11.信用を得た者と信用を失った者
――それにしても似ている。
――声も、仕草も、あの緩く微笑んだ表情も。
――幻でも見てるようだ。
あんまりジッと見つめるシンバの視線に、
「満月のお友達なの?」
と、シンバを見て問う輝夜の母親は、何故か尊を見て、
「小学生もいるじゃない。小学生相手に何してるの? それにこんな時間まで危ないわ、小さな子を連れまわすなんて」
そう言うから、輝夜は、
「こんな時間ってまだ夕方の時間帯だよ。そりゃ空は暗くなってるけど」
と、
「それにこの子の兄貴も一緒なんだ。俺の友達は兄貴の方。あっちの外国の子達はこの子のクラスメイトで、つまり友達の弟とその友達等と野球してたんだ」
ややこしい説明をする。勿論、母親はクエスチョン顔。
翔と尊はぽかーんとした顔で、輝夜の母親を見ていて、翔の方が先にハッとすると、
「か、輝夜くんのお母さん!? 綺麗なお母さんだね、おれんちの母親と偉い違いだ」
そう言った。尊も、自分の母親と比べてたようで、翔の台詞にハッとして、うんうんと頷いて、おねえさんかと思ったと口の中で呟く。
「あら、そんな事言ってくれるなんて、嬉しいわ。でも、御世辞言ってる場合じゃなく、急いで帰った方がいいわ。特に小さな子を連れてるなら」
輝夜の母親はそう言うと、みんなを見回し、
「もしかして知らないの?」
と、問う。
「何が?」
と、問い返す輝夜に、
「4時半くらいに区内放送が流れたでしょ? 聞こえてなかったの? ニュースでも流れてるし、満月、携帯に緊急ニュース届いてないの?」
そう言うから、輝夜は首を傾げながら、携帯を取り出して見る。すると翔もズボンのポケットから携帯を取り出す。暫く、二人は携帯を見つめて、
「犬!?」
そう声を揃え、言い合って、お互いを見合い、直ぐに翔はシンバに携帯を渡した。
「なんでオレに見せてくれないの! なんで獅子尾に携帯渡すの!」
と、尊が翔に怒ったが、輝夜が尊に携帯を見せ、尊は大人しくなる。
ニュースは大きな黒い犬が現れて、子供を次々に襲っているという内容。
しかも隣の区で起きた事件で、まだその犬は捕まっていないと書かれている。
犬は野犬だと書かれていて、狼だという文字はどこにも書かれてはいないが――。
「レイ?」
携帯画面をシンバの横で見ていたガーゴイルが呟き、シンバも頷く。
「レイヴンの可能性が高い。彼女は学校を休んでいる。僕が怪我をさせたのもあるから、もしかしたら――」
「怪我を治す為に子供を喰ってる」
そう言ったガーゴイルに、止めなければとシンバはガーゴイルを見る。
そして、
「なんだか、怖いニュースなんで、僕達、急いで帰ります」
シンバがそう言うと、
「送ってあげましょうか? 帰り道、食べられちゃうかもしれないから」
輝夜の母親が、笑顔で、そう言ったので、シンバは凍り付く。
「食べられちゃうって。その言い方おかしいよ」
と、笑いながら言う輝夜に、
「あら、満月、知らないの? 狼は子供を食べようとするのよ? 赤ずきんちゃん、小さい頃、よく読んであげたじゃない」
と、絶やさない笑顔で言う母親に、
「犬だよ、狼なんて日本にいないから」
と、突っ込む輝夜。だが、ガーゴイルが、
「あぁ、食べられちゃうって、狼にって意味か。吸血鬼にって意味かと思った」
そう言って、挑戦的な目で輝夜の母親を見る。翔が何故か真ん中でアワアワしている。
ガーゴイルが小声で、あの女、なんかおかしいと呟いたのが聞こえたが、シンバは、そんな馬鹿なと思う。
「ニュースでは、子供を襲っていると流れてるだけだろ? なのにあの女、食べられるって言ったんだ、おかしいだろ!」
そう小声で言うガーゴイル。
――でも月子さんな訳がない。
――だって髪の色も瞳の色も違う。
――それに感染者じゃない。
――感染者は子供を産めない。
――それに月子さんに高校生の子供はいない。
その時、
「月子さん!」
突然、夕里パンから出て来た店員が、そう言って、
「あぁ、良かった、まだいたんですね。おつり、忘れてましたよ」
と、輝夜の母親の手の中に小銭を入れて、直ぐに店へと戻って行った。
「やだわ、うっかりしちゃって」
と、笑う輝夜の母親は『月子』そう呼ばれていた。
ハッキリとシンバの耳にも聞こえた。
ガーゴイルが眉間に皺を寄せて、『月子』と呟き、シンバを見る。
シンバも難しい顔で、彼女を見ているから、
「おい、まさか、お前の探してる女か?」
と、ガーゴイルが問う。シンバは答えない。というか、答えれない。
わからないからだ。
他人の空似にしては似すぎかもしれない。だが、輝夜 満月の母親ならば、『月子』ではない筈だ。
翔もシンバの母親の『月子』という名前を知っている。だから、まさか!?と言う顔でシンバを見ている。その視線に気付いたシンバは、考えすぎだと、フッと笑みを溢し、
「朝比奈くん、また明日!」
と、尊に笑顔で手をあげた。尊は、おう!と、手をあげてバイバイと振る。
シンバは翔にも、そして輝夜と月子と呼ばれた女にもペコリと頭を下げると、くるりを背を向けて、歩き出す。
ガーゴイルが、正体を突き止めなくていいのか?と囁きながら、シンバの横を歩く。
「ヴァンパイアと感染者は子供は産めません、育てる事もしません、彼女は人間です」
「子供は元からいたんじゃないのか? あれだけ成長してりゃ育てられる必要はない」
「いません、月子さんの子供は僕だけ」
「いや、お前も子供じゃないだろ、まぁいいや、じゃぁ、なんであの人、食べられちゃうとか言う訳? 赤ずきんちゃんって、狼に子供が喰われそうになる話だろ? なんでそんな童話を持ち出して来たりするんだよ?」
「さぁ? 童話の例えもわかりませんが、人の言葉の言い回しはもっと難しいですから、サッパリわかりません」
「あぁ、まぁ確かに、日本語は特にな」
「それより、あそこに長居してたら余計に思考も鈍る。あの花のニオイで、勘ぐらなくていい事まで勘ぐってしまっているんです。翔さんにも心配させてしまう所でした」
「あぁ、それも確かに。今もまだ頭がグワングワンする。まだ香ってるし。鼻の中を掻き毟りたくなる」
「ダッシュするなら、角曲がってからにしましょう」
「OK」
とは言うものの、物凄いスピードで早歩きしながら、角を曲がっていくシンバとガーゴイル。曲がったと同時に、既に、数キロ先へ猛ダッシュしている。
すれ違う人が邪魔だと、ガーゴイルはシンバの腕を引っ張り、ジャンプして、まるで猫のように、屋根へと飛び移った。シンバは、バランスを崩しながらも、持ち直し、屋根の上をガーゴイルと一緒に走る。
「隣町まで行くのか?」
「いいえ、あのニュースはリアルタイムではなく、数時間前のでしょうから、相手も移動してる筈。闇雲に探すより、彼女が居座っている養護施設へ行きましょう」
「養護施設? 何の場所? 誰情報?」
