14.情報交換
「輝夜……月子……?」
獅子尾はそう聞き返すと、白い少年を睨み付け、
「何の冗談だ? 言っていい事と悪い事があるだろう。ガキだからって許されると思うのか?」
と、怖い顔で言う。
「月子さんがどうかしたんですか?」
キョトンとした顏で、つむぎが言い出し、獅子尾はつむぎにも鋭い目を向ける。だから、
「あの、月子さんって言うのは、もしかして長い黒い髪の……一重の切れ長の瞳で……常に優しい笑みを浮かべた……白い肌の綺麗な女性の事ですか?」
と、シンバは、つむぎに聞いてみるが、ガーゴイルが、
「常に優しい笑み? 妖しい笑みだろ、あれは」
と、シンバに突っ込むから、
「ちょっと待て!!!!」
と、獅子尾が大声を出した。皆、シーンと静かになり、獅子尾を見る。
「ちょっと待て、シンバ。お前、その月子と言う人を知っているのか?」
「え、あ、うん、知ってるって言うか、学校が終わって、野球して、その後、みんなで帰ってる時に、翔さんが、夕里パンで奢ってくれるって言い出して、ガーゴイルくんが行くって言うから、僕も行きました。その時に、夕里パンから、その女性が出て来ました。僕が直接、彼女と話した訳ではありません。翔さんの友人である、輝夜さんと言う方も一緒に野球をしていて、一緒に帰っていたんです。輝夜さんは、その女性の息子さんでした。輝夜 月子、そのフルネームを知ったのは、夕里パンの店員さんが出て来て、彼女を月子さんと呼んだからです。更に言っておくと、輝夜 月子さんは、僕達の月子さんにソックリです。カラー以外は……」
嘘偽りなく、自分が持っている情報を、シンバは突っ込まれるトコもないように話した。
獅子尾は黙って聞いていたが、ずっと難しい顔をしている。シンバは、獅子尾が沈黙のまま、動く事もしないから、
「獅子尾さんの番です」
と、獅子尾を起動させる台詞を言う。獅子尾は、我に返るように、周囲を見て、シンバを見ると、
「獅子尾さんの番ですよ、獅子尾さんが得た情報を教えて下さい」
そう言った。獅子尾は溜息を吐いて、頭を掻き始めると、
「次は俺じゃない、俺は最後だ、次は、そこの白い少年、キミだろ。キミは何者だ? 輝夜 月子、その名をどこで知った? 彼女の何を知っている?」
そう聞いた。白い少年は、
「ぼくは野良の人狼。どこにも属していないし、誰とも群れてない。そもそもぼく達人狼は、産み堕とされて直ぐに親は消える。親の腹にいた頃から、親の情報を得ていて、この世に堕ちた時から、自分達が人狼である事を知り、ある者は仲間を探し、ある者は孤独に生き、ある者は人と共存し、また狼と共存する。ぼくは孤独に生きる道を選んだ。一人で生きていく事は気がラクだから。ぼくが日本に来た話をしてもいいかな。ぼくは日本で生まれてないし、育ってもない」
思いの外、ベラベラと喋ってくれる白い少年に、皆、黙って聞いている。
「ぼくはね、生まれも育ちもニューヨーク。こう見えてニューヨーカーだ。でも直ぐに旅立って、中国にも行ったし、アフリカにも行った。こうして日本にも来ている。移動は海を泳いで渡る。船に乗ったり、飛行機に乗ったり、そういうのはちょっとよくわからなくて。システムが。隠れて乗れても、なんか面倒だなって。それなら、泳ぐ方がいい。泳げない距離ではない。だろ?」
と、誰に問うのか、クエスチョンで聞かれたが、誰も返事はしない。
「ぼくが日本に来た目的はね、噂を耳にしたんだ。最強の人狼スノウの噂」
と、少年はシンバを見る。ドキッとするシンバ。
「残忍で、強暴で、冷酷。狩りを楽しみ、仲間だろうが、同士だろうが、敵となれば、途惑わず殺す。最強の人狼スノウ。アナタだよね?」
と、少年は、シンバをジィーっと見ている。シンバは、首を振り、違うと言う風な態度だが、言葉は何も出て来ない。
流石に、そんな話をシンバには聞かせたくないと、獅子尾は、
「輝夜 月子の話をしろ」
そう言った。少年は獅子尾を見て、
