13.真っ白い少年の形をした何か 2


「獅子尾……どう思う?」

トレンチコートを着た如何にもドラマなどに出てきそうな刑事の風貌をした男が、茫然と立ち尽くす獅子尾を見て問う。

「こういう理屈に合わないものは、事故として処理されるもんだが、こうも立て続けに似た死体が現れると、連続殺人事件として扱わなきゃならない。だが、これが事故なのか、他殺なのか、病死なのかさえわからん。お前、刑事やめた後の探偵業の事件は、こういうのも扱ってるんだろう?」

「え? あ、あぁ……特殊課は動いてないんですか?」

そう聞いた獅子尾に、刑事は首を振り、

「動いてるのか、動いてないのか、こっちには何の情報も下りてこない」

と、さっぱりわからないと言った風だ。

「あの……もう一度、聞きたいんですが……この死体の方は――」

「あぁ、遺伝子の病気みたいなもんで。アルビノとか言う奴かと最初は思ってたんだがな、そうとは違うようで、医療課の調べでは今はもうない病気で、相当昔、外国で流行ったとか、なんちゃらかんちゃら……」

「あの……なんちゃらかんちゃらを詳しく聞きたいんですが――」

「いや、病気の事はどうでもいいんだよ」

良くないだろと、獅子尾は困った顔。

「それよりな、司法解剖の結果でな、お前を呼んだようなもんなんだよ」

「解剖の結果?」

「なんちゃらかんちゃらの病気を伴った連中の相次ぐ自殺か他殺かの死体の心臓は少なくとも、ここ数年は動いた形跡がないとか言うんだよ」

「心臓が?」

「そもそも心臓ってのは、全身の血管に血液を送るポンプの役割を果たしてるらしいが、動いてないとすると、体に血液が巡らない。つまり、血液でできてる俺達は、それがないとすると……」

「死人」

「そうだ、そういう事になる。じゃあ、この死体は数年前に亡くなったのか?と、考えるのが妥当だが、そうじゃない。死んだのは数時間前――」

「あの……死体の口の中を見たいんですが……」

「ん? あぁ、本来なら触っちゃダメなんだが――」

「口を開いて、歯を確認したいだけです」

「歯? なんでだ?」

「なんでって、確認したいからです」

そう言った獅子尾に、刑事は少し考えながらも、白い手袋を渡した。

獅子尾が手に、その手袋をしていると、

「お前の……その……嫁さんだった女――」

「……」

「こういう病気だったんだろ? 白くて、なんていうか――」

「……」

「確か、アルビノか?って聞いたら、そうじゃない、また別の病気らしいって言ってた事あったよな?」

「……まだ」

「ん?」

「まだ嫁さんじゃなかったです」

「ん? あ、そうだったっけ?」

「はい」

獅子尾は頷き、手袋をしている手で、死体の口を開け、歯を確認。

「あぁ、そうそう、犬歯が犬みたいに発達してるのも特徴らしい」

刑事が言う通り、上の歯が2本、牙のように尖っているのがある。下の歯を確認するが、上の歯しか発達した犬歯はないのを見て、

「人狼なら、下にも犬歯が生えてる。間違いない、ヴァンパイア、または感染者。でもわからないのは、灰になってない。完全に動かなくなってるのに、灰にならず、死体が残る。だとしたら、コイツはヴァンパイアという事になる……」

そう呟く獅子尾に、なんだって?と、

「なにブツブツ言ってんだよ、何かわかったのか?」

と、刑事は問う。

「特殊課が動かなかったのは、ヴァンパイアだと思ってないのか。だからヴァンパイア対策の組織も、日本の組織の動きが通常の捜査に過ぎないから、何も知らず、動いてない。いや、それはどうでもいい、わからないのは、どうして、月子さんみたいな白い人ばかりが狙われ、殺されているのか、そして、どうして月子さんみたいな白い人ばかりがヴァンパイアなのか。相当昔に外国で流行った病気? なんだそれ? 日本ではそんな病気は流行ってなかったのか? というか、今現在では死滅されたウィルスって事か? つまりワクチンとか、そういうのが出来てるって事か?」

「おい、獅子尾、1人でブツブツ言うなって。何かわかったなら、教えろ」

「あの、教えてほしいんですけど」

「いや、俺が教えてほしいんだよ、獅子尾……」

「この方、どうやってこの状態に?」

「うん?」

「あ、だから、この方、どうやって死んだと? 血も出てないようですし、気絶してるようにしか見えませんが、心音がないから、死んだと思った訳ですか?」

「あぁ、そうだよ。第一発見者が人が倒れているって近寄って声をかけたが、呼吸をしてそうにないってんで、救急車を呼んだんだ。だが、わかるだろう? 心臓が動いてない、彼らの体の中にある血液は流れていない。血液自体は体にあるが、刺されても、流れてない血液は外へ漏れない。溢れる事もない。新しい血液はつくられてないんだ」

「あ、つまり……刺し傷がどこかにあるって事ですか?」

「あぁ、そうだよ、心臓部分にね、パッと見ただけではわからんだろうが、ナイフのようなもんで突き刺してあるトコには服も切れ目が入っているだろう?」

「あぁ、ホントだ、服が切れてますね、そして心臓部分に……一突きですか?」

「あぁ、おかしな話だ、その一突きで心臓が止まった訳ではない、心臓は既に動いてない。なのに、心臓を突き刺してある」

「その凶器は?」

「見つかってない」

「凶器は抜いた。抜いたのに……灰にならない……。完全に感染者じゃなく、ヴァンパイアだ。だが、これが本当にヴァンパイアの死と言うモノなら、そんな事ができるのは人狼でしかない筈だ……」