「児童養護施設は何等かの理由で親から離れた子供達がいる施設みたいです。学校の先生が、養護施設から通っているって言ってたんですよ。そこを拠点として動いてるなら、彼女もそこに戻る筈。もしくは、彼女が率いる群れの中の誰かがいるでしょう」
「成る程ね、探偵のやり方か、これが」
そう言ったガーゴイルをチラッと見て、シンバは、
「……スノウならどうしますか?」
と、聞くと、ガーゴイルは首を竦め、
「人間の子供が喰われてるって聞いた所で、スノウは何とも思わないよ」
そう言った後、
「でもレイを止めろと組織から命じられたら、スノウは闇雲に走るだろうな、直感と五感で探し当てる奴だよ。で、見つけた瞬間、レイの首を食い千切り、こう言うんだ、『殺すなって命じられたっけ?』って軽快な口調でね。殺した後で、それ聞かれてもね、面白いだろ?」
笑いながら言うガーゴイルに、何も面白くないし、笑い話にも聞こえないとシンバは思いながら、無言で走り続ける。だが、レイヴンと戦った事のあるシンバは、ふと、そんな簡単な訳ないと思い、本当に笑い話だなと、ガーゴイルの嘘を見破ったように、
「でもレイヴンは強いですよ、簡単に首を食い千切るなんて無理ですね」
少し得意げにそう言った。
「ハハッ、それこそ笑えるよ、スノウはもっと強い。レイなんて敵にもならないさ。簡単に首を食い千切れる。だからレイも1人で復讐できないんだ。お前と二人で戦えないとわかっているから、群れをなして、日本に来たんだろ」
そう言った後、
「あ、お前の事じゃないよ、スノウだからな? スノウ相手に勝てる奴なんていないよ」
と、オレの自慢の友達といい笑顔をするから、シンバは何も言えなくなる。
人格が違うだけで、強さも変わるものなのだろうか。
肉体的なものは同じで、持ってるものも同じな筈なのに、中身が変われば、違うのか。
それとも、やはり食べ物の違いか......
「おい、話しながら走ってるせいもあるのか、速度が遅すぎる。ウルフになろう! その方がスピードが出る。お前が誘導してくれれば、オレは後を付いて行くから」
「ダメです、狼になれば服が脱げてしまいます」
「別にいいじゃん、レイに会うだけなんだろ? 後はレイの子分みたいな連中?」
「いいえ、養護施設には人間もいますから、レイヴン達とだけ話す訳じゃありません」
「いや、だってさ? レイが施設で大人しくしてると思うか? 人間なんて殺してる」
「……兎に角、今は人の姿で行きます!」
「この姿で、ずっとこのスピード出し続けられると思うのか!?」
「無理でしょうね」
「無理って、じゃぁ施設は近いんだろうな!?」
「いいえ、遠いです」
建物と建物の間が広く開いた場所も軽く飛んで、障害となる物は飛び越えて、飛び跳ねて、まだ軽やかに走り続ける2人は、駅前に来ていた。
シンバは少し高めの建物の上、駅前を見下ろし、
「あれに乗ります」
と、動き出そうとしているバスを指差し、建物から飛び降りる。
その距離から落ちて、バスの上に大きな音もなく、ストンと身を軽く置くのだから、人間ではない。勿論、ガーゴイルも、その程度の事、当たり前にやってのける。
出発するバスの上で、シンバは、ちらっとガーゴイルを見て、
「ここではなく、ちゃんとバスに乗りましょうか、人の姿ですし」
そう言うと、
「いや、いいよ、ここで」
と、ガーゴイルは、バスの上で、くつろぎ出すから、
「あの……アナタとスノウという僕は仲が良かったんでしょうか?」
と、シンバは、そんな質問をしてみる。
「普通じゃん?」
普通って、どう解釈していいのか、わからないシンバは、黙ったままガーゴイルを見つめる。ガーゴイルはその視線に苦笑いしながら、答える事となる。
「そんな見られても困るって。別に仲が悪いって訳でもないし、普通に仲が良かったんじゃないかって事だよ。つるんでたから」
「つるむって、つまり、いつも一緒にいたって事ですよね? 気が合ったんでしょうか? 僕と――」
「いいや、お前とは気が合ってる訳じゃないよ。気が合ってたのはスノウの方だ」
「……そんなに違いますか?」
「違わないと思うの?」
「思いません。でも僕だったのでしょうから、同じな訳で――」
「どうかな、だいぶ違う。というか、全然違う。見た目は同じだけど、オレからしたら、只のソックリな奴なのかなって思うよ」
「なら、どうして、僕と一緒にいるんですか?」
「信用ないからだよ」
「え?」
「オレは人間と手を組んでる訳じゃないよ。確かに組織の一員だけど、その組織も人間が創り上げたものだけど、オレは人間の味方ではない。ウルフマンとして、都合のいい生き方をしてるだけで、人間もそうだろう。人間が契約を破るなら、オレも当然、人間を切り捨てる。お前は?」
「……」
「あぁ、いいよ、別に答えなくて。わかってるから」
「わかってる?」
「獅子尾とか、今日、野球やった奴等とか、お前の周りにいる人間を切り捨てられないんだろう? 例えば、奴等を裏切らなければ、ウルフマンの身に危険が及ぶって事態が起こったら、お前、どうする?」
「……」
「お前は奴等を裏切らない。だろ? でも、ウルフマンであるオレやお前自身の事は救わないんだ。違うか?」
「……」
「答えろよ」
「……」
「答えろって! お前、人間と、ウルフマンと、どっちの味方なんだよ?」
「……わかりません」
「わからない? そういう答え方もあるんだな」
ガーゴイルは、そう言って、ははっと声を出して笑った後、真顔で、
「だから信用ないんだよ、お前」
そう言った。
「つまり、僕と一緒にいるのは、僕を見張ってるって事ですか?」
「かもな」
「ヴァンパイアを倒すという目的は同じです。信用なくても組織にとって悪くなるような事なんてしませんよ」
「お前はヴァンパイアを倒せない。倒すだけの力がない。それをオレも知ってる。でも組織には内緒にしている。お前が、万が一、感染者にでも負けてみろ、組織はオレ達を問い質すだろうな。契約と違うじゃないかって――」
「感染者に負けるなんて有り得ません」
「スノウならな」
「僕だって!」
「信用ないから」
「……」
「お前の強さなんて、これっぽっちも信用してないから、オレ。ちゃんとした飯も食わない奴に、ウルフマンとしての力を出せると思ってないから」
「……」
「まぁ、安心しろよ、オレが一緒にいれば、感染者どころかヴァンパイアも倒せるよ。それで組織の目は誤魔化せるんだ。あぁ、別に感謝しろなんて言わないよ、自分の為でもあるからね。オレも組織に黙ってる訳だからさ、共犯みたいなもんだろ? だけど、バレた場合、それはオレやお前だけでなく、全く無関係のウルフマン達までも、人間から信用を失うって事、忘れるなよ? お前がやってる事は契約違反だって事、それは簡単に言えば、約束を破ったって事なんだからな? 子供でも約束を破る奴は信用しない。ましてや人間だって犠牲を払っての契約なんだ、遊びじゃない、オレ達ウルフマンも、人間も、生きる為に、戦う為に、チカラを得る為に、契約してるんだって事、誰も傷つかない方法なんてないんだって事、諦めなきゃいけない命があるって事、それで生かされてるって事、忘れるなよ? 時には思っていた悪が世界を正常に動かしている正義だって事もあるんだ。正しいだけじゃ救えないよ、誰も――」
