9.怪談噺
ドアが勢いよく開いて、天音が飛び込んで来たと思ったら、
「ガーゴイルくん! アナタねぇ! なんで勝手に消えるの! 何してんのよ! ここで! 勝手な行動とらないでよね! またいなくなったから心配したじゃないの!」
そう怒鳴った。ガーゴイルはムッとした表情で、
「どうせアンタも共犯なんだろ、獅子尾と」
天音を睨みながら、そう言った。天音は首を傾げ、共犯?と、獅子尾を見る。
獅子尾は苦笑いすると、ガーゴイルは、
「誤魔化すなよ、アンタは弁護士の資格を持ってて、日本の組織の人間として働いてる。だから組織からの命令で弁護士って事で、何かと世間を欺いて、嘘ついて、騙してんだろ? で、それも外面で、本当は獅子尾と二人で契約違反して、組織を騙してんだろ! シンバが人狼として生きてないのを黙ってるだけでも、違反だろ」
獅子尾と天音に、そう言って、二人を睨んでいる。
「あぁ、なんだ、何の事かと思ったわ、シンバくんが人の子を食べない事を言ってるのね? でも、まだ契約違反じゃないわ、シンバくんは、ヴァンパイアを追ってるし、感染者はちゃんと倒してるもの。ヴァンパイアにまだ出会ってないから倒してないけど、倒さないと言ってる訳でもないでしょう? 寧ろ、倒そうとしてるし、問題ないわ」
「問題ないだと!?」
「ちょっと、大きな声出さないでよ、ガーゴイルくん」
大きな声で部屋に飛び込んで来た天音には言われたくない台詞だ。
「まだ、問題ないって事よ。まだ何も違反はしてないって意味」
「じゃぁこれからどうするんだよ!? 強くて誇り高くて怖いもの知らずのスノウはもういない。アイツは、こんな風にベッドに座り込んで震えたり泣いたりするような奴じゃなかった。大胆不敵で、獲物は逃がさない、恐怖を支配してる帝王みたいな奴だった。ヴァンパイアが戦意を喪失して、恐れて、逃げていくような人狼だったよ。だった……そう、過去形だ。もうスノウはいない。でもスノウじゃなくても、コイツは倒したいヴァンパイアがいるから人狼として生きてく事を望んでる。でも覚悟ができてない。どうすんだよ、感染者は倒せても、ヴァンパイアは、シンバには倒せない! 問題大有りだろ! この先どうすんだよ!?」
ガーゴイルが、そう言うと、シンバはまた俯いた。そんなシンバに呆れたように、
「こんな事がバレたら、シンバは人狼として使えないって事で、排除される。役に立たないものは要らない。だろ? それが人間組織の考えだろ? 想い出だの、なんだの言うけど、人間こそ、アッサリした生き物じゃないか。どんなに役立っても、頑張ってきても、過去の栄光は必要ないんだろう? オレ達は人間を救う為に、人間の呪いを受けた人狼だ、でも、人間を救えなくなれば、人間はどうすると思う? 自分達が助かる為に、呪いをかけるくらいだ、自分達を救えないなら、シンバは殺されるよ。人はヴァンパイアを殺せなくても、人狼は殺せるんだ。人の武器がヴァンパイアに通用しなくても、オレ達には鉛の弾丸も、当たれば、死ぬ。人間は、心臓のないヴァンパイアに止めを刺せなくても、オレ達人狼には止めを刺せるんだよ。ヴァンパイアはオレ達と違って、人と同じように、この世界に生まれて、生きて来た。でもオレ達は違う。元は狼だったか? 人だったのか? わかんないよ。人間がどっちに呪いをかけて、オレ達をこんな風にしたのか、オレにはわかんないよ。オレ達を解放するのも生かすも殺すも人間次第なんだよ。人の役に立てないなら、オレ達は殺されるだろう。役に立たないだけなら、まだいい。役に立たない上に、人間達にとって、人狼は人の子を食う化け物でしかなくなる。例え、シンバが人を食わないって訴えても、誰が信じる? 人は人の言う事だって信じやしない。シンバが訴える事なんて誰も信じないよ。獅子尾だって、シンバを殺すように組織から命じられたら、抵抗できない。精々、できるとしたら、捕まるのをわかった上での逃走だろ。だから獅子尾が言ってる事は綺麗事に過ぎない。それはシンバに死刑宣告してるようなもんだよ」
と、少しは考えろと、理想と現実は違うんだと言うガーゴイル。
「ガーゴイルくん、シンバくんの事、秘密にしといてくれないかな?」
獅子尾がそう言って、ガーゴイルを見る。
「はぁ!?」
「人の子を食べれない事、黙っててくれないだろうか?」
「別にいいけど、人間はバカじゃないだろ? オレが何も言わなくても、気付くだろ」
「いや、要はヴァンパイアを倒したらいいんだ」
「だからさぁ、シンバじゃ倒せないんだって! それともオレが倒してシンバが倒した事にするとか? それでもいいけど、そんな嘘、続かないと思うけどね。あぁ、そうか、そろそろオレ達も寿命だもんな、死ぬまで嘘を吐き通して、後は次の世代の人狼達に任せりゃいいってか?」