ふと、獅子尾は顔を上げて、夜の街を見渡す。人気も多い筈だと、ここで倒れたなら、その様子を見てた人がいるかもしれないと、少し遠くの方のテープでゲートされた向こう側に集まる野次馬達を見る。

そんな獅子尾に、

「聞き込みには若い連中が行ってるよ。それに携帯カメラで何か撮ってる奴もいただろうから、そういうのも含めて、証拠集めもしてる。だが管轄外だ。ここの管轄の警察が本格的に動いてる。ま、今回のこの死体に関しては情報交換って事で、現場に入れただけのようなもんだ。本来なら、縄張りが違うから、管轄外の刑事は動けない場所だ。只、お前に見てもらいたくてな。無理言って、死体もこのままにしてもらってるんだ。お前なら何かわかるんじゃないかって、手がかりみたいなもんでも――」

と、些細な情報さえ欲しい様子で話しているが、獅子尾は、今、バチッと目があった青年に向かって走り出す。

「おい!? 獅子尾!?」

突然、走り出した獅子尾に、刑事も走り出すが、テープを超えて、人混みの中に入る獅子尾に、足を止め、

「なんなんだよ、アイツ! 全くもぉ!」

と、髪をぐしゃぐしゃっと両手で掻き毟った。

獅子尾は人にぶつかり、手で掻き分けながら、青年を追う。

青年も同じように人にぶつかりながら逃げる。

キャーという悲鳴まで上がる。

今、獅子尾は青年の上着のフードに手を伸ばし、それを引っ張り、そのまま後ろへ青年を引っくり返らせて、

「バカだろ、逃げ切れると思うのか?」

と、息を荒くして、引っくり返って空を見る青年の顔を覗き込んで言う。

「いいか、逃げる時は人混みはやめろ、絶対に逃げれない。条件は同じなんだ、障害がある方が逃げやすいなんてないぞ。人混みに消える事だって不可能だ、人の目は動く。お前が走った場所を、みんなが目で追ってるんだ、それを辿れば、お前に辿り付くんだから」

息荒く、何のアドバイスをしているのだろう、そう言った獅子尾に、青年はコクコク頷く。周りの人がパシャパシャと写真を撮り始めて、獅子尾は青年の上着を持って、引っ張り上げるようにして、立ち上がらせ、

「行こう」

と、来た道とは正反対の道を歩き出すから、

「え、どこへ?」

と、青年が尋ねる。獅子尾は、

「ここじゃぁ話せない」

と、周りの人を見て答えると、また青年は、

「警察の所へ戻るんじゃないんですか?」

と、尋ねた。獅子尾は笑いながら、なんで?と、

「だって俺、刑事じゃないもん」

と、

「探偵。キミが俺を刑事だと思って逃げた理由を聞きたいだけ」

そう言った。青年は、探偵?と、口の中で呟いた後、

「追って来たから逃げただけで……」

俯いて、そう答えた。

「追って来るから逃げた? 逃げるから追った? そんな理屈が通るのは、フィクションの世界だけだよ。キミは何か知ってるんじゃないの? それで警察の人に何か聞かれるのも答えるのもイヤで逃げた。俺を刑事だと思い込んで、刑事と目が合ったと思ってね」

「だって……ホントに追って来たから逃げただけですよ、なら、そっちだって、どうして追って来たんですか? 理由なんてないでしょ? 逃げたと思ったから追ってきた、それだけでしょ?」

「いいや、キミと目が合った時、確信したんだ、キミは何か知ってるって。そんな顔をしてるってね。だから追ったんだ」

「確信!? 何を根拠にですか!?」

「確信はあっても根拠はない、勘だから」

と、獅子尾は笑い、さぁ、歩こうと、先に歩き出した。特に縛られる事も手錠をされる事もない青年は、戸惑いながらも、獅子尾の後を付いて行く。

人が行き交うが、カメラも気にならなくなり、誰も自分達を気にしなくなる通りで、獅子尾は振り向いて、

「言いにくい事なのかな? キミが警察から逃げようとした理由。聞かれたら答えなきゃいけない、だが、答えにくい。言ったところで、信用されないだろう……そう思って、逃げてしまった?」

そう問いながら、青年の横まで行き、そして、一緒に歩き出す。黙っている青年の横顔に、今度は、

「じゃあ、あれかな? 現場の目撃者として、犯人を見てしまったが、犯人もキミの存在を見てしまった。今度、狙われるのは自分だと思って、この事に関しては口を封じられる前に、自ら口を封じていると言う……犯人へのアピール?」

と、黙っている理由を決めつけて問う。だが、まだ黙っている青年に、

「じゃあ、あれだ、キミが犯人だ」

そう言うと、青年は獅子尾に顔を向け、

「違います!!」

大きな声でハッキリそう言った。獅子尾は笑いながら、わかってるよと言う。青年はムッとして、また口を閉ざすように、下を向くから、

「今、俺に喋った方がいいよ? じゃなきゃ、警察で喋る事になる。黙秘しますって、弁護士呼ぶ? 言っとくけど、ドラマや漫画じゃないんだ、そう簡単じゃないよ。まぁ、簡単に呼ぶけどね、弁護士とか、ドラマとかでは――」

獅子尾はそう言って、青年が顔を上げて、獅子尾を見ると同時に、

「撮られてるんだよ、キミも」

と、

「現場にね、集まった人は野次馬が殆どだが、目撃者もいるし、犯人もいる可能性がある。だから、警察は写真を撮ってるんだ、気付かれないようにね。犯行現場の写真を撮ってる奴等は、自分達が写真を撮られてるなんて思ってもないだろうけど。あ、だからね、キミも写ってるよ、きっと」