言葉が何も出て来なくて、シンバは黙ったまま、向かい風に目を閉じた。
ヴァンパイアを倒すチカラを出せないのは、ウルフマンとして致命的。
人類が感染者だらけになって、死者で溢れたら、世界は終わるだろう。
生きている者がいなくなったら、死者も、生きた人間の血を糧に動いているのだから、きっと、飢えで、思考はおかしくなって、暴れ出すだろう。
感染者同士、無駄な戦いをして、銀の聖なるナイフで胸を刺す事もなく、首を跳ねたり、体を切り裂いたりして、内臓が飛び出したまま動くようになって、映画や漫画、ゲームの世界にいるゾンビみたいになるだろう。
それでも架空の世界では動かなくなるからマシ。実際は、首だけになっても動くから厄介だろう。焼かれたって、灰にはならない。真っ黒焦げになるだけで、それが動いている。ちゃんとナイフで胸を刺して、綺麗に消してあげなければ、魂が抜けなくて、あの世に旅立てないまま、ずっと、壊れた肉体の監獄の中だ。
そんな世界にならないように、人間はウルフマンを生み出し、最小限の被害で済むようにしたのだから、それに従った方が正しい。
バスはどんどん山の方へと向かい、上り坂を行く。
「養護施設って随分辺鄙な場所にあるんだな、子供の施設なんだろ? なんでこんなとこにあるんだろうな。変だよな、人間ってさ、子供を大事にって言うけど、いらない子供は遠くへやりたがるよな? いらない人間っているんだよな、何の役にも立たない人間。そういう人間でも役に立つように使えばいいんだけどね」
そう言ったガーゴイルに、シンバは振り向かず、暗い山道を見ながら、それは遠回しに何かを言おうとしてるのかと思っている。
そして駅前からバスに乗って15分の場所、パイプ工場跡地というバス停で飛び降りた。そこから歩いて5分の場所に養護施設はある。
「場所、よく知ってんな」
「来た事はないです。でもそんな広い街じゃない。ヴァンパイアがいるかもしれない街は、最初にあらかじめ地図でイロイロと場所を把握してあるんです。いろんな街を転々としてきました。この街は最初から……僕の記憶が失って、そして始まった街だから、他の街よりは少し詳しいかもしれませんが……」
「月か。灯りがなくても明るいな」
と、ガーゴイルが空を見上げ、そして、
「闇に隠れきれてないぞ、出て来いよ」
そう言った。あちこちから現れる人影。ガーゴイルはフンッと鼻で笑い、
「レイの手下共がお出迎えか。リヴァ、マロン、フォーン、クレイ、アラバスター、レドグレイ、勢揃いか? おっと、アルジェリアンがいないな。どうでもいいけど歓迎はされてない様子だ」
と、影を見回し、一人一人の名前を言う。アルジェリアンがいないと言うが、後一人、影の中に、肝心のレイヴンの姿はない。
「スノウとガーゴイル。何しに来た?」
「おっと、呼び捨てかよ。なめられたもんだな、オレ達も」
「いつまでも過去の栄光に縋ってる爺さんを敬う気はない。そもそも新世代の強さを知らないだけだろ、アンタ達はもう退いて、日向ぼっこでもしてろよ」
「言うねぇ、その割に多めの人数じゃないか? 新世代ってのは、人数で勝とうっていう考えなのか? ま、一理ある、多勢に無勢って言葉があるしね。ところでキミ達も日本語うまいね。どのくらいでマスターした訳? その皮肉たっぷりの日本語」
「ガーゴイル、そうやって余裕で笑ってられるのも今の内だ」
「おっと、よく聞く台詞だ、それ。ドラマでも漫画でも映画でも。どこの世界でも共通する悪役の台詞。いいね、いいね、自分が悪役ってわかってくれてるのは」
ガーゴイルは笑いながら、そう言った後、
「いちいち、悪党だと説明しなくていい」
と、シンバに言うから、シンバは、そんな事はどうでもいいと、
「レイヴンに会わせてほしい。話があるんだ。戦いに来た訳じゃない。無駄な戦いはやめよう。誰も傷つけたくない」
そう言った。すると、ガーゴイルはあちゃーと自分の頭を叩き、
「それ、ドラマでも漫画でも映画でも無駄な台詞」
そう言って、バッと拳を握り、戦闘の構え。
「その通り! 誰も傷つけたくないと言う奴こそ、痛い目に合う!!」
と、飛び掛かって来たのは、ベージュっぽい色のような毛をしたアラバスターと呼ばれた者。
しかし、アラバスターの拳を受け止め、その拳を強く握り締めながら、
「やる気あるなら、本気でかかってこいよ」
と、ガーゴイルはヘラヘラした笑い顔を真顔にして、そう言うと、アラバスターの拳を放し、皆を見回し、
「おい、お前等、喧嘩じゃなく、殺しに来い。オレはそのつもりで戦う」
そう言った。シンバが何か言おうとするが、ガーゴイルが、何も言うなと、シンバの前に手を持っていき、
「見せたいんだ、お前に」
と、
「本当のウルフマンのチカラを」
と――。
そして、皆を見回し、
「本気でオレを、ヴァンパイアを殺すように殺しに来ないと、お前等オレに殺されるよ? できる事なら殺したくない。未来ある若者達だ。だから本気でオレを殺しに来い」
そう言った。シンバは何を言っているんだと、ガーゴイルの腕を掴むが、その腕を直ぐに振りほどかれ、
「お前は黙って見てろ、ウルフマンの本当のチカラ。契約のチカラって奴を」
と、一歩前へ出る。
アラバスターは一歩後退し、
「爺さんが威勢いいな。そこまで言うなら、殺されても文句言うなよ?」
と、戦闘の構え。直ぐ後ろで、
「でもレイヴンさんはコイツ等を殺すなって」
と、ブラウンっぽい毛色をしたマロンと呼ばれた者。
「It hates the elderly to hurt」
日本語をまだ覚えてないのか、英語で何か言ったのは、やはりブラウンっぽい毛色のフォーンと呼ばれた者。
「ははっ、確かにな!」
と、フォーンが言った事に笑ったのは、薄茶色の毛色をしたクレイと呼ばれた者。
「あぁ、確かに年寄りだが、過去の栄光を持った年寄りだ、過去諸とも潰すのも悪くない。レイヴンさんが殺すなって言うなら、痛めつける程度でいい、何もコイツ等の言い分なんて聞く必要はない」
と、ブラウンっぽい毛色のリヴァと呼ばれた者。
「いいや、殺せと言われて、殺さない方がおかしい。こういうのはどうだろうか? レイヴンさんは殺すなと言ったが、思いの他、相手が弱すぎて、虫を殺すが如く簡単に死んでしまったもので、致仕方なかった……という筋書き」
青みがかったシルバーっぽい毛色のレドグレイと呼ばれた者がそう言うと、皆、それがいいと、頷く。
「脅しにもならない丸聞こえの相談は終わりか? 意見はまとまったのか? そろそろかかって来てくれるか? 爺さんは待ちくたびれたよ、坊ちゃん嬢ちゃん達」
ガーゴイルの声が余裕に聞こえるので、シンバは、この人数相手に勝機があると言うのか?と、眉間に皺を寄せる。
――ウルフマンの本当のチカラってなんだ?
