10.普通の小学生
早朝、まだ誰もいない学校の図書室で、シンバは日本の怪談という本を手に取って、表紙を眺めている。
組織から帰る時に、獅子尾に、人狼の餌となる子供はどうなるのか質問しようとしたが、やめた。
答えに困るだろう。
どうなるも、なにも、餌になるのだから。
それを助けられないのかと聞くのは、もっと困らせる事だろう。
何かを犠牲にして、誰もが生きている。犠牲を払わなきゃ生きてはいけない。
でも、それが、何故、自分なんだろうと、只の不運だったと考えられないのが人間だろう。
他にも一杯いる。
もっと悪い奴だっている。
生きててもしょうがないような奴だっている。
何故、ソイツ等ではなく、自分なんだ……。
きっと、生きててもしょうがないような人間だって、同じように思うんだろう。
自分より劣っている誰かを見つけて、ソイツならと――。
シンバはそんな事を考えていたら、朝比奈 尊の事を思い出している自分がいた。
クラスのみんなが尊を置いて帰った事を思い出し、人は自分が生き残る為なら、友達だって差し出すんだと、今更、思い知る。
そんな人間をどうしようもなく好きでいるから厄介だなと、更に自分の愚かさを思い知るが、もし獅子尾や月子に会っていなければ、どうだったんだろうかと――。
スノウが、シンバを見て、どう思うか、そんな馬鹿気た事を考えていたから、獅子尾と一緒に帰りながら、ずっと無言だった。
学校の図書室には、人狼草紙という怪談噺の本はなく、人狼についての怪談は1つもなかったが、動物図鑑で、ニホンオオカミの絶滅の原因は読む事ができた。
確定はされてないが、狂犬病やジステンパーなど家畜伝染病と人為的な駆除などが大凡の原因らしい。
人為的な駆除かと、シンバは溜息を吐く。
気が付けば、後数分でチャイムが鳴る時間だ。
図書室の窓から、登校してくる生徒達を見ながら、あれ?と、自分の耳に手を当てる。音が聞こえにくいなと――。
でも聞こえない訳じゃない。
こんなにも人がいるのに、音で感じ取れなかったなんて、余程、熱中してたかなと、図書室を出て、教室へ向かうと、調度、クラスの前で、登校して来た尊達と鉢合わせになり、
「お、おい、お前、昨日どうしたんだよ!?」
と、突然、尊に言われて、昨日?と、首を傾げた。
「俺、また明日なって言ったろ? なのになんで休んだんだよ!?」
「あ、あぁ、昨日は、その、事故の怪我を診てもらいに病院へ」
「病院!? 誰かにイジメられたりしてないだろうな!? それで学校来なかったとかじゃないのか!?」
「イジメられてません」
「本当か!? ならいいけど。言えよ? 誰かに何かされたら! 俺が殴ってやるから! わかったか?」
そう言った尊に、尊の周りにいたみんなが、
「それ尊が言うかー!?」
と、大笑いするから、シンバも少し笑った顔をつくると、尊は顔を赤くして、
「なんだよ、今までの事はもういいだろ! これからはコイツも同じクラスの仲間なんだしさ! イジメられてんなら俺が守ってやんねーと!!」
そう言って、笑うみんなに、うるせー!と、言いながら、教室の中へ入っていく。
シンバも教室に入り、席に座ると、尊が自分の席にランドセルを置いた後、直ぐに近付いて来て、
「それで怪我は大丈夫なのか? 今日は首の所に包帯見えないけど」
と、心配そうな顔で問う。
「肩の所はもう掠り傷程度で、包帯ではなく、簡単にガーゼだけになったんです」
「肩の所は? え? 他も怪我してんのか?」
「あ、え、えっと、その、腕を――」
ガーゴイルに噛まれた所は、昨日できたばかりの傷で、包帯を巻いてある。
「腕!? 腕も怪我してんのかよ。長袖だからわかんなかった。大丈夫なのか?」
「大丈夫です、これも、直ぐに包帯が外れると思います」
「なら良かった。荷物とかさぁ、もし、運ぶの大変だったりしたら言えよ? 帰りとか持ってやるし、来るのも大変なら、迎えに行ってやるから。家知らねーけど」
「そんな酷い怪我じゃないから大丈夫です、ありがとうございます」
「その敬語やめたら? そういうのが、なんか、イラッとくるから。俺だけじゃない筈。もっと普通に話したらいいじゃん」
「……すいません」
「謝ってほしい訳じゃないし! 別にいいけど……」
ぶっきらぼうに、そう言うと、尊は、自分の席に戻る。
本当にイロイロと心配してくれてるんだなと思うシンバ。
尊が優しくなればなる程、尊の兄弟だった航が人狼の餌になったと言う事が、シンバに重く伸し掛かってくる。
担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まり、シンバは隣の席を見る。
――えっと……夕里さんだっけ?
――休みなんだ?
――風邪かな?