「いいや、そんな甘い考えはもっちゃいない。ガーゴイルくん、日本はね、キミが思っている以上に、ヴァンパイアの歴史があるみたいだ」
「は? 日本に? そりゃ、ヴァンパイアの伝承は世界各地でみられてるよ。勿論、日本に来たヴァンパイアもいるよ、不思議じゃない」
「そうじゃない、日本の吸血鬼がいるんだよ。ヨーロッパ辺りだけがオリジナルじゃない。例えば、アラビアのグール、中国のキョンシー、その地その地で、呼び名は違うがヴァンパイアは存在している。同じ種でも地によって違うだろう? 人間でも日本人とアメリカ人だと、だいぶ違う。キミ達人狼だってそうだ、カラーも違えば、体格も違ってくる。それと同じで日本にも日本のヴァンパイアがいるんだ。それ風のストーリーも残っている。平安時代末期の古典文学などにも多数の怪談が収録されてて、それらの題材をまとめたカタチで残っているのが雨月物語。有名だから、香華ちゃんは知ってるだろう? その雨月物語の青頭巾。多分、日本のヴァンパイアを元にして書かれた怪談噺だ。日本にもね、古くからある怪談があって、本当に有名なものは今も尚、語り継がれて、その地で、祀ってあるものもあるんだよ。番町皿屋敷や四谷怪談とかなら、ガーゴイルくんも聞いた事くらいはあるんじゃないかな?」
首を傾げるガーゴイルに、そうかと、獅子尾は頷き、話の続きをする。
「日本にヴァンパイアが存在してたか、どうか、それはまだちょっと断言はできない。だが、世界中のヴァンパイアの伝承に寄れば、ヨーロッパ辺りだけが人狼との因縁深い話が多く、例えばキョンシーに人狼は無関係だ。まぁ、グールもキョンシーも倒す事はできないが、封印的なモノで人間が倒している。人狼は全く出てこない」
獅子尾は、この考えを初めて人に話すのだろう、言葉を時々、詰まらせたり、考えたり、言い直したりしながら話している。
勿論、天音も初めて聞くのだろう、獅子尾の話を黙って、真剣な顔で聞いている。
「さっきの怪談話に戻るけどね、ヴァンパイアの話じゃないんだけど、人狼草紙という怪奇書が日本にあるんだよ。余り有名じゃない話だから、俺も調べてく内で知ったストーリーだ。簡単に言うとオムニバスで人狼の怪談噺がまとめられてる本でね、著者はわからない。幾つか、興味深いものがあってね、狼は人の姿で現れて人の子を浚っていくから、その化け物退治をするって言う話は、ニホンオオカミやエゾオオカミの絶滅に重なる。だが、それはいいんだよ、そんな話は大体想像もできた。俺が興味を持った噺は、ある女と男の恋物語だ。昔は、シンバくんくらいの年齢から婚約者がいたりしてね、早々に結婚して、子供をつくった。ある屋敷のお嬢様が、とある男に恋をする。そして、その男も、その女を愛し、二人は結婚する。そして、女に子供ができるんだが、なんと、生まれた子が、犬だったんだ。満月の夜に腹の中から出て来た子が、悍ましい犬の姿と書かれていた。そして、女は尋ねるんだ、どうして貴方は満月の夜になると、皆が寝てる間に、どこかへ行ってしまわれるのかと。そして早朝、誰もがまだ寝静まった時間に裸で帰って来るのかと。それは満月の夜に生まれた子と何か関係があるのかと。男は答える。満月の夜になると、走りたくなる、遠くに向かって吠えたくなる、血を求めてしまうと。それ以外の記憶はないと。気付けば、全裸で、立ち尽くしているから、帰ってくるんだと。医者から夢遊病だと診断され、次の満月の夜に、男は屋敷の者達により柱に縛り付けて動けないようにされる。そして、屋敷の者達は、その男の真実の姿を目にする事になる。女もだ――」
「あのさぁ、獅子尾、それもよくあるホラーだ。で? だからなに? 結論は?」
「ガーゴイルくん、そう急かすなよ、もっと怖がらせたら、香華ちゃんがキャーって俺に抱き着くかもしれないだろう?」
「司、何を期待してるのか知らないけど、怪談噺でキャーなんて言う女じゃないの、私は!」
天音はそう言うと、早く続きと、獅子尾を急かす。獅子尾はハイハイとまた話し出す。
「その男は化け物として殺されたんだが、女は男を本気で愛しててね、だから犬の我が子を殺させずに、育てたんだ。やがて犬は立派に成長するんだが、時折、人の姿にもなり、出歩くようになる。そして、ある日、母親に言うんだよ、『ねぇ、母さん、今日すれ違ったあの人は化け物だよ』ってね。母親は息子に聞く、『化け物とはお前のように犬になるのかい?』息子は答える、『僕は僕を化け物とは言わないよ』母親『じゃぁお前が言う化け物って?』息子『生きている心音が聴こえない人間の事だよ』と。多分、これはヴァンパイアの事なんだろうな。その後、それをヴァンパイアではなく、死人と記されている。それで、ある日、その母親は死人に出くわし、襲われて、死人となるんだ。感染したって事だろう。その母親には、兄がいて、兄は、妹の仇だと、死人に戦いを挑むんだが、犬の息子も、その仇を手伝う事になるんだ。兄は弓の名人で、矢に犬の息子が煎じた毒を塗るんだよ。そして、死人を見事倒したと言う話だった」