と、

「俺はキミと目が合った瞬間に、コイツだと思った。それが何なのかはわからんが、コイツだと思ったんだ。俺が思うって事は、キミが写ってる写真を見た刑事は、きっと思うだろう。キミだってね」

と、青年を指さして、

「署まで来てくれるかな?」

と、笑いながら言った。よくドラマなどで聞く台詞に、青年はゴクリと唾を飲む。

「と、まぁ、キミが住んでる家に、刑事が、明日にでも行くんじゃないかな?」

「ぼくは犯人じゃありません!」

「わかってるよ。でも、この勘は何かを差してるんだ、キミだって」

「勘だけで逮捕はできない!」

「勿論。でも署で話を聞く事は可能だ」

「直ぐに釈放になりますよ!」

「勿論。でも何度でも署に呼ぶ事は可能だ」

「な、何度呼ばれても、何度でも直ぐに釈放される!」

「勿論」

獅子尾は頷いて、

「キミ、働いてるの? 会社員?」

そう聞いた。青年は一瞬、きょとんとするが、

「いえ……大学生です」

そう答える。獅子尾はまた頷き、

「じゃあ、大学に行かれるよ」

そう行って、笑顔で、

「自宅だけじゃない、警察はどこにだって現れる。キミの動きは常に監視されて、今、一番、来てほしくないって時に現れる。ストーカーより性質が悪い、所謂嫌がらせだ。そうする事でキミを追い詰める。キミが何か知っているなら、それを得る為に、手段は選ばない。これは殺人事件なんだ。しかも、異常な事件だ。これを解決する為に、手段を選ぶと思う? 刑事だって人間だ。いちいち段取り踏んで、悠長に犯人を追う事件じゃないとしたら、感情で行動する。それで刑事を辞める事になったとしても、それで事件を解決できるならと、犠牲は厭わない。ドラマや漫画で知ってる刑事が、刑事の本来の姿だと思ったら、そりゃ、うまく騙されてるよ、世界に――」

と、脅しのような話をするから、青年は硬直して、立ち止まってしまった。

「俺の勘が働いた理由を、些細な事だとしてもいいから、話してみてよ」

「……でもアナタに話した所で、ぼくは警察に捕まるんでしょ!?」

「いや、別に捕まえに来る訳じゃないよ。署に連れていかれるのは、話を聞くだけだよ。でも、俺に話せば、そうはさせないよ」

「え?」

「俺、元刑事で、仲間はイッパイいるし、キミをこちらで預かるって事で話を通す事はできる。それに今は探偵業だが、顧問弁護士も付いてる。刑事の勘だけで、キミを束縛はできないと、主張もできる。俺の力で」

「……」

「どうする? キミ、警察では話したくないから逃げたんだろう? だったら俺になら話してもいいんじゃないか? 何を聞いても驚かないよ、いや、笑わないよ。例えば、吸血鬼なんて言うホラーの話をしてもね」

「……吸血鬼?」

なにそれ?と言う風な顔の青年に、獅子尾から笑顔が消え、真顔になった。

青年は、獅子尾の表情に、クエスチョン。

「あぁ、いや、そうか、そうだね、吸血鬼は違うね、じゃあ、なんだろう? キミが話したくない事って?」

「……アナタに話せば、ぼくは警察に呼ばれなくて済むんですか?」

「うん」

「親に迷惑がかかるような事にはなりたくないんです」

「うん」

「というか、親に知られたくない」

「うん」

「本当に大丈夫なんですか? 本当に警察沙汰に巻き込まれませんか?」

「うん」

「本当に?」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「……よし、じゃぁ、今から戻って、刑事にキミの事を話してくるよ、キミをうちで保護したってね。警察がキミに手出しできないように、勿論、執拗以上に追いかけたり、待ち伏せしたり、姿を現せたりするのも禁ずるよう話す。うちには弁護士がいるから、まずは弁護士を通すようにってね。それでキミも安心できるだろ? 弁護士はうちの金で動く、キミは特に何もしなくていい。だから親にも知られない。それでいいだろ?」

獅子尾はそう言うと、来た道を戻っていくから、青年も獅子尾の後を追う。

獅子尾は青年に背を向けて、歩きながら、ヴァンパイアを見たとか、そういう事じゃないのか?と、青年が何を隠しているのか、考える。

そして、あのヴァンパイアだろう死体についても考える。

あの死体について、何か知っているとしたら、ヴァンパイアについてじゃないのか? ヴァンパイアだとわかってないだけだろうか? わからないなと、ちらっと振り向いて、青年を見る。

ごく普通の大学生の男だ。

服装も、ごく普通のブレザージャケットを羽織ったシンプルな、どこにでもいる好青年っぽく、髪型も、サラッとストレートの髪で、少し前髪が長めで、今時の感じはあるが、決して派手ではなく、かと言って、地味とは違う。

どこにでもいると言えば、どこにでもいる。

でもなぜだろう、何かがニオウ。

どこかで見た顔か?と、獅子尾は思うが、思っている内に、事件現場の人混みに辿り付いてしまった。人を掻き分け、現場へと足を入れて、青年に、現場は普通は入れないからと、少し離れた場所で待っててもらい、呼び出された刑事の所へ走っていく。