――パワーやスピードだけじゃなさそうな話だ。
――経験? 慣れ? 戦いのセンス?
ガーゴイルに飛び掛かる影達。パンチやキックがガーゴイルに向けて放たれるが、うまく受け止めたり、避けたり、または当たったり。
シンバの眉間に余計に皺が寄る。
――なんだよ、この程度なら、僕だって戦える。
――そりゃ僕は狼の姿で彼等に出会い、彼等にやられてたけども!
――これなら、僕も参加できる戦いだ。
シンバがそう思った瞬間、全員、一斉に、円となって中心にいるガーゴイル目掛けて飛び掛かる。
――やられる!!
シンバがそう思い、ガーゴイルを助けに走ろうとした時だった。
一斉に、皆が、殴り飛ばされるかのように、後ろへ飛んだ。
うまく、くるっと回転して、着地する者もいれば、そのままゴロゴロ転がって、土埃を上げながら倒れてしまったり、そのまま塀にぶつかって、塀を壊してしまったり。
何が起こったんだと、シンバは、ガーゴイルを見ると、ガーゴイルは踏ん張るように両足を広げて、両手を広げて、息を荒くしている。
――な? なんだ? 何をしたんだ?
何故、6人も一斉に、同時に、吹き飛んだのか、シンバは、わからない。
ガーゴイルを中心に、何が起きたんだろうかと、シンバは、一番近くに倒れているマロンを見ると、頬に、何か掠った傷ができている。ナイフのような尖ったものだろう。
でも、ガーゴイルはナイフなど持っていない。
バシッと言う音で、シンバはハッとガーゴイルの方を向くと、直ぐに起き上がった者とバトルは始まっている。
バシッバシッバシッと、拳を受け止め、払い、流し、そして、相手に重い一発をかます。シンバの目に、脳に、理解できるバトルシーンだ。
今、ガーゴイルの手の平から放たれる見えない何か――。
アラバスターが、腕をクロスにし、頭を守るようにして、顔を隠しているが、その腕や体全体に、小さな傷ができていく。服もあちこちが切れ始める。
――風? 風の刃?
――手から風を生み出してるって言うのか?
ガーゴイルの広げた手から放たれる風は鋭い刃となり、相手を攻撃している。
もう片方の手で、打撃攻撃を受け止めながら、もう片方の手で風を放ち、まるでゲームや漫画などで出て来る魔法のようだ。
そして、ガーゴイルは、両手いっぱいに広げて、大きな風を生み出し、皆を退けさせる。その風にシンバも後退し、目を閉じた。目を開けた時にはガーゴイルの姿はなく、皆が、キョロキョロしていると、
「本気で殺しに来いと言っただろ、人の忠告は聞くもんだ、聞かないから、これで最後になる。悪いが、手加減しない」
と、空から声が下りて来た。見上げると、宙に浮いているガーゴイル。
――空を飛べるのか!?
いや、そのシンバの考えは間違っている。空を飛べるのではなく、風に乗っているのだ。そしてガーゴイルの両手には風が吹き荒れている。あれが落とされたら、風の刃が一斉に降り注ぎ、皆を貫くだろう。
やめろと言おうとした時、更に、
「本気出してくれないから、オレも本気出せなくて、ウルフマンのチカラ見せれなかったじゃないか」
と、残念そうに言うガーゴイルに、これがウルフマンのチカラじゃないのか!?と、シンバは言葉を失ってしまう。
瞬間、降り注ぐ風の刃。
ブォッと言う音が耳を貫き、上から下へ落ちる風の威力が、大地にぶち当たり、そのままアスファルトの地を削り、その破片がシンバの方へ飛んでくるから、シンバは身を防御する事で精一杯。
静かになった頃に、やっと目を開けて、みんな死んでしまっただろうと、シンバは想像していた景色を、リアルに、息を呑み込む。
死んではなさそうだが、血だらけで、皆が倒れている。まるで大量殺人現場のような光景。意識がある者は息を荒くしながら、何かに手を伸ばすようにして、立ち上がろうとしているが、立ち上がれなくて、その場でもがいているように見える。
「やれやれ、この失態をレイヴンにどう説明するんだ?」
宙に浮いたまま、高い場所で、見下ろしながら、そう言ったガーゴイルに、
「まだ戦いは終わってない」
と、一人だけ無傷で立っているのは、リヴァ。
しかもリヴァの手の中に持たれているのは、風の刃。
風を受け止めたと言うのか?と、シンバは、驚くが、
「なんだ、お前も風なのか」
と、ゆっくりと下へ降りて来て、ガーゴイルはニヤニヤ笑いながらリヴァに言う。
――お前も? お前も風なのか? 他のウルフマンは風じゃないのか?
――ウルフマンのチカラは風を生み出すチカラって訳じゃないのか?
シンバの頭の中はすっかり混乱している。
「ガーゴイル、本気を出したいと言ったな? 出したいなら出せよ。遠慮するな」
「そうか? あんまりチカラの差がありすぎたら、強いのか弱いのかサッパリわからないだろ? だから遠慮は必要だと思うんだ、礼儀だよ、礼儀」
「フン、過信しすぎだな、爺さん。それとも只のボケか?」
「最近の若い奴は礼儀を知らないね。身をもって教えてやるしかないのか?」
なんなんだ、その会話……と、シンバは、唖然としながら、ガーゴイルとリヴァの会話を見ている。
「同じ風なら、寄り強い風が弱い風を吹き飛ばす。自然の原理だ。だろ?」
そう言ったガーゴイルに、フンッと鼻で笑うリヴァだが、どれだけ挑発して、強がろうが、リヴァの作り笑いだと、額の汗が語っている。それにガーゴイルも気付いている筈だ、本気なんか出したら、きっと、殺してしまうと――。
なのに、ガーゴイルは、月に向かって雄叫びを上げ出し、体全体から風を吹き出させ、筋肉を盛り上がらせるように、バンバンバンと腕、胸、腹、脚が大きく腫れ上がり、服が弾けて千切れたかと思うと、そこには、今までのガーゴイルの姿はなくなっていた。
まるでよくある漫画やアニメの変身シーンだ。
なんなんだ、あれは?と、シンバは驚きを通り越して、放心状態。
人でもない、狼でもない、化け物としか言いようのない姿、そう、言うなれば……
ウルフマン!!
狼の毛で覆われた筋肉質でプロレスラー並の大きな人の体のカタチ。人の顔ではなく、狼の顔で、しかも体型に見合った大きさだから、牙も大きく鋭い。
ガーゴイルから放たれる風が止まると、シンと静まり返る。
月の光がウルフマンを照らし輝き、その光でさえ、追いつかないスピードで、気付けばリヴァの顔を鷲掴みし、持ち上げている。
ウルフマンの喉から聴こえるグルルルルという唸り声。
リヴァの頭を軽く握っただけで、ぎぎぎっと骨が今にも潰れそうな音がシンバの耳に聴こえた。このままだと、リヴァの頭を潰してしまうだろう。
リヴァは両手でガーゴイルの手を何とかしようとしているが、どうにもならない。
バタバタと動いていた両足も静かになる。そして、
「……同族殺しだな……ガーゴイル」
リヴァは唇の端から涎を垂らしながら、瞳をギュッと閉じて、そう言った。そして片方の目を少し開けて、ガーゴイルを見ながら、
「殺せよ、レイヴンにこの失態を説明しなくて済む」
死を恐れぬと言わんばかりに、無理な笑い顔で言う。だが、
「そこまでよ、ガーゴイル」
と、その声で、ガーゴイルは振り向く。すると、シンバの首に腕を回したレイヴンが、
「リヴァを離しなさい。さもなくば、スノウの首をへし折るわ」
と、シンバの首をグッと絞めて言う。シンバも苦しそうな声を漏らす。
グルルルと、喉を鳴らし、鼻の頭に皺を寄せたガーゴイルは、リヴァの頭を更に強く握り、全く離す様子はない。すると、
「よぉく考えなさい。確かに、リヴァを殺した後、直ぐに私の所へ来て、私を殺す事は可能だわ。でも、アナタがリヴァを殺して、私の所へ辿り着くのに、数秒もかからないとして、私がスノウの首をへし折るのに、数秒もかかると思う? 私の群れは全滅したとしても、アナタもスノウを失うわ」
そう言って、レイヴンも、シンバの首を更に絞める。そして、
「リヴァを離せば、私もスノウを離すわ。約束は守る。私はアナタ達と違って、同族を裏切ったりしない。例え、気に好かない相手だろうが、倒すべき宿敵だろうが、復讐を果たさなければならない相手だろうが、自分が約束した事は守るわ。口にした事は絶対に守る。ガーゴイル、リヴァを離すのよ、そうしたら、私もスノウを離す」
と――……。
暫く、ガーゴイルは手に力を入れず、唸り続けながら、レイヴンを見ていたが、
「早く決断しないと、スノウは息ができなくて、呼吸が止まるわよ」
そう言われ、確かに、首をグッと強く絞められているシンバは息が苦しそうだから、ガーゴイルは、スッと鼻の上の皺をなくし、大きな鼻から溜息を出すように、呼吸を吐き出した後、手を広げ、リヴァを地面に落とした。
勿論、レイヴンもシンバを突き飛ばし、解放すると、リヴァに走り寄り、額から出ている血を見て、傷の深さを確認した後、他の倒れている者達の傷も見て回る。
「どうせ直ぐ治るだろ、その程度の怪我」
と、気付けば、ガーゴイルが人の姿に戻っている。だが、着る服は破れてしまった為、真っ裸だが、慣れているのか、当たり前のように平気そうにして、そこに立っている。
シンバは咳き込みながら、絞められた喉を押さえ、
「ガーゴイル……キミは……あんな化け物みたいになれるのか?」
そう聞いた。ガーゴイルは、シンバを見て、
「お前もなれるんだよ。だって、あれがオレ達の本当の姿だろ、ウルフマンとしての、最大のチカラを発揮できる姿だ」
と――。
「で、でも、なら、どうして他のレイヴンの仲間達はウルフマンにならなかったの?」
「なれないんだよ。若すぎるんだ。若い頃はウルフマンとしてのチカラに耐えられるだけの筋肉を付ける時期なんだよ。まぁ、精神的にも呪いに堪える心構えの時期って事かな。あんな化け物になりたくてなってる訳じゃないからね、精神的に参ってしまう奴も少なくはない。それに、まずは自分のチカラがどんな能力を持っているのか、若い頃は覚醒時期だ。大体、1年で覚醒し、得た能力を自分で操れる精神力や持久力なんかも鍛える時期になって、能力が最大レベルまで達したら真のウルフマンとして覚醒するんだ。5年も過ぎれば、大体はウルフマンとして覚醒するよ。だからヴァンパイアと戦って勝てるウルフマンは5歳以上だ」
「……能力って、ガーゴイルが生み出してた風?」
「あぁ、オレは風を使えるんだ」
「僕も使えるの?」
「勿論、お前は氷だ」
「氷?」
「お前は本当に最強のチカラを持ってたよ。えーっと、日本語だと、絶対防御全部返しって言えばいいかな? それができたからな」
「な、なにそれ? どういうチカラ?」
「固くて大きな氷の壁の防御をつくり、誰の攻撃も、お前自身には当たらないんだ。それが絶対防御。そこまでなら可愛いもんだ、だが、その壁を壊す為に攻撃を繰り返す敵に、氷は罅割れて行くが、割れた途端、壁が受けた攻撃が、割れた氷に寄って、鋭い刃になって、敵にフルカウンターって訳だよ。つまり、お前は無傷で、攻撃を受けた壁が受けた分の攻撃を相手に全返しするって言う恐ろしい最終兵器みたいな能力だ」