シーンとする中、獅子尾は指を一本出してきて、
「もう一つ、気になる話がある」
そう言いだして、まだ聞かされるのかよと、ガーゴイルが呆れた顔をする。
「ある特殊な犬の血は死人を殺す毒となる。これは悲しい怪談だったよ。死人となって甦った我が子を泣く泣く殺す親の話だ。その内容は置いておいて、ある特殊な犬の血は死人を殺す毒となる。これは俺達が知っている人狼ではない。シンバくんの血もガーゴイルくんの血もヴァンパイアに効くとは組織の化学班から聞いてない」
「オレ達の血は普通にヴァンパイアは吸えるだろ、レイヴンが吸ってもらいたがってるくらいだしな。ハイブリッドになる為にさ」
ガーゴイルがそう言うと、獅子尾は、
「だから、人狼の血じゃなければ、ある特殊な犬って言うのは、人狼と人の間に生まれた犬の事になるんじゃないだろうか。その血は、ヴァンパイアを倒す毒になるんじゃないだろうか」
などとドヤ顔で言い出すから、皆、シーンと静まり返る。
この空気が読めてない獅子尾は大興奮で、
「人狼草紙には犬使いって言う連中も出てくるんだよ」
と、また長い話を始めようとするから、
「おいおいおいおい、もういいだろ、その辺で。悪いけど、何言ってんのか、さっぱりわかんないから」
と、ガーゴイルが、獅子尾を止め、
「ええ、ホントに、ガーゴイルくんの言う通り、何が言いたいのかサッパリわからないわ。確かに人狼が存在したかもしれないという、憶測的な怪談噺ね。フィクションか、ノンフィクションか、それはわからないけど、日本にもそういう伝承はある。そんな事なら、みんな、知ってる事だし、今、話す事でもないと思うわ」
と、天音も、獅子尾に溜息を吐いて、言う。
「俺は、人狼草紙という怪談噺から、日本には、日本のヴァンパイアの倒し方があると解釈したよ。全世界に広がった、この組織とは全くの無関係で、日本には、ヴァンパイア退治をする犬使いと呼ばれる者達がいるんだ。人狼じゃない、人狼と、人の間に生まれた犬を繁殖させて、犬の血を使って、ヴァンパイアに効く毒をつくる。ニホンオオカミは本州、四国、九州に生息していた、エゾオオカミは北海道に生息していた。元の狼がいる場所じゃないと、人狼そのものが存在しないと考えたら、広い範囲で犬使いは存在している筈なんだ」
「司、只の怪談噺よ」
「あぁ、でもヴァンパイアもウルフマンも、只のホラーだろ?」
「そうね、それで、司はどうしたいの?」
「もう少し時間が欲しい。犬使いと呼ばれる者を探したいんだ」
「宛てはあるの?」
「ないよ。何もない」
そう言った獅子尾に、天音は困った顔で黙り込む。
「いいんじゃないの? 好きにやらせれば? 組織に契約違反してるのがバレるまでの間、やれる事やってみりゃいいじゃん。日本にいるヴァンパイアが見つかってもないんだから、シンバが倒す相手が今はいないって事なんだろうし」
そう言ったガーゴイルに、獅子尾は明るい表情になる。
「でも、タイムリミットは近いよ? 悠長に怪談噺読んでる場合じゃないって事は頭に入れといた方がいい。ヴァンパイアが見つかるのが先か、シンバの寿命が先か、組織にバレるのが先か、その犬使いってのが見つかるのが先か、わかんないけど、やれる事をやるしかないって事だろうな」
ガーゴイルの言う事に、獅子尾が頷くと、天音も小さな溜息を吐くものの、
「そうね、怪談噺は兎も角、ヴァンパイアが見つかってないのは確かだわ、まずはヴァンパイアを見つけないとね」
そう言って、笑顔になる。
「……じゃぁ、僕は、どうしたら?」
シンバが、か細い声で、そう言って、皆を見回す。
「食いたくないんだろ? ヴァンパイアが見つかる迄は食わなくていいけど、見つかったら、食う事も考えろよな」
と、ガーゴイル。
「でも感染者はちゃんと倒すのよ? 死者は死者へと。わかってるわね?」
と、天音。そして、
「とりあえずいつもの日常に――」
と、獅子尾が、シンバに手を伸ばし、言うと、シンバはその手を見て、その手の中に、自分の手を入れると、獅子尾はギュッとシンバの手を握り締め、
「帰ろう」
いつもの下手な笑顔で、そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます