15.好きだから
真剣な瞳の白い少年に、シンバは、何も言えない。と言うか、どうすればいいのか、サッパリわからないからだ。
「言っとくけど、コイツはスノウだけど、スノウじゃない。シンバだ。お前の言う最強の人狼スノウとは違う」
と、ガーゴイルが言うと、白い少年は、
「それは性格の問題。能力は同じな筈。使えないのは、能力を引き出す方法を思い出せないだけ。後、人肉も食べてないから、チカラを出せないのもあるかもしれないね」
なんて言うから、なにもかもお見通しなのか?と、何故か、レイヴンを見るガーゴイルに、私を見るなと、レイヴンはツンッとそっぽを向く。
「あの……獅子尾くんって、本当に人狼なの……? レイヴンさんと同じなの……?」
つむぎがそう言うと同時に、つむぎの兄、弓人が、
「あ! そうだ、うちに電話かけた方がいいよね? つむぎ、こんな時間まで、家に帰ってないってなると大事になってるだろうし、ハグレが見つかった事も話した方がいいよね?」
と、言いながら、携帯を取り出し、
「ヤバ! うちから電話かかって来てる! かけ直して来るよ」
そう言って、白い少年の横を、ちょっと途惑いながら、通り抜けて、部屋を出て行った。
「あ、お兄ちゃん! ちょっと待って、私も電話に変わって!」
そう言いながら、弓人を追うつむぎ。
束の間、シーンと、部屋が静かになる。
「その……ごめん……俺は人狼について、余り良くわかってないな。だから、その、聞いていいのか、わからないんだが、能力を継ぐって言うのは、どういう事なんだ? 人狼は普通に人狼同士で、子供を作ったりするよな? その子供が、親の能力を継ぐんじゃないのか?」
獅子尾の質問に答えたのはガーゴイル。
「オレ達が子供を作るのは、気に入った異性が現れたり、そういった感情になった時だと思うけど、特に親から能力をもらう事はない。人狼としての遺伝はあるが、能力は、能力をもらえる年齢になった時に、他の人狼から得る事ができる。例えば、オレは、風の能力を持っている。それは、その能力を持った人狼から得たものだ。能力そのものに大したチカラがなかったとしても、もらったモノを自分なりに大きくレベルアップさせる事はできる。オレは自分でレベルアップさせた」
成る程と、頷きながら、
「でも、どうやって継がせるのかな?」
と、獅子尾が再び質問する。
「あぁ、大した事ない。コイツに継がせるって決めたら、血の契約をすればいいんだ。お互い、手の平を噛んで血を出して、そして手を握り合わせる。混じった血が契約となって、能力が若い狼の方へと流れていく。そういう儀式をして、自分の能力を与える事ができる。オレの能力は、オレがレベルアップしたままの能力を渡す事になる。更に、能力は、別の者からも得る事ができる。何人もの能力を手に入れる事もできるんだ。既に能力を持っていても、新たに能力を加えさせる事ができるって訳。とは言っても、大きすぎる能力は、その体に合うチカラじゃないと使えない。大きな能力を持ってても、使えなければ意味がない。だから、いろんな奴から能力を得る事は、余りないな。大体、2人、3人くらいが限度だろ」
と、ガーゴイルが、そう説明をした後、白い少年を見て、
「スノウの能力を使える気でいるのか? コイツの能力は本当に最強だ。それをお前が使いこなせるとでも?」
そう聞いた。
「ぼくじゃなきゃ、他は無理だ」
白い少年は自信満々、もしくは、自信過剰に、挑戦的な口調で答える。
「なら、継がせていいんじゃない? 能力を継がせるって事は、お前自身を残すって事だ。悪くない申し出だと思う」
ガーゴイルがそう言うので、シンバは、そうかと頷き、
「でも、今直ぐに、僕の能力をキミに渡す事はできない。月子さんの事をちゃんとしてからなら……」
と、そう言った時、
「アナタがぼくに能力を渡すと決めた時でいい。ぼくはアナタに付いて行くだけ」
なんて言うから、シンバは、へ?と、白い少年を見る。
「後継者は自分の傍に置いとくんだ、自分の能力を引き継がせるって事は自分の半身を渡すようなもの。自分自身と言っても過言じゃない。だから最期まで傍に置いておく」
と、ガーゴイルが言うから、シンバは、うん?と、ガーゴイルを見て、
「一緒に生活するとか、そういう事!?」
と、尋ねる。すると、
「別に一緒に生活してくれなんて言わない、ぼくは野良でいい。でも、アナタがどこかへ行く時、アナタが何かする時、ぼくは傍にいる。それが疎ましいなら、ぼくは、気付かれないように、アナタを少し遠くから見ている。今迄と変わらない」
と、白い少年がそう言うから、シンバは、うーん……と、困った顔になる。
「その能力を継がせた後は、能力のない人狼になるのか?」
獅子尾がそう聞いて、ガーゴイルが、そうなるなと、頷くと、
「そうか、そしたらシンバくんはヴァンパイアどころか、感染者も倒せなくなるのかな……」
と、少し寂しそうに、獅子尾は、
「人狼の老後は、組織が用意した施設へ入る。まぁ、人間の老人ホームみたいなもんだ。でも、俺は、シンバくんを、老後も俺自身がみて行こうと思っている」
と、シンバを見て、
「お前が足腰弱くなっても、お前が白内障になっても、お前が痴呆症みたいになっても、俺は、お前を離さない。最期の時まで共にいたい。いいよな?」
なんて、真剣な顔で言うから、シンバは何も言えなくなる。そもそも組織の存在さえ、最近まで知らなかったシンバは、そういう老人ホームのような場所がある事も知らずだった。
老後だって、考えた事もなく、自分の能力を継がせるなんて全くの皆無であり、能力さえ、よく理解できていない。
「心配しなくても、アナタがヴァンパイアを倒せなくなった後は、アナタの能力を受け継いだぼくが倒していく」
そこを心配している訳ではないが、白い少年は、シンバの不安そうな表情に、そう言った。
「ちょっと……イロイロと考えさせて下さい……」
そう言ったシンバに、白い少年は頷くが、獅子尾は頷かない。それは最期の時まで共にいたいと言う願いを考えさせてはくれないと言う事。
考える必要なく、お前が頷けとばかりに獅子尾は、シンバを見ている。
シンバは、本当に困ったように、俯いた時、
「ハグレ!」
と、部屋につむぎが戻って来た。
「あぁ、良かった、大人しくしてたのね」
と、ハグレの頭を撫で、そして、大きなハグレの体を抱き締める。
「あぁ、そういえば、この犬が人狼だって言ってたな?」
獅子尾が白い少年に、そう聞くと、今度は部屋に戻って来た弓人が、
「今、父から電話で、確認をしました。うちの本当の苗字についてです。本家本元の苗字は望月となります」
そう言い出し、獅子尾は目を丸くして、弓人を見る。
「昔、子供の頃、一度だけ祖父に聞いた事があって、確か、望月という名を隠す為に夕里と言う名に変えたとか。だから望月という名前が獅子尾さんの口から出た時、もしかしてって思って、父に尋ねてみました」
「え? じゃぁ、キミ達一族は……人狼の血を使って毒を作ったと言う……?」
「深くは知りません。でも、つむぎなら聞いてるかもしれない。祖父はそういう話をよくしていた。そして、祖父はつむぎを可愛がっていたから」
弓人がそう言うと、つむぎは、皆を見て、
「余り覚えてないの、小さい頃に聞いた話だから。それに怖い話だったと思う。人狼と言われる犬と人の子の血を使い、毒を煎じて、毒の刃を作って、その刃を弓矢の矢先にするの。その矢先で貫かれた化け物は、死人であれ、この世から消えてなくなる……みたいな話だったと思う」
そう言った。
「毒の刃? それは矢先に薬を塗るのとは違うのか? 薬じゃなく、武器そのものなのか? 武器を作ったと言う事でいいのか? 武器だとしたら、その武器は作れるものなのか? キミ達一族が代々伝えてるとか、もしくは封印みたいな箱に保存してあるとか? そういう専属の武器職人みたいなのがいるとか? でも俺が見た本には、ある特殊な犬の血は死人を殺す毒となるって書いてあったんだけど……違う意味なのかコレ?」
獅子尾の質問に、つむぎは首を傾げて、弓人を見るが、弓人は何もわからないと首を振る。だから、つむぎは、獅子尾を見て、
「あの……話を聞いてて……思ったんですけど……皆さんは月子さんと知り合いなんですか……? 月子さんは……悪い人なんですか……? 私は月子さんをとっても好きなんですけど……皆さんは月子さんをどうするんですか……? その……倒すとか……殺すとか……そういうのは手伝いたくありません……私は月子さんが好きですから……」
と、質問の答えではない質問を言い出した。だが、その質問は、誰にも答えられない。特に獅子尾もシンバも、答えは出ていても、答える事ができない。
獅子尾は、つむぎの傍に行き、つむぎの視線に合わせるように、腰を落とし、
「そうだね、俺も、月子さんが大好きだ」
優しい笑顔で、そう言った。そして、
「だから、そろそろ月子さんを安らかにしてあげたいんだ。彼女がヴァンパイアなら、とっくの昔から心音はなく、死者だったと言う事になる。彼女は、たくさんの人と出会って来ただろう、その都度、悲しい別れをして来たと思う。大事な人ができても、その人はヴァンパイアでなければ、死んでしまう。感染者に変えたとしても、感染者は、ヴァンパイアとは違い、血への飢えが激しく、我慢はできない。人を襲う感染者は、変貌した全く別人だと言ってもいい。そういうのを見続けるのはツライ。それだけじゃない、きっと、今迄も、多くの人が、月子さんを好きになっただろう。でも、今の俺のように、苦しんだ人も多くいただろう。ヴァンパイアとしての月子さんを見ていられず、悲しんだ人も多くいた筈だ。だから、そろそろ、月子さんを安らかにしてあげたい。勿論、それは俺の一方的な言い分で、月子さんからしたら、迷惑な話かもしれない。でも……」
そう話して、言葉を失うように黙り込んだ獅子尾の代わりに、
「でも好きだから、これ以上、月子さんの犠牲になる人を増やせない。月子さんが好きだから……」
と、シンバが言った。つむぎは、シンバを見て、そして、
「シンバくんは人狼なの……? もう命は短いの……? 犬の寿命と同じような感じ……?」
そう問い、コクンと頷くシンバに、何を言えばいいか、何を答えればいいか、つむぎは俯いてしまう。
「僕の寿命は別にいいんです、生きてる者は何れ死にます、当たり前の事ですから。それより、月子さんは、僕達の知ってる月子さんだと、まだ決まった訳じゃありません。輝夜 月子さんには、高校生の子供がいます、その子供が本当の子供なら、僕達の月子さんとは違う人だし、夕里さんが知っている輝夜 月子さんも、ヴァンパイアではないと言う事になります。ヴァンパイアは子供を生みませんから」
シンバが、そう言うと、つむぎは顔を上げたが、でも直ぐにまた俯いてしまった。
「まぁ、そうだな、こんな話、直ぐには受け入れられないよな、しょうがない、とりあえず、今、できる事をして行こうか」
と、獅子尾は、俯いたつむぎの頭を撫で、立ち上がり、
「明日、朝一で、組織に、花の事を連絡する。えぇっと、星月夜、英名デッドナイトだっけ? それから、俺は、その輝夜 月子って人の子供? ソイツの事を調べてみる。月子さんの子供ではないなら、何者なのか気になる所だ」
と、皆を見回し、
「それと、シンバ、お前がやらなきゃいけない事は……」
と、シンバを見て、ニヤッと笑い、シンバは、その獅子尾の笑いに、眉間に皺を寄せ、嫌な仕事をさせる気だなと、少し怖い顔になる。
「その白い少年の名前を考えてやれ」
まさかの、その台詞に、シンバは、
「は?」
と、間抜けた顔になり、間抜けな声を出した。
「呼び名がないと、今後も困るだろ」
「え、い、いや、そうかもだけど、僕が考えるの!?」
「だって、お前、能力を継がせるんだろう? だったら、お前の息子みたいなもんだろ」
「息子!? え!? いや、でも、僕はそういうの苦手です。名前なんて付け方さえ、わかりません。獅子尾さんが付けてあげたらどうですか!?」
「お前が付けなきゃ意味ねぇだろ、付けてやれ。よし、そういう事で、キミ達二人は家に送ろう、後は適当に体休ませろ、いいな?」
と、弓人とつむぎとハグレを連れて、獅子尾は出て行った。残されたシンバと、ガーゴイルと、レイヴンと、白い少年――。
ガーゴイルはシャワーを借りると言って、レイヴンは仲間と連絡を取り合うと言って、その場からいなくなる――。
シンバと白い少年だけが取り残され、シンバは、困ったなと、意味もなく、事務所の窓を開ける。
「空気入れ替えした方がいいかなって」
と、いちいち口に出しながら。でも、このままではダメだと、シンバは、少年を見て、
「名前……どうしようか……?」
一応、呼ばれたい名前などあるだろうかと、そう聞いてみるが、
「好きに呼んでくれていい」
と、言われてしまう。
そういえば、組織の人狼はヘアカラーで呼ばれていると聞いたなと、白い少年を見ながら、ホワイトだと、そのまま過ぎて、考えがなさ過ぎるよなと思う。
「あの……」
「うん?」
「……」
「あ、今、ぼんやりしてる訳じゃなくて、ちゃんと考えてるんですけど、ちょっと浮かばなくて。もう少し考えさせて?」
「ぼくに名前が必要なら、アナタの名前をもらいたい」
「僕の名前?」
「はい」
「いや、でも、僕もシンバでキミもシンバだったら、ややこしいと思うんですけど……」
「スノウと言う名をもらいたい」
「あ……あぁ、そっちか……そう、うん、キミが気に入ってるなら、スノウでいいんじゃないかな?」
「本当に?」
「うん、いいと思いますよ」
「アナタはスノウと言う名を、ぼくに渡していいの?」
「……僕はシンバがいいから」
そう言ったシンバに、白い少年は頷いて、
「ぼくはスノウがいい」
そう言った。
「じゃぁ、スノウ。聞いてもいいかな?」
「なんでも」
「本当に海を泳いで渡って、違う大陸に?」
「はい」
「凄いですね。僕にはその体力はないな」
「ぼくは若いから」
「いや、僕が若かったとしても、その体力はないですよ」
「そんな事ない、スノウなら軽く地球10周は泳ぎ切ります」
「それは言い過ぎでしょ」
「まさかスノウの武勇伝を知らない? 記憶がないにしても人狼の歴史に残る武勇伝なのに?」
「いやいやいや、怖いな、僕にどんな武勇伝があるの?」
と、笑い出すシンバに、スノウも少し笑って、話し出す。
「ぼくの憧れだよ、スノウは。聞けば聞く程、カッコ良くて」
「そうなんですか……でも残忍な奴なんでしょ?」
「はい、強暴で、冷酷で、まるでダークヒーロー!」
「そうなんだ……」
それは褒められてない気がすると苦笑いのシンバ。その時、シャワー室から出て来たガーゴイルが、
「スノウの話してんの?」
と、話に加わり、白い少年と盛り上がるから、シンバは困ったような笑い顔で、
「なんでそんなに二人共、スノウがいいの?」
そう聞いてみる。絶対に、スノウは嫌だと思う自分がいるから、余計に聞いてみたくなったのだが、
「そりゃスノウが好きだから」
と、二人が同時にそう言うので、シンバは、
「そうなんだ……」
と、その気持ちは、わかるなぁと思う。どんなに悪い奴だとしても、好きになったら、好きなんだ。
延々とスノウの話をし続けた夜となった――。
夜明けと共に、目を覚ますと、白い少年、いや、スノウの姿はなかった。
シンバとガーゴイルは事務所のソファーで、いつの間にか眠っていた。
「ガーゴイルくん、起きて下さい。獅子尾さんも帰って来てないんですけど、僕は一度家に戻ります。学校にも行かなきゃいけないし」
そう言って、ガーゴイルを揺さぶり起こすシンバに、
「学校? 嘘だろ、真面目かよ、じゃぁ、オレ、何してればいいの?」
なんて寝ぼけた顔で聞くから、知りませんよと、
「大人しくしてて下さい。星月夜という花の事もあるし、余りうろつかない方がいいかもしれません。後、レイヴンさんも戻って来てませんが、あの人、ニュースで流れた黒い犬は自分ではないと、証明できたから、もう僕達とは一緒にいなくていいと、去ったんでしょうか?」
シンバが、そう言うと、それこそ知らないよと、
「とりあえず、オレは二度寝するから」
と、ソファーで、コテンと横になるガーゴイル。
シンバは、溜息を吐いて、一旦、自分の家に戻り、学校へ行く準備をしようと、そういえば、ランドセルどこへやったっけ?と、考えながら、事務所を後にした――。
外に出ると、まだ夜明け前の静けさと、街が動き出す気配と、明るくなっていく空に、シンバは深呼吸する。
――僕はまだ生きている。
――今日と言う朝を迎えられた。
――僕はこの街が好きだから……
シンバは朝の空気を吸い込み、死ぬ時は、この街がいいなと思う――。
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