出席をとった時も担任は、返事のない夕里 つむぎに、欠席かと呟いただけだったから、休んでいる理由がわからないが、担任の態度からして、只の欠席なのだろう。
それと、レイヴンも来ていない。後、数名、尊と仲のいい男子等も来ていない。
黒板の欠席者には、つむぎとレイヴンの名前が既に書かれていて、昨日休んでいたシンバの名前である『獅子尾シンバ』と言う名前だけが、担任により消され、そして、今日休んでいる男子の名前が追加された。
つまり男子以外、昨日から、女子二人は、休んでいると言う事になる。
気になるのはレイヴンだが、何かといつも声をかけてきてた隣の席の子が欠席というのは、気になる要素がなくても気になってしまうものだ。
休み時間に耳を澄ましてみるが、欠席者について、誰も話してはいない。
というか、やはりちょっと耳が聴こえ難いなと、シンバは思う。
余り寝てないから体調が悪いのかもしれない。そもそも精神的に不安定で、体調にも影響しているのかもしれない。具合が悪いって訳でもない気がするが、そんな事を考えていたら、具合が悪くも思えてくる。
とりあえず、考えるべき事は、今やれる事をやるだけだと、帰ったら、獅子尾に、感染者候補の中から、誰か選び、尾行をして、仕事に専念しようと思ったのだが、放課後、帰ろうとランドセルを背負った時に、
「獅子尾、頼みがあるんだけど」
と、尊と、尊の仲間達が集まって来た。
「頼み? ですか?」
あ、また敬語で話してしまったと、でも、出た言葉は呑み込めないので、シンバは、皆を見回し、頼みとは何だろう?と言う風に首を少し傾げた。
「グラウンドで他校の奴等と野球やる事になっててさ、でも3人欠席しちゃってるだろう? 3人足りないんだよ。メンバーに入ってくれないか?」
尊がそう言って、頼むと言う風に、手を合わせるので、
「でも、僕は野球って余りわからないし……運動も得意じゃないので……」
そう言ってみるが、
「野球できなくてもいいんだよ、いるだけで! まず人数いなきゃ始まらないからさ。頼むよ! 隣町から、わざわざうちの学校まで来た奴等を帰せないしさ」
尊がそう言うと、皆揃って、頭を下げるので、シンバは困ってしまう。
でも、獅子尾も言っていたが、こんな事で罪滅ぼしになるとは思わないが、少しでも罪が軽くなるかと、
「わかりました」
と、尊に頷いた――。
野球なんてしてる暇ないんだけどなとは思いながらも、罪の意識で尊の頼みを断れないシンバはグラウンドへ向かう。
見知らぬ小学生の男子達が、既にグラウンドに集まっていて、皆、グローブをして、やる気満々の様子。
シンバの隣にいる男の子が、
「獅子尾、ありがとね」
なんて言うから、ちょっとビックリしてしまう。そして、
「ネットでさぁ、知り合ったんだよ。同じ県で割りと近い場所に住んでるって話になって盛り上がったんだけど、盛り上がりすぎて、野球で勝負する事になっちゃって。だって、俺のクラスは野球がうまいんだとか自慢されちゃってさ。で、野球なんてやった事ないんだけど、なんか負けたくないって思って、うちのクラスも野球うまいとか言っちゃったんだよね。尊に話したら、嘘を本当にしちゃえばいいって、みんなで野球やろうぜって言ってくれて。でも獅子尾まで、まさか巻き込む事になると思わなかったから。運動、苦手だもんな? 体育苦手そうにやってるしさ。だから、なんか、ホント、悪い事したなって思って。ありがとね」
また礼を言われ、シンバは、首を振る。
体育が苦手というか、手の抜き方がわからないだけなんだが、野球というスポーツそのもののルールは本などで読んで知っているが、実戦の経験は全くないから、本当に役には立たないだろうなと思っていると、
「他のクラスの男子、みんな塾とか言って、誰も野球に参加してくれなかった」
と、他のクラスに頼みに行った連中が息を切らし、尊にそう報告。
小さい声だったが、仲間内には、皆、聞こえていて、シンバに礼を言った男の子が、俯いてしまって、尊は、参ったなという顔で、
「他に誰かいねーのかよ、お前、弟いたじゃん、この際、弟でもいいし」
などと言い出す。その時、
「シンバ?」
と、ガーゴイルが現れた。
「何してんだよ、こんなとこで?」
「それはこっちの台詞ですけど。ガーゴイルくんこそ、どうしてここに?」
「お前に会いに来たんだよ」
「何かあったんですか!?」
「違う違う、ほら、レイヴンも同じクラスなんだろう? 授業終わった後なら、彼女と話できるだろうし。でも彼女は平和主義じゃないから、イロイロ面倒になるだろうと思ってさ。オレがお前の腕噛んだとこ、まだ治ってないだろう? 怪我してるシンバだけで、レイと揉めるより、怪我してないオレも一緒にいた方が安心だろ?」
「彼女、休んでるみたいで」