「そ、そんなチカラが僕に?」
「あぁ、でも弱みもある。その防御の間は、お前は攻撃を出せない。でもオレとお前はコンビで、最強だったんだよ。その最終兵器みたいな技を出さなくても、そして、わざわざ本当の化け物となった醜い姿を晒さなくても、オレの風のチカラと、お前の氷のチカラを合わせたら、無敵だった。オレの鋭い風の刃が、お前の鋭い氷の結晶の刃と共に、オレの風に乗って、無数の最強の剣を敵に降り注がせられたからな。それだけじゃない、お前がオレの風に乗れば、スピードは光の如く……それはちょっと言い過ぎか?」
「……」
「言い過ぎにしろ、それくらいのチカラをオレ達ウルフマンは持っている。お前もな。だからお前が契約を果たしたら、使えるチカラなんだ。オレ達だって個々は弱い。特に若い頃は。確かに一匹狼ってのもいなくはない。だけど仲間と釣るんで、群れて、能力を合わせて、弱さを補って戦うんだ。オレ達は人間の呪いから生まれた生き物だ。呪われた通りに、契約を果たして、チカラを得なければ、弱いままなんだよ。ヴァンパイアも倒せなければ、生意気な若造にだって勝てやしない。ましてや、もう、オレ達は老いてきているんだ、チカラは弱まる一方だ。出せる時に、出して、やるべき事をやらなければ、あっという間に終わってしまうよ。何も残せないまま、終わっていいのか? 呪われた生き物でも、生きた証を、この世界に刻みたいと思わないか? 最強だと言われたチカラをお前は持ってるんだぞ? それを使わないまま終わらせるなんて、そんなの間違ってる。そういうチカラは欲しくても手に入らないんだ。誰もが羨むものを持ってるのに、お前はそれを無駄にしているってわかってるのか? 今のお前の最大のチカラなんて、オレの最大のパワーの少しにもならない。一緒に戦っても足手纏いで迷惑になるだけだよ」
ガーゴイルは、そう言った後、何も言わなくなったシンバに、溜息を吐いて、
「ここへ来た理由を見失ってるぞ、レイに話があるんだろう?」
そう言われ、シンバはハッとして、レイヴンを見る。
レイヴンは仲間達の傷を見ている。
「あの……レイヴンさん……」
シンバがそう言うと、レイヴンは振り向き、キッと睨むようにシンバを見る。
彼女の纏うオーラも目付きも全てにおいて攻撃的。
「あの……えっと……今日は学校へどうして来なかったんですか?」
「何の話してんだよ、隣町で子供食ったのか?って聞くんだろう?」
そう言ったガーゴイルに、なんでそんなストレートにいきなり本題を出すの!?と、シンバは思うが、余計な話は無用だったのか、
「食べてないわ」
レイヴンは冷静な声色で、そう答えた。だが、シンバは、そんなレイヴンを見て、
「嘘ですね」
そう言った。
「嘘なんて言ってないわ、嘘吐きはアンタでしょ!? 裏切り者の嘘吐きはアンタじゃないか! スノウ! よくも! よくも平気で私に近付いて来られるもんだ! 甚振ってから殺してやろうと思ったが、一気に殺してほしいのか!?」
冷静じゃない甲高い声を出して怒鳴るレイヴンに、
「僕に迂闊にも、やられた傷は治ってるみたいですね。それにレイヴンさんは2日間も学校を休んでいる。子供を物色しに行ってたんじゃないんですか? そして今日、子供を食べて、傷を治したんじゃないんですか?」
と、もう遠慮せずに聞き出す方向にしたシンバ。
「だったらどうだって言うの?」
「子供は殺したんですか?」
「だから! だったらどうだって言うのよ!?」
「だったら、僕はアナタを許す訳にはいきません」
「は!?」
「この街は僕の縄張りだ。勝手な事されちゃ困る」
「……フン、やろうって言うの? いいわよ、アンタ、後悔するよ?」
「そうでしょうか」
「アンタの方はまだ傷が癒えてないじゃない。それでこの私と戦うの? 本気?」
「僕はいつでも本気です」
今にもレイヴンが鼻の頭に皺を寄せて唸りそうな雰囲気だ。だが、レイヴンもバカじゃない、シンバが1人で戦うと言っても、傍にガーゴイルがいる事で、直ぐには飛び掛からない。群れの仲間はやられたばかりで、負傷中。それでも、やらなきゃ、なめられたまま退けないのがリーダーの務め。
睨み合うシンバとレイヴン。
「はいはいはいはい、冷静に話し合おうじゃないか。オレはレイの言ってる事は嘘じゃないと思うよ」
ガーゴイルがそう言って、シンバとレイヴンの間に入った。
「レイはね、昔から噂があるんだ、かなりの偏食者だってね」
「偏食?」
「赤毛の子供しか食わないんだよな?」
そう言って、ガーゴイルはレイヴンを見る。黙っているレイヴンに、今度はシンバの方を向いた。
「お前が、レイのチームにスパイとして入ってた頃に、お前自身の口から聞いたよ。レイは赤毛の子しか食わないって噂、本当だってな。ブラウンでもブロンドでもダメ。赤毛じゃなきゃ食わない。確かにそう言ってた。日本に赤毛はいないだろう? 食われた子供は赤毛だっけ? 違うだろ?」
「ちょっと待って下さいよ、ガーゴイルくん。キミが言ってる事はおかしいですよ」
「なにが?」
「だって隣町で犬が子供を襲ったと言うニュースを聞いて、最初に、レイヴンさんだと言ったのは、ガーゴイルくんだ」
「あぁ、うん、確かに、レイって言ったね、オレ」
「でもレイヴンさんは赤毛の子供しか食べない? だったら、どうしてレイヴンさんだなんて言ったんですか!?」
「レイの所へ連れて行ってもらいたかったから」
「はい?」
「何の用事で?とか、聞かれて、答えたら、連れて行ってくれそうにない。大体、オレがどうして学校へ行ったと? 野球しに行った訳じゃない」
ガーゴイルが来た時に言った台詞を思い出すシンバ。
『授業終わった後なら、彼女と話できるだろうし』
確か、そう言っていた。でも、『怪我してるシンバだけで、レイと揉めるより、怪我してないオレも一緒にいた方が安心だろ?』とも言っていたが、それは言い訳で、本当はレイヴンに会いに来たって事かと、シンバは思う。
だとしたら、それは復讐をするレイヴンを止める為――?
それとも、ヴァンパイアから永遠の命を得ようとするレイヴンを倒す為――?