「ぼくはスノウに会う為に日本に来た。そしてスノウを見つけ、スノウを観察し、スノウの周囲の事も見て来た。だから輝夜 月子、彼女の事も知った。彼女はヴァンパイアだ。感染者じゃなく、ヴァンパイア。そして、スノウが探している女性、月子と同一人物だ」
と、その目は、既にシンバを見ている。どんな反応をするか、興味があるのだろう、だが、思った通りの反応で、シンバは、眉間に皺を寄せて、よくわかってない顏をしている。だから、
「そんな難しい事を言ってないよ、寧ろ簡単になるように、答えを出してあげたんだけどな」
と、白い少年は、そう言った。
「有り得ません」
シンバは、その答えを否定する。
「有り得ませんよ。僕達の月子さんは、僕と同じカラーで、白く、そして、病気で殆ど寝て過ごしていた人です。それに月子さんに高校生の息子なんていない。輝夜 月子と言う人と、僕達の月子さんは違う。そうですよね? 獅子尾さん?」
そう言って、獅子尾を見るシンバに、獅子尾は、物凄く困った顔をし、それでも笑顔になろうとするから、余計に変な顔になって、シンバから、
「なんでそんな顏するんですか」
と、言われてしまう。獅子尾は頭をグシャグシャと掻くと、
「シンバ、俺達の月子さんも輝夜って言うんだ」
そう言うだけ言うと、シンバから目を逸らした。
「……え? 同姓同名って事ですか?」
そう聞いたシンバに、
「名前も同じで見た目も同じだったら、もう同一人物だろ」
と、ガーゴイルが言うが、シンバは、どういう事?と、まだわからないという顔でフリーズしている。
「俺が持ってる情報は、ヴァンパイアシックと言う病気を、この青年から聞いた事だ」
と、獅子尾は、つむぎの兄を見る。つむぎの兄は、皆が自分を見るのを見て、ペコリと頭を下げながら、
「夕里 弓人と言います」
そう名乗った。
「キュート?」
と、『きゅうと』そう言った発音がおかしかったのか、ガーゴイルが聞き返し、
「はい、弓と言う字に人と書いて、きゅうと。英語のキュートじゃないです」
と、弓人は、少し笑いながらそう言うと、つむぎが、
「お姉ちゃんが祈夜って名前でね、祈る夜って言うの。一応ね、3人揃ってるんだよ、えっと、なんだっけ、満月に弓を引く人、祈る夜に紡ぐって。紡ぐって、つむぎって私の事なの」
そう説明してくれたが、ガーゴイルは、
「意味わかんねぇ……」
と、呟く。
「なんか、うちにある伝書? とかの文章から取った名前なんだって」
と、つむぎが、また説明してくれるが、やはりガーゴイルは、意味がわからないのだろう、へぇ……と、頷くものの、クエスチョン顏だ。
とりあえず、話を進めようと、弓人は、
「えぇっと……ヴァンパイアシックについて話せばいいのかな?」
と、話し出した。
「ヴァンパイアシックというのは、生まれ持ってくる病で、その病にかかっていると、余命数ヶ月、早ければ数日で死んでしまいます。なので大体は生れて直ぐに死んでしまうんでしょうけど、成人になる迄、生きた人もいると言う話もあるようです。治療法は、心臓のパイプ変わりに、新しい血を常に入れる事。輸血みたいな感じでしょうか。それで生命維持になるから、この病気をヴァンパイアシックと言うようです。ヴァンパイアシックの患者は色素がなく、髪も真っ白になっているのが特徴みたいです、それだけ色素がないから、勿論、日の光にも弱いかもしれないですね」
弓人が、話終わると、獅子尾が、
「つまりだ、つまりだよ、シンバくん……」
と、シンバを見て、シンバは、何を言おうとしてるんだと、獅子尾を怖い顔で見る。
「俺達の月子さんは、ヴァンパイアシック。つまり、彼女の心臓は動いてなかったんだ。俺達が知っている頃から、ずっと……」
「だから病気でしょ……? 月子さんは本当に病気だったし、それに病気ってだけで月子さんはヴァンパイアじゃない……」
そう言ったシンバに、
「そうじゃないよ、そうじゃないでしょ、シンバくん」
と、俺だって認めたくないんだよと、獅子尾は頭をガシガシ掻きながら、
「ヴァンパイアシックは病気じゃない。ヴァンパイアなんだ。ヴァンパイアは血を吸わずにいると、真っ白になっていくんだ……」
