない生き物だよ、ヴァンパイアは」


「獅子尾さんは、私をどうするつもり?」


「どうするって?」


「その人体実験とやらにでもするつもり?」


「まさか」


「なら、一思いに殺す?」


「……」


黙り込んだ獅子尾に、そうなのねと、フフフ…と、笑う月子。


優しく微笑む唇に、獅子尾は手を伸ばしたくなるのを、さっきから必死で堪えている。


愛した女が目の前で動いている。あの美しき、光輝いた、夢のような時間が戻って来たように。


「獅子尾さん」


月子が、呼んでいる。


「獅子尾さん?」


月子が、呼んでいる。


「獅子尾さん、聞いてますか?」


夢に見た再会なのに、夢じゃない現実が悲しい。


「獅子尾さん?」


「あぁ……ごめん、聞いているよ、月子さん」


獅子尾は、顔を俯かせ、月子から目を逸らし、そう答えた。


「どうせ殺すなら、別に何も聞く必要ないじゃないですか……何も知る必要ないでしょう……?」


「……」


「私が血を飲まなかった理由を聞いた所で、アナタは私を殺さなくなる? そんな訳ないわよね……アナタはどうせ私を殺すのよね……」


「……」


「どうして? 私に恨みがある? アナタの前から消えた私を許せない? だから殺すの?」


「そうじゃないよ、月子さん。只、本当の事を知りたいだけだ」


「本当の事?」


「月子さんは、いつから、鷹幕家に入り込もうと計画していたのかな? 俺に出会う前からだよね? そうじゃないと計算は合わない」


「えぇ、そうね……」


「俺と孤児院で出逢ったのは偶然? 必然?」


「偶然よ」


「でも孤児院を出る為に、俺を使ったのは計算?」


「そうね」


「血を飲まないでいたから、月子さんは弱っていた。その月子さんの助けとなる俺が必要だったってだけ?」


「そうね」


「俺は利用された訳だ」


「そうね」


「つまり、月子さんは血を飲まないでいたから、体が弱り、孤児院で体を休めようとしていた。もしかしたら、弱った体でも、直ぐに血を飲めるように子供が多くいる場所、でも辺鄙で、誰も訪れない場所がいいと考えた故の場所だったのかもしれない。子供なら、弱った体でも押さえつけれる、だから孤児院の空き室に入り込み、そこで休む事にした。でも俺に見つかってしまった。うん、やっぱりだ、やっぱり、わからないよ、どうして血を飲まなかったの? 体が弱る程、何故、血を飲まないでいたの? 俺が月子さんを連れて、孤児院を出た時も、月子さんは血を飲まなかったね。どうして?」


「そんなに知りたい?」


「あぁ」


「ヴァンパイアは繁殖期になると血を受け付けなくなるのよ」


「え? 繁殖期?」


「繁殖期は一年に一度来るわ。でも来ない事もできる」


「できる? できるって言い方は、自分でソレを選べるって事?」


「選べる……とは違うわ。私は、繁殖の時期が苦しいから、避けたいが為に、子供を育ててるの」


「え?」


「ヴァンパイアは、子供を育ててる間は繁殖期が訪れないの。誰に恋をしてもね」


「うん? ん? え? どういう事なのか、説明してもらえるかな? ちょっと言ってる事がよくわからない」


「ヴァンパイアは人間に恋をすると血を飲めなくなる。つまり人を襲えなくなるの。血が飲めないから、どんどん弱っていくわ、でも死ねない。永遠の苦しみよ。その時期は一日で終わる場合もあれば、100年も続く場合もあるの。よく言うじゃない? 100年の恋も冷めるなんて。そう、100年恋焦がれても、冷めてしまえば、繁殖期も終るの」


「……」


「ヴァンパイアに魅入られた者は、ヴァンパイアになれるのよ。ヴァンパイアと血のキスを交わし、永遠を誓い合う」


「つまり……白い人は誰かに片思い中って訳……?」


「えぇ、そうなるわね」


「両想いになれば……?」


「人はヴァンパイアになり、弱っていたヴァンパイアには力が戻るわ、永遠の誓いのキスで、血が飲めるから」


「そうなんだ……」


「繁殖期の間は、どこか隠れる場所を見つけるのよ、弱った体を休める場所。私は、あの孤児院だった。窓から入り、布団が置いてあったから、それに包まって、只、只、大人しく、自分の気持ちを静めていた。静かに、静かに過ごせば、きっと、この気持ちは鎮まる筈だと――」


あんまり聞きたくない話だなと、獅子尾は、俯いて頭を掻く。


「でも鎮まらなかった……だからアナタに連れ出してもらったの。あそこにいても、その内、見つかりそうだったから、出て行くアナタに、私も一緒に連れて行ってって、お願いしたの」