「休んでる?」
ガーゴイルが眉間に皺を寄せた時、
「誰!? この外人誰!? 獅子尾の友達!?」
と、尊が割り込んできた。シンバとガーゴイルの方が尊より身長が高いので、尊は二人に見下ろされる。すると、何故か、尊は、背伸びして、
「この人、一緒に野球やってくれないかな? 獅子尾からもお願いしてよ」
そう言い出した。野球!?と、ガーゴイルは更に眉間に皺を寄せる。
シンバはガーゴイルを見て、苦笑いしながら、
「野球……一緒にやりませんか?」
そう言うから、ガーゴイルは何言ってんの!?と、余計に眉間に皺が寄る。
「あの……人数が足りなくて困ってるんです」
「それでお前が野球やるのか?」
「はい」
「それでオレにもやれと?」
「はい」
「本気か? 日本のガキの言いなりかよ!? あのスノウ様が!?」
「……どのスノウ様か知りませんが、言いなりって訳ではありません」
「じゃぁなに!?」
「……友達だから」
「はぁ!?」
「友達が困ってる時は助け合うものです」
「友達!? このチビッ子が!? 本気で言ってる!?」
と、必死で背伸びしている尊を上から指差して、ガーゴイルはシンバを睨む。
チビッ子って誰の事だよ!?と、尊もシンバを睨む。
困った顔で、お願いと口を動かすシンバに、ガーゴイルは溜息を吐いて、
「嘘だろ……お前、貸しだからな!?」
と、なんとか頷き、ヤッタァと尊は大喜びではしゃぐが、後一人足りない。
「なぁ? 本気か? 本気で野球やんの!?」
「うん、本気。でも、手加減というか、手を抜いて下さい」
「は!? 手を抜く!? この状況からして無理があるのに、更に手を抜く!!?」
「当然です、人狼の僕達が本気や全力を出して、人間と遊べる訳がない」
「はぁ? じゃぁ……つまり……どのくらい手を抜くもんなんだ? 数字で言うと何パーセントくらい?」
「100パーセントです」
「100!? 全力で全力出すなって事!?」
「はい」
「それ楽しいのか?」
そう聞いたガーゴイルに、シンバは、クッと笑みを溢し、
「余り楽しくはないですね」
そう答えるから、楽しそうじゃんと、シンバの表情に、そう思い、しょうがないなという顔になるガーゴイル。
後一人、どうするかって時に、
「シンバくん」
と、コソッと翔の登場。尊はまだ翔に気付いてない。
「翔さん!? どうしたんですか!?」
「あ、あのね? 尊がさ、ワタルに会いたいって言ってて。それでもし良ければ、時々ワタルとして会ってやってほしいなぁって、そんな無理な頼みをしに来たんだけど……何してんの? みんな集まって」
「他校の子達と野球やるんです」
「え? 野球? へぇ、シンバくんも? ていうか…誰? ま、まさかだよね?」
シンバの横で、ジィーッと翔を見るガーゴイルに、苦笑いしながら指差した翔。まさかの意味は人狼なのか?って事だろう。見た目から日本人とは違うガーゴイルに、シンバと同種なイメージ大の翔。だが、只の外国人という事もあるので、ハッキリと聞けないようだ。
「あれ? 翔にぃちゃん?」
その声に、見つかったと、肩を竦める翔。だが、直ぐに、笑顔で、
「尊、近くに寄ったから」
と、尊に手をあげた瞬間、
「翔にぃちゃん、野球やろうよ! 人数足りなかったんだ! 1人! にぃちゃん入ってよ! したら人数揃うから!!」
尊は大喜びで、翔に、そう言ったが、翔は、
「え!? えぇ、それはどうかな。おれ野球とかできないよ、運動苦手だし」
そう断ろうとするが、
「大丈夫だよ、相手は小学生だぜ!」
と、
「みんなー! 俺のにぃちゃんが仲間に入ってくれるって!」
と、大声で言い出す。慌てる翔に、シンバが、
「只の遊びですよ」
と、声をかけるが、翔は泣きそうな顔で、
「只の遊びで、小学生相手に負けたら、俺、尊にもっと嫌われる。やっと好かれて来てるのに。どうしよう」
などと言い出し、シンバは、苦笑い。
相手のチームが、
「ずるいよー、高校生と外人もいるじゃーん」
と、翔とシンバとガーゴイルを指差すが、
「大丈夫だよ、俺のにぃちゃんもシンバも、運動できないし、シンバの友達だから、きっとアイツも運動神経悪いって!」
と、尊。ガーゴイルがチッと舌打ち。翔はシンバを見て、運動神経ない?と、問うから、本気出しちゃダメって獅子尾さんが……と、答えると、あぁ!と、翔は頷き、試合開始となる。
一回目で相手に5点も取られてしまう。
ピッチャーは尊。投げる球は悪くはないが、ストレートしか投げない。逆に相手のピッチャーはカーブ、スライダー、シンカーと、変化球などを投げてきて、小学生とは思えないスピードもある。
何よりも相手チームは仲間意識が高く、一致団結と言うか、足並みが揃っている。