いや、そんな事なら、正直に答えられる筈だ――。
ガーゴイルはレイヴンを見て、
「なぁ、レイ? スノウにやられたんだって?」
と、問うが……
「……」
レイヴンは黙っている。
「でも怪我はしてないな。やられたのは掠り傷程度だった? いや、そんな訳ないよな? つまり、お前、人間の肉を食ったんだよな?」
「だから、それがどうかしたのか?」
と、怒った声色と表情のレイヴンに、
「あぁ、どうもこうも、お前が喰ってる肉を少し分けてもらおうと思ってさ」
と、不敵な笑みで言うガーゴイル。
「は!?」
「お前の群れの一員だったスノウから聞いてるよ、赤毛の子供の肉を干し肉にしてあるんだって? それ、半分、分けてくれよ、持ち分の50パーセント、よこしてくれ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、ガーゴイルくん」
「黙ってろ、スノウ! いいか、干し肉なら、悲鳴も上げなければ、温度も、血で塗れた生々しさもないから、無理にでも呑み込むくらいはできる筈だ! 獅子尾は日本でヴァンパイアを倒していた者がいたとか言ってたけど、そういう本を読んだだけの想像力と憶測であって、何の手がかりもないだろう! 結局は頼りになるのはウルフマンのチカラだろ!? お前はそのチカラを持ってるんだ、最終的に、それを出せるチャンスは手に入れておくべきだろう! それに、お前、獅子尾が好きだろう? 獅子尾の身に何かあってからじゃ遅いんじゃないのか? 何があるかなんてわからないぞ、ヴァンパイアは、もしかしたら、直ぐ傍にいるかもしれないんだ、誰も気付いてないだけでな」
シンバは何も言えなくなって、下唇を噛みしめる。
「おい、レイ、干し肉、持ってんだろ?」
「持っててもあげる訳ないでしょ。大体なんでよ? なんで欲しいのよ?」
「見てわかるだろ? コイツ食わないんだよ、だから、怪我がいつまでも治らない」
「そんなの私の知った事じゃない。寧ろ、その方が、私としては都合がいい」
「だろうな、スノウをやるなら、今がチャンスだ。でもどうかな、レイ。群れのリーダーとして、こんな非力な奴を倒しても意味あるのか? なぁ? 前の仲間はみんなスノウにやられたから、ここにいるメンバーはスノウを話で聞いて知ってるだけで、実際は知らないよな? で、今のスノウを知った所で、みんな、お前をリーダーと認めるか? 寧ろ、話に聞いてたのと違うじゃないかって、こんな奴にやられたなんて、リーダーとして認められないってなるんじゃないのか?」
「……」
「知ってもらいたいだろ? スノウがどれだけ強かったのか。その強いスノウにやられたから、やり返しに来たんだって。そう、だって、強いスノウと互角に戦い抜いて、生き残ったんだもんな? お前には群れを率いるだけのリーダーの資格がある。だろ?」
「……半分もあげないわ。10」
「別に干し肉だけ食ってる訳じゃないだろ? 人間が喰うものも食えるんだし、半分くれたって飢える事はないだろう……45だ」
「なら、そっちこそ、人間の食べ物でいいじゃない、20よ」
「考えてみろよ、ここにヴァンパイアが現れて、一番頼りになるのはスノウだ、40」
「私はヴァンパイアを倒しに日本へ来た訳じゃないわ、25」
「でもヴァンパイアを見つけて、永久の命を手に入れたいんだろう? 35! これ以上は負けられない」
「30よ! 私もこれ以上は無理!」
「30?」
「ええ」
「持ち分の30パーセント?」
「そうよ」
「よし、いいだろう、30で」
「え?」
「もともと10で良かったんだよ。持ち分の10パーセントもくれりゃ充分だった。だって、コイツ、食うかどうかもわからないから。でも30もくれるなんて、気前いいね、流石、群れのリーダーともなると太っ腹だよ」
そう言って笑うガーゴイルに、今にも唸り声を上げそうに、鼻の頭に皺を寄せる表情のレイヴン。
「あの……僕はそんな……いらないから……」
オドオドと、そう言ったシンバをキッと睨み、レイヴンは、
「アンタなんなの!? なんか雰囲気が大幅に変わってない!? キャラブレしてんじゃないわよ! 何を企んでんのよ! 本当に干し肉で本性現すんでしょうね!? こっちは30も取られるのよ!? 大体なんで肉食べないのよ!? 何を企んでるのか知らないけど、アンタが通ってるスクールには、小さい子がウジャウジャ気持ち悪い程いるじゃないの、食べ放題でしょうが! サッサと怪我を治して、本性出しなさいよ、こっちは、それを待ってんだから!!」
八つ当たりみたいに怒鳴りだす。
「なぁ、レイ、コイツは……お前の知ってるスノウじゃない」
そう言ったのはガーゴイル。
「記憶がなくて、なんもかんも忘れてるんだ。だからずっと日本にいた。組織の命令で日本にいた訳じゃない」
「……はぁ? そんなの信じないけど」
「信じる信じないはレイの好きにしたらいい。でも嘘じゃない。本当の事だ」
「悪いけど、私は二度と騙されないわよ、何か企んでるんでしょ? スクールでシンバって呼ばれてるのは何なの? 何を演じて、今度は誰を騙そうとしてるの?」
「騙してないよ。そんな名前を変えるような組織からの命令もない。コイツは記憶がないから、自分がスノウって名前も知らないんだ。だから、シンバってのは、日本で付けられた名前だ。それでコイツは自分がウルフマンであった事も忘れて、暫くは狼の姿だったみたいだ。人の姿になれるようになって、ヴァンパイアを倒すという事も知ったが、ウルフマンのチカラを知らないで今まで来てる。呪いの契約の下、生贄の人の子を食うという儀式をしなけりゃ、チカラは出せないから、人の子を喰わなきゃならないのに、食えないってさ。子供を喰らおうとしたオレの目の前に立って、子供を庇って、オレに腕を噛まれて、怪我増やしてるんだよ、コイツ。バカだろう?」
「……じゃぁ、学校で、あれは本気だったの?」
そう問うレイヴンに、シンバは、何が?と、少し首を傾げた。
「本気で私から子供達を救おうと、授業が終了した後も最後まで残ったの?」
「救おうとしたって言うか……そんな事を思った訳じゃないと思うけど、本気は本気だったよ。本気で、キミから朝比奈くんを守ろうと思ったんだ」
「あのスノウが、人間の子供を本気で守る?」
だからスノウじゃないんだってと、ガーゴイルは溜息交じりに呟く。
「てっきり何か企んでるのかと。また芝居染みた事して、捜査だの、何だのって、人間と関わり持ってる奴のやる事は複雑だからって思ってたわ。私はアンタの私への忠誠を芝居だと思わず、信じたから。あの時みたいに、性格も演じてるんだと思ってたわ。だから呼び名も変えてるのかと思ってた」
「僕はそんな……演じるとか出来ないよ、俳優じゃないんだし」