そう言った。シーンとする中で、大きな声を上げたのは、ガーゴイル。
「ほらほらほら!! やっぱそうだろ? あの月子って女、怪しいっつったじゃん!! オレが言った通りだろ!!?」
と、はしゃいで言うから、レイヴンが、バカと小声で囁く。
「でも、だって、そしたら、おかしいじゃないですか! 月子さんがヴァンパイアだったとして、あの日、確かに知らない人が部屋に入って来て、月子さんを攫ったんだ。僕は、月子さんが立っている背後に、誰か立っているのを確認している!」
あの日、月子がいなくなった日の事を、シンバは鮮明に覚えていると、獅子尾に訴える。
「月子さんがヴァンパイアなら、何故、攫われたんですか! 誰に攫われたんですか! どうして帰って来なかったんですか!!!!」
何も答えない獅子尾に、
「ほら! 何も答えられない! 月子さんがヴァンパイアだなんて、有り得ない」
シンバがそう言うと、レイヴンが、
「本当に攫われたの?」
と、
「攫われたんじゃなくて、自ら去ったんじゃなくて?」
と、
「誰かが来たのなら、それは感染者じゃなくて?」
と、
「感染者は、感染させられたヴァンパイアの操り人形」
と、
「大体はヴァンパイアに血を捧げた後、全てを忘れさせられるけど」
と、
「忘れさせられても、ヴァンパイアに呼ばれれば、当然、思い出せなくても、会いに行く」
と、
「ヴァンパイアに呼ばれたから会いに行っただけの感染者を誘拐犯だと思い込んだんじゃないの?」
そう言うから、
「黙れ、お前に聞いてねぇだろ、殺すぞ!!!!!」
と、シンバからは聞いた事もない口調と声色と台詞で、レイヴンに怒鳴った。だが、ガーゴイルが、目を輝かせ、
「スノウ!」
なんて言うから、シンバは余計にイラッとして、
「黙れって言ってるだろ、余計な事は喋るな」
と、ガーゴイルの事も睨み付ける。だが、
「レイヴンさんの言う事は憶測だが、当たりかもしれないな」
と、深い溜息を落とし、頭を抱えるように、手を頭の上に持って行ったまま、獅子尾はそう言った。そして、
「わからないのは、去って行った理由。いや、もしかしたら、去って行った理由は俺にあるのかもしれない。実は、あの頃、既に、ヴァンパイアを倒す為の組織と、接触があった。妙な事件が続き、ヴァンパイアなんて存在を信じずにはいられない事件だ。そんな時に、組織の者が俺に接触して来た。勿論、ジョークだと、全て受け流したし、有り得ないと、突き返した。事件の捜査を横流ししてほしいなんて言う事も、普通に考えて、出来る訳ない。怪しい妙な海外の組織なんて相手にしてなかったが……」
と、また深い溜息を落とした後、
「黙ってりゃ良かったのに、ヴァンパイアを倒す組織からスカウトされたと、馬鹿げてるだろって、笑い話だったんだが、月子さんに話してしまった……」
獅子尾は、そう言って、シンバを見た。
「あの時、俺が黙ってりゃ、今もまだ月子さんは、俺達の傍にいたかもしれない。いや、人として、死なせてあげれたかもしれない。ごめんな、シンバ」
何も悪くないのに、謝る獅子尾。
「組織と、どうやって繋がったのかって、本当の事を何も言えなかったのは、実は俺のせいで、月子さんは去ったのかもしれないと、言えなかったからなんだ……」
と、今にも泣きそうな顔になる獅子尾に、シンバは既にボロボロと涙を流している。何故なら、その獅子尾の台詞は、月子さんがヴァンパイアであると、今ではなく、もっと前から知っていた事になるからだ。
どうして話してくれなかったのか、そう問い詰めたいが、獅子尾は何も答えれないだろう。
ヴァンパイアを倒す人狼のシンバに、答えられる事なんて何もない。
感染者ならば、元々人間なのだから、永遠の命を止めてあげると言う摂理を解けばいい。
だが、元が心音のないヴァンパイアに、その摂理は解けない。
それでも、ヴァンパイアを倒さなければならない。
ヴァンパイアを倒せたとして、そのヴァンパイアに魂と言うものがあるとしたら、その魂はどうなるのだろう。