それに比べ、こちらは、この前まで、イジメっこで、イジメられっこで、更にイラついている知らぬ者1名に、緊張しまくっている高校生1人と来ていて、バラバラの足並み。
個々が幾らスポーツが得意だったとしてもチームワークが大事なスポーツにとって、団結できないチームは致命的だ。
1点も返せない所か、塁にさえ、出られない尊達。攻撃もダメなら、守備も酷いもんだ。外野に置かれた翔の所まで球が飛んでも、キャッチできないから、みんながガックリする。少しは高校生というだけで期待もしてた者もいた分、言いたくはないが、愚痴を口吐いてしまい、翔は申し訳なさそうに俯くから、尊が苛立って、怒り露わの顔になるのに、無言だから、尚、怖い。
尊の目に、相手チームのはしゃぎようが目に映る。楽しそうにワイワイしながら、みんなが、一緒になっているのが、目に見えてわかる。
例え、ミスをしても、誰も責めない。
そりゃ勝ってるからだろと、皆、思っている。でも違うだろう、例え、負けてても、彼等は笑って、楽しくゲームをするのだろう。
そんな事、尊達もわかっている。わかっているが、認められなくて、余計にムッとした顔になって、皆が、つまらなそうにゲームを続けるから、レフトにいたガーゴイルが、センターにいるシンバの所に走ってきて、
「この空気、ヤバいんじゃないの?」
などと言うから、
「いや、ここに来たのがヤバいですよ。ちゃんと自分の所を守ってて下さい」
と、シンバは、ガーゴイルをレフトに戻そうとするが、
「大丈夫だって」
と、笑うガーゴイルに、バンバン外野に球が飛んできてるのに、大丈夫な訳ないだろうと思うシンバ。
「球がオレの守備範囲に飛んできたら、ここにいたって、オレ、球をキャッチするから」
「どういう意味ですか」
「だから手を抜くのは90%くらいにするって事だよ」
「は? ダメに決まってるでしょう!」
「ダメなのは、この空気だろ。1点でも入れば少しは流れも変えられる」
「そ、そうかもですけど、でもそれは絶対にダメですって!」
シンバとガーゴイルがそんな話をしてる間に、球はライトの翔の所へ飛んで行く。
取れずにアタフタするわ、球を追い駆けるわ、球に頭をぶつけるわ、間抜けな翔に、みんな、うんざりしてるのがわかるから、
「あの人が可哀想だろう? 少しは点入れてやんないと、あの人が悪くなりそうだ。想像しちゃうなぁ、試合終了後、誰も悪くないんだけど、みんな怒ってるから、あの人が引き攣った笑顔で慰めのような励ましのような台詞を言うんだよ、そしたら、あのピッチャーやってるチビが激怒りして、あの人に怒鳴るんだろうなぁ。そんな感じ、想像しちゃわない?」
と、ガーゴイルが言うので、シンバは、想像しちゃうよと、心の中で答える。
そして、今、レフトに飛んでくる球を、シンバの真横にいた筈のガーゴイルが、瞬間移動したかと思う程のスピードで、球をキャッチし、3塁目掛けて投げる。
またその球のスピードが、尋常ではなくて、サードを守ってる子のグローブの中に気付いたら入っているし、ボールから煙が出る程で、グローブが熱くなるが、
「セカンドへ投げろ!! 早く!!」
と、尊が大声でそう言ったので、サードは急いでボールをセカンドへ。
やっと攻撃になるが、もう追いつけそうもない程、点を取られている。
しかも2塁3塁に出れてるのに、次のバッターは翔。みんなが、嫌な顔になるのがわかるから、余計に緊張で、翔は体を強張らせてしまう。
「可哀想に」
翔を見て、そう言ったガーゴイルは、シンバを見て、
「あの人の次、オレだけど?」
と、本のちょっとだけなら本気を出してもいいか?と言いたいのだろう。
シンバはカチコチになって、バットを振る練習をしている翔を見ながら、たまたまバッドに当たってホームランなんて事は、有り得なくはないから、少しくらい本気出してもいいかなぁと思った時、
「朝比奈?」
と、誰かが現れた。翔が振り向いて、
「輝夜(かぐや)くん!!」
と、彼を呼んだ。
「何してんの、輝夜くん?」
「俺は家帰る途中で、通りかかったら、小学校のグランドに、うちの高校の制服着た奴がいるから、気になって入って来たんだよ」
「え? 輝夜くんって、ここ等辺に住んでんの?」
「そうだよ、お前も?」
「うん、でも小学校中学校って一緒じゃないよね?」
「あぁ、俺は越して来たから。ていうか、お前こそ、ここで何やってんの? 小学生に混じって野球?」
「あ、えっと、弟にメンバーが足りないからって言われて……」
「はははっ、弟も考えたなー、それで勝って意味あるのかぁ?」
と、笑いながら言い出し、皆を見回した後、皆の表情に一瞬無言になり、そして、
「え? 勝ってる方だろ? お前のチーム」
と、翔に問う。翔は首を振ると、
「マジ!? 0点? 嘘? 高校生のお前がいながら? 小学生相手に?」
と、驚いている。翔はうんうんと首を縦に振り、苦笑い。すると、
「なぁんだよ、そんな顔すんなよ! 確かに小学生相手にそりゃないかもだけど、最近の小学生は大人より凄い時あるしな!」
と、笑顔で、皆を見て、
「やったな! これは大チャンスだ。今から逆転したらカッコイーぞ! こんな差を付けられてからの逆転! ピンチはチャンスって言うだろう?」
と、
「あ、俺、輝夜 満月(かぐや みつき)」
と、皆に名を名乗り、
「朝比奈と選手交代していいかな?」
そう言った。皆、ぽかーんとした顔で、輝夜を見ていたが、尊が、
「いいけど……今更勝てないと思うよ。こんな差を付けられて1点2点入ったって意味ないし」
と、拗ねた感じで言い出した。すると、輝夜は、尊の傍に行き、
「なんで?」
と――。
なんで?と、問われても、何がなんで?なのか、わからないから、尊は黙ったまま、輝夜を見ていると、輝夜は、
「あっちにとったら勝ちも決まった勝負だな。でもそんなの楽しいか? こっちはまだ勝てるかもしれない可能性が残ってて、例え勝てなくても、こんな強い相手から1点でも取れたら、それで良しって気持ちになると思わないか? 要はゲームそのものの勝ち負けじゃない。ゲームを楽しんだ者の勝ちだろ? 敵は相手じゃない、自分自身だ、さっき負けた自分より超えてやるんだって気持ちで戦えばいい。ハードルは低く、飛べなくはない、飛べる高さを確実に飛んで行く。さっきより、今の自分、そして、今より、もう少し高く。そうやって自分を超えて行けばいいんじゃないか? それでも1点2点入ったって意味ないか? 0点より超えた数字なのに? 相手には勝てなくても、自分には勝ってるんじゃないのか?」
と、なんてカッコイイ事を言うのだろうか。一気に、皆を、笑顔にして、やる気を出させた。
ガーゴイルが、
「本のちょっとだけ本気、出していいよね?」
と、シンバに問うから、
「出しちゃダメです」
と、この空気の流れで、わかるでしょと、ガーゴイルを睨んで言う。ガーゴイルは、チッと舌打ちして、輝夜を見て、気に好かない男だなと呟く。
翔は輝夜にバットを渡し、選手交代となった。
相手チームも勝っている余裕から、今更どの選手を持って来ても勝ちは変わらないと思ってだろう、選手交代にOKを出した。
翔がシンバの隣に座り、シンバが、
「もしかして、彼が、翔さんが言っていたヒーローですか?」
と、問う。翔は頷き、
「カッコイイだろう?」
そう言うから、シンバは、輝夜を見る。改造された制服にピアスに指輪にネックレス。見た目もオシャレな人だと、頷こうと、翔を見た時、翔が俯いているから、シンバは何も言えなくなる。
今、輝夜の振ったバットに球が当たる。
勿論、ホームランだ。一気に3点入る。
キラキラの瞳で、輝夜を見つめる尊。だから、
「小学生相手に大人げないですよ」
シンバはそう言って、翔を見る。翔は顔を上げ、シンバを見る。
「緊張してなければ、翔さんだって、ホームランは無理でもバットに当てるくらいはできたと思いますよ。それに僕は翔さんの方がカッコイイと思います」
「え、なんで?」
「翔さんは……翔さんは亡くなった航さんの事を乗り越えてるから。僕にはできない事のような気がします。未だ、月子さんの影を追っている。1つの想い出も忘れるのが怖い。でも翔さんは違います、きっと、随分と変わったと思います、航さんが亡くなった後の環境も、翔さん自身も。でも翔さんは、亡くなった航さんを嘆くより、生きている尊くんに精一杯尽くそうとしている。だから翔さんを見てると、思うんです。変わる事と忘れる事は違うのかなって」
「そんな風に言ってもらったのは初めてだ」
「そうですか? きっと、みんなも思ってると思いますよ。只、言葉で伝えないだけですよ。言葉で伝えるのは、難しい時もありますが、でも言葉に出して言えば、心に響く。だけど、言葉じゃなく、態度で伝える事もあって、それだって、心に響く事はあると思います」
「態度?」
「はい、僕は人間を知って、思いました。それぞれチカラは違うんだなって。勉強が得意な人もいれば、スポーツが得意な人もいるし、芸術性に長けている人もいる。なにもかも苦手でも、人を笑わせるのが得意な人もいて、それから、人に優しいって言うのも特技になるんでしょうか? 性格って言うか、そう、個性って言うんですか? 翔さんのスポーツが苦手って言うのも個性の1つですよね。なのに、人は自分の個性で悩んだりして。翔さんみたいに」
「だって、スポーツが苦手なんて、カッコ悪いし、特に何も得意なモノもなければ、性格だって良くないから、そりゃ悩むよ。輝夜くんみたいな何でも出来て、優しくて明るくて楽しい性格の人だったら悩まないよ」