「何言ってんだよ、お前は特別優秀賞を頂ける程の名俳優だよ、別名詐欺師とも言うが。って、お前じゃないか、それはスノウだったな」
そう言ったガーゴイルに、レイヴンはフンッと鼻で笑い、
「シンバ、だっけ?」
と、シンバを見て、
「気に入ったよ」
と、
「スノウって奴は信じられないが、アンタは信じられそうだ」
と、
「人間の子供を本気で守ろうとするってのは、仲間を本気で守ろうとしたって事だろう? 自分のクラスメイトは仲間だと思ってる、そうなんだろう? つまり、アンタは誰かを裏切ったりしない。アンタはそういう奴だ。スノウは信じられないが、シンバ、アンタの事は信じてやる」
そう言うから、
「ど……どうも」
と、ぺこっと頭を下げてみるシンバ。
「で? どうやったら、コイツ、記憶を取り戻して、スノウになる訳? スノウじゃなきゃ、倒す意味ないから。干し肉を食べればスノウになる?」
そう言ったレイヴンに、ガーゴイルは、なんだそれと笑う。
気に入ったのはシンバだが、スノウは倒す気満々のようだ。
「肉を食ってもウルフマンとしてのチカラを出せるだけであって、記憶まで戻らないだろうな。でも、シンバを消せば、スノウが残るんじゃないかな」
「シンバを消す?」
「そういう事ができればって事だよ」
「ふーん。いいわ、とりあえず休戦。記憶が戻ったら教えてよ」
そう言ったレイヴンに、
「ちょっと待って。レイヴンさん、本当に隣町で子供を襲ってないの?」
と、シンバが聞く。
「……それ、何の話なの?」
「黒い犬が子供を襲ったってニュースで流れたから」
「そういう犬がいたって事でしょ? 私には関係ないわ。確かに黒いけど、狼だし」
「……」
「なぁに? 疑ってんの? アンタを信じてる私を疑うの?」
「あ、いや、でも――」
「そうよ、私は赤毛の子供しか食べない。だから、日本人の子は襲わないわ」
「でも、それ、僕は知らないし」
「スノウは知ってるわよ」
「でも、それ、もうかなり前の話でしょ? 今は偏食も直ってるかも」
「アンタ、休戦を言った私に、わざわざ喧嘩売ってんの?」
「ちがっ、いや、でも、レイヴンさん、学校休んでたし」
「服」
「え?」
「アンタを倒す為に学校へ通う予定だったから、服を手に入れに出かけてたのよ。なんか、日本の子の服装って、今、自分が着てるのとちょっと違うかなって思ったから。その地によって服装って若干違うのよね。流行りとかもあるんでしょうけど。それに毎日同じ服で通学なんて嫌だから、数着手に入れに出かけてたの。人の姿になってるのに裸で堂々といられる程の無神経な人が羨ましいわ。そうなりたくはないけど」
裸のガーゴイルを見て、レイヴンが、そう言うと、ガーゴイルは、なんで?と、どこも変なとこないのにと、自分の体を見る。
「……わかった。信じるよ」
そう言ったシンバに、レイヴンは睨み付けるように見て、
「信じてないわね、その表情」
そう言うから、
「え? 顔に出る程、表情出てる?」
と、自分の顔を手で押さえるシンバ。
「で、どうする? 隣町まで行くのか?」
そう聞いたガーゴイルに、シンバは首を振る。
「事務所に戻って、獅子尾さんに話す。きっと獅子尾さんもニュースは見てるだろうし、ウルフマンやヴァンパイア関連の事件だったら、僕に仕事の指示をくれる筈だから」
「そうだな。何かオレ達に関連ある事件なら、組織からも獅子尾に連絡が行くだろうし。よし、戻るか」
そう言ったガーゴイルに、待ちなさいよと、レイヴン。
「服くれるのか?」
「は?」
「待てって事は裸で帰れないだろうと思っての、優しさだろ?」
「私がアンタ達への優しさなんて持ち合わせてる訳ないでしょ」
「おいおい、シンバを気に入ったんだろう?」
「スノウよりはね。それに、アンタはシンバじゃないでしょ。アンタの事はスノウ同様に吐き気がする存在よ。そうじゃなくて、疑われたままが嫌なのよ。子供を襲ったのは、私じゃないって、その証拠に、私も、一緒に行くわ」
「え? 行くって、うちの事務所に来るの?」
シンバがそう問うと、コクンと頷き、レイヴンは、
「黒い犬がもう人間の手によって捕まったのか、まだうろついてんのか知らないけど、シンバが私じゃないと納得するまで、私はシンバの傍にいるわ」
そう言った。そして、
「それに、スノウに戻った時こそ、倒すチャンスでしょ? いつ戻るか、わからないから、傍にいた方がいいかと思って」
と、不敵に笑うレイヴンに、シンバも、苦笑い。
「いいんじゃないの? まぁ組織の連中が何て言うかわかんないけど、レイヴンは強いからな。ヴァンパイアが現れた時に近くにいてくれると助かる。なんせ、オレは、シンバの強さなんて、欠片も信用してないから。スノウの強さなら、手放しで、信用してたんだけどね。それこそ今この場でハッキリと、レイヴンなんて利用価値もないねって、傍に置いとく必要もないって言えた程に」
ガーゴイルがそう言うと、
「利用できるか、できないかで、相手を見極めるなんて、そんな奴こそ信用ゼロだわ。私はスノウが利用できる奴だろうが、できない奴だろうが、強かろうが弱かろうが、一切信用しないけどね。そっちはおとり捜査だの、スパイだの、なんだのと、人間の戯言を繰り返すけど、スノウは私の群れに入って、私の右腕だったのよ。私の群れで裏切り行為は死刑に値するわ。でもシンバは弱い人間の子供の為に戦おうとする仲間想いみたいだから、私はシンバなら、どんなに弱くても足手纏いでも、信用だけならできる」
と、レイヴン。
「ハッ! 信用なんていらないだろ、ヴァンパイア倒すのに必要なものじゃない」
と、ガーゴイル。
「仲間と戦うには、仲間の信用が大事だってわかんないの?」
と、レイヴン。
「わからないね。大勢引き連れなきゃ、ヴァンパイアを倒せないチカラしか持ち合わせてない奴と一緒にしないでくれ」
と、ガーゴイル。
「群れも統一できずに、人間の言いなりに動くしかない無能な奴って、無駄に口と態度だけは一人前ね」
と、レイヴン。そして、またガーゴイルが何か言い返そうとした時、
「信用も強さも両方大事なものだと思うよ」
そう言って、二人の間に入ったのはシンバ。
信用を得た者と信用を失った者、シンバとスノウ。
――僕はスノウを知らない。
――どんな酷い事をしたのか、どんなに強かったのか、僕は知らない。
――でも、スノウは僕を知っている気がする。
――僕の中で、彼は僕を見ている気がする。
――僕を見て、笑っている? 嘆いている? 呆れている? 怒ってる?
――僕はそんな彼を信用できない。
――でも、僕は彼を追い出せない。彼が僕自身である事は確かだから。
――僕は僕を信じている。僕はシンバだ。だけど、彼を信じられないんだ……。
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