「おい、獅子尾、一体どうしたんだ? 何があったんだ?」

「いや、何も。只、探偵としての依頼で、家出少年を見つけてくれって言うのがあったんですよ、ほら、あそこにいる青年」

と、獅子尾は少し離れた青年を指差した。刑事は青年を見て、フーンと頷く。

「見つけたと思った瞬間、走り出してました! スイマセン」

「なんだ、この事件に何も関係ないのか」

「はい」

「だったら一言くらい言ってから行けよ」

「スイマセン、目が合ったら、あの子、逃げ出したから。親が届けを出して、警察が、自分を探してると思ったらしいです。それで、あの子を家まで送ってきます」

「え? あ、あぁ、この事件の事についてだが、何かないか? 何でもいいんだが」

「ちょっと、わからないですね、死体を見ただけじゃなんとも。寧ろ、もっと詳しい情報が必要です、もし俺に流してもいいって情報があるなら教えてもらいたいんですが」

「……そうか。生憎こっちも何もわからん状態だ。死体以外は――」

「ホントに死んでるんですかね?」

「え?」

「あ、いえ、動き出したりして」

冗談っぽくそう言った獅子尾に、刑事はバカ言えと、つまらん事を言うなと、溜息。

「あ、それから、車、貸してほしいんですけど」

「なに!?」

「呼ばれてパトカーで来たので、パトカーでは、あの子を送れない」

「いや、送らせるよ」

「いや、それが子供達も一緒に来ちゃって、こんな大勢乗れないでしょ」

「子供達?」

「俺の。それから、俺の子供の友達等」

「お前なぁ、遊びで呼んだんじゃないんだぞ!?」

「すいません、でも子供達だけで留守番させるのも、物騒な世の中だから心配でしょう? こんな稼業やってると、特にね、恨まれて当然なとこありますから」

そう言われちゃ、呼んだ方としては、何も言い返せず、唸って黙り込む刑事に、

「それにパトカーで送られたら、彼の親も驚きますから。できれば自家用車で送り届けたい。自家用車で来てる人いるでしょ? わざわざ管轄外の場所まで来てるんだし。誰か貸してくれれば、明日、俺が署に届けますから」

「しょうがねぇな」

と、自家用車で来ていたようだ、ポケットからキーを出して、

「銀行のあるビルの隣にある駐車場に停めてある」

刑事はそう言った。獅子尾はキーを受け取り、自分のポケットに手を入れると、その手にはキーではなく、手帳が持たれていて、

「場所、書いて下さい」

そう言った。刑事は眉間に皺を寄せ、はぁ?と、

「だから、わかるだろ? 銀行のあるビルっつったら――」

と、説明しようとしたが、笑顔で獅子尾が手帳をぐいっと差し出すので、舌打ちをしながら手帳を受け取り、簡単な地図を書く。そして手帳を獅子尾に返すと、獅子尾は書かれた場所を確認もせず、手帳を閉じて、そのままポケットへ仕舞い、

「それから悪いんですけど、パトカーで子供達を送り届けるよう、お願いします、俺は彼を家まで送り届けるので。じゃあ、また」

と、手をあげて、待っている青年の所へ走り出す。刑事は、なんでアイツを呼んじゃったかと、大きな溜息。

獅子尾は青年に、さぁ、行こうかと、歩き出すから、青年は頷き、

「あの、僕の事を指差して話してましたけど、やっぱり僕は疑われてました? 何か書いてましたけど、なんだったんですか?」

心配そうに尋ねる。

「キミの事は俺が預かるって事で納得してもらって、キミには何も手を出さないという契約みたいなものを書いてもらったんだよ。ちゃんとした契約書じゃないが、サインもしてもらったから、十分、効果はある。ところで家まで送るよ、話は車の中でしよう」

と、ポケットからキーを出して、獅子尾は青年を見る。青年は黙っているから、家を教えたくないんだなと、

「いや、まぁ、とりあえず、ドライブかな」

と、キーをポケットに仕舞い、歩き出す。

そして、銀行のあるビルの隣の駐車場で、キーのボタンを押し、ピカピカとライトが光った車に近付き、

「助手席でいいかな? それとも後ろのがいい?」

と、青年に聞くが、開いたドアは助手席の方で、青年は、前でいいですと言いながら、車に乗り込んだ。獅子尾も運転席に座り、シートベルトをして、免許持って来てないなぁと思いながらも、車を出した。

ラジオを付けて、音量を落とし、

「で? あの殺人現場から、キミは俺を刑事だと勘違いして逃げたんだろうけど、その理由を話してもらえる?」

と、世間話はもういらないだろうと、本題に入る。

青年は黙ったままだったが、

「延々とドライブしたくないだろ? こんなオジサンと。サッサと終わらせよう。力になれる事ならなるし、なれない事でも、大人に話せば、ラクになる事もある。勿論、大人としてのアドバイスくらいしてあげれるよ? こう見えて、結構、経験豊富だから」

と、笑いながら言う獅子尾に、青年は、

「白い少年を探してるんです」

そう言った。え?と、獅子尾は青年を見て、前を向き直し、

「白い少年?」

と、聞き返す。コクンと頷く青年に、聞き間違いじゃないと、

「白い少年って? 服が白いの?」

と、聞いてみると、青年は、

「違います、髪とか、肌とか、なんていうか、オーラ的なものまで白いんです。中学生くらいかもしれません、でも日本人ではない見た目なんです」

そう答え、獅子尾はシンバの事だと思う。

「そう、で、その少年を探してる理由は後で聞くが、その話は、あの現場から逃げた理由になるの?」

「見つけたんです、白い少年」

獅子尾は、シンバがパトカーから降りて、現場に来てたんだなと思い、とりあえず、フーンと頷いた。

「見失ったんですけど、白い人が倒れてるって聞いて、言ってみたら、少年とは別の人が倒れてて、死んでるなんて大騒ぎになってて、警察まで来てるし、ぼくは茫然としてました。そしたらアナタと目が合って、思わず逃げてしまったんです」

「ん? ん? ん? ちょっと待ってくれ、話を巻き戻して悪いけど、見失ったってどういう事だろう? キミは、白い少年を追ったのか? というか、尾行したのか?」

「はい」

「で、見失って、白い人が倒れていると聞いたから現場に行ってみたと?」

「はい」

「つまり、その白い少年って言うのは、この街にいたって事だよね? 違う街で見かけた訳じゃないよね?」

「はい」

その話だと、シンバは、白い人が倒れた前に、この町にいたと言う事になる。

「キミはこの街の人?」

「え?」

「あぁ、別にキミの家を突き止めようとしてる訳じゃない。大学生って言ってたけど、この街に大学ってあったっけ?」

「あ、ぼくはこの街に住んでる訳じゃないんです。ちょっと白い少年とは別の子を探してて、この街で見かけたって聞いて、探してたら、白い少年を見つけてしまって、白い少年の後を追ってたんです」

「成る程」

頷きながら、獅子尾は、シンバはパトカーで一緒に、この街へ来る前、どこにいたんだろうかと思う。

「その白い少年は……」

「少年じゃないかもしれません」

「は?」

「少年に見えるんですけど、もしかしたら、少年の形をした何かなのかも」

そう言った青年をチラッと見て、

「どういう意味?」

と、獅子尾は尋ねる。

「宇宙人とか」

そう言った青年に、獅子尾は少し笑った。勿論、青年はそんな獅子尾に、バカにされるのはわかってると、また口を閉じてしまうような無表情になったが、

「おかしいな、さっき、俺が、吸血鬼と言ったら、キミは、なにそれ?って顔をしてた。でも宇宙人ならアリなの?」

そう聞いた。

「吸血鬼なんている訳ないじゃないですか、宇宙人はいますよ、だって、この星の人間だって宇宙から見たら宇宙人だ。違う星に生物がいたら、僕達が通常に機能する全ての事が異常かもしれない」

青年の力説に、獅子尾は頷く。

「うん、そうだね、わかるよ、言いたい事。じゃあ、その白い少年が宇宙人だと思った理由は? 俺達が通常に機能する全ての事と、何か違った所を見たの?」

「それは……うまく説明はできないんですけど……」

「そう、じゃあ、キミは宇宙人を探しるって事? 白い少年を宇宙人と思ってるなら、そういう事だよね? 宇宙人を探してどうするの? 宇宙人に何か用でもあるの? 探して、アナタ宇宙人ですか?とでも、問うつもり?」

「ぼくが白い少年に会った時にどうするかなんて、アナタには関係ない事です」

「まぁ、そうだね。じゃあ、キミは白い少年を追って、見失って、白い人が倒れていると聞いて、現場に行ったが、少年ではなかったって事だったけど、あの倒れていた人はね、死んでたんだ。キミの探してる少年と、あの死体の人は、何か関係していると思う?」

「え?」

「どうも腑に落ちなくてね、白い少年? そして白い人の死体? 刑事は昔外国で流行った病気で、体が白いって言ってた。今はその病気の人はいないのかな、まぁ、見た事はないよね、余り、白い人って――」

「はぁ……」

「でも、何か気付いたら、結構、目につく事ってあるだろ? 例えば、この鳥は珍しいと思っていたら、その鳥を知った途端、結構、飛んでるもんだなぁって、よく見かけるよって時あるだろう?」

「はぁ……」

「なんて言うんだっけかなぁ、そういうの......一度知ったことについて、その後にそれを頻繁に見たり聞いたりする......注意を向けているものに寄り気付くようになるという......なんとか現象」

「カラーバス効果です。それまで知覚されなかったものが、それを知った途端に急に知覚されるようになる事。選択的注意、認知バイアスの一種とされます」

「あ、そうそう、それそれ! カラーバス現象! 効果? 流石大学生! だからさ、その効果で、目に付くようになったけど、実際、結構、白い人はイッパイいるのかもしれないね」

「それはないんじゃないですか……幾らなんでも白い人は注意して見なくても、目立つので......」

「いやね、刑事から、追ってる事件について話を聞いたんだよ。今までの被害者全員が白い人なんだってね。あぁ、被害者というか、死者になるけど。厄介なのが、他殺なのか自殺なのか病死なのか、さっぱりわからないらしい。なんせ、心臓が死ぬ前から動いている形跡がないって言うんだよ。そんな事あるのかね」

「ありますよ」

「え?」

「あ、僕、大学で、その手の事、ちょっと調べてて、つまり人間の心臓が停止した状態で人が生きてられるかって事ですよね? 生きてられますよ」

「そうなの!?」

「はい。ある治療をし続ければですが、只、その病気は、稀に生まれ持ってくるもので、やはり余命数ヶ月、早ければ、数日で死んでしまいます」

「あぁ、じゃぁ、赤子の時に、皆、死んでしまうって事か?」

「そうです。その海外で昔流行った病気というのは、どこの国か、聞いてないので、ハッキリと断言できませんが、恐らく、この病気で生まれた子がやけに多い時代があったんですよ。皆、殆ど、死んでしまいましたが、成人になるまで生きた者もいるという話もあるそうです。記録にはないそうなんで、嘘かもしれませんが」