「成る程。月子さんは、俺と一緒にいながら、俺じゃない男に恋い焦がれてた訳だ。利用され過ぎだな、俺は」


そう言って笑いながら、もういいと、獅子尾は別の話を切り出そうとした時、


「獅子尾さんは、いつから私がヴァンパイアだと気付いてたの?」


月子から、別の話を出して来た。獅子尾は、うーん……と、考える仕草をしながら、


「いつからかな……ヴァンパイアかもしれないと思い始めて……でも違うと自分に言い聞かせて、ヴァンパイアじゃない証明を探してたよ」


と、月子に笑顔で答える。


「まぁ、ヴァンパイアじゃない証明?」


「月子さん、ヴァンパイアシックと言う病気を知っているかい?」


「ヴァンパイアシック? いいえ? ヴァンパイアは病気にはならないわ」


「そうだね。でも、ヴァンパイアシックは、ヴァンパイアがなる病じゃない。人間が生まれもった病なんだ。珍しい先天性疾患の1つだ。その病気で生まれると、心音がとまっていて、見た目も真っ白らしいんだ。でも輸血する事で、延命できるらしい。それでも直ぐに亡くなってしまうらしいよ。あ、でも成人まで生きたって人もいたとか言っていたかな……」


「そう、それがどうかしたの?」


「その病気を知った時、やっと証明できたと思った。月子さんはヴァンパイアではなく、その病だったんだと思った瞬間、逆だとわかった。そういう病があるなら、月子さんは、その病に近かった状態だ。でも、月子さんは輸血をしてなかった。そして、亡くなってもなかった。その状態で、延々と生きていられた。少なくとも、俺といる間は生きていた。それは、人じゃないって事なんだよなぁって……つまりさ、月子さんは、病気だと言って、寝ていたけど、病気じゃなかったんだ……ヴァンパイアだったんだ……」


「ヴァンパイアじゃない証明を探り当てたつもりが、ヴァンパイアだった証明を探り当ててしまったのね」


と、月子はフフフ…と、笑い、獅子尾さんらしいわねと、ニッコリ微笑む。


「月子さん、子育てしていれば、繁殖期にならずに済むんだよね?」


「ええ」


「今は満月くんを育てているから、繁殖期にはならない?」


「そうね。好きな人がいても、子供を育てている私には、繁殖期は無縁。子供優先の親だから」


「成る程。じゃぁ、満月くんの子育てが終わったらどうするの? 彼は高校生だ。直ぐに大人になる。親の手から離れる。その時、どうするの?」


「あら、面白い質問。それはヴァンパイアの私を生かしてくれるって事かしら?」


その質問には答えず、


「繁殖する気はなかったの?」


と、聞きたくはないが、聞いた獅子尾に、


「なかったわ」


と、直ぐに頷く月子。


「どうして? 月子さんなら、どんな男でも落とせそうだけど? 二人ヴァンパイアになって、永遠にずっと共に……とは思わなかったの?」


そう言った獅子尾に、月子はフフフ…と、笑いながら、土手に咲き乱れる星月夜を見つめ、


「もうすっかり暗くなってしまったわ。でも星月夜が白く光って見えて、綺麗ね」


と、囁く。だから獅子尾も星月夜を見渡し、そして、星月夜を見つめる月子を見て、なんて美しいんだろうと思う。


長い髪を耳にかけ、


「獅子尾さん」


と、呼ぶ月子に、ドキッとすると、


「お話できて楽しかったわ、でもサプライズは好きじゃないの、突然の出会いに戸惑って、喋り過ぎたわ。だから喉も乾いて来たし、そろそろ帰ります」


そう言うから、獅子尾は黙ったまま、月子を見つめる。月子は優しく微笑みながら、


「獅子尾さん、次に会う時は、私からかしら? それともアナタからかしら?」


と、


「殺すか、殺されるか、そうなるでしょうね……」


と、


「ならば、私は殺します。そろそろ全てを終わりにしましょう、追うのも追われるのも、解けない謎も、わかりきった答えも、報われない事に疲れて来たでしょう?」


と、


「獅子尾さん」


と、


「アナタの血の味を楽しみにしてるわ、感染者にはしない。餌として吸い尽くすわ、魂までも呑んであげる」


と、フフフ……と、笑みを零し、獅子尾の横を通り抜けた。


振り向くと、月子は華奢な背を向けたまま、振り向く事はなく、星月夜を眺めながら、去って行った――。


いつまでも獅子尾の耳に残る月子の微笑んだ時の声と、目に焼き付いて離れない月子の姿――。

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