月子さんは、どうなるのだろう……。
「俺は、月子さんがヴァンパイアかもしれないと思った時から、ヴァンパイアじゃないという証明を探していた。でも、弓人くん……だっけ? キミのヴァンパイアシックの話を聞いて、確信したんだ。あぁ、やっぱりそうか……月子さんはヴァンパイアだったんだなぁってね……」
悲しい笑顔で、獅子尾はそう言った後、
「それでもね、まだ俺は否定してる所もあって、月子さんがヴァンパイアじゃない証明を探してるんだよね……」
と、バカだよねと、笑う獅子尾。
「獅子尾さん、同じ孤児院で育ったって……」
「うん? あぁ、そんな話をシンバにした事もあったか? 今、思えば、月子さんに孤児院で会ったのは、全部、月子さんが寝ていた部屋でね。病気で寝ているから、外には出れないなんて言うから、それを信じてた。ある日、ここを出たいと言われ、俺は、月子さんを連れて、孤児院を出た。俺は、どの道、孤児院を出て行かなければならなかった。警察学校の寮があったし、もうバイトもできる年齢だったからな。でも寮へは行かず、部屋を借りて、月子さんと住み始めたんだ。だけど……おかしな話でな、その後、俺は、孤児院に顏を出した事があった。立派に刑事になったって事を伝えに行こうと思った。そして、あの頃、月子さんを連れ出してしまった事を話して、月子さんは、うちで療養中だと伝えなければと思ったんだ。だが、孤児院の職員、全員が、月子なんて人は知らないって言うんだよ。月子さんが、いつも寝ていた部屋は、空き部屋だったって言うんだ。よく俺の面倒を見てくれていた職員が『司ちゃん、幽霊にでも会ってたんじゃない? そういえば、あの頃、よく白い女の霊がローカを歩いていたとか言っていた子もいたわね』って……あぁ、月子さんは、ここの孤児院の子ではなかったんだなぁって……ここの孤児院に入り込んだ幽霊だったんだなぁって……」
そう言った後、何言ってんだろうな、俺?と、笑う獅子尾。
「俺は幽霊と一緒に暮らしているんだなぁって思って、月子さんには、何も聞かなかった。こんなに綺麗なんだ、幽霊でも不思議はない。憑りつかれたとしても本望。俺だって、孤児として、イロイロあった。月子さんだって、イロイロある。話したい事もあれば、話したくない事もある。だから、お互い、今、寄り添って傍にいられれば、それでいい、そう思ったよ。もし、今、月子さんが現れて、何もなかったように振舞われたら、俺は、きっと、あの時と同じように思うだろう。そして、お互い、今、寄り添って傍にいられれば、それでいいって……」
そう言った後、また、何言ってんだろうな、俺?と、笑う獅子尾。
ずっとボロボロと涙を落とすシンバに、一歩、一歩と、獅子尾は近付いて、
「でも、お前がいるから、俺はもう流されないんだ」
そう言って、シンバの頭を撫でる。シンバは獅子尾を見上げると、獅子尾は、
「俺の恋なんてどうでもいい。俺の気持ちより、お前の方が大事だ。だから、月子さんに、いつまでも囚われている俺も、お前も、このままじゃ、絶対にダメだ。月子さんを解き放って、もっと大事なモノに、目を向けなきゃダメなんだ」
と、シンバの頭を撫で続ける。
「大事なモノ……?」
そう聞き返した、シンバの声は、とても小さくて、少し震えている。
「そう、お前の事を大事に想ってくれるみんな。俺もそうだけど、香華ちゃんもそうだし、ガーゴイルくんもそうだし、それから、シンバのクラスメイトや翔くんとかね、それに、これから出逢う人達。お前は沢山の人に想われて、楽しい想い出をたくさん作って、幸せに生きなきゃダメなんだよ。いつか死ぬ時が来た時に、あぁ、いい人生だったと、笑顔で、旅立てるように。俺はそれを見守りたいんだ。お前が最期の時も幸せであるように、見守りたい」
「それは前にも似たような事を聞いたよ。でも僕は……」
「なぁ、シンバ、俺は幸せな親だよなぁ、息子が俺より絶対に早く死ぬんだ。それを見届ける事ができる。幸せな最期を与えてやれる。俺は最高に幸せな親だよ」