「そうなの? へぇ。それで、その病気の治療法って?」

「ちょっと難しい話になりますが、簡単に言ってしまうと、輸血です。体に血を流す為に、心臓のパイプ変わりに、新しい血を常に入れるんです」

「血を? 他人のって事だよな?」

「勿論です。それで生命維持になるから、この病気をヴァンパイアシックと言います。あ、さっき、吸血鬼の話がでましたけど、その名の通り吸血鬼の病気って意味で付けられた病名ですね」

「ヴァンパイアシック……? その病気を持って成人になった人の記録はない?」

「ないらしいです。いつしか、その病気は誰もかからないようになったみたいですから。今の医師も知らない人はイッパイいると思いますよ。でも、古い医学書なんかには書かれてるとは思いますけど」

「キミは詳しいんだね? 大学の資料か何かには、そんな事が書かれてるの?」

「いいえ、ぼくも最近、知った事です。白い少年を探すようになって、イロイロ調べていく内に。でも大学にある資料で知った訳じゃなく、都内の図書館の保管されている医学書で知り得たんですけど。あ、別に保管庫にムリヤリ入った訳じゃないですよ、教授に頼まれた本をコピーしてくるよう言われて、ちゃんと教授からの手続き用紙も図書館の方に渡して、案内されて保管庫に入ったんです。頼まれた本を探してる時に、ナチス・ベトナムの人体実験などの試料もあって、なんていうか、その……別にぼくは変態とかじゃないんですけど、そういうの好奇心があるって言うか――」

「医学生なの?」

「あ、いえ、専攻は全く関係ないです。科学も生物もホント違います。そういう本を探しに行った訳でもなく、教授に頼まれた本も全く違うものですし――」

「そうなんだ」

「あ、だから、その、僕は至って普通のノーマルなんですけど、そういうのが、ふと目に入ったというか、気になったというか、手に取ってパラパラ捲ってしまったと言うか」

「あぁ、別にいいんじゃないかな、普通に興味深い事だと思うよ」

「ですよね! それで、そのヴァンパイアシックについて知ったんです」

「ちょっと待って、ちょっと巻き戻すけど、キミ、白い少年を探すようになって、イロイロ調べていく内にって言ってたよね? つまり、ヴァンパイアシックの患者は?」

「はい、みんな白いんです。本捲って、全て白く生まれ持つって事に手を止めたんです。あの少年だと……思って……」

「あの少年?」

「はい、でも違うんです。あの白い少年はヴァンパイアシックなんかじゃない。彼が宇宙人じゃなければ、神の使いとか、そういうのだと思うんですよ……」

「神の使い? それこそ凄い生命体になってくるな。なんでそんな神々しくなるの?」

「今日、白い人が倒れてましたよね。死体だったんでしょ? ぼくは近くで見てないけど、死んでたんでしょ?」

「うん?」

「死んだら、倒れて、そこにいますよね」

「あぁ、まぁ、犯人が隠したりしなければ、大体は死んだ場所に倒れているもんだろ」

「消したんです」

「え?」

「ぼくの目の前で、白い少年は、人を跡形もなく消した。白い砂みたいなものがキラキラと夜空に飛んでいくように、人を消したんです。そんな事ができるのは、人じゃない。宇宙からの侵略か、そうじゃなければ神様の使いです」

そのセリフで、獅子尾は確信する。白い少年はシンバの事で間違いないと――。

感染者を、この青年の目の前で倒したんだなと、大きな溜息を吐いたら、

「だから言いたくなかったんです、バカにされるから」

そう言われ、違う違うと、今の溜息はキミにじゃないと、

「会わせてあげるよ、キミが探してる少年」

獅子尾はそう言った。

「え? どういう事ですか?」

「どうもこうも、俺の息子だ、白い少年は――」

「アナタの?」

「だからいつも厳しく言ってるのに、アイツは、大丈夫だとか、言ったところで誰も信じないとか」

ブツブツ文句を言いながら、獅子尾は行き先を事務所へ決め、ハンドルを左へ回す。

「あ、あの、でも、ぼくは外人のような見た目の少年を探してて」

「あぁ、わかってるよ、俺の息子も外人みたいだ」

「あ……えっと、奥さんが……?」

「違うよ、そうじゃない。そうじゃないんだ。兎も角、キミは知り過ぎた。知り過ぎたら……」

「始末するんですか!?」

「なんでそうなる? テレビの見すぎか本の読みすぎ」

獅子尾はまたもや溜息を吐いて、そう言うと、チラッと青年を見て、

「知り過ぎたら、本当の事を全て知るしかない」

そう言った。青年はゴクリと唾を飲み込み、

「全て知ったら、なんか、ヤバいような気がします」

少し震える声で呟くように言うから、獅子尾はまた溜息を吐いた。

「キミ自身が探してるんだろ、いいか、キミ自身がもう踏み込んでるんだ。その道は、誰もが踏み込んではいけないと本能で悟れる道だよ。だから誰もが普通なら踏み込まない。でもキミの本能は、その踏み込んではいけない、立ち入り禁止の道に踏み込めと、キミを突き動かしたんだ。キミ自身が。その理由はわからない。だが、キミは、多分、知らなければならない側の人間だったって事だ。だから自らを突き動かした。偶然なんてものはないと言う人もいるが、確かに全てが必然的だとしたら……」

「だとしたら?」

「白い少年がじゃない、キミが、何者なんだ?」

「え?」

「なぜ、俺はキミに出会ってしまった? キミを見て、どうして追いかけた? 宇宙の法則とかはわからんが、全てが運命とか、必然とかなら、キミは、俺達側の人間だって事だ。キミが白い少年を忘れられず探しているのも、ヴァンパイアシックなどという病気を知ったのも、全てはキミの中の本能というものが、それに目を向けるように指示してるんだよ。その理由を知りたいなら、キミは知る必要があるんだ。今から、話す事は冗談や嘘じゃない。真実だ――」

と、獅子尾は、この世界には古くからの言い伝えと共に、本や映画やドラマなどでも知られるが、実在はしないとされるヴァンパイアとウルフマンが実在するという話を始めた――。

青年は真顔で黙ったまま窓に流れる景色を見つめながら、獅子尾の話を聞いていた。

事務所に着く頃には、大体話し終わっていて、獅子尾は青年に、このビルの二階と言いながら、見上げ、窓に明かりが点いているのを確認。

シンバ達が帰っているなと、階段を上りながら、わざと大声で、

「息子の友達もいるかもしれない」

と、人と一緒だと言う事を、シンバ達に知らせる。全て話したと言っても、万が一、大きな狼の姿で現れたら、やはり驚くだろう。

まずは少年の姿で会ってもらい、落ち着いて話をしたいと思いながら、話と言っても、これ以上、何の話をすればいいんだろうか? 俺はこの青年に何を感じて、ここまで連れて来て、シンバを紹介しようとしているんだ?と、疑問を頭の中で繰り返す。

ドアを開け、そこにシンバとガーゴイルが立っているのを見る。

獅子尾の背後から現れる青年に、シンバは目を向ける。

「おかえりなさい、獅子尾さん」

シンバは直ぐに獅子尾に目を向き直し、そう言った。獅子尾も頷き、ただいまと――。

そして少し怒った口調で、

「シンバ、彼を知っているな?」

と、まるで犯人を問いただす刑事のような声を出す。無言のシンバに、青年は、あっと小さな声をあげて、シンバを指差し、

「そう、彼だ。間違いない」

そう言った。シンバは参ったなという顔をあからさまにし、俯いて、だが、直ぐに顔を上げて、

「知ってます。彼の目の前で女子大生を灰にしました」

と、誤魔化す必要がなさそうだと思い、素直にそう言った後、

「どうして彼を連れてきたんですか? 獅子尾さんが探偵である事で、彼は何か依頼でもしてきたんですか? 例えば、警察に言っても信用してもらえないような事を」

と、シンバがそう言った後に、付け加えるように、

「例えばぁ、女子大生を灰にしたとかぁ?」

と、ガーゴイルが茶化すように言う。

「依頼なんてされちゃいない。まず冗談では済まない事を反省しろ、いいか、何度も言うが、全く無関係の人間を巻き込むような真似はするな。何を見たって、誰も信じない? そう思う方がおかしい。世の中は、俺達が知らない事で溢れてる。誰が何を知ってても、おかしくないんだ。お前達だって、お前達自身の存在を隠してる訳じゃないだろう! 言う必要がないと判断し、言わないだけなんじゃないのか? 言う必要がない、見る必要がない、そういう人にわざわざ危険に巻き込ませるような事はするな。お前達の軽率な行動1つで、彼の――」

と、そこまで、獅子尾は言った後、彼を見て、

「えっと、名前、聞いてなかったね」

そう言った。彼は、あぁ!と、頷き、名前を言おうとした瞬間、

「お兄ちゃん」

と、シャワー室を使っていたつむぎが出てきた。

「つむぎ! お前、何してるんだ、こんなとこで!?」

「お兄ちゃんこそ」

「ぼくは母さんから電話があって、お前が行方不明になったって聞いて、隣町で見かけたって情報があるからって事で、探しに行ってたんだよ」

「それで、どうしてここに?」

「それはボクのセリフだ、どうしてここに?」

「ちょっ、ちょっと、待ってくれるか? おい、シンバ、彼女は?」

と、獅子尾が2人の間に入り、シンバに問う。シンバは、つむぎを見て、

「クラスメイトです」

そう言った後、またシャワー室から出て来たのはレイヴン。今度は大きな犬も一緒に。

「な!? なんだ、その熊みたいにデッカイ......犬か!?」

と、獅子尾が驚いて後退したら、犬がブルブルと体を震わせ、水滴を飛ばし、周囲のみんなをびしょ濡れにした。

「スイマセン、こら! ここでブルブルしないの! あの、汚れちゃってて、シャワー借りたんです。服も、獅子尾くんの……シンバくんのを借りました。スイマセン」

と、何故か謝るつむぎに、獅子尾は濡れた顔を手で拭きながら、いや、いいんだと、全然よろしくないと言う表情で言いながら、シンバを睨むから、シンバは苦笑いしながら、

「その……この犬は彼女の飼い犬で……あ、そんな事より、2人は? 家族なんですか?」

と、話を変えるように、つむぎと、青年を見る。つむぎは頷き、

「私のお兄ちゃん。家を出て、1人暮らししてるの。でも近くに住んでるんだよね? お父さんには内緒で」

と、青年を見ながら言う。青年は、参ったなと言う顔で、頭を掻いて、

「ボクの事はいいんだよ。それより、つむぎ、どうして、家を飛び出したんだ? 母さんが心配して、電話かけてきたよ。隣町でお前を見かけたって、近所の人に聞いたって言うから、ボクは探しに行ったんだ。父さんも凄く心配してるって言ってた。警察にも届け出てると思うぞ? なんで帰らないで隣町なんかに?」