「確かに彼は万能って感じでカッコイイし、彼が一声何か言えば、みんなが振り向くのも、わかる気がしますけど、僕なら、選手交代はしません」
「え?」
「誰か一人だけ落ち込むなら、みんなで落ち込んだ方がいいし、それに、翔さんの姿を見て、学ぶ事もできる。高校生になったってスポーツが苦手な人だっている。大人になったら何か変わる訳じゃない。結局は自分が頑張らなきゃいけないんだ。翔さんはそう言えないかもしれないけど、翔さんが態度で示せば、みんな、わかると思います。小学生相手に、簡単にホームランするより、一生懸命、弟の為に苦手なスポーツを頑張って勝とうと必死でやってる翔さんの方が、僕はカッコイイと思いますから。負けてもいいから、引き受けた以上は最後まで自分でやるって、僕ならそう言いますね」
「でも……ゲームは勝った方がいいし、尊はその方が嬉しそうだし」
「負けるから知れる事ってあるじゃないですか。悔しさ、悲しみ、怒りだって、知るべき人の感情です。敗因の原因は何か、敵から知る事だってできます。僕達は敵チームより団結力もない。即席メンバーで勝ったって意味はない。負けて、みんなに笑顔を与えられなくても、頑張った証に、みんなで同じように悔しい思いをすれば、初めて、僕達は1つになれたんじゃないですか? それに、笑顔は、今すぐじゃなくても、いつか、笑顔になるかもしれません」
「いつか?」
「はい、尊くん達は高校生になって、大人になっていく。そして、ふと今日の出来事を思い出す時があるかもしれません。僕なら、翔さんを思い出して笑いたいなぁ。あの人、高校生だったのに、小学生相手に、下手な野球してたけど、凄く頑張ってたなぁって。なんとなく、行き詰ってた人生も、また頑張ろうかなって気になる。翔さんは、何も得意な事がないって言いますけど、それが特技になるんじゃないでしょうか? 駄目な所を見せるのも、悪くはないし、それがカッコイイと思う人だっている。僕は思います、翔さんはカッコイイですよ、そのままで」
翔は、何も言わず黙り込んだが、もう試合に出る事もなく、輝夜の活躍で、試合も終了して、尊達が、輝夜にちやほやする中、翔も笑顔で、輝夜に接していたが、翔の耳からピアスが、首からネックレスが、指から指輪が外されていた。
それが、翔さんのそのままの姿かと、シンバは思う。
「すっかり暗くなっちゃったなぁ」
まだ5時なのだが、この時間の秋の空は夜だ。
結局、試合は相手チームの勝利だったが、全く点数がとれなかった訳でもないので、尊達は満足なのだろう。それどころか、輝夜と知り合えた事の方が嬉しいようで、みんなで帰る道も、輝夜をみんなが取り囲んで、ワイワイしている。
その後ろをシンバとガーゴイルと翔が歩く。
翔にはガーゴイルの事を、ガーゴイルには翔の事を、シンバは話した。
「狼の僕をそんなに気に入ってくれたんですか」
「そうなんだよ、尊が、ワタルに会いたいって何度も言うから、シンバくんに頼みに小学校へ行ったんだよ。まさか野球やらされるとは思わなかったけど」
「しかし狼の姿になって、ガキに好かれるとはねぇ……普通は怖がられるのに」
そう言ったガーゴイルに、
「どうして怖い?」
と、問う翔。ガーゴイルはどうして!?と眉間に皺を寄せ、
「だってガキは俺達ウルフマンの――」
そこまで言うと、シンバがガーゴイルを突き飛ばし、
「ほら、狼なんて大きくて怖いじゃない? 牙もあるしね!」
そう叫んだ。なんだよ?と、ガーゴイル。
シンバはガーゴイルを引っ張って、翔から少し離れると、
「何言おうとしてるんですか! まさか餌だとか食べるとか言うつもりだったんじゃないでしょうね!? やめてくださいよ!」
と、小声で言う。
「なんで言っちゃダメなの? だって、あの人、ウルフマンやヴァンパイアの事を知ってるんだろう?」
「それは依頼人だからです。でもウルフマンが子供を食べるなんて事まで知らない。知ってたら僕に会いにくる訳ないでしょ!」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなんです!」
「親しくしてても、全ては曝け出さないのか? オレなら親しい相手がウルフマンを餌にしてると聞いても、何とも思わないけどな」
「それは、僕達が普通じゃないから」
「普通じゃない? じゃぁ、何が普通?」
「人間を基準に考えて下さい」
「オレ達ウルフマンが人間を基準に考える? スノウ様の言葉とは思えないね」
「僕はシンバです。僕達は人間と一緒に生活してるんだから、僕達人狼が人間に合わせて、人間の感情を理解するしかない。ペットだってそうでしょう? ペットが飼い主に合わせて生きている。それと同じですよ」
「ペット!? 誰が飼い主で誰がペット!!?」