「……早く死ねって事?」
「そうとっちゃう!!? え!!? 嘘だろ!!?」
そう言って、違う違うと慌てる獅子尾に、レイヴンが笑い出し、つむぎがレイヴンに釣られて笑い出し、皆が、笑い出した所で、
「つまり、そろそろ寿命も近くなって来たって事だよね」
と、白い少年が喋り出した。
思い出したように、皆、白い少年を見る。そして、獅子尾が、
「あー……キミの名前ってあるのかな?」
と、問う。
「ぼくは野良だと話したよね」
「あー……うん、つまり、一匹狼って事だよね、と言う事は、誰もキミを呼ぶような事はない?」
「そうだね、呼ばれるとしたら、『白い人』とか『白い犬』とか」
「そう……じゃぁ、キミは野良の人狼で、世界をあちこち行ったり来たりしてるような感じかな、気が向くまま、好きな場所へと移動している。それは、わかったけど、だとしたら、キミはどうしてヴァンパイアを殺してるの? ヴァンパイアの止めを刺せるナイフも持ってるんだよね? 今、日本で起きてる連続殺人事件かもしれないって言われてるソレは、キミが犯人って事だよね? でも、キミはヴァンパイアを殺す理由があるの? だって、野良なら、特に人を守ってる訳じゃない筈だよね……?」
「人狼と共にいるのに、面白い事を聞くんだね。人狼は、呪われている。人間達にヴァンパイアを殺すよう命じられたような呪いだ」
「その呪いは、ヴァンパイアを倒せるチカラを得るという呪いであって、倒さないからと言って、呪いで、他に何か罰が下るような事はない筈……だから、特に命令を聞く必要はないのでは?」
「命令を聞いている訳じゃない。ぼくは呪いを解いてるだけだ」
「ん?」
「ぼく達人狼は人間にとって、神でも悪魔でもない。こんな姿をしているのに、神でも悪魔でもないんだ。知ってるよね、例えばエジプトの神々、アヌビス、ホルス、セト、パステトなど、多くの獣人化は、人に崇められて来ている。またはガネーシャやベヒモス、ミノタウルスや人魚、様々な地で様々な獣人化の伝承がある。勿論、ここ日本にも天狗や竜人などの獣人化がある。その多くが、崇められるか、恐れられるか。ところが人狼は違う。人狼は、人に使われる存在だ。そもそも狼は主に忠実で、忠誠心が強い。それこそが狼の血。だが、人である事も捨てれない。悪かもしれない、だが正義でありたい、間違っているかもしれない、だが正しいと思いたい。その善と悪の心を持っている。それが人の血。どちらとして生きるのか、わからないが、人狼なら、この呪いを解きたいのは確かだ。ぼく達は何にも属さない。狼でもない、人でもない、でも、そのどちらでもある。そういう苦しみは、野良でも持っている」
「あぁ……生き難い世の中だっただろうな。だったら、組織に入って、少し生き易くするとか……」
「ぼくは、ぼくの遣り方でやっていく」
「つまり?」
「だから、ぼくはこの呪いを解く為にヴァンパイアを殺してるんだ」
「ん?」
「本当に知らないの? 呪いが解かれるのは、全てのヴァンパイアを全滅させた時だ」
白い少年がそう言うと、そうなの?と、言う風に、獅子尾は、シンバと、ガーゴイル、そして、レイヴンを見るが、3人共、逆にそうなの?と、獅子尾を見ている。
「キミ達は人に飼い慣らされ過ぎだ」
白い少年がそう言うと、シンバも、ガーゴイルも、レイヴンも、白い少年を見た。そして、レイヴンが、
「私は飼い慣らされた覚えはないわ」
そう言うが、
「そうかな、実際、人の世に慣れ過ぎている」
そう言われ、レイヴンは黙ってしまう。
「それを否定してる訳じゃない。ぼくも、人としてのぼくがあるし、飼い慣らされるのは、ある意味、狼としての部分でもあると思う。だけど、本来の目的は、既に、本能からも消えるくらい、失われつつある。気を付けた方がいい。人間は、ぼく達を神のように崇めてはくれない、そして悪魔のように恐れてもくれない」
と、忠告をされても、シンバも、ガーゴイルも、誰に気を付ければいいのかさえ、わからない。レイヴンも、それは同じ。
「ぼくが日本に来たのは、最強の人狼スノウに会う為。そして、日本で、面白いヴァンパイア達に出会って来た」
「面白いとは?」
と、獅子尾が聞き返す。
「血を飲まないヴァンパイア達。ヴァンパイアが、ヴァンパイアのエネルギーとする人の血を飲まないでいると、真っ白になっていく。どんどん白くなって、髪の毛も、白くなる。あんな面白いヴァンパイアを見たのは、日本でだけだ」
「なんで血を飲まないのかな?」
と、また獅子尾が聞き返す。
「さぁ? それは日本のヴァンパイアではないから、ぼくにもわからない」
「自分がヴァンパイアである事を知らないとか……?」
そう言った獅子尾に、
「それはないだろ」
と、ガーゴイルが、
「そもそもヴァンパイアは、何千年も生きている。その時代その時代で、人の中に溶け込んで、人の真似事をして生きて来た。オレ達人狼にしか倒せないヴァンパイアが、今更、自分がヴァンパイアである事を知らずに血を吸わないなんて、有り得ないだろ」
そう言った。
「獅子尾さん、もし月子さんがヴァンパイアなら、月子さんも何千年も生きて来たんでしょうか?」
シンバがそう言って、獅子尾を見る。獅子尾は、うーんと、考えながら、
「そうなるのかな。ヴァンパイアは、ある程度、成長すると、それ以上、体の成長はない。見た目は人の20代前後。だが、ヴァンパイアも繁殖する。その辺は未だよくわからない部分だが、ヴァンパイアが選んだ特別な人間だけが、ヴァンパイアになると言われている。それも確かな情報とは言い切れないし、ヴァンパイアが選んだ人間と言うのも、どう選ばれるのか、サッパリわからない。月子さんは、俺が出逢った時、既に白かった。つまり、人の血を飲まずに生きて来たヴァンパイアだったとして、その時既にヴァンパイアだったが、いつ、ヴァンパイアとなったかは、わからない。何千年も前なのか、それとも、俺と出逢う数日前なのか……」
何もわからないと言う風に言うと、お手上げだなと、手を上げた。だが、直ぐに、獅子尾は、白い少年を見て、
「だが、キミは月子さんの情報を持ってるようだな? 月子さんが何かしているような事を言ってたよな? 説明してもらえるかな?」
そう言って、腕を組む。
「というか、キミ達が何も気付いてないのが凄い。組織というモノがあり、それに属していながら、何にも知らないのが凄すぎる」
そう言われ、バカにされてるなぁと、獅子尾は苦笑い。
「本当に何も気付いてないなら本当に凄いよ。この街に、デッドナイトで魔方陣のようなものをつくっているのに」
白い少年がそう言うと、獅子尾も、シンバも、ガーゴイルも、
「デッドナイト?」
と、声を揃えて、聞く。
「デッドナイトも知らないの? あぁ、英名だから?」
そう言った白い少年に、更に首を傾げる獅子尾と、シンバと、ガーゴイル。レイヴンは、バカにされるのがイヤなのか、それとも知っているのか、無表情の無感情で、白い少年を見ているだけ。すると、突然、
「あ!」
と、気付いたように、声をあげたのはつむぎ。
「星月夜の事?」
そう言って、白い少年を見た。少年は、
「ほしつきよ? へぇ、日本名では、そう言うんだ? あの花」
と、言ったので、やっぱりそうだと、つむぎは、
「とっても可愛い花で、私、月子さんから花の苗をもらったんです。夜になると咲く花で、ブルーのぷっくりした蕾で、5枚の花弁が星みたいに開いて、開いたら、少し青みのある白い花で。確か、月子さん、英名デッドナイトって言ってたの。あ、そうだ、夕里パンにも咲いてるよ。夕里パンのオバサンが言ってたの。月子さんが苗を分けてくれたって、あっという間に、花がイッパイ広がって、店の周りにイッパイ咲いたって……」
あの花かと、シンバとガーゴイルは、思い出し、思い出した途端、あの花の匂いまで思い出し、苦い顔をする。
「デッドナイトは、人狼には毒でしかない。死にはしないが、まずは匂いに苦しめられる。ずっと嗅ぎ続けると、目も喉もやられ、その内、高熱を出し、眩暈、嘔吐と生き地獄だ。思考も狂い出し、理性を失い、大暴れする奴もいる。ぼくはデッドナイトに近付けない。だから、輝夜 月子を殺す事はできない。あの女は、この街の、自分のテリトリーに、その花を植え、増やし、天敵の人狼を遠ざけている」
白い少年がそう話すと、獅子尾は、
「そんな植物、組織からも聞いた事ない。人狼に害があるなら、組織も知っている筈だ」
そう言った後、
「あぁ、でも、人狼に害があるなら、既に、組織側が、毒性があると言って、この世から消し去っている植物なのかもしれないな。だから、今となっては、ないモノの報告など必要なかった……と言う事は、どこからか、その種子を手に入れて、育てて、この街で増やしてるって事か……月子さんが……」
と、考えながら呟く。
「あの……もしかして、うちの犬達がおかしくなったのは、その花のせい……?」
と、つむぎは言い出し、つむぎの横で大人しく座っているハグレの頭を撫でながら、
「月子さんに、星月夜の苗をもらって、庭に植えたんです……」
そう言った。そして、
「でも、うちは、月子さんのテリトリーとは関係ないと思います。昔からの弓道場なんて、月子さんが来る場所でもないし……うちの犬達は人狼とか? よくわからないけど、そういうのとは違うと思うし……」
と、でも自分が苗を植えなければ、ハグレは暴れたりしなかったのかなと、自分を責めているような悲しい顔をして、ハグレを撫で続ける。
「だから、デッドナイトで体調不良になり、暴れ出したなら、それは人狼なんだよ」
と、白い少年が言うと、つむぎは、白い少年を見る。白い少年も、つむぎを見て、
「人の姿にならなくても、人狼の血は流れている。只、その人狼は、ぼく達人狼とは少し違うようだ。ニオイからして、人狼と同じくらいの強さがあるが、ぼく達とは少し違うと感じとれる。でも、輝夜 月子が、キミに苗を渡したなら、キミの家にいる人狼達を厄介だと思って、潰しにかかったとしか思えない。何もテリトリーだけにデッドナイトは使える訳じゃない、毒としても使えるんだ」
そう話した。つむぎは、ゴクリと唾を呑み込み、月子さんが毒を……と、囁いた後、
「どうしたらいいの? うちの犬を助けるには、どうしたらいい?」
と、聞く。
「簡単な事だよ。デッドナイトを燃やせばいい。あの花を根から燃やせ」
白い少年が、そう答え、つむぎは、わかったと強い表情で、コクンと頷く。
「そうか、それなら、この街に植えられたその花を全部燃やせばいいのか」
獅子尾がそう言うと、白い少年は、獅子尾を見て、
「そう簡単な話じゃない。いろんな場所に咲いているんだ。人の家の庭に勝手に入り込んで、燃やす訳にはいかない」
そう言ったが、獅子尾は笑顔で、
「そんなの市の者だと言って、植物の危険性を話し、処分させてほしいって言えば、住民達は頷いてくれる。寧ろ、こっちが処分するって言えば、勝手にどうぞってね。もしくは、これを組織に報告して、実際に政府から、市へ、連絡してもらうってのもいいかもしれない」
と、星月夜を、この街から処分する事が可能だと、話す。
「だったら、一刻も早くそうしてくれ。ぼくは、ヴァンパイアを狩りやすいようにしてくれれば文句はない。これで情報はそれぞれ得る事ができたなら、もうこのくだらない話を終了して、ぼくの話を聞いてもらえるかな」
と、白い少年はそう言うと、シンバを見て、
「ぼくがここに来たのは、アナタに会いに来たんだ。アナタに会う事を目的として現れた」
と、
「そろそろ寿命も近いとわかってるよね?」
と、
「大人しく生きるだけなら後5年くらいかな? でも能力の高い人狼は短命だとも言うし、もしかしたら、もっと早くに命尽きる日が来るかもしれないよね」
と、
「老化で動けなくなって、記憶も曖昧になって、死を待つだけの穏やかな日を過ごす前に、そのアナタの人狼としての能力を、ぼくに下さい。アナタの能力をぼくに継がせてほしい」
と、白い少年は、シンバの跡継ぎへと、志願した。
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