と、ちょっと怒った口調で、つむぎに言う。

「うちで飼ってる子達が急に暴れ出したの」

「え? 犬達がか? 暴れるって、檻に入ってるだろ? 訓練中にか?」

「檻なんて簡単に壊して、外に飛び出したの」

「は? 檻を壊す? まさか」

「嘘じゃなよ。それで、お父さんが麻酔銃を持ち出して、撃ったの」

「え? 住宅街で銃を?」

「ちゃんと許可を得てるものだから大丈夫って言ってた」

「そういう問題か?」

「とりあえず、犬はみんな、麻酔で眠って、家族以外の誰かに危害を加えたりする事なく、無事に保護できたんだけど、ハグレだけが逃げちゃって」

つむぎがそう言うと、青年はつむぎの傍で大人しく座ってる大きな犬を見て、

「大人しいじゃないか、暴れるなんて有り得ない。訓練を受けた犬だ。檻を壊したりなんてしないよ」

と、言うが、つむぎは、ううんと首を振った。

「ホントに檻を壊して逃げて大暴れだったの。特にハグレは大きいし、危険だから、保健所に連絡して殺してもらうしかないって、お父さんが言い出して、それを聞いて、私、ハグレを探しに行ったの」

「じゃぁ……夕方くらいに流れてた犬が子供を襲ったってニュース……」

あれはハグレなのか?と、言うセリフを言えずに、青年は黙り込んだ。つむぎも、何を聞かれるのか察したのか、黙り込む。すると、獅子尾が、

「キミ達の家は、こんな大きな犬を飼ってるのか? それも数匹いるようだけど、ブリーダーか何かやってるのか?」

と、問う。青年が違いますと、

「犬は、昔からの伝統みたいで、うちは弓道の道場をやってます」

そう答えた。

「あぁ! 夕里道場か? ここら辺じゃ有名な道場だもんな、御弟子さんもイッパイいる大きな屋敷だろう?」

と、獅子尾は知ってると頷くから、シンバが、

「獅子尾さんが探してる犬使いじゃないんですか? ほら、人狼草紙とか言うものに書いてあったとか言う話の――」

と、聞いてみると、獅子尾は笑いながら、

「実は苗字が望月っていうらしいんだよ、代々、その名が受け継がれてるらしいから、夕里は違う」

そう答えた。だが、シンバは、獅子尾が『望月』という名を口にした瞬間に、青年の顔が少し変わったのを見逃さなかった。だから、何か知ってるのかと聞こうとした時、ドアの所の人影にハッとして、見ると、

「その犬、人狼だよ」

と、パーカーのフードを被った、シンバと同じくらいの背丈の少年が立っている。

少年とわかるのも、声が男の子だからだ。

その少年が、物音せず、そこにいつから立っていたのか、シンバは自分の耳がやっぱりおかしくなったのかと思うが、ガーゴイルやレイヴンまでもが、ビックリした顔をして少年を見ているから、二人も気付かなかったのだろう、少年の存在に、今の今まで――。

グルルルルルッと喉を鳴らし、鼻の上に皺を寄せて、少年を見ているハグレ。

少年がフードを外すと、もっと驚く事に、シンバと同様、白い髪と白い肌をしていて、そのカラーのせいか、日本人離れした顔付をしているように思える。

今、青年が、あっと声を上げて、その少年を指差して、

「彼だ、今日、僕が彼と間違って、彼を尾行したんだ……」

と、シンバと間違って、その白い少年を尾行したと言い出し、服が尾行した人と一緒だと言うから、シンバは、尾行?と、眉間に皺を寄せた。

「と言う事は、シンバじゃないのか? シンバ、今日、お前、どこにいた?」

獅子尾の問いに、

「学校に行ってましたけど。放課後は野球してました。ガーゴイルくんも一緒です」

なんて答えるから、ちょっと獅子尾からしたら、疑わしい。なんせ、シンバが野球なんてやると思えないからだ。

だが、ガーゴイルが、ふざけた様子もなく、真面目なというか、怖い顔で、眉間に皺を寄せて、ドアの所に立っている白い少年を睨んでいるから、獅子尾は、頷き、

「じゃぁ、キミは? 隣町にいたのか? 殺人があったのを知ってるのか?」

と、白い少年に問う。白い少年はフッと笑みを零し、

「ぼくが殺したんだよ、ヴァンパイアだったから」

そう答え、皆を見回し、

「面白いメンバーが勢ぞろいしてるね。珍しい日本の人狼もいるしね。だけど、キミ達では勝てない。彼女には――」

と、

「手強いよ、彼女は。それに何を企んでるかわからない。魔性の女だ。普通の思考じゃない。デッドナイトで、まるで魔方陣をつくってるように、この街に、何か仕掛けてる。そう、彼女はもう準備しているって言うのに、キミ達はまだ彼女に近付いてもない。いや、接触はしてるのかな? でも勘付いてないだろう?」

と、

「忠告に来たんだ。キミ達が狙ってるモノは、キミ達を狙ってるよ」

と、何故か勝ち誇ってニヤリと笑いながら言った。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ、キミは誰なんだ?」

獅子尾の問いに、

「関係ある?」

と、問い返す少年。

「あるに決まってるだろう、キミが誰なのか知らないのに、キミの言う事に誰が耳を貸す? 何者かもわからない奴の言う事なんか、誰も聞かない。それに、キミの言っている事はちんぷんかんぷんだ、さっぱり意味がわからない」

「わからないのは、キミ達が何も知らないからだろう?」

「じゃぁ聞くが、彼女って誰なんだ? 名前で言ってくれなきゃ知ってても誰の事かわからんだろう!」

少し大きな声を出して、怒った感じに言う獅子尾に、

「輝夜 月子」

少年はそう言った。

獅子尾は黙り込んでしまい、シンバも、ゴクリと唾を飲み込んで、只々、何者かもわからない、白い少年の形をした何かを見つめていた――。

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