「話の流れでわかるでしょう! 気に入らないのはわかりますけど、僕の傍にいるなら、そうして下さい!」
「別にアイツの家族や知人を喰らった訳じゃないんだから、そこまでアイツに気を使う必要あるか?」
家族を喰らわれてるんだよと言おうとした時、
「なに? どうしたの?」
と、キョトンとした顔で翔が立ち止まって聞くから、シンバはううんと首を振り、
「ちょっと、仕事の話だったんで」
と、何事もなかったように、翔の所へ駆けて行く。
分かれ道で、1人、また1人が、笑顔で、また明日と言いながら手を振って帰っていく。
気付けば、目の前を歩いていた小学生達は、尊だけになっていた。
尊は笑顔で、輝夜を見上げながら、何か話している。
「おれには、あんな笑顔で喋ってくれない」
そう言った翔に、きっとくだらない会話で笑ってるんですよと言おうとしたが、あれ?と、シンバは思う。
「どうした?」
シンバの妙な表情に気付いたガーゴイルが尋ねる。シンバは、
「声が聞こえない。少し離れてはいるけど、このくらいの距離なら、会話はハッキリ聞こえる筈なのに、笑い声しか聞こえない。なんだろう、耳が変だ」
そう言って、耳に手を当てる。瞬間、尊の声が、貫く程に甲高く聴こえ、
「うわっ!」
と、シンバは耳が痛いと両耳を両手で塞ぎ、立ち止まる。
「おい、大丈夫か?」
と、ガーゴイルと、
「シンバくん? どうしたの?」
と、翔。そっと耳から手を離し、
「急に音が大きく聴こえて……」
そう言うと、ガーゴイルが、
「老化現象?」
と、
「死ぬ間際の前兆みたいな?」
と、言い出し、翔が、まさかと言うが、有り得なくはない。
実際に老化現象だとか、死ぬ間際の前兆だとか、そんな道は通ってきてはないので、これがそうだとは言い切れないし、それこそそれぞれ症状も現象も違うだろう。でも、もし、これが、死へのカウントダウンの警告だとしたら、時間はない。
こんな普通の小学生のような事をやっていていい訳がない。
だが、楽しくなかった訳でもない。
でも、きっと、死ぬ直前、思い出すのは今日の出来事ではない。
もし今日の出来事を思い出すとしたら、それは後悔だろう。
やはり、一刻も早く、ヴァンパイアを見つける為に動き出さなければと深刻な顔のシンバに、ガーゴイルが、
「そろそろ若い連中にお前も会っておいた方がいいかもな」
そう言った。え?と、シンバがガーゴイルを見ると、
「お前の意思を受け継ぐ者を探した方がいいって事。組織にはオレ達より若いウルフマンが大勢いる。世界中、ヴァンパイアを狩る為に、今も、きっと――」
と、少し目を伏せるので、それは、悠長にこんな事してるのはお前だけだと責められているようにも思え、シンバはゴクリと唾を呑み込んだ。
「朝比奈、お前んち、夕里パンの前を通るんだって?」
振り向いて、輝夜が少し離れている翔に大声で問う。シンバが心配で、立ち止まっていた翔は、
「あ、うん、そうだよ」
と、やはり大きな声で言うと、尊が、
「何してんだよ、早く来いよ」
と、言うから、シンバが、行こうと、ガーゴイルと翔に言って、駆け出して、輝夜と尊の傍に。
「俺も夕里パンの前を通るんだよ。まだパン残ってるかな?」
「あ、シンバくん達は方向が違うよね? でも良かったら夕里パン行かない? パン、奢ってあげるよ」
そう言った翔に、
「なんで獅子尾が方向違うって知ってんの? それになんでシンバくん? 下の名前教えたっけ?」
と、尊。翔はアワアワしながら、
「え、だって、さっきから一緒に歩いてるから、いろいろ聞いただけだよ!」
と、その慌てように、嘘は付けないタイプなんだなとシンバとガーゴイルは苦笑いする。尊はふーんと頷き、自分で質問しときながら、どうでも良さそうだ。
「夕里パンって、確か夕里 つむぎさんの?」
シンバがそう言うと、今度は尊が、アワアワしながら、
「アイツは関係ねーよ、俺が勝手に仇名付けてパンって言ってただけで! でもイジメてた訳じゃねーよ! 俺、夕里パンのクリームパン好きだし!」
そう言うから、
「あ、いえ、つむぎさんはそのパン屋さんの娘さんかと思って聞いたんです」
シンバは、真顔で、そう言って、尊はそんな訳ないだろ!と怒鳴る。
「そんな事より、オレ達、あっちだろ? でも奢ってくれるって言うから、オレ行くけど、シンバどうすんの?」
と、ガーゴイルに言われ、シンバも行きますと頷く。
5人で歩きながら、くだらない話をする。
他所から見れば、高校生2人に、小学生3人に見えるだろう。
いや、シンバと尊はランドセルを背負っているが、ガーゴイルは小学生にしては大人っぽいので中学生に見えるかもしれない。
尊は、輝夜の事が相当気に入ったのだろう、輝夜にベッタリだ。
勿論、翔はいい気はしないだろうが、相手が輝夜なら、仕方ないと思っている様子。
「尊、輝夜くんに夢中だから、ワタルの事はもういいのかも」
翔がシンバにそう言って、シンバも、頷くと、
「ね! 翔にぃちゃん! ワタルは犬だけど、オレの友達なんだよね!」
そう言って、尊は、翔を見る。輝夜が、
「自分ちの犬じゃなくて、知り合いの犬なんだって? 誰の犬?」
と、翔に問い、尊が、
「にぃちゃんの友達なんだよね?」
などと言い出し、翔はまたアワアワしながら、シンバを見るから、いや、見られてもとシンバは目を逸らす。ガーゴイルは笑いを堪え、俯いている。
「朝比奈の友達の犬? 学校の奴? クラスの奴?」
「いや、その、輝夜くんは知らない人だよ」
「そうなんだ、俺も会える?」
「へ?」
「だって、尊の奴がさぁ、あんまり自慢するから、その犬に会ってみたくなって」
「そ、そうだね、えぇっと……」
シンバを見る翔に、だから何故こっちを見るんだと、シンバは更に目を逸らす。
「翔にぃちゃん! 輝夜くんにも見せてやろうよ! ワタルはすっごいカッコイイ犬なんだ、白くて、ふわふわで、綺麗な青い目をしてる。賢くて、強いんだから!」
益々笑いが止まらないガーゴイルは、もうダメだと、ぶっと吹き出すから、
「なんだよ、嘘じゃねーよ! すっげぇデッカイ犬なんだぞ!」
って、尊は、ムッとした顔でガーゴイルに言うと、
「みなまで言うな、わかっている、犬だろ、犬!」
と、笑い過ぎているガーゴイルに、
「ガーちゃんにも見せてやるよ!」
尊は大きな声で、そう言った。ガーゴイルの動きが止まり、笑いも止まり、
「今、何て言った?」
と、眉間に皺を寄せて尊を見る。
「だから見せてやるって」
「そうじゃない! オレを何て呼んだ!?」
「ガーちゃん?」
「なんだその何かの鳴き声みたいな呼び方! ふざけるな!!」
思わず笑うシンバに、
「食っていいよな、アイツ」
と、ガーゴイルが言うから、シンバはダメと笑いながら、ガーゴイルに突っ込む。だが、人様を突っ込んでいる場合じゃなかった。
「獅子尾にも見せてやるよ、ワタル!」
などと、尊は言い出し、それには、翔もシンバも揃って、
「見せなくていいから!」
そう突っ込んだ。大体、見世物じゃないと、シンバは呟く。
「多分、初めての親友なんだ、ワタルは、尊の――」
小さな声で、そう呟いて、シンバを見る翔。シンバも翔を見ると、
「ごめん、輝夜くんに夢中だけど、ワタルは別みたい。会ってやってよ、今度」
そう言われ、シンバが頷こうとした瞬間、
「くっさッ!!!!!!」
と、シンバとガーゴイルは鼻を押さえ、ずざっと後退り。
え?え?え?と、翔がビックリして、二人を見る。
尊は輝夜の手を引っ張り、夕里パンと書かれた小さなパン屋さんに駆けて行く。
「なんだ、このニオイ!?」
「ガーゴイルくんも気付いた!?」
「あぁ、何のニオイだ、腐った腸より酷い!」
「あれだよ、あれ。あの花だ」
それは夜に咲く花――。
既に暗い空は夜なのか、パン屋を囲むように、一面に咲いている。
見た目は小さなユリのような感じで、ラッパのような花がキラキラと夜に光るように咲いている。
蕾んでいた時は青色っぽかったが、どうやら青色は花びらの外側だけで、開くと白い花のようだ。
「臭過ぎる! 日本には酷いニオイを放つ花があるんだな!?」
「僕も最近知ったんだ」
「なんで人間は平気なんだ!?」
「わからない」
「ダメだ、もう無理。これ以上、空気吸えない」
「すいません、翔さん、僕達――」
先に帰りますと言おうとした時、パン屋から、パンの袋を抱えた女性が出て来た。
黒のワンピースにグレイのカーディガンを羽織っていて、先の細目の黒いブーツに、黒い長い髪で、黒い瞳が、真っ白な肌に印象深く、彼女はとても……
「月子……さん……?」
シンバは、彼女に、そう呟き、彼女は、シンバを見て、優しく微笑んだ。なのに、
「母さん」
と、輝夜が言うから、シンバはハッとする。シンバにではなく、輝夜に微笑んだのだ。
それにシンバは思う。
そっくりだが、違うと――。
――月子さんは僕と同じ白い髪をしていた。
――僕と同じ瞳の色だった。
――難しい病気で異常色素だと聞いてたけど、月子さんは僕と同じカラー。
――彼女は髪も目も黒い。
――月子さんじゃない。なのに…
「満月、何してるの? ここで?」
輝夜にそう言った彼女。
――その声は、月子さんそのものの声で、僕は息が苦しくなる。
花のせいではない、目の前の女性に息を止めるシンバ。
まるで行方不明だった母親が現れて、嬉しいような、悲しいような、複雑な表情をしているシンバは、ガーゴイルの瞳から見て、普通の人間の子供に見えた。
普通の……小学生